【a5d:svn】(2) -[5]-(2)
「えぇと、つまりな、例えば……。――俺が此処から魔法を使うて、手も触れんとあの車のドアを開けたとするじゃねえな」
今視線が向かっているカーゴとは逆、乗車席側を指さして剛義が云った。自然、クォンもそちらに目を向ける。
「傍に誰が居る訳でんねえ、ひとりでに『ガチャッ』とドアが開く様を、ちゃんと想像しちょくれ」
念を押すような口調で剛義が云ったので、クォンもそのビジュアルを具体的に想像した。
「イー・ルん人なら、当然、『悪魔の仕業』っち云うじゃろうし、悪魔とは云わんけど『幽霊』の仕業ち云う国ン人も居ろうな。イー・ルのように『神』『悪魔』を持ち出さず〈魔術〉のこともよう知らん国ン人なら上手い『手品』ち云うじゃろう。で、〈魔術〉が身近な国じゃと、〝素人さん〟なら手品か〈魔術〉っち思うし、〈魔術士〉なら〈魔術〉っち判る」
「――」
「『ドアがひとりでに開く』っちゅう『現象』だけは、〝この世〟の目が健常な者になら、誰にでも分かる、それが、〈魔術〉の結果が『この世』で『目に見える』、っちゅうことじゃ。ここまでは良いかえ?」
「へえ、まあ……そうですな」
「それがあんたの『目』には、俺が魔法を使ってドアに伸ばした手までも見えちょるらしい、っちゅうことよ」
それは当然だろう、と気のない相槌を打ったクォンに、剛義が指を突きつけ、きっぱりとした声で云った。
えっ、とクォンが鼻白む。
「『手品』としか思わん人の価値観で例えたら、『手品のタネ』が全部見えちょる、ちゅうことになろうかな。……けど、それはあくまでも『例え』じゃ、本当に『手の形』して見ゆるかどうか、俺にも判らん。〈魔術士〉本人にじゃち見えるとは限らんもんが、あんたには『この世の目に見えるもん』として見えちょる、っちゅうのはそういうこと、俺達の業界から見ても、結構特殊なんよ」
いよいよ混乱してきた、というふうにクォンが、道具箱を持ったのと逆の手で頭をガリガリと掻く。
剛義が苦笑を見せ、一つ息を吐いた。
「実演してみりゃ話が早ぇんじゃろうが、イー・ルん陣地じゃあるし、蝦さんに大口も叩いたしな……ここで魔法使うんは、仁義が通らん。――コンさん、ちょいと、花ちゃんが掛けた鍵を見に行っちみろうえ」
そう云ってカーゴを指差すと足を踏み出した。
クォンは驚いた顔をして一瞬躊躇したが、――何故か、「拒む」気には全くならず、今度は彼が剛義の後ろをついていった。
クォンが想像した通り、後尾が観音開きの扉になっていた。把手に閂を差し込んだ上に鎖を巻いて錠を掛けている。高さがあるので、把手は少し見上げる位置だ。
「『ライト』んごつ見ゆるな」
剛義が錠前を指さし、一歩下がったところに居るクォンを軽く振り返り尋ねる。クォンはそれをまじまじと見て、
「――あっちで、横から見ていた時は、ヘッドライトと同じように前方に光を飛ばすライトが、このへんに装備されてるのかと思ってたんですが……。こうして見ると、そうじゃねえ。錠前そのものが、ピカピカと光を出してるように見えやす」
ごくりと唾を飲み、そう答えた。錠前の周りに青白いシャボン玉があるような……、かつ、雲母の粉が舞っているかのような光の粒も見える。
剛義が「そうかえ」と頷きながら錠前を見上げる。
「つくづく、俺には、そんなふうに見えんのじゃ。――コンさん、改めて見て、コレ、この世のもんのように見えるかえ? 明るい昼間じゃから最初は気がつかんかっただけで、良く見たら『ライトが点けっぱなし』っちゅうふうに、まだ見ゆんのな。それとも、『死人』やらと同様、――一呼吸置いて落ち着きさえすれば、『この世のもんじゃねえ』と……、少なくとも『自分にしか見えてねえ』っち、『判断』は出来そうな見え方をしよるんかい?」
その問いに、クォンは悩ましげに首を捻る。
「それこそ初めて見るもんで、何とも答えがたいですな……。あんたさんには、この光が全然見えてねぇってのが信じられないほど、しかと、この目で見ている気が致しやす。しかし、今まで見たことがない、得体の知れないものですから――自分の人生の常識と照らし合わせて『この世のものとは思えねえ』って……そういう、『感情』はありやす」
剛義はそれを聞いて「フム」と鼻を鳴らすと、また錠前を指差し、
「じゃあ、コンさん。錠前に『触る』ことは出来るかえ? ……触る気色になるか、っちゅう意味で」
そう尋ねた。クォンは表情を硬くし、ぶるぶると首を振る。
「……いや、ちょっと……、正直に云うと――いい年をして、『怖ぇ』ですよ。何にも知らずに一人で見てたら、それだけで、きっと儂は逃げてますよ。あんたさんが話をしてくれた後に、一緒に見てるから、此処に立ってられるんでさ――まして『触る』って……。まあ、それも、タケさん、あんたが先に触ってくれた後なら、何とか、頑張れるかもしれませんが…」
