【a5d:svn】(2) -[3]-(2)
「〈魔術〉じゃねえでん出来ることを、『楽』とか『便利』で、安易に〈魔術〉で片付けるのはいけんっち、律するもんなんじゃわ。――その上、イー・ルの陣地でイー・ル人を『救出』すんのが目的なんやけんな。花ちゃんから指示仰がれもしたけん、一応念押ししたんじゃが――〈魔術〉を良ぉ知っちょって〈魔術士〉になった者なら尚、身に染みちょる筈のことをいちいち云うたけん、太狼は『子供に云うようなことを云うな』っちゅう顔したんよ」
「……」
「――身も蓋もねぇ話、不安定な砂漠で点滴しながら移動すんのが危ねえっちゅうんなら、危のねえようにする〈魔術〉はあんので。もっと直接に――あんた達もそういう『言葉』だけなら分かるじゃろう――〈治癒魔法〉だって有るんじゃ。でも、あんた達は『そげな助けられ方』したら、逆に死にてぇくらいじゃろうがえ、それは『助ける』ことにならんろう。助け求めた人間を敢えて殺すのと同じくらいに、悪趣味じゃ」
「――。タケヨシ殿……。つくづく、これまでの我々の無礼を――お許し下さいと申しては虫の良い言葉になってしまいますが――、理解しながらに、流して下さっていたことへ、……導師長の一人として、心から恐れ入り、感謝申し上げます」
イーヴィが腹の上で両手を重ね、剛義に頭を下げる。剛義は訝しげな顔をした後で、――恫喝という程ではないが鋭い声を出した。
「蝦さん、止めよ。あんたの立場でそげな態度を取るのは、あんまりじゃ。下のもんに示しが付かん」
「……これまで私が導師長として説いてきた神の言葉が、ちゃんと隊員達に伝わっているなら、そんな心配は無い筈です。――貴方方は、悪魔ではない。それを、十二分に得心致しました。だからこそ、私の頭が垂れるのです」
「――」
「私の態度が部下や若人に不審をもたらすようなことがあれば、それは私がちゃんと導いて来られなかったから――ですから、それは真に、私の不徳の致すところです」
微苦笑を浮かべてイーヴィが云うと、剛義も同じような表情を浮かべて、一つ息を吐いた。
「それを云うたら、俺も同じじゃ。あんたは俺以外、太狼と花ちゃんしか知らんじゃろ。俺が筆頭じゃけんっちゅうち、サヴァナのもん皆が、あの二人のごつ在る訳じゃねえけの」
「――それは、何処の国、集団でも同じでしょう」
ふ、とイーヴィは笑みを浮かべながら云い、剛義も軽く肩を竦めながら頷いた。
イーヴィがそこで「それはさておき」と云うふうに、一度軽く咳払いをしてから云った。
「ところで、……重ねて、お尋ねしても宜しいでしょうか」
「何を? ――あんたと同じく、〝センソー〟絡みでサヴァナの事情は話されんで?」
剛義も少しおどけた声を出しながら答えた。イーヴィは「当然でしょう」とまた苦笑した後で、真面目に続けた。
「先程、少し引っかかったことがありまして――。『自分達も〈魔術〉と呼ぶ技術』と、仰いましたね」
「ああ……云うたな」
「それが、どういう意味なのか……少し、理解が追いついておりませんで。〈魔術〉とは呼ばない魔法、というのがあるのですか?」
恥ずかしながら、と云う風に小首を傾げながらイーヴィが云う。
剛義も、「ん~」と曖昧に唸ってから、先に
「何故、そげんこと訊きてぇん? 理解が追いついてない――て、別に理解せんでも良いやん」
と同じく小首を傾げて尋ねた。
それには、イーヴィは口ごもることもなく真面目に答える。
「我々の矜持、哲学を理解して下さっている上で、貴方は、こちらから仕掛けた戦争に――『付き合ってくれている』とも云え、だのに貴方は、我が隊のSOSにまで応じて下さっている。その割に、私は――先程の『〈魔術士〉は〈魔術〉を出来るだけ使わない』というのも大変驚いたくらい、貴方方の『哲学』を全く知らないことに、気付きましたので」
