【a5d:svn】(2) -[3]-(1)
イーヴィが〝ハナ〟との通信を終え、オリバーに代わる少しの間に、剛義が口を挟んだ。
取りあえず起き上がることが出来、ベッドに腰掛けた格好のエ=ドンへ、
「あんた、軍医さんなんじゃな。――砂から車出して直ぐ点滴針を刺すっちゅうんじゃったら、実のところ、あんたも、そのまま安静に待っちょった方が良い、っち思いよんのじゃねえの?」
まだ本調子ではないのに加えて、サヴァナ筆頭の〝訛り〟に多少理解が遅れたが、エ=ドンは、イーヴィの顔をちらりと見上げてから、曖昧な頷き方をした。
「正直、医者の立場でだけ云わせて頂ければ、その方が安全だと考えています。――しかし、現在の状況で『ノ・ウーの谷』にしばらく留まるというのは……EV隊に所属する一員の立場で考えると、『其処に居る全員が危険』とも思いますので――ハナ様と仰いましたか、あの方に隊長が告げた内容が……最善とは云い難いですが、適宜ではあったかと」
エ=ドンは「医者」と「軍人」の狭間で、自分に納得させた「結論」なのだ。
イーヴィはイーヴィで、「軍人」「隊長」「導師長」の立場、そして――「休戦状態の敵方」それはつまり「部外者」に「自隊隊員の救助を要請した責任者」としての立場、色んなものを秤に掛けた上で出した指示だったろう。
ただ、剛義は剛義で、そこまで色んな要素をやたらと秤に乗せる必要は無い、と判断をしている。
「蝦さんよぃ。俺はそう急かんで良いと思うで?」
「……は…?」
「ライズ君っちゅう子も、『無線傍受される心配は無い』っち云いよったんじゃろ? 蝦さん、俺、云うたよな。N33ちゅう砦が陣地半分より前、ノ・ウーの谷はもっとこっち寄りっち云うんなら、他ンことは考えんで良い、隊員の子が無事に帰って来る方法だけを考えなぁえ」
「――」
僅かに呆れたような口調が混じっていたので、イーヴィは一瞬目を細めた。
剛義は軽く肩を竦め、
「そらまあ、最終的に行動方針――作戦と任務を決めるのはあんたじゃ。ただでさえ敵方の俺の意見やら考慮に入れんでん良い。そん代わり、太狼と花ちゃんの安全を、あんたが考慮する必要も一ッ切、無ぇんじゃけんな。それは俺のじゃ」
「……タケヨシ殿――」
「あの子らも自分の身の守り方は知っちょる。何かあったら『そん時はそん時』じゃ、あんたが責任感じらんで良いんで? それは俺のじゃ。――第一、危のねぇように、あんたとハム君からシャツも借りたんじゃねえな。他のイー・ル兵に見付かったけんちゅうち、その人物がイー・ル軍全員の顔とプロフィール知っちょるとかでもねぇ限り、いきなり敵方ちバレて発砲されるっちゅうことは無かろう」
「――」
「万が一――『問答無用で発砲』があるようなら、そん時、腹括らないけんのは、あんたの方で、隊長さん」
剛義の眼光が鋭くなり、声色も厳粛にそんなことを云った。
サヴァナの筆頭が、「大佐」ではなく「隊長」と強調してきた、その言葉にイーヴィはぴくりと眉を寄せ、トランシーバーを持つのと逆の手で、一度思案げに口元を擦った。
「――フリアイ隊長? こちらオリバーです、どうぞ。隊長? E=V様? 聞こえてませんか? あれ……おかしいな…」
今の間に、オリバーは無線機へ戻っていたらしい――ノイズ混じりに戸惑った声が聞こえ、最後には独り言らしき声も聞こえた。
「あ、ああ……。こちらフリアイ、――呼んだのは私なのに済まなかったね、オリバー君」
はっ、と目を見開き、イーヴィが答える。
「花ちゃんが引っ込んだんなら、俺はもう良かろうな」
剛義がそう云ってエ=ドンに近寄り、
「外に出ようと思うんじゃけど、そこから直で出ても良かろうか。開けてん良いかえ」