「ふむ、成る程。――じゃあ、あんた、やっぱり今、俺が居るとこで『知っ』ちょって良かったわ。あんたは、まだ自分でも気付いちょらん〝才能〟を持っちょったんじゃとな」
狼狽えた声で「勘弁してくれ」と訴えるかのように語ったクォンへ、剛義は頷きを見せた。
「これが仮に、俺達が乗り捨てたトラックじゃとして。蝦さんはそげんこと云わんじゃろうけど――あんたが他の隊に属しちょって、『戦利品』ゲットすんのに隊長から『この戸を開けろ。錠前を破れ』っち命令されたら、どげぇするな」
「うっ……」
クォンが思わず息を飲む。
「その隊長や他の隊員には全く理解出来ん理由で、あんた、命令に背く態度取ることになるんで。――殊更に悪魔を恐れる『臆病者』っち云われるか、それか、また『イカレ』のレッテル貼られることになろう」
「――」
クォンは眉を寄せて、錠前を再び見上げる。剛義は腕を組んで、「ふう」と一つ息を吐いた。
「……あんたみたいな人は珍しい。俺ももしかしたら、初めて会うたかんしれん。この年になって俺の勉強にもなった――」
「何のこってす…?」
独りごちた剛義に、クォンが目を細める。
剛義は真摯に、確認するような口調でクォンに語った。
「コンさん。『あっち』と『こっち』の境目を見よったあんたを、蝦さんのお父上が『こっち』に引き戻したっちゅうのは、正解じゃった。――けど、〈魔術〉ちゅうのは……それを俺達が『技術』として使う時の要素には、『あっち』と『こっち』の境なんか、無ぇんよ」
「――」
「〈魔術士〉は大体、それを『肌で理解』するもんなんじゃ。あんたの場合、〈魔術〉には『あっち』と『こっち』の境が無ぇっちゅうのを、『目』で理解したんかもしれん。それが、イー・ルっちゅう、『こっち』の理屈しか通用せん国に生まれ育ったもんじゃけん、全部『こっち』のもんのように、見てしまうんかもしれん。――こう云うたらなんじゃけど、蝦さんのお父上の教えには、本当の〈魔術士〉から見たら少し足らんとこはあったな――まあ、イー・ルのことなんじゃけん、それは仕方の無ぇことじゃあるが」
また混乱してきて、クォンは頭を掻きながら何とか咀嚼しようとする。
剛義はそんなクォンに「難しいことを云うて済まんなぁ」と、嘆き口調で云った。
「俺も、口で説明するんは不得手なもんじゃけんなぁ。――コンさんは別に〈魔術士〉になりてぇ訳でもねぇんじゃき、〝業界用語〟避けよったんじゃけど、そのせいでややこしいごつ聞こえたかんしれんな」
「――」
「つくづく、あんたは〈魔術士〉志願しちょる訳じゃねえんじゃけん、『理屈』は置いちょいて。一先ず、コンさん、『あんたはこれが見ゆる』、それを踏まえて、じゃ」
腕を組んだまま、「これ」という時に軽く顎をしゃくって錠前を指し、剛義は振り返って、カーゴの扉には背中を向けた。
そして、クォンに向かって、「に」と何だか含みのある――しかし、邪な感じはしない、やんちゃな男児のような笑みを見せた。
「コンさん、俺、ちょっと気ぃ抜くけん、見ちょって」
「……は?」
クォンが首を傾げる。剛義は、
「ほんのちょびっとの時間じゃけど、俺と太狼が親子――少なくとも、血が繋がっちょるのに疑いはねぇもんを見せちゃるけん。……そんで、そんときの『感覚』を覚えちょいてくれると有り難ぇ」
相変わらず悪戯っぽい笑みを見せたまま云い、クォンは「こくり」と息を飲み、小さく頷く。
――気を抜く、と云った割りに、深呼吸をするでもなく、力を抜いて肩が落ちる訳でもなく、何の変化も無いまま何秒か経ったので、クォンが訝しげに目を細めた。
「タケさん……? 何も、変わったところはありやせんが…」
前もって、太狼に見えたものが「ズワッ」と襲いかかってくるような心の準備を、クォンはしていたのだが――腕を組んで立っている姿は、そのままだ。
剛義は何も云わず、組んでいた腕を片方解いて、自分の足下を指した。
クォンが、「ん?」と首を傾げながら釣られて指先を追う。
「――ッ、うゎっ! ……とっ!」
驚いて目を見開き、思わず後退る。
体調が万全でないのに加え、立っているのは砂漠だ、踵が砂に取られ、膝ががくりと曲がり尻餅をつきそうになる。
「おっとっと」
剛義が慌ててクォンの腕を掴んだ。
「お、恐れ入りやす……」
クォンは何とか踏ん張り、そう云いながらゆっくり腰を伸ばした。剛義も「結局脅かしたな、すまん」と苦笑を浮かべた。
再びクォンは、砂漠に落ちた「影」を見た。――影は既に、「本体」と同じ――半纏に野袴を穿いた年寄りの輪郭に戻っている。
しかし、たった今見たのは、確実に――砦の中、暗がりの〝礼拝集会所〟へ、スォ=ハムを傍らに入って来た太狼と、同じ形だった……。
剛義本人と日光が落とした影とへ、もう一度、いや、何度も視線を往復させて、
「い、今のは……」
「『何だ』っちゅう質問には、言葉で答えられん、勘弁して。――それが『秘密』、あんたは知らんで良いことじゃ」
「……」
声を震わせたクォンに、剛義が先回って云う。クォンは口を噤んだ。




