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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(2)
234/277

【a5d:svn】(2) -[4]-(1)



 ……偶々のことであるし、内容がちゃんと聞こえていた訳でも無かったけども、砦の角に一人の人物が、居心地悪く立ちん坊であった。

 大きな飴玉を丸呑みしてしまったような渋い顔をして、黙って東の方角を見つめている自分自身の上司、本当なら敵方のトップ……その二人が二人だけで会談している場所に立ち入るのが憚られて、どうしたものかと立ち尽くしていた――イーヴィと剛義に「密談」のつもりは無かったから、普通に角を曲がって姿を現しさえすれば、特に気にしなかった筈だが――。

 しかし、立ち聞きと()()()ても困るので、一つ深呼吸をしてから、素知らぬふりをして出て行った。

 目の端に見えた人物に、

「……お…おや、クォンさん――」

 イーヴィが、少しばかり狼狽えた顔をして――話を聞かれていたかと慌てたのではなく、少々目頭が熱くなりかけていたのでバツが悪く――声を掛けた。

 クォンは、何とか戸惑いと驚きの表情を()()()

「……何か、お話の邪魔をしちまったでしょうか?」

 と申し訳なさそうな声を出した。

「いえ、別に大丈夫ですよ。クォンさんは、何か――作業が?」

 クォンが道具箱を持っていたのでイーヴィが尋ねると、彼は頷いた。

「さっきの……タローさんって若者が居てくれたら頼もしい限り、こちらとしては情けない限りで……。彼が戻られるまでに今のうち、ざっと全体見て、常夜灯や発電機の手入れの段取りを考えておこうかと思いまして」

「ああ~、そう云うてくれると、オヤジとして鼻が高いですわ。――生憎、俺もアイツより腕力は落ちちょりますが、体調は万全じゃけん、何かしら手伝うことがあったらやりますで?」

 剛義が破顔してそんなことを云う。

 クォンが困惑気味の顔で、イーヴィに意見を仰ぐような目を見せた。

「クォンさんも手が有る方が良いとお考えなのなら、お言葉に甘えても良いでしょう。――実際のところ、タロー殿と背格好は似ていて今居る皆より力は残っているだろう私が、設備修理等に関して全くの素人ですから」

