【a5d:svn】(2) -[5]-(4)
剛義から渡される箱を一旦砂の上に置く、そしてまた受け取る、それを数回繰り返したところで、剛義から、
「これで最後じゃ、このまま持っち行こう」
と小さめな箱を二つ重ねたものを渡された。剛義も荷台から降り、扉近くに持って来はしたがクォンには渡さず下ろさないままだったタンクを取る。
「そっちは〝電池〟じゃけんな。――まあ、そげぇ神経質にならんで良かろうけど、砂の上に置いちょきとねぇじゃろ。先に室内に置こうえ」
成る程、とクォンも頷く。先程砂を退ける作業をした場所と違って、ここは周りに何もない。今はこの車が来たことで影が落ちているが、本来なら日射しにずっと晒される開けた土地だ、砂は相当熱い。
電池や燃料などを極端な温度に晒すのは、劣化や事故の原因になる、そんな何百メートルも離れている訳じゃないから、何往復かするのに時間は掛からないだろうが――物資が限られているから、出来る限り大事に使いたいものを、無駄にしてしまう可能性のある行動は避けた方が無難である。
剛義はアルコールとオイル、それぞれを入れたタンクを両腕にぶら下げ、「行こうえ」と顎をしゃくってクォンを促した。
ゆっくり歩きながら、隣のクォンへ剛義が、
「……あんた、イー・ルに未だ居る理由を、蝦さんだけ云いよったけど、本当はハム君も、放っちょかれんじゃろ。――息子か弟子のごとあるんじゃねぇんな」
しみじみとした声で云うと、クォンは微苦笑を浮かべて小さく首を振った。
「……。倅か弟子のよう、ってのを否定はしませんが、単に『スォ=ハムを放っておけない、だからイー・ルを脱けられない』と云うと、ちょっと違いますな」
「ふん?」
剛義が目をぱちくりとさせて、「どういうことな」と首を傾げた。
「あの子はあの子で、儂と同じですよ。スォ=ハム本人がイー・ルを脱けられない理由も、イヴ様なんです。若い頃の儂そっくりで……。儂から見てひよっこじゃァありますが、昔はもっと、手の付けられん不良少年だったんですよ」
「へぇ~……。全然そげぇは見えんかったがなぁ。相当素直で、仕事熱心な良い子に見えた」
驚いた、というふうに息を吐いて剛義が云うと、クォンは相変わらず苦笑を浮かべたまま、
「だからこそ、ですよ。云ったでしょう、イー・ルは、手工業職人・技師の身分や地位が低い、その能力は、大して評価されんのです。実直で熱心な程、『下』に見られ馬鹿にされる」
「……。つくづく、不思議な国じゃあなぁ」
剛義が、呆れたのを通り越して感心したような声を出した。今度は、クォンも苦笑を通り越して、「ぷふっ」と吹きだしてしまう。
「その理由――というか原因も、先代のフリアイ様が教えてくれたです。――〝残念ながら、イー・ルという『国』では現在、信仰の形が歪なのだ〟と」
「……ん?」
剛義は目をぱちくりとさせた。――イーヴィの父親は、随分「率直」な言葉で、イー・ルの「体制」をクォンに云い聞かせたようである。勿論、「他の耳のあるところ」で教えた訳では無かろうが、成る程、異端――危険だ。
「万物の『創造主』は『神』だけですよ。しかし、技師・職人は、『今まで其処に無かった物を作り出す』『壊れた物を直す・甦らせる』でしょう?」
「――」
「……いつの頃からか、イー・ルは、その技術に、敬意を通り越した過度な畏怖を感じる者が出て来るようになり、職人の方が『神でもないのに神と同じ事をする』不敬な者と見なされ、技と人……儂らは『穢れ』と見下されるようになってしまったのだと。――実際、信仰上でそういう『解釈』して戒めに使うのは、効果的な部分もあるんでしょう、何せ、放っとくと儂みたいな『危険思想』の持ち主も出て来ますからね、〝魔法だって、人間が身につけた技術の一つだろう〟って。だから、特に上層も上層、大導師長以下、イー・ルでは『聖院階級』って呼ばれる辺りの人らが、その『穢れ』に敏感でしてねぇ」
「――ん?」
剛義がふと目を細め、小首を傾げた。彼の頭に何が過ったのか、クォンも思い当たることがあり、ふ、と口元をほころばせた。
「ですから、タケさん。――意外と、今の大導師長、イー・ルも、サヴァナのことを『職人のごった煮』と思っている可能性はありますよ。叛逆徒じゃなくたって『職人』も、今のイー・ルの神徒から見りゃ『穢れ』だ、だから、『悪魔』と吹くことに何の矛盾も躊躇いも無い」
「……はっはーん……成る程なぁ。そうか、そっちの意味でも、法螺吹ける要素があったんかぁ」
再び、感心した口調で剛義が云ったので、クォンは吹きだしてしまったが、直ぐに何か思い出すような遠い目をして、真面目に云った。
「恐らく、エ=ドン医師も似たような境遇があって、今EV隊に居るんでしょう。――『作る』技を持つ職人ほどじゃないでしょうが、お医者様というのも、『治す』能力を持っていますんで」
「医者もかえ」
「『居なくちゃ困る』、しかし、『畏怖の対象』『穢れ』という……『必要悪』みたいな地位なのかもしれやせん。――しかし先代様は、それは間違っていると、仰いました」
「……」