まだ頑丈な閂が嵌まったままの搬入口を指さして、こそこそと彼に尋ねた。
「あ、ええ……。戻って来たら、そこから直接リモ君とライズ君を入れるよう、フリアイもオリバー君に云っているそうですから。――今開けて下さるというのなら、却って有り難いです」
薄い苦笑を浮かべてエ=ドンが頷くと、「ああ、そうな」と剛義も笑みを見せ、搬入口に近づいた。
スイング式の二枚の扉を、合金板が閂としてガッチリ止めている。剛義が「よっこら、せっ」と両腕で抱えて外し、脇の壁に立て掛けた――一応、剛義でも一人で何とか出来る重さではあったが、長さが二間はあるから、バランスを取らなくてはいけない。脚に怪我も負っているエ=ドンには実際、難儀な作業だろう。
施錠という意味では、床へ刺す縦の差し込み棒と、扉の合わせ目に小さな閂――こちらは指の力でスライド出来る――もあった。それらも開け、剛義はフラリと砂漠に出て行き、倅と部下、EV隊の少尉が去った方角に目をやった。
背後でイーヴィがオリバーへ、
「――ハナ殿に、先程伝えたことがあるのだが……、少し変更したい部分があるから、伝えてもらえるだろうか。それから、君にもやって欲しいことがある」
と冷静な声で伝えていた。
日が暮れるまでには戻ってこられるだろうか、と東の方へジッと視線を向けていた剛義の背後に、イーヴィが近寄り、「タケヨシ殿」と声を掛けた。
ふん?と剛義が振り返ると、イーヴィが何だか険しい顔をして立っていた。
「お尋ねしたいことがあるのですが」
何か用か、と剛義が聞く前に、イーヴィの方からそう云った。
「何な」
イーヴィの表情は険しいものだったが、剛義はあっさりとした声で応じた。
「……。貴公は――いえ、タロー殿とハナ殿も含めて、貴方方は今までの間に、全く〝魔法〟を使っていないのですか?」
一つ息を飲む間があって、イーヴィが真摯な声で尋ねてくる。剛義はピクンと片眉を上げてから、肩を竦め、
「今までっちゅうのは、いつから今? そら、あんたがたと交戦する時は、それなりに使いよんで。こっちの『武装』じゃけの」
そう質問返しをした。するとイーヴィは戸惑った様子も見せずに「いえ、そうではなく」と首を振った。
「オリバー君のSOSに応じて、此処に来てから、――我々にご助力下さっている間のことです」
「……んー…」
剛義は素直に何か思い出す顔をして唸った後で、
「そう云われると、ちょっと微妙じゃのう。先ずなぁ――オリバー君のSOS信号に気付いて、発信元特定して、車が見えてからその後……までは確実に、『俺達も〈魔術〉っち呼ぶ技』は使うちょる。あと、車二台で分けて此処まで来たけんな、その間にオリバー君から話を聞くとき使うた『通信技術』も、魔法と機械の合わせ技っちゅうてん良い」
「――」
剛義の答えに、少し引っかかるものがあり、イーヴィは軽く目を細めた。が、その疑問はまだ投げない。
「しかし、ここに着いてからは、全く使うてねぇな。――あー、済まん、全くちゅうたら、違うわ」
断言した後で、慌てて剛義は首を振り、サヴァナの運搬車の方へちらっと目を向けた。
「花ちゃんが、どうもカーゴに〈魔術〉で鍵掛けちょんごたんけん、それがあるわ」
「……それだけ、ですか?」
イーヴィが、念を押すように尋ねると、剛義は、
「俺は使うた覚えが無ぇし、太狼が俺の知らんところで使うた気配も無ぇ。――ちゅうてん、そもそも、あんた達が魔法を『使う』っち表現する『範囲』がどっからどこまでか、曖昧なところじゃあるんじゃが……一応、俺達もそう云う範囲じゃったら、生真面目で冷静な花ちゃんが、敵方に物資持ち込む以上、一応警戒して掛けた鍵だけじゃ。絶対あんた達には開けられんけんな」
