【a5d:svn】(2) -[4]-(2)
庇の影を照らしながら眺めつつ――其処に何があるのか判らないが、剛義も釣られて視線をそちらに向ける――クォンは真面目な声で、
「……サヴァナは、世界中から『技師』『職人』が集まってるってぇのが本当なら、『魔法』とは違う、儂なんぞ足下にも及ばんような職人技を持っとるんかと、思いまして」
と云った。
剛義はそこで「ん?」と小首を傾げたが、取りあえず、
「実際、あんたがたの知っちょるのと『違う』技術は持っちょるかもしれんけど、足下に及ぶ及ばん云うような、『上下』の違いは多分あらせんで。――あいな『粘着質の素人』がボコるだけで形変えたもんを『戻す方法』に、上下や貴賤、劇的な差やらあるかいの」
少々呆れた声色も混じえながら、そう云った。
クォンはうっすらと笑み、「そういうもんですか」と相槌を打つ。
「……。世界中からってなると、民族……も相当混ざっとるんでしょうね」
再び、独り言のような口調でクォンは云ってから、確認するような目をして剛義を見た。
――さっきの話も思い出して、剛義は一瞬目を細め、
「俺、そげぇ太狼と似ちょらんかなぁ。まあ、顔は嬶ァの方に似ちょるんじゃが、背が高ぇんは、俺の祖父さん譲りじゃろうし、俺がもう真っ白になったけん判らんけど、若ぇ頃は彼奴とおんなし髪色じゃったんで」
頭頂部を撫でながらそう云うと、さっきと同様、クォンは少し慌てた声を出した。
「ああ、いや、すいません。そういう意味で、蒸し返したつもりじゃなかったんですが……、――」
弁解する言葉を出した後で、再び何故か、クォンも微かに首を捻った。
どうも、クォン自身に、何だか知らないが「釈然としない」気分があるらしい……剛義はそんなことを感じた。が、それを今突っ込んで尋ねはせず、軽く肩を竦めて云った。
「……ちゅうか、コンさん、俺も驚くわ。あんた何でそげなことを、知っちょるというか……、『そういうもん』じゃと思うちょんの」
「――」
「実際、もう『血』の意味で『民族』を云うのは意味が無ぇ。見た目でサヴァナ人は判らんし、隔世遺伝もあるけん、親子が全然似ちょらんでも誰も不思議には思わん。あんたとこの中枢が云いよることが、嘘とは云わんが法螺ではあるくらいに、雑種ばっかりよ。現代でも、男女問わず出たり入ったりで混じりよるしな」
「――法螺?」
今度はクォンが訝しげに目を細め、剛義が「法螺よ」と繰り返す。
「いつの話をしよんのか判らんが、イー・ルは俺達を、『イー・ルの叛逆徒の末裔』っち云いよるじゃろ? 実際、そういう出自の者が居らんとは云われんけん、こっちも別に云い返しはせんのじゃけど、ギルドが出来た時の筆頭は、確実にイー・ルの者じゃねえんよ。まあ、ぶっちゃけ、俺と太狼の遠い遠いご先祖様じゃけどな」
「……」
「大昔サヴァナ・アルチザン・ギルドが成立した頃――ちゅうてん、そげな名前が付いちょったかどうかも分からんけどな――、ご先祖は平原の、西半分位の範囲で移動生活しよった。もしかしたら、東に砂漠があることも知らんかったかもしれんし、知っちょってもわざわざ出て行きはせんかったかもしれん。つまりは、イー・ルっちゅう国が、いつから有ったんか、いつ出来たんかも知らんかったんが、ギルドの始祖であり俺の先祖なんよ。――勿論、イー・ル側からそれを出任せっち云われてん仕方ねえよ? こっちは本当に『知らん』かったんじゃもん、イー・ルっちゅう『国』がいつから有るやら。じゃあけん、イー・ルが云いよることに、反駁するだけの証立ても、こっちには無ぇ。――でもそれは、イー・ルも同じや」
剛義の台詞に、クォンは何故か気分を害した様子も無く、却って彼の方が「成る程」という風に息を吐いた。
「――ギルドの成立時にはイー・ルという国の存在を知らないし、もしかしてイー・ル国が興されてもなかったかもしれないのに加えて、実際、イー・ルの追放民を出自に持つ者も居て可笑しくないから、貴方方は強いて反論もしないのですな……。なのに、イー・ルは、証立ても無いことを『わざわざ大声で云う』、成る程、法螺ですな」
クォンが薄い笑みを浮かべて、独り言のような口調で云う。――剛義は目を細めた。
「……あんたも、隊長さんとはちょっと違う意味で、今のイー・ル人とは人が違うよなぁ。こげん云い方したら、『悪魔に堕ちた叛逆民が空言を云うな』っち噛みついてきそうにあんに――サヴァナが『世界中から集まった職人のごった煮』っちゅうの方を、そういうもんと思うちょるやん」
「……。壁に耳が有ったら大変なことになりますが、……もし本当に『そういうもの』なんなら、サヴァナに生まれてた方が、儂はもしかしたら幸せだったんじゃねぇかと、そんな人生送って来やしたもんで」
「――」
砦の壁に手を当てて撫でるようにしながら、庇を見上げてクォンがゆっくりと歩く。
「『信仰心』は何とか保ててますし、今でこそ、イー・ル民であることへ、そこそこの自尊心はありますが、若ぇ頃、イヴ隊長のお父上に出会えてなかったら、処刑されてても可笑しかなかったんですよ。――イー・ルって国は、大工や職人の地位や身分が低くてね」
「へえー、そうなん?」