 イーヴィがクォンへ苦笑を見せながら頷く。

 ならば……とクォンが剛義へ、

「それじゃ……恐れ入りますが、閣下にも発電機を見て貰いましょうか、ご意見を頂けたら有り難い」

 こちらへ、と云うふうに北の方角へ手を差し出して促す。

「閣下とか云わんで、こそばいい(くすぐったい)。タケで良いっちゃ」

 剛義は身を竦ませながら云い、クォンに付いていった。

 イーヴィもその背中を少し見送って医務室の搬送口から中に戻り、同い年のエ=ドンに真剣な顔付きを見せた。

「ウドゥ、ライズ君とリモ君……特にリモ君の容態によっては、君は診察と治療をしなきゃいけないね。君自身は、もう大丈夫か?」

「脱水症状は無くなったから、そっちは大丈夫……でも、脚がこの通りだから、『機敏』が要る仕事は出来ないよ、可能なら〝ハナ殿〟に手伝って貰いたいものだ」

 やれやれ、というふうに首を振った後、エ=ドンが「あ」と何か思いついた顔をし、

「そうだ、――イヴ、その椅子を、取ってくれ」

 診察台の近くで蹴倒されたまま放っておかれた、肘掛けが付いた方の椅子を指す。

「それを車椅子代わりにするよ」

 キャスターが付いているので無事な方で床を蹴るようにすれば、足を引きずりながら歩くより「フットワーク」は軽くなる。

 ああ……とイーヴィも納得し、背もたれを掴んでベッドに近づけると、エ=ドンに肩を貸し、椅子に移動させた。

「うん……これなら良い。――ライズ君とリモ君が戻る前に、チォ君とソゥパ君も見てこよう」

 エ=ドンは無事な方の足で床を軽く蹴り、廊下に続くスイングドアへ近寄る。

 イーヴィが軽く笑み、

「今は私が居るんだから、足を使わなくて良いよ、私が押す」

 そう云って、背もたれに手を掛けた。

「ああ、有難う」

 振り返ってエ=ドンも薄く笑みを返した。「どういたしまして」と云った後で、イーヴィは真剣な顔付きになり、

「ウドゥ、チォ君とソゥパ君を診た後で良いんだが、……君には、リモ君を診て貰わなきゃいけないから――先に、話しておきたいことがあるんだ」

 と告げた。

 するとエ=ドンも、

「――だろうね、俺も君に聞いときたいことがあったんだよ」

 と云って小首を傾げた。



 隊の中で最年長のクォンだが、それでも剛義よりは十前後若い。しかし、まだ体調は万全でないからか、歩き方が慎重だ。「案内」されている立場の剛義は、彼より半歩ほど後ろになる位置で並び、彼の歩調に合わせて「のんびり」歩く。

 クォンが、ちらっと剛義に顔を向けて、多少口ごもりながら、

「タケさん、……で良いんですかい」

 と先ず尋ねてきた。剛義は大きく頷き、

「おぉい、構わん(かんまん)。『いかにも軍人』で倅や孫でも可笑しねえ年の隊長さん達はしょうがねえが、――あんたは『コン』さんちゅうたか――あんたくらいの年の『技師(おなかま)』から、あんまり丁寧に扱われるんは、こそばいぃけん」

「……儂は、『クォン』なんですがね」

 ――隊長のことも「いび」と呼んでいたようだから、発音がしにくいというのなら、まぁ別に良いか、と気にしないつもりではあったが――クォンは一応、一度は云っておいた。

 それから、再び、云い難そうに、

「……あの……、タロー君というのは、タケさんの、実の息子さんですか」

 と剛義に尋ねた。

 剛義はピクリと目を細め、

「畏まらんで欲しいのはそうじゃけど、突然そげなこと訊いてくるかえ。――二人目の嬶ァが産んだ長男(せがれ)じゃ。それはそれは別嬪の内儀で年も離れちょるが、いきなり不貞を疑わるるんは気分悪ィで? 俺ァ、今でん『あっちの倅』も元気じゃし」

 大げさに嘆く口調で返した。クォンは慌てて、

「あ、あぁ、いや、すんませんな、そういう意味じゃねえんですよ」

 ペコペコと頭を下げ、頭を掻きながら早口に云った。

「……まぁ、(まんご)でも可笑しねぇ年じゃき、倅っち云われたら不思議な感じはしょうけどな。太狼の上にも、一人目の嬶が産んだ、おなごの子なら二人居んのよ、隊長さんとあんまり変わらん年じゃと思うで」