「――はぁ。……ふぅん」
「かと云って、無神経に他者の精神的基盤に踏み込むつもりもありませんから、それがサヴァナ――というより〈魔術士〉にとっての〝機密〟ででもあるなら、お聞き出来なくても構わないのですが」
「〝機密〟ちゅう訳じゃねえが、〈魔術士〉になっちみらな絶対解らん、〈魔術士〉じゃねえ人にとっては、一回、自分の価値観とか矜持――世界観を全部真っ新にしち貰わんと伝わらん『領域』ちゅうか『範囲』ちゅうか、そういう話があってなぁ……。それを説明すんのも難しいんじゃわ。イー・ルん人ンごと、かなり『完成した世界』持っちょる人には、中々難しいで」
剛義が軽く肩を竦め、イーヴィの顔を見て溜息混じりに云うと、彼は少し思案げに目を伏せてから、小さく首を振った。
「……。タケヨシ殿、私は多分、『〈魔術〉について』を理解したくて、今の質問を差し上げたのじゃないんです。私が知りたいのは、私自身のこと――その中に有る祖国と神のこと、なのだと思います。何故、私は今まで、貴方のことを『悪魔』だと思っていたのか?と」
「……」
「『完成した世界』を壊してまで聞かねばならぬこととは思っていませんから、其処までのことであるなら、結構です。私は、『完成している世界』を再認識するため、あるいは、間違っている箇所があれば修正をしたくて、お尋ねしたのだと――そう思います。宜しければ、お答え下さいませんでしょうか」
必死に問い詰める口調ではない。「其処までのことなら聞かずとも良い」というのは方便じゃないと解る、あっさりとした口調だ。しかし、浅はかな軽口を叩いた訳でも無く、声色は真面目なものだった。
剛義は、ふうっと息を吐いた後で、「そうかい」と頷きながらイーヴィに微笑を見せ、
「――そげんことじゃったら、別に云われんようなことは無ぇ。インテリ系で口の立つ〈魔術士〉と比べたら、俺の話は『説明』にならんじゃろうけん、あんたもそのつもりで居ってぇ。大方で聞いちょいて、後で咀嚼してくれ」
そんな前置きをし、改めて東の方角に真っ直ぐな視線を向けた。
「――俺が、ちっと回りくどい云い方したんは、あんた達が云う『魔法』『魔法使い』の意味が、あんまり広ぇけんなんじゃ」
「……?」
「イー・ル人は、俺達が〈魔術士〉とは呼ばん人のことも魔法使い、悪魔っちゅうし、〈魔術士〉は〈魔術〉とは思わん技術ンことも魔法・魔術っち云う。――ことがある」
腕を組んで、溜息混じりに剛義が云う。
「そーいう『括り方』をしたら、自分達も悪魔になるっちゅうことに気がつかん……というか、知らんふりしたまま、俺達のことを『悪魔』っち、自分に言い聞かせよるのよなぁ。――蝦さん、あんたは今、その『括り方』を考え直すつもりで俺に聞いちきたけん――こげぇ云うのもなんじゃけど、まだ『マシ』じゃ」
剛義が、イーヴィに寂しげな苦笑を見せながらそう云うと、軽く彼を指さした。
「あんたには多分通じると思うんじゃけど、千年前のイー・ル人から見りゃ、あんたも、魔法を使いよる『魔法使い』やん。千年前から同じ神さん信じちょったとしてもな――まぁ、俺は、千年前に今のイー・ルっちゅう国があったんかどうか、民族が確立されちょったんかは知らんのじゃけどさ。大昔、っちゅう意味でな」
「……」
ぴくりとイーヴィが眉を顰め、剛義は再び東へ顔を向け、視線を遠くへ飛ばす。
