【a5d:svn】(2) -[4]-(3)
「思春期頃になると、あんたさん方とは違う意味で『悪魔』のレッテル貼られて、実際、イカレかけてたんですが――幸いにして、先代のフリアイ様、その時『教導師』だった、イヴ隊長のお父上に出会えましてね……彼は、鞭を振るって悪魔を追い出そうとするような導師様ではなかった。儂の目に見えているものを根気強く聞き出して、『この世』のもの――大体の人間には見えてるものと、儂にしか見えてないもの――見えていても『見える』と云っちゃいかんものを、分けてくれたんですよ。それから、見えちゃいけないもの、聞こえちゃいけないものを感じ取ってしまった時、その時々に応じて唱えるべき経典の一節を細かく教えてくれたりね……――今思えば、先代様も導師としては『異端』だったのかもしれやせん、普通の導師なら、そんな手間の掛かることはせず、鞭打つ方が当たり前だったんですから」
「――成る程」
「そのおかげで、『見えてないふり』をすることが出来るようになり、事ある毎に『経』を呟くようになりましたから、そのうち、逆に『信心深く敬虔な若人』って勘違いで褒める連中も増えてきましてね――それに、当時は判ってませんでしたが、〝向こう側〟の連中も、〝こっち〟が『見てる』と判るからちょっかい出してくるもんだったんですねぇ。知らんふりしてたら、声掛けてくる奴とかが劇的に減ったんですよ。それでもからかってくるようなのも居はしましたが、それまで信じてもいなかった『経』で追い払えることもあったもんで――変なところから、イー・ル民らしい『信心』が多少なりとも湧いて来たりもして」
「あ~……」
剛義が溜息を吐いて、苦笑を浮かべた。彼の場合――イー・ルの場合なら、そういうケースもあるだろう。
多分クォンは、幽霊――「死人の〝層〟」を良く見てしまっていたのだ。〈魔術〉や〈精霊〉に馴染みや関わりが無い社会や環境でも「見えてしまう目」を持ってしまった一般市民の場合、「其処」が一番多い――その傾向も、〈魔術士〉から見ると「一般的」である――。
そして、イー・ル生まれのクォンなら、「見てしまう死人」もイー・ル人が多い筈だから、「経典の文句が撃退に効いた」という現象も、剛義には納得がいく。その死人が生きていた間の信仰が、効果的に働いたのだ。
「そんなこんなで年食ってくうちに、鈍くなってったのか、段々、『見える』ことも無くなってきましてね――何と云うか、先代のフリアイ様は、『あっち』と『こっち』の境目から『こっち』に引っ張ってくれたと云いますか……儂に『この世の人間』としての『処世術』を教えてくれたような、そんな〝教導師〟様だったんですよ」
言い得て妙、そんな言葉が剛義の頭に浮かび、こくりと頷いた。
イー・ルの場合、「あっち」の「存在」を基本的に否定しているから、「あっち」と「こっち」の境でふらふらしている者は「排除」される。そして率先して「排除する」のが導師の役目だ。だが、イーヴィの父は、「あっち」を否定する訳でも無く、クォンを「こっち」に導いてやったのだ。
〈魔術〉〈精霊〉に否定的・馴染みの無い「社会」「環境」が覆らない以上、それならそれで、イーヴィの父のような行動や態度が〝導き手〟として本来の姿だと剛義には思われるが、イー・ルの場合は、そうじゃないから、「異端」――なのである。
「――とは云え、純粋にこっち側の『処世術』までは、『導師様』から授けられて身につくものじゃありませんからね。何も作れねえ、何も直せねえくせに、職人見下して札束で頬を叩いてくるような上層階級だとか、――札束なら未だ良いでしょう、礫の如く小銭を投げつけてから足蹴にしてくるようなケチくさい成金だとかの足に、頬摺りや接吻なんぞ出来るか、って癇癪起こす性根はどうしようもねえです。そういうのは、普通に宥められたり窘められたり――コロシこそやりませんでしたが、たまに手が後ろに回りもしながら、気付けば、『若ぇ頃はやんちゃもした』って良くある法螺吹く年になった訳で――」
そう云って、クォンは苦笑を浮かべ、剛義と目を合わせた。
お愛想のように同じような表情を見せ、軽く肩を竦めた剛義だったが、再び、訝しげに目を細める。
クォンの目の色と言葉に――「なのに、この年になって」という含意が感じられる。
「――で、しばらく見ちょらんかったに、また見えちしもうた、っちゅう訳かい?」
「……」
クォンは直ぐには答えず、砦の北西の角を曲がったところで、ふと足を止め、「おや?」と少し驚いたような声を出した。
「どしたん?」
後ろから剛義が尋ねると、
「ありゃあ何だろう。砦の設備じゃねぇんです」
クォンは前方を指さしながら、小さく首も傾げた。
指さす方向は砦の南西の角である。布の壁と屋根を張ったテントのようなものがあった。剛義も「ふん?」と首を傾げたが、思い当たることがあったので「あぁ」と声を上げた。
「そういや、無線の基盤を修理すんのに、太狼がスォ=ハム君を外に連れ出したんじゃったわ。半田付けすんのに、中は暗ぇし、窓が無ぇけん換気が出来んちゅうて。砂が舞うたら困るけん、即席の風防作ったんじゃろ」
