【a5d:svn】(2) -[5]-(3)
「墓まで持っち行く秘密ではねぇ――っちゅうのは、さっき云うたかな。でも、正直、『今のは何』に答えられるほどの、〝仲〟には、お互い、まだなっちょらんと思わんかい? コンさん」
剛義はそう云って、肩を竦めた。すると其処でクォンも微苦笑を浮かべ、「それは、そうですな……」と返した。
内心の動揺を隠しつつ、
「タケさんとタロー君が親子ってのに不審は、もう全くありやせんし、あなた方のご先祖がサヴァナの始祖だってんなら、イー・ル民族の訳が無い、ってのも、つくづく解りやした」
クォンが多少おどけた声を作って云うと、剛義は「そうかい」と笑った。
それから、一つ大きく息を吐き、しみじみとクォンに語る。
「あんたが、サヴァナに生まれちょか、苦を見らんで済んだかしれんのは、実際そうじゃろう。いや、うちに限らず、俺の〈同盟〉のサウザーでもフリュスでも――いや、そっちの〈同盟〉、エグメリークに生まれちょっても、まだ良かったかんしれんわ。他のことで苦を見ることはあるかもしれんが、少なくとも、その『目』を持っちょることだけで生き難いちゅうことは無かろう、エグメリークは〈魔術〉方面に、イー・ルよりは、造詣がある」
「――」
「けど、俺達に寝返る気も、無ぇじゃろ。イー・ルには何の義理も愛着も無ぇでん、蝦さんへの忠義は、まだ全然揺らいじょらん」
「へい。それは、確と」
クォンは、頷いてキッパリと云った。
「その上で、蝦さんがまだ祖国を諦めちょらん」
「……」
「じゃけん、俺もあんたを誘いはせん。うちに来りゃ、あんたのためにはなるじゃろうけど、あんた自身が、蝦さんのために生きるごつ決めちょんのやもんな」
天を仰ぎながら、剛義が「ふうっ」と息を吐いてそう云うと、クォンももう一度、こっくりと大きく頷いた。
「そんじゃ、俺は、まだイー・ルに居らないけんあんたに、忠告も兼ねて教えちゃっちょくで」
さて、というふうに声色を変え、剛義は今度は両手を腰に当てて胸を張りながら云った。
「? 何をです?」
クォンが首を傾げ、剛義は片方の手を腰に当てたまま、もう片方で足下を差し、
「今の俺の影と太狼に見たもん」
そう云って、今度は錠前を見上げて指さす。
「それと、あれ」
「――」
「『同じもん』のごつ見えたかえ?」
随分と冴えた声で、剛義は訊いてきた。――決して似た声ではないのだが、クォンは思わず、先代のフリアイ導師を思い出し、胸の内で
〝ああ、先生……〟
と嘆息を漏らしていた。
クォンは素直に記憶を探る。剛義の影にしろ太狼にしろ、そっちはほんの一瞬しか見えなかったので心許ないが、剛義は、「死人」とかと大雑把に同じ括りのものだと云っていた……。
加えて、彼が先程から何度か云った「境目」という言葉。それを視覚の記憶と併せて反芻し、照合してみる。
死人や、剛義達の影は、「あっち」と「こっち」の「境目」……、そして〈魔術〉には、「境目など無い」――?
一瞬しか見られなかった剛義の影と違い、「魔法の錠前」はまだ今も見える。
クォンは顎を上げてそれを見つめながら、
「いいえ……、何処がどうと口には出せやせんが、さっきの、タケさんの影と『違う』ことだけは……判りやす」
「そげぇか」
「今になってもまだ、これがあんたさんの目に見えていないってのは、嘘じゃねえかと思う程――この目に、儂が生きてるこの世の光のように、はっきり見えておりやす――『死人』とかと同じように、『見ないように』と思っても、消えてくれねぇんです」
「……ふむ」
「それが故に、……恥を恐れずに云うと、まだ『畏れ』も消えとりません。今までこの世で生きてきた『常識』に照らしゃあ、タロー君とあんたさんに見えたものの方が余程怖いもんでしょうに……、ずっと見えてるんだから慣れても良い筈の、この光の方が……怖くてしょうがねえ。――実際、イヴ様は、敵が敗走した土地から何かを奪うような御方じゃありませんが、もしや、他の隊に配属されて、この錠を破れと命じられでもしたら……、仰る通り、儂は臆病者かイカレとして扱われるのでしょう。ただ、こんなにもはっきり見えているにも関わらず、この『畏れ』の感覚――『勘』とでも云うたらいいでしょうか、この『感じ』だけで、本物の〈魔術〉ってのがどんなものか、――少し解った……ような、気が致しやす」
錠前を見上げたまま、独り言のような口調でクォンは云い、剛義はそれを聞いて「うむ」と頷いた。
それから頼もしい声で、
「コンさん、その『畏れ』は持っちょくのが正解じゃ。どげぇ『素人』からバカにされてもな」
とクォンに告げた。
クォンが剛義に顔を向けると、彼はもう一度頷く仕草を見せて、軽く錠前を指した。
「これは花ちゃんが、『ただ開けられん』魔法を掛けちょるだけじゃけん、あんたに限らず誰かが、ただ『触れる』だけなら、何の問題も無ぇ。――しかし、あんたもそういう『魔法』があることくらい想像は付くじゃろう、〈障壁〉の魔法を掛けちょったとしたら、どげぇかな? ドアノブ触ってピリッとする時くらいのバリアもありゃあ、手が腐って爛れるバリアもあろう。程度によっちゃあ、近づいただけで死んでも可笑しくねえバリアだってんある、素人と魔法使いを問わずにな」