「驢馬や駱駝が曳きよる訳でもねえ『車』が、ひとりでに、動物も目じゃねえ速さで走っち行く。目で見えん『ノ・ウーの谷』に居るオリバー君と、目の前に居るごつ話を出来る。千年前のご先祖さんは、今のあんた見て、『子孫が悪魔つきの魔法使いになっちしもうた』っち嘆きよらせんかえ?」
イーヴィは目を細めて問うた。
「貴方方の『魔法』とは、そういう範疇のものだと?」
「そういう範疇のものと、〈魔術士〉が〈魔術〉と思うちょるものを、全部括ってしもうて『魔術』っち云いよるんが、今のイー・ルじゃ、っちゅう話をしよる」
「――」
「逆にな、千年前のイー・ル人じゃち『魔法』とは思わんようなことも、あんたがたは『魔法』っち云いよるかんしれん。それは、父祖を『魔法使い』『悪魔』っち云いよるようなもんじゃに、イー・ルは其処に気付いちょらん、それか知らんふりしちょる」
多少心外である、というふうにイーヴィは目を細めていたが、剛義の方はそれも分かっていて喋っているので、気にしていない。
「実際に、〈魔術士〉も〈魔術〉っち云うワザを、見せちゃった方が話が早ぇが、あんたに抵抗あるじゃろうけん、〈魔術〉じゃねえのに『魔法』んごとある例えを出そうかな」
そう云うと、剛義は右手を前に伸ばして、一点を指さした。一瞬イーヴィは肩を強ばらせたが、剛義はただ前方を指さしただけである。
オリバー達を乗せていったR2車の作った轍が、まだうっすらと見えている。ノ・ウーの谷まで、自然に波打っているだけの筈の平地が、轍によって、多少不自然な「段差」を作っていた――その線上、四、五間ほど先を剛義は指している。
「蝦さん。俺の指の先で、砂が崩れるで。ちょっと見ちょけ。――そげぇ時間はかからん」
そんなことを云った。
イーヴィは素直に、剛義が指さす方向を注視した。
云う通り、二分は待たずに、轍が作っていた不自然な段差の一角が、ぽろっと崩れた。風のせいと思ったら、それこそ「不自然」な狭い範囲で――。
イーヴィが眉を寄せた。剛義が飄々と訊く。
「俺が、『魔法』で何かしたと思うたか?」
「いえ……」
イーヴィが、否定したのは嘘ではない。砂が崩れた「原因」は、イーヴィにも解ったからだ。イー・ルの都ではただ「砂蜥蜴」、砂漠側に暮らす民は「おやつとかげ」とも呼ぶ見慣れた蜥蜴が、身を潜めていた砂から這い出してきたのだった。
砂の一角が崩れたのはそれが原因、だが……
「それでも、『あなたが何故分かったのか』という疑問は、拭えません」
イーヴィが率直に云うと、剛義は飄々とした声のままで答えた。
「彼処にあいつが潜るんを見ちょったからよ」
「――」
剛義は砂に向けていた指を天に向けた。
「あんたは気がついちょったかどうか分からんが、何分か前、空にはトンビかなんかが飛びよった。彼奴は、それで慌てて潜ったんじゃろ。それか、直に地上の俺達に警戒して潜ったんかもな。もうそろそろ出てくる頃合いじゃろうと思うたけん、ハッタリに使わせて貰うただけじゃ。――タネが解りゃ、簡単な話じゃろ」
軽い口調で云った後で、剛義は「ニッ」と少々意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
「それを『ああそうか』っち受け取る人は『素直』っち呼ばれるんじゃ。でも、今のイー・ルが俺達を見る目は、そうじゃねえ。『蜥蜴が出て来たんが偶々で、本当は何か魔法を使うて砂を揺らしたんかんしれん』『そもそも蜥蜴を操ったんかんしれん』、『サヴァナは悪魔なんじゃけん』っち云うんが、今のイー・ルじゃろうがえ」
「……。否定出来ないことが、お恥ずかしいです」
顰めた顔を作り、イーヴィが俯き加減になって「嘆かわしい」というふうに首を振る。