剛義がそう云うと、「ああ…」とクォンが、納得と感激が混じったような息を吐いた。
「それはまた、有り難いことで……」
「ちゅーか、片付けちょらん太狼が無精じゃ」
剛義が大げさに口を尖らせたので、クォンは薄く苦笑を浮かべた。
それから改めて今立っている北西の角、足下を見下ろすと、クォンはゆるゆると腰を曲げ、片膝をついてしゃがみ込む。同じように剛義も腰を屈めた。
クォンが壁を擦り、手と目を留めたところに、指が二本嵌まる程度の窪みがあった。よく見ると、その窪みの周囲には一尺四方くらいの「筋」が刻まれていた。――壁の色と材質を合わせてカムフラージュした「扉」か「蓋」のように見える。
「これは?」
剛義が訊くと、クォンは一瞬口を噤んでから、答えた。
「予備の発電機や外部電池を繋げられる差し込みの一つが、此処にあります。――其方が載っけて来てるって発電機を、もし使えるようならば、ここに繋げてもらうことになるかもしれん」
「ふむ」
クォンの「使えるならば」という言葉には、「機械的に接続が可能ならば」という意味と、「隊長が使用許可を出すならば」という二つの意味が含まれていそうだ。
「西側からの風はそんなに強くねぇんですが……、しばらく確認に来てなかったもんで、案の定、砂が吹き溜まってますな。こんなことしか出来ねえのは歯がゆいことですが、コイツを今のうちに退けときます」
「手伝うで」
窪みが恐らく把手である、これが完全に外れる「蓋」だと思った場合、あるいは上下左右のいずれかに蝶番がある「扉」だと思った場合でも、縦方向の「筋」が半分ほど砂に埋もれてしまっていた。把手に指を差し込んで「開く」ことも「外す」ことも、砂が邪魔をして出来ない。
クォンの「やれやれ」というふうな口調に、剛義は笑いながら殊更張り切った声を出した。
北西という位置が幸いしているのか、砂は火傷するほど熱くはない。二人でざくっと手を差し込み、出来るだけ筋の周辺が平らになるよう、慎重に砂を退けていく。
「……儂がイカレかけてた時に見えてたのは、『死人』ばかりじゃありませんでね」
ボソッ、と呟くようにクォンが云った。ふん?と剛義が鼻を鳴らすと、砂に目をやったまま、クォンが続けた。
「あんたがた、本物の〈魔術士〉は何て云ってるんだか知りやせんが――〝オーラ〟とか云うんですか? 生きてる人間の、気配というのか、何とも云えない『特徴』というのか……、何か、そんなもんが、やたら見えるというか、判るというか……そんな時期が、あったんですよ」
「ほう?」
「死人にからかわれることよりむしろ、生きてるのが嫌になる、イカレちまう原因は、生きてる人間の『それ』を見ちまうこと……っていうか、『見えない』せいでイカレちまいそうなこともありまして。……こういうの、本物の〈魔術士〉は、皆見えて、何とか出来てるもんなんですかい? 病気してる人間の、悪いところだけが特別変な色をしていたり――酷い時は、その場所だけぽっかり穴が空いてたり、首が無かったりするんですよ…」
クォンが億劫そうな声で訊いてきた。……全然見えてない人間を方便でごまかすことは訳無いが、クォンは、「見える」が故に、本人に自覚が無くても一定レベルの「知識」を既に持っていると云えるので、いい加減な返しは出来ない。剛義は小首を傾げてから、
「個人差じゃなあ~……。そもそも、〈魔術士〉の皆が皆、あんたさんみたいに『死人』が見える訳でも無ぇんよ。病気で死にそうにある人間に直ぐ気付くっちゅうのも、それが『得意』な魔法使いも居るかもしれんが、全然判らん人も居るよ」
「……そうなんですかい?」
「うん。コンさんの場合、特別『目』が、少し『耳』が良かったごたんけど、あんたより『目』と『耳』が悪ぃ魔術士も居るじゃろうで。皆が皆じゃねえけど、その辺で魔術士の『普通』を云うんじゃったら……そうじゃなあ、ちょこっと『触り』さえすりゃあ、人が体壊しちょるのが、医者よりは早く判るかんしれん、っちゅう程度かな」
クォンが「そういうもんですか」と少々、拍子抜けしたような声を出した。それから、また億劫そうに、
「……何にせよ、死人を見ちまうより、生者の『見えちゃいけないもの』を見ちまう方が、イカレそうなくらい苦痛だったんです」
「ふん、まあ……そうじゃろうな」
さっき、親兄弟も死んでいると云っていた――それがいつ頃のことなのか知らないが、「落ち着いてから」だとしても、身内の死期を、誰にも理解してもらえない理屈で悟ってしまうことは、孤独感も相俟って、さぞ苦しかっただろう。
「――それが一番不安定な年頃だったから、ってのもあるんですかねぇ……実のところ、一番見たくねえもんは、死人でも病人でもありやせんでした。導師様から諭されなくたって、儂なんぞが『判らなくたって良い』ことを知っちまうのが、もう嫌で嫌で、『大人』になるのが辛くて――」
「ん?」
「――『血の繋がり』が何故か見えちまう……判っちまうんです――先代フリアイ様から『こっち』に引き戻して貰えても、結局、それだけは引きずって、所帯も持たずに来ちまいました――自分自身の『それ』を見ちまうのが怖くて」
「……」