 本気で気を悪くした訳でも無い、と示すように、剛義は軽く肩を竦めながら云った。

 クォンが苦笑して、

「今でも『あっち』がお元気っちゅうのは、羨ましい限りですな」

 と先ず軽口を叩いた。すると剛義が「ははは」と笑った後で、

「何で、そげなこと訊いたん?」

 と、あっさりした声色で尋ねた。

「やっぱり年齢(とし)が離れちょるけん、養子とでも思うたん?」

「……」

 クォンは直ぐに答えず、じっと剛義の顔を見た。――それから、何故か小首を傾げ、

「まあ……それもありますけども…――」

 曖昧に呟いた後で、その先は、何か云おうとして飲み込んだ、というふうに、一度唇を引き結んだ。

 ん?と剛義が今度は訝しげに目を細め首を傾げた。

 クォンは、――一体、はぐらかすつもりだったのかどうか解らないが、

「――あれが、発電機の小屋です」

 と目の前の建物を、手で指した。

 太狼が開けてもう一度閉めたシャッターの前に立ち、

「これ、開けるのを(すけ)てくれますかね。……〝少将(奴さん)〟、無理くり差し込みをねじ切ってこじ開けたもんで、つっかえちまうんですよ」

 両端を指さしつつ云う。

 応、と剛義は頷き、左右に分かれ、クォンと息を合わせて慎重に持ち上げる。

 開けてその中にあった「発電機」を見て、剛義は思わず、

「こーらまた」

 と、却って「感心」したような声を上げてしまった。太狼と同じく、「この作業」をした人間は、本来芸術家志望ででもあったのか、などと考えてしまう。

 この手の「工業的機械」というのは、シャープで無機質、シンプル、そして定型を持っているものだ。それを何ともまあ、よくぞ殴打だけで、こんな有機的な曲線を作り、オンリーワンの前衛的なオブジェに仕立てたものである。

 しゃがみ込んで床との隙間も覗き込み、壁の機械も――やはり太狼と同じように――目視して、クォンと目を合わせた。

「素人の仕事っちゅうのは、却って怖いもんですなあ、コンさん」

 と剛義が苦笑を見せると、クォンも同じような顔をして肩を竦めた。

「こう見る限り、主軸やらは無傷のごたるけど、使われんなったっちゅうんなら、タービンか何かがどげぇかなったんかな? ……ちゅうてん、それを確認するのにも、ここまでボッコボコにされたんじゃ、この外殻(カバー)取るのだけで一仕事やな」

 ボルトの頭が潰されていたり、鉄板同士を合わせる留め具が歪んでいたり……、賊自身がそれを狙ってやった訳ではなさそうなのだが、修理する側を苛つかせることが目的と考えてみたら、かなり優秀な仕事だ。

 剛義は、やれやれと溜息をつき、渋面をクォンに見せた。

「こりゃー確かに、今は、太狼が居らんと手が出されん仕事じゃなー。隊長(いび)さんに限らず、他の軍人さんが万全じゃったら良いけど、そうじゃねえもの」

「仰る通りで……」

 クォンも大きく溜息をつく。

「――常夜灯は、風車からも直で繋いじょるっち太狼が云いよったけど、そっちのモーターとかコイルなんかは此処と別なん」

「ええ、幸い、そっちには全く手を出されておりませんでしたので」

「ふーん……。じゃあ、やっぱり取りあえず、無線に回しちょったちゅうのを、戻すんが良かろうな。――盗られたっちゅう予備の燃料発電機は、また別のどっかに繋げられるようになっちょったんかな。……持ってきた物資に、そげなんは載せちょったかでぇ(ていたかなあ)、外でキャンプになった時用の、投光器に使うやつは載っちょる筈なんじゃが……」

 独りごちた後、剛義は

「何にせよ、この発電機のこと考える(ゆん)のは後にした方が良かろうで。太狼一人だけ当てにしてん時間が掛かるだけじゃけん、二三日(にさんち)もしたら軍人さんの体調も戻るじゃろうっち、のんびり構えちょった方が気持ちが楽じゃわ、やきもきしよると気が滅入るだけ(だよ)

 行こう、とクォンの背中を軽く叩いた。

 クォンも「それもそうですな」と頷き、二人で、再び息を揃えシャッターを閉めた。

 休戦状態・協力態勢とは云え、互いに敵方同士の自覚はある。剛義の側から、見たい場所を伝えたり次は何処に行くのか訊いたりするのは宜しくない。よって、剛義は黙って、クォンが次に行く場所へついていくだけである。

「――あんたさんでも、あんなにまでなっちゃ、そう簡単に直せませんか」

 砦の壁伝いに西方向へゆっくり歩いていたクォンが、庇を見上げながら独り言のような口調で云って、ちらっと発電機の方を振り返った。

 剛義は肩を竦め、

「〝ちちんぷいぷい〟で直せりゃ苦は無かろうけどな。あんた達もそげなん嫌じゃろうし、俺もしとねえわ。職人の沽券っちゅうか、意地があるわい」

 そんなことを云った。

 クォンは苦笑を浮かべて「そっちの意味でも無かったんですが」と云った後で、道具箱から懐中電灯を取り出した。


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