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「……軍やイー・ルからの脱出を望む隊員が居た場合、保護――と云うと余りに虫が良い言葉になってしまいますね――監視のついた状態でも構いませんので、〝川〟を渡りサヴァナに滞在することを、許しては貰えないものでしょうか」
「……」
剛義が、思わず目をぱちくりとさせる。
「もし、その人物がサヴァナの中で不審な行動や暴力行為等を執るようであれば、あるいは、イー・ルの方へ暗殺やテロを行う様子が見えるなら、『監禁』状態までなってしまっても構いません」
「――。そらまぁ……、当人が、イー・ルに居るより敵方に行く方がマシじゃっちゅうんなら、出来んことは無ぇじゃろうが…」
腕を組み、首を捻りながら云った剛義に、イーヴィが一度頭を垂れ、真摯に云った。
「重ねて図々しいお願いではありますが、今のうちに、私の要望を申し上げておきますので、――タケヨシ殿、『出来ない』ことを出来ないと、仰って頂けませんか」
「ふん。まあ、その方が話が早ぇで良かろう。で、何な」
「タロー殿が頼りになることは私も既に分かっておりますが、そこにクォンさんとスォ=ハム君が加わっただけだと、発電機の復旧は『早急に』とは行かないのでしょう? 他に若くて力のある隊員が回復するのを待った方が良いと先程……」
「ああ、まあな。それじゃ悪ぃんかえ」
「悪いと云いますか――。発電機と云うよりも、医務室と、ポンプを含んだ衛生設備を一刻も早く万全の状態に戻したいのです。そのためには、発電機の復旧が必須、ということでして」
ああ、成る程、と剛義は頷きを見せた。
「つきましては――発電機、医務室と衛生設備の復旧にあたり、貴公とタロー殿、ハナ殿以外の人員を、追加して呼び寄せては貰えないでしょうか。その際、工員だけではなく、ハナ殿のようなナース実務の出来る方か、出来たら、お医者様を、呼んで頂けると有り難いです」
「ふむ……」
「加えて、現在そちらがお持ちの『索敵データ』を、私にご提供頂きたい。現状、BR19以外の基地や砦、人員配置がどんな様子なのかを把握すべく」
「――」
ぴくっと剛義が片眉を上げた。
「その代わり――と云うと厚かましくはあるのですけども――、このBR19砦を、貴方方の諜報・索敵活動の拠点として下さっても構いません。『川』を渡った所に、一つ『自陣基地』があるとでも思ってお使い頂いても」
イーヴィは随分冷徹な目つきと声で云ってきた。
「砦そのものと隊員達には『魔法』を施さないとだけお約束下されば、そちらの活動に於いて魔法が使われても、私は目を瞑りますので。――そうなりますと、結局、今後『けりが付く』まで、しばらく食料や水なども分けて貰いたいと申し上げているのも同然ですから、交換条件と云っては余りに図々しいのですが――当然、全て極秘裏のうちに。そういう要望です」
イーヴィがそう云って、再び軽く頭を下げる。
剛義は「ふむ…?」と鼻を鳴らしたが答えは返さず、不思議そうな顔をして、顎を擦りながら小首を傾げた。
「蝦さん、何か回りくどくねぇか? そげんこと云うてくるんなら、いっそ――」
剛義が何を云おうとしたか察しがついているのか、イーヴィは言葉を遮るように、スッと掌を彼に見せた。
「タケヨシ殿、その先は結構です。――サヴァナが『砦を落として占領した』という形を取るのは、私の中に策としてありません」
「――」
イーヴィのキッパリとした声に、剛義は目を細めて口を噤んだ。
「最初に申し上げた、隊員達の『本国での立場』は、最早考えなくて良い要素です、私は希望者が居るのなら『脱走』も黙認するつもりでいるのですから。――私がその提案を受け入れず策として考えていないのは、あくまで『死に体』を装いたいから、それだけです」
「……どういう意味なえ」
「砦が陥落し、貴方方がここを占拠したという形にしてしまうと、本部側に交戦の理由を与えてしまうでしょう?」
「――」
「貴方方を、そういう形で巻き込むつもりが無いのもそうですが、――私は、『七日前の命令』から『BR19が放置されている現在』に至るまでの理由と事情――本部の真意、それを、可能な限り、明白にしたい……自分自身で見極めたいのです。想像、推測だけだと、点と点が確実に線になることはありません」
「ふむ……」