「――」
「何でそげんことを訊く」
今度は剛義の方が、あっさりした声色ながら真面目に訊くと、イーヴィは「ふぅ…」と一つ息を吐いてから答えた。
「――先程、ハナ殿と会話していて、ふと……ですが、心の底から、疑問に思ったのです。その上で、しみじみと――やはり心から、貴方方には、感謝と、敬意が――湧いて来まして」
「意味が分からん」
呆れた声を出しつつ、剛義が手を振る。
イーヴィは、剛義の態度を気にせず――反論のつもりではなく、ただ自分の感じたところを語った。
「貴君は最初、無線修理を申し出て下さった時にも、『魔法を使うつもりはない』と仰っていました。その時は聞き流してしまいましたが……、ハナ殿が先程、強く『私に決断と責任を委ねるのであれば、〝魔法〟が選択肢に入る』と仰っていたでしょう。――裏を返せば、貴方方は、我々の救助にあたって、〝魔法〟を選択肢に入れていなかった、手段の一つとして考えていなかった……ということでは、ないのかと」
「ああ……そげんことか」
「――ただ、本当にそうだったのかは、我々には判りませんから、失礼ながら、お尋ねしました」
「失礼でもねえじゃろ」
剛義が苦笑を見せた。
「……助け求めち来た人間を敢えて殺す悪趣味な人間にはなりとねぇが、助けた相手が『死んだ方がマシじゃ』っち思うような助け方もしとねぇんじゃ」
「……」
「花ちゃんが敢えてそれを云うたんは、あんたに檄飛ばして尻叩くためじゃろう。あん時リモ君とやらの命運握っちょったのは、隊長のあんたじゃ。花ちゃんが云いよったろ、『使命感はあるが責任を負うたつもりは無い』と。あそこであんたが花ちゃんに判断を任せるっち云うごとあったら、彼女、あんたを其処までの人間じゃと思うて、魔法を使うてでんリモ君を助けようとしたろう――ただでさえ、砂漠のど真ん中、物資が限られちょんのじゃ、『人』の『能力』使わなしょうがねえもん。それで助けられたリモ君が絶望しても知ったこっちゃねえ、彼の人生・命運を背負おうとせん隊長のせいじゃ、っちな。それでも良いのか、良くないんなら、あんたが指示を早出せ、っちケツ叩いたんじゃ。……つくづく頼もしい女の子じゃろ、良いおかみになるわ」
多少おどけた声を出した剛義だったが、イーヴィの表情は真面目なまま、
「――ハナ殿は、自分自身に『魔法は使わない』という制限を設けた上で、リモの救助――点滴のタイミングに迷っていた……という訳ですね…」
訊くというより、独り言のような口調で確認の言葉を出し、
「そういうことじゃろうな」
と剛義は頷いた。
「けど、あんたが『隊長』として責任背負った上で、『魔法を使うてでもリモ君を助けてくれ』と云うちょったら、それはそれで花ちゃんは聞いたろうで。そうなった時は、花ちゃんもあんたと一緒にリモ君の恨みやら憎悪やら受け止める覚悟もあったろう」
「――」
そこでイーヴィも思い出したことがあり、今度は明確に剛義へ尋ねる。
「――出立前、タロー殿とハナ殿へ『可能な限り逃げるな』と仰っていたのは、『魔法に逃げるな』という意味だったのですか」
「あー、まぁ、そういうことになるかのう」
剛義が顎を擦って、曖昧な肯定を返す。
「でもそれは、イー・ル相手に限って気ィ遣った訳でもねぇんよ。それで二人とも『解っちょる』っち即答したんじゃが――あのな、〈魔術士〉じゃねえ『素人さん』とか、あと、俺達は『はぐれ』『もぐり』っち呼ぶ〝魔法使い〟には、ちょっと通じらん話になるんじゃけど、一応、その自覚有る〈魔術士〉は、『出来るだけ〈魔術〉を使わん』ようにするもんなんよ」
「……は…?」
イーヴィが不思議そうに目を細める。