「そうした過度な畏怖から来る嫌悪感を『君達』に見せる者は『劣等感の塊』なんだ、と。『自分には〝作れない〟〝直せない〟』、そういう者が、その劣等感に堪えきれず、『君を貶めたがっているだけなのだ』――『何の取り柄も無い者ほど、他人を馬鹿にしたがるものなのだよ』と。『だから、君は、自分の手に付けた技術を、ただ誇りに思えば良い』『ただし優越感にはするな、それは劣等感から君を貶める者と同じ考えから来るものだから』――そう諭して下さいやした」
「ああ……」
さっき、イーヴィと話したばかりの「経典」の話だ。
当然と云えば当然なのかもしれないが……先代――彼の父親も、彼と同じ「経典の解釈」を持っていたのだな。剛義はそう思い、感慨深げな溜息を吐いた。
「そうは云っても……今でこそ、そんなふうに諭して下すった先代のお言葉が身に染みてますが、若い頃はそうも行きませんで――儂の手業に素直に感謝して喜んでくれる御方のほうが圧倒的に多かった筈だのに、そういう方のことは直ぐに忘れ、てめぇは何も出来ねぇくせに儂を馬鹿にする連中に癇癪起こしてばかり居た。きっと、スォ=ハムも似たようなものなんでしょう、彼奴も――まだ若いから儂ほど回数は重ねてねえでしょうが、刑務所で『暮らした』ことはあるようです。その時、学力指導と説法で通っておられたのが、イヴ様なのだとか」
「ありゃまぁ、そうかえ…」
「そういう意味でも倅のようでね……。儂にとって先代フリアイ様がそうだったように、スォ=ハムにはイヴ様が〝導き手〟だったんでしょう――いや、あの子が儂みたいな『目』を持ってる訳じゃあないでしょうが、それ以外の『この世』で」
「ふむ……」
「だから、スォ=ハムが理由で儂も脱けられないってことがあるなら、スォ=ハム自身がイヴ様について行くことを決めてるって場合ですよ――スォ=ハムに限りやせん、オリバー君もウィトも……今、EV隊に居るのは、多かれ少なかれ、儂やスォ=ハムのように、フリアイ様に恩義や忠義、畏敬を感じている者ばかりです。だからこそ、こんなに切迫するまで誰一人逃げはせず、死にかけた」
そこでクォンの苦笑に、自嘲も過った。
剛義は、「成る程」と合点する。――だから……、上司が中枢から疎まれているらしいことが現状の「原因」と云えるのに、「責任」を彼に問うような態度は誰一人見せておらず、現状がある意味「想定内」だと納得出来ている訳だ。イーヴィが中枢から疎まれているのなら、彼の隊に属している自分達も一緒に疎まれて、「当然」だと。
と、なると――。
現在砦に居る者はイーヴィに敬意を持って残っている、というのが「純粋な真実」だとして、イー・ルへの忠誠心は、どうなのだろうか。
イーヴィが祖国を諦めていない以上、自分もついて行く――クォンはその「覚悟」を持っているようだが、他の者はどうだろう、イーヴィへの忠義と敬意は失せていないが、だからこそ体制にはほとほと愛想が尽きた、という者が居ても可笑しくはないのじゃなかろうか。
そうなると……――一先ず、水とメシの助けが入って落ち着いた今からが、蝦さんの、隊長・指導者としての力量が問われるところじゃなあ――剛義はそんなことを考えて、ふうっと息を吐いた。
かなり遠回りをし、ようやっと砦の玄関前に着いたところで、剛義がタンクを一つだけ足下に置き、扉を開けようとした――ら、最初オリバーを伴って此処に来た時ほど勢い良くはなく、向こう側から開いた。立っていたのは、同じくイーヴィだったが、当然銃は持っていない。
お互いに「わっ」「あっ」と小さな驚きの声を上げる。
「驚かせて済みません。――お二人がまだ戻っていないようだったので、様子を見に行こうとしていたのですが……それは?」
剛義の傍らに立っているクォンの手元を見て、イーヴィが尋ねてきた。それでクォンが、
「発電機と常夜灯の方は、やっぱり、タローさんが戻ってから、それとも、隊員の誰かが万全になってから――焦らずに構えてた方が良いんじゃねえかって結論になりまして……。それで、タケさんがランタンとかの灯りを出して下さいまして」
「先に燃料と電池を持っち来たんよ。陽が当たって暑ぃ所に置いちょったら危ねぇけん、中に入れて良いかえ」
剛義が続けると、イーヴィは感謝と恐縮の混じった表情を浮かべつつ頷き、身を引いて道を開けた。
一先ず中に入って直ぐの玄関兼台所の隅にそれらを置き、では、本体を取りに行くか、と二人が踵を返すと、イーヴィが
「荷は他にまだ有るんですか」
と訊く。
剛義が「うん」と答えると、イーヴィは
「では、私も行きます」
と頷きながら二人について行く。クォンは恐縮そうな顔をし、剛義はきょとんとして、
「いえ、隊長がそんな雑用をなさることはねぇです。スォ=ハムを呼んで下されば……」
「そげぇ重とねぇけん、大丈夫じゃけど」
とそれぞれ云った。すると、イーヴィは微笑を浮かべ、
「年長者のお二人にこういう仕事をさせて、私がぼうっとしている訳にもいかないでしょう。スォ=ハム君は、ウィト君に付いて技術的な補助をやっているみたいです、私に彼の代わりは出来ません。今、取りあえず健康な者で最も暇なのは、実のところ私ですよ」
行きましょう、と促すように二人の背中へ軽く手を当ててそう云った。
剛義は「それもそうか」と笑い、クォンはただ小さく苦笑を浮かべた。