「そのためには、放置された死に体の砦のままで居る方が、好都合です。明確な交戦の理由、『大義名分』を司令部なり政府中枢なりに与えてしまっては、全てがうやむやになってしまう――貴方が仰っていた通りなのです、しかし、私はそれを避けたい。――故に、今、この段階から正式に、貴方方と我々が接触していることは極秘とし、今後ご助力頂けることがあるならば、全てイー・ル中枢には気取られぬよう秘密裏に――と」
成る程――剛義が大きく頷く。それから、「にっ」と口角を上げた。それは、邪気の無い幼子のようでもあり、何を考えているのか全く分からない、それこそ「悪魔」のような深淵な笑みでもあった――。
「……此処を、俺ンとこの基地のように思うても良い、っちゅうのは、真じゃな?」
確認口調で剛義が云うと、イーヴィは頷いた。
「ただし、隊員を、貴方の直接の部下、人員とは思わないで頂きたいですが」
「それは分かっちょる、あんたの隊員さんの隊長はあんたじゃ。あんたの許し無く、隊員さんを顎で使うたり砦を勝手に改造したりはせんよ」
表情を、もう少し柔らかい苦笑に変えて、剛義が軽く肩を竦めた。
「……まさか、まだ戦争が終わらんのに、こっち側から観察出来るとは思わんかったな…」
剛義が扉の方へ目をやり、小さな声で独りごつ。イーヴィにもそれは聞こえており、首を傾げた。
「……観察。何をです――?」
しかも、「こっち側」とはどういう意味だろうか。敵地を観察するのであれば、この砦はただ距離を縮めるだけで、方角が変わる訳ではないのに……。
剛義は再び、真意の良く分からない薄い笑みをイーヴィに見せ、
「それは、此処でサラッと答えられる質問じゃねえ。あんたは他にやらなならんことがあるけん、また後でな」
「――。それで……、私の要望は、どの程度まで受け入れて頂けるのでしょうか」
直前の質問に真っ当な答えが無かったことは確かだが、実際に自分には「やるべきこと」があり、剛義が云ったのは「今のところ自分には関係無い」という意味なのだろうことも伝わったので、イーヴィはそれ以上は訊かず、本筋について、改めて確認した。
「つくづく、虫の良いお願いですが、――貴方も仰っていたように、サヴァナでも、『休戦状態』を受け入れられず、我々に対して無条件に敵意を抱く方は居られるでしょう……そういう方を呼び寄せることになっては、結果、本来の目的に対して足踏みしてしまうので、人員も厳選して頂きたく――」
「ふん、それは事実じゃ。実際、血気盛んな若ぇのは、年寄りの長期的悪巧みより目の前の義憤を優先するもんじゃけんの」
ふふっ、と剛義が笑い、それから、少々皮肉な声色で続けた。
「しかし、それはお互い様じゃああるわな。今でこそ静かなもんじゃが、人間、腹がくちくなったら、それ以外のことを考えるようになるもんじゃけ、俺達に敵意見せ出す人も出ち来るんじゃねえか?」
「――」
反論はしない、と云うふうに、イーヴィは伏し目がちになり、ふーっと息を吐いた。
「まぁ、人を選ばれんあんたよりは、俺の方がどげぇでんなる。――安心しよ、俺方には、敵味方も〝神仏〟も無ぇ、自分の腕磨くことにしか興味が無ぇ、そのためなら親の仇の依頼だってん受けるイカレた職人連中が居る。――あんた達が誰で此処が何処じゃろうが、あのボコボコの発電機見たら涎垂らして俺に修理させぇっちゅう奴も居ろうで」
肩を竦めながらそんなことを云った剛義に、イーヴィが何と答えて良いのか分からず黙っていると、今度はこっくりと大きく頷き、
「あんたの要望と条件は、俺にとっても、大層『好都合』じゃ。良いじゃろう、飲もう」
剛義はそう云って、敵方の隊長に対して手を差し出した――握手を求めるように。
唐突と云えばそうだったので、一瞬戸惑ったイーヴィだったが、こくっと頷きを見せつつ彼の手を強く握り返す。
「さて! となると、太狼と花ちゃんを待って、一回川縁までは行かんとな。こっから平原に無線電波飛ばしたんじゃ、流石に危ねぇかもしれんし」
「それは、確かにそうですね……」
そわそわした雰囲気で、剛義が扉から外に出て行く。イーヴィも、二人の部下のことが改めて気になり、剛義を追って外に出、二人してさっきと同じように東の方角を眺めた。
【五日後のサヴァナ】
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