「うっ……」
「つまり、あんたの、『畏れ』を伴って『〈魔術〉が見える目』は、武器じゃ――いや、盾っち云うた方が良かろうかな――。あんたは、〈魔術士〉ではねぇが、〈魔術〉から身を守る『体質』を無自覚に持っちょった。そして今、実際に『目で見て』、〈魔術士〉が知識として持っちょる理屈は解らんでも、『畏れ』っちゅう『感覚』、術を手に入れたんじゃ。それはきっと、あんた自身の身を守るためだけじゃなく、蝦さんのことも守るワザになろうで。――クニに愛着は無ぇんじゃろ、臆病者と云われようがイカレと云われようが、気にしなんな。エラそうな連中には、殺されん程度に、腹ン中で舌出しながらヘラヘラしちょきよ。もう一回云うで、あんたの目は、本物の〈魔術士〉が見ても羨むくらいの、『才能』『武装』じゃ」
再び、剛義が両手を腰に当てて、真っ直ぐ彼の目を見ながらキッパリとクォンに云う。
敵方の悪魔から、一体何を激励されているのか。何故、剛義は敵方にこんな激励をするのか――そんな、呆れの混じった疑問もよぎったが、クォンは我知らず、太狼からストローハットを被された時のスォ=ハムと同じように、鼻の頭に皺を寄せた表情を浮かべていた。スォ=ハムよりは年齢が行っている分、嗚咽を漏らすほどではなかったが。
クォンは黙って頭を垂れる。
そこで剛義が、大げさに嘆き声を出した。
「まあ、正直なところ、蝦さんのことが無けりゃ、俺はそういう才能持っちょるあんたをスカウトして帰りてぇんじゃけどなぁ」
それを聞いたクォンは多少狼狽えたが、――仮に本音だとしても、口調がおどけていたので「冗談として受け取れ」という意味だと解釈し、苦笑だけを返した。
剛義が砦の方に顔を向けてから、「さて!」と気合いの入った声を出すと、
「そろそろ、仕事作って戻ろうか」
クォンに提案口調で云う。仕事を作る? クォンが「どういうこってす」と首を傾げる。
「――誰か見ちょった人は居らんようじゃけど、あんたがこの車に近づく理由は本来ありゃせんけん、ちょっと不審じゃろ? 何しよったんか正直に話して構わんくらいに、あんたの『体質』を隊の皆が皆知っちょるんなら良いけど」
「ああ……」
「じゃけん、いかにも用事があったっちゅう体を作って帰ろうや」
そう云って、剛義はカーゴの前から離れ、その前にあるトラックの荷台方向へ歩いた。
後をついていきながら、クォンが「何か案があるんで?」と問う。
トラックの荷台は、側面が引き戸になっているらしい。剛義はクォンの問いに答えるより前に、引き戸を「よっこらせ」と開いて、中に入った。
「あー……」
と中から落胆めいた溜息が聞こえたので、クォンは「どうなすった」と声を掛けた。
剛義が振り返って、
「発電機を下ろしちょこうかと思うたんじゃが、俺達じゃ、ちょっと無理じゃわ。重てぇ。あぁせちい、こげんもん一人で持ちきらん程、力が無うなったかえ」
「……」
――先程荷台に「ひらり」と身を翻して飛び込んだ身軽さには、クォンも驚いた。腕力は落ちても膝や腰に不安は無いらしい剛義がクォンには羨ましかったので、大げさな嘆き節に微苦笑が浮かぶ。
「こげぇ『太狼が居ったらなぁ』ち嘆いたことは、そうそう無ぇな。――コンさん、メインの発電機は兎も角、常夜灯の配線直しも、太狼が居った方が良いんじゃろ?」
「まあ……、そうですなぁ。スォ=ハムも、本人は回復したつもりで張り切っとりますが、足下がまだ覚束ないようなんで、高所作業を、儂がさせたくありやせん」
「ああ……、ハム君な」
お互い小首を傾げながらそんなことを云い合い、剛義はスォ=ハムの名を聞いたところで一瞬頬を緩めた。
「じゃあ、俺が配線直しをやろうか。そげぇ力は要らんじゃろ」
先程の身のこなしを考えれば、剛義は大丈夫だろうが――
「あんたさんが高所作業やろうとしてたら、隊長も若ぇのも必死に止めると思いますよ」
クォンは明白に苦笑を浮かべてそう云った。
剛義が軽く肩を竦めてから、荷台の中をもう一度見渡す。
「となると、太狼はいつ戻るか分からんし…、日が暮れたら本格的な作業は出来んなるなぁ。……発電機は太狼が戻ってから、一応下ろさするだけにして、――コンさん、行灯とか懐中電灯は要らんかえ。砦の規模考えたら焼け石に水じゃろうが、身動きすんのに、無ぇよりマシじゃろう」
それを聞いて、クォンが目をぱちくりとさせた。
「先に纏めて下ろしたんは、食糧と水、薬、……あと、毛布か何かんごたる、灯りはまだ此処に残っちょん。隊長さんが全部で十二人居るっち云いよったよな、行灯と懐中電灯一ダースずつは積んじょんけん、一人一個ずつ、どっちでん持たるるわ。複数人に一個で動くごとすら、結構長く保つだけ燃料と電池も載せち来ちょんで」
「そ……それは…――きょ、恐縮ですが、頂けるんなら、有り難いこってす。助かります」
眉をハの字にしながら、クォンは頷いた。剛義は「よっしゃ」と大きな声を出し、
「『仕事』が出来たな。燃料も入れたら荷が二つじゃ収まらんけん、一回下ろすだけ下ろそう、コンさん、受け取っちょくれ」
ニカッ、と笑うと、いそいそと荷台の奥に引っ込んでいった。
クォンは慌てて、自分が手にしている道具箱を、邪魔にならないよう離れた場所に置いた。




