【a5d:svn】(2) -[5]-(1)
西側の壁に沿って歩いて行き、前を見ると、――砦から少し離して停めてあるサヴァナの運搬車が見える。
角に来たところで、クォンが、
「……タケさん、儂がタローさんに何を見たのか、結局、訊いてこねえんですね」
斜め後ろの剛義をちらっと振り返って尋ねる。
その話は区切りが付いたんじゃなかったのか、と思った剛義は肩を竦め、
「コンさん本人が、口にしちょかんと気色悪いっちゅうんなら、聞くよ。全然俺の知らんところで〝王様の耳は驢馬の耳〟っち叫ばれると、流石に困るけん」
と答えた。するとクォンは、少々悩ましげに小首を傾げて口を噤む。
さっきまで布で覆われていた辺りを曲がり、南に面した壁には剛義達が最初にイーヴィと顔を合わせた玄関がある。このまま真っ直ぐ歩いて、一先ず中に入ろうと思っていたクォンだったが、剛義が少し何か考える顔をして足を止め、
「コンさん、戻る前に、ちょっと良いかえ」
そう云って、クォンを引き留めた。一歩先を行くクォンは素直に立ち止まる。
剛義は離れた運搬車を指さした。
「あんた、あの車の『普通と何か様子の違うところ』が、判るかえ?」
剛義の指の先を一応見てから、クォンは「何がです?」と尋ねた――クォン自身がいつも整備や点検をしている軍用車とさして違いの無い、地味で無骨な運搬車である。敢えて云うなら、車自体が運搬用なのに、もう一度カーゴも引いているところか。
「普通のトラックに見えますが――? というか、『悪魔』やら『魔法使い』やらのもんだと思ったら拍子抜けしちまう程、何の変哲もない車に見えますよ」
何がおかしい?と尋ねる顔をしてクォンが云う。剛義はそんな彼の顔を横目に見る。クォンが「チラ見」しかしていないのを察して、もう一度云った。
「何処・何が違うかを、俺には訊かんで。本当にそう思うんじゃったら、それで良い。――何でん良いんじゃ、どっか『おや?』と思うところは、無ぇんかえ?」
もうちょっとよく見てみろ、と云われたような気がして、クォンは再び車に目を向ける。
何メートルも離れているから、よく見ろと云われても、例えば爪の先程の錆びや小さな傷、凹みなどは判る筈も無い――そうなると、全体の形くらいしか見るところはないのだけども、何処までも只のトラックに見える……強いて云えば、タイヤ幅が広めだが、それは自分達の軍用車も同じだ。
――と、クォンが「ん?」と小首を傾げた。
トラックは、東へ舳先を向けている――トラック本体ではなく、西側に見えるカーゴの、更に後尾側に、気になる場所を見つけた。
台車を着けた大きな「箱」、後尾側の一部が……西方向に光を放っているように見える。
こちらに向いているのはカーゴの側面であるから、ただの「壁」、板でしか無い。多分、西に向いた面が、荷物の積み下ろしをするための扉か蓋になっているだろうことは想像がつく――光っているように見えるのは、扉や蓋を開けるための把手があるとしたらその辺だろうか、という位置だった。
ライトでもあるのだろうか。本来のトラックのヘッドライトは点いていない、後ろだけ付けていたから消し忘れたのだろうか? 仮に、カーゴに独立したバッテリーが載っているのだとしても、そもそも何のために昼間から点けていたのか。勿体ない。
クォンはそこで、「こんな暢気なことを云っておらず、もっと慌てて、ライトを消しに行くべきなんじゃなかろうか」と思った。
「――彼処、何か光ってる気がするんですが、ライトか何か有るんですかい? 何で点けてたのか知りませんが、バッテリが勿体ない、消した方が良いんでは」
微かに苦言めいた声色が混じり、クォンがその場所を指さす。
剛義は彼の指の先を見、そして言葉を聞いてから、
「ふむ、判った。――成る程」
と独りごちて小さく頷くと、クォンに顔を向けて溜息混じりに云った。
「コンさん、あんたつくづく、苦労したなぁ」
クォン本人には理由の分からない労いの言葉を投げられ、「何のこってす?」と軽く眉間に皺を寄せた。
「――あんたの『目』、本当に『見ゆる』んじゃなぁ。〝この世〟のもんとそうじゃねえもんの境目が判らんまま、『目』で『見え』ちょる」
「――」
「コンさん、ライトやら付けちょらん。あれは、ただのカーゴ、コンテナじゃ。車輪が付いちょるだけの箱で」
「え……」
きょとんとした後、クォンが何となく焦った顔をしてカーゴと剛義の顔を交互に見た。
「……。あのコンテナ、武器装備を入れて来ちょんのじゃけどな――東の方角、『川縁』か、ともするとその向こうからSOSが飛んじ来よるっち聞いたけん、念のため小隊用くらいの装備持っち来たんよ」
そんなことの方が、余程「敵方」に語っては駄目だろう――クォンが呆れの混じった狼狽の表情を浮かべた。