「儂自身は、おいそれと真似出来ねぇ技術を手に付けてることに誇りがありやしたが、それを認めて貰えねえことに我慢がならず、……まあ、よく癇癪起こして、荒んでまして。――〈魔術〉ってもんも、『人』が身につけてる技術なんなら、別に『否定』することはねぇじゃねえかって考えが実はあって……。こう見えて、イー・ルからすりゃ、結構な危険人物なんですよ」
「あー……」
「儂の言い分としちゃあ、イー・ルの方が生きづらい所だってことなんですがね。――だからでしょう、他のイー・ル人とは『人格が違う』ってんなら」
剛義は溜息をついた後で、小首を傾げた。
「その割に、あんた、俺達を警戒しちょるっち云いよったけど?」
クォンは剛義をちらっと振り返ってから、一度軽く首を振った。
「だからこそ、儂が儂自身に警戒しとるって意味もあるんですよ。ともすると、あんたがたに転んでも可笑しくねえ、素地があるもんだから。だけど、E=V様のことは裏切りたくねぇ」
「……ふん?」
「――云ったでしょう、儂は、あの方の父上……今はあの方のおかげで、イー・ルに居られるようなもんなんですよ。だから、敵方と接触してることで隊長に不利益が生じちゃいけねえし、儂自身が、あんたがたに共鳴しちまってイヴ様を裏切っちゃあ、いたたまれない。先代様にあの世で顔向け出来ねぇ――儂の『警戒』てぇのは、そういう意味です」
「……成る程」
国や軍のため、あるいは自分の身の安全のためじゃなく、隊長のための警戒ってことか。――それも「この世の習い」だ、剛義が大きく頷く。
「儂ァ、親兄弟も死んじまって所帯も持たないまんまでしたから、都に身内も居ねぇんですよ。年もそれなりに食ったことだし、戦争でおっ死ぬとしても特に未練も無く、戦場まで、最後まで、フリアイ様に付いてく人生選んだ訳です」
「……」
「それがね、軍だか国そのものだか、それとも奴さん個人の恨みだか知らねえが、ここまでイヴ様を虚仮にされたんじゃ、只でさえ、もう軍に義理ァ無ぇって気には、なってまさぁね。……これで、イヴ様に万が一のことがあれば、儂ァもう、生国に何の義理も情も無ぇ。サヴァナに寝返り打って悪魔と呼ばれようが、知ったことじゃねぇです。人生折り返しも過ぎちまった儂が、まだまだケツに殻付けた雛扱いされるくらいの親方衆に紛れられるようなら、それも却って生きてる甲斐になりやしょうし――そりゃ勿論、イヴ様に危害を加えるのがあんた方ではないなら、ですがね」
「ふむ……」
「とは云え、今んとこは、あんたがたの方が余程、軍やクニのお偉方よりは信用出来ると、思ってますよ」
軽く肩を竦めながら剛義と目を合わせて、クォンはそんなことを云った。
そこで剛義も、薄く苦笑を見せたが、――さっきから抱いていた、何とも云えない疑問の理由が判った気がして、軽く目を細めた。
「コンさん、あんた、何か見ゆんの?」
「……」
自分と視線を合わせてはいるのだが、クォンの目がたまに、もっと遠いところ――目玉を通り越して後ろ頭を透かし見ているような……そんな「色」になるのだ。太狼のことを訊いてきた時も、こんな感じだったような。
クォンは、剛義の質問にはっきりとは答えず、再び壁伝いに歩きながら、
「……生き辛ぇ国なんですよ、イー・ルって国は」
溜息混じりに、そう繰り返した。
それだけでも察するものがあり、剛義は、彼と同じく溜息をつき、「さもあらん」と頷いた。
「他人に――と云うより、大導師長に見えないものは民衆にも見えちゃいかんし、大導師長にしか見られないものも民衆には見えちゃいかんのです。――民衆の殆どが見ていて大導師長にだけ見えてないってものの方が、よっぽど世の中には有ると思うのですがね」
「――苦労しちょんなあ、あんた」
大層しみじみとした声で「敵方の親玉」から云われたので、クォンは却って、普通に笑ってしまった、「プッ」と吹きだしてしまう。
イー・ルで生まれ育ったにも関わらず、〈魔術〉に対して否定的ではなかった、ということにも、ここでしみじみ納得出来た剛義だった。
〈魔術士〉の素質は、実際、〈魔術〉に対して肯定的な環境にある方が現れやすい。よって、イー・ルのように全否定している国家では、いくら素質が「有る」としても滅多に表に出てくるものではないし、素質があろうが無かろうが、本当になれるかどうかも確実ではない以上、そんな素質は「無い」方が余程に良い。
しかし、何かが「見える目」「聞こえる耳」――〈精霊〉や〈層〉のような〝この世以外のもの〟に対する感覚は、〈魔術士〉か否か、関係が無いのだ――そういう感覚を〈魔術士〉や〈魔術〉に対して肯定的な社会では「体質」と呼びもし、ひいてはそれを「素質」の一つとも見る――。
よって、「何処」の「誰」がその感覚を持っていても不思議ではない。〈魔術士〉は訓練・修行でそれを得ようとするが、生まれながらに持っていても可笑しくないものであるのだ――この点でも、イーヴィに云った「イー・ルは『悪魔』『魔法使い』の定義が広すぎる」というのは、サヴァナの筆頭が云っているだけのことではない、真っ当な〈魔術士〉全員が持っている認識である――。
「子供時分は『幽霊が出た』って泣いちゃあ叱られてましたよ。怖がって泣く時期を過ぎた頃には、『区別』が付かないせいで、死人からの頼まれ事を馬鹿正直に聞いてやって、気味悪がられたりね。寺院に連れてかれて、『教鞭』で撲たれたりもしましたさ」
「……」