「只でさえ鉄砲の弾やら火薬も入っちょるけん、あの通り頑丈な造りになっちょるが、生真面目な花ちゃんが念を入れて、あんたがたには絶対に破られん鍵を掛けたんじゃ。まだ砦の様子が分からんまんまじゃったし、万が一中身奪われるようなことがあっちゃいけんから。――あんたが、『ライト』っち云いよんのは、多分それじゃ。あんたには、『魔法の掛かった錠前』が光って見えちょんのよ」
「――」
「俺にも、あんたんごつ、あそこが光って見ゆらせんよ。俺の知らん時に、花ちゃんがそうしたんじゃろうことが判るだけでな」
恐らくクォンに見えているであろう光の箇所を指差し、剛義がそう云うと、クォンは今度こそ、明白に動揺した顔を剛義に向け、それから、自分の目に見えている「光」をじっと見つめた。
刮目して口をへの字にしているクォンの横顔へ、苦笑を向けつつ、剛義は腕を組んだ。
「『あの車の普通と違うところ』には、全く気がつかんのじゃったら、放っちょいて良かろうと、思いよったんじゃけどな」
「……どういうことです?」
クォンも、剛義に顔を向けて目を細めた。
「――。多分あんたが太狼に『見た』もんは、若い頃に見えよった『死人』とかと似たようなもんなんよ。ん~……大雑把な括りじゃったら、『同じ』っちゅうても良いかもしれん」
「……」
「蝦さんの父上から聞いた『見えると云っちゃいかんもん』は、『見らんで良いもん』『見せんで良いもん』じゃ。あんたが、その括りのものしか見えんっちゅうんなら、太狼のも、『そういうもん』じゃと思うちょくだけで良かった」
「……『あれ』は、違うってんですかい」
クォンが「光」の位置を指さして問うと、剛義は「まあな」と頷いた。
「〈魔術〉ちゅうのは、その『括り』には収まらんもんじゃけん……。イー・ルん人に限らず『目で見えるとは限らん』もんであり、イー・ル人の場合、そもそも『見えたらいけん』最たるもんじゃ。――それがあんたは、〝この世〟の『光』んごつ見ゆるっち云う……そういう『目』なんじゃな」
「……。酷なことをしてくれましたね。この年になって、そんな余計な才能になぞ、気付きたくなかったですよ」
クォンは俯き加減にゆるゆると首を振る。剛義も「済まんなぁ」と呟いたが、彼と同じく首を振った。
「けど、『知っ』ちょいた方が良かったんは、そうじゃわ。実際、見えちょるんが分かったんじゃけん」
「――しかし……、何故、今、そんなことを……」
「――。口で云うより、コトによっちゃあ、もう一回見せた方が話が早ぇかと思うてな」
クォンが剛義を横目に見て、口ごもりながら問うと、剛義も一瞬口を噤み、やけに重々しい声で答えた。
顔を上げて、クォンは「え?」と首を傾げる。
「云われんことやったら別にいいっち云いよったけど、太狼に『見えた』もんに、釈然とせんのはそうなんじゃろ。初めて見たような感じたような、っち云いよった」
「――」
「俺の方もな、墓まで持っち行かないけん秘密じゃあねぇが、〝王様の耳は驢馬の耳〟っち、のべつ叫ばれたら困るのも、本当なんよ。口に出して訊くんは憚られるが釈然とはしてねえ、っちゅうモヤモヤを、あんたに残したまんまで別るると、こっちも不安が残る。――あんたが、『太狼のあれは何じゃ』っち、サラッと訊いちくることがありゃ、俺も、――それこそ『どうせ分からんけん云うても良い』ようなことは口で教えちゃったんじゃけどな」
別にクォンに非は無いのだが、それを聞いた彼は少々、バツの悪そうな顔をした。
「あんたの『目』が、蝦さんのお父上から教えて貰うた『範囲』のもんしか見えんのじゃったら、そのまんま放っちょいて、太狼に喧しゅう云うちょか、それで良かったんやけど――もしかして、本当はもっと他の『見えたらいけんもん』が、あんたには自覚も無く見えるんじゃったら、コンさん、あんたは『知っちょかないけん』ことがあるんじゃねえかと、思い当たってな」
「――儂自身に、それは解りやせんよ」
「そう、だからこそよ」
クォンが溜息混じりに云い、剛義は大きく頷きながらそう云った。
「イー・ル本国に居っちょる間、〈魔術〉を見たことがなかったンは、当然のことじゃわな。但し、――〈魔術〉っちゅうのは、この世に現れる結果が目に見えるもんじゃねぇんなら、さっき云うたみたいに、〈魔術士〉にだってん、必ずしも目に見えるもんじゃねえ。じゃあけん、あんたは、蝦さんのお父上から教えられたみたいに、『自分は〝魔法〟が目に見える』っちゅうことを、知っちょかないけん、と――」
「ちょ、ちょっと――すんません、タケさん、言葉遊びみたいで、今のは混乱しちまって、何を云われたのか、分かりやせんでした。どういう意味です?」
「ああ、済まんの」
クォンが焦った顔をして「ちょっと待ってくれ」と手を翳すと、剛義は何かを払うように手を振った。




