【a5d:svn】(2) -[2]-(4)
リモへの点滴を開始し、しばらくの間、フローラは彼の脈や呼吸、血色を診ることに集中していた。
呼吸が落ち着いてきたところで、リモがゆっくり目を閉じた。これは、意識を失ったというのじゃなく普通に眠ったのだと判断がついたので、フローラも緊張を解き、ライズの方にも、
「貴方は何か、体調に不安な部分、怪我などはありますか? 擦過傷や浅い切り傷、打ち身くらいでしたら、手当出来ます」
と尋ねた。
――先程、リモを抱えて踏ん張った時、肘を擦ったり脚を打ったりした自覚はあるが、その程度の怪我をこの女からこの場で丁寧に手当されるのも不本意だったので、ライズは明確に答えはせず、
「……俺より、リモを診てくれ。こいつ、出発前に出口でよろけて、結構派手に転んだんだ。骨を折るほどじゃないが、多少擦り傷や青痣は出来てるかもしれない」
「そうですか」
私はおまえに訊いてるんだ、という態度は全く見せず、フローラはあっさり受け入れ、再びリモに向き直ると、先程ベルトは取ったので直ぐに腰に手を掛け、ずるずるとズボンを脱がせ始めた。
それを見てライズの方がギョッとする。
「お、おい、何してる」
「転んだ怪我というのなら、脚なのでは? このズボンは下からまくり上げることが出来ません」
上衣のシャツを既にはだけさせた上で、そういう怪我が見当たらないのだから、傷があるとすれば腰から下だろう。ちらっと振り返って当たり前のようにフローラは云い、ライズは一度、「唖然」を絵に描いたように口を開けた。
「ああ、これですね。……云って下さって良かった、実際、出血はしてますよ」
フローラはナップサックを取り、消毒薬等を取り出す。子供時分なら、こんな怪我は毎日でも負っただろう程度の膝の擦り剥きだったので、既に血は止まっているけれども、念のためにアルコール消毒とガーゼで処置をする。体力が落ちている今――砦でオリバーにも語った――もしこれがジャングルなどの高温多湿地域であったら、この程度の傷でも放っておくと切断や死を招きかねない、甘く見てはいけないものだ。
もう片方の膝にも青痣が出来ていた。腫れがあり、熱を持っているように思うので気になる、打撲だけでなく、もしかしたら多少捻ったのかもしれない。砦に戻ったら、エ=ドン大尉にちゃんと診て貰わねばならない――一先ずは湿布をしておくことにした。
「おまえ、良く平気だな……。異性のズボンを脱がすのに、何の躊躇いも無い」
呆れた口調でライズが云うと、フローラは声色も変えず、彼に目もくれず手を動かしながら答える。
「そんな躊躇をしていたら、ナースとしての務めは果たせません。世の中が完全に男女で棲み分けられているのなら同性同士でだけ務められるでしょうが、実際は混ざり合っていますから」
「……」
「とは云え、私自身は異性から、同じ事をされるのは、本来なら嫌です。お医者様でも、出来たら同性が良い。――男性は損ですね、本人は務めを果たそうとしているだけなのに、異性からは心の中で嫌がられている。それとも、女の方が損なのでしょうか、女は同性にしか落ち着いて肌を晒せない。男性は男女問わずそれが出来る、故に、医療行為を受けるときに女ほどには緊張をしない」
フローラはリモへの処置を終えて振り返ると、
「しかし、それも男女と単純に二分されることではなく、個々の感じ方ですからね。――さっき申し上げたでしょう。異性が居る羞恥でまだそんな格好をしているのでしたら、私は少し席を外しますから、シャツを脱いでベルトも外して下さい。体を締め付けるようなものは取って、熱を放散させて。幌の中に居るのですから、日射しを避けるために長袖を着続ける意味はありません」
靴こそ脱いでいるが、襟の第一ボタンすら外さないまま模範的な兵士の格好で居るライズに、声色を全く変えず云った。
ライズは一瞬目を細め、直ぐに従おうとはしない。フローラは彼の返答を――言葉に限らず行動も――待たないまま、
「そのために席を外す訳ではありません、実際に用事があって出ます。リモさんの様子が急変したら、直ぐに呼んで下さい」
「――」
「容態が変わらずとも、目を覚ましたとき、自分の格好に驚かれるようなこともありましたら、膝の手当を貴方がやったのだと方便を云っておいて下さい――意識が無い間に異性から脱がされたなどということが、もしかして彼にとって辱めになるようであれば」
一方的にそれだけ云うと、振り返りもせず荷台を降り、トラックの前方へ向かった。
――修理中断どころか、太狼は仰向けに車の底部へ潜り込んでまで何かしている。脚が飛び出していた。
フローラはしゃがみ込んで、
「御次代、……何をなさってるんです? そんなに念入りな修理はしなくても良いのじゃなかったんですか」
彼の頭がある筈の底部を覗き込んで尋ねた。ほんの微か呆れたような声色も混ざっている。
下目遣いに太狼がフローラを見て、
「あー、いや、リモ君とやらに点滴始めたことで、多少状況が変わったらしいんじゃ。……ちょぉ待て、直ぐ出るけん」
そう云い、スパナを持った手首を二三回捻ると、仰向けに這いずりながら出て来た。
シャツの裾を摘まんで振り、次に尻をはたいて砂を落とすと、
「リモ君の点滴は、まだもうちょっと時間かかるか?」
とフローラに訊いた。
「ええ……終わるまで待つのであれば。――そういうことになったのですか?」
「らしい」
太狼が腰に手を当てて、ついっとR2車の方へ視線を向ける。フローラも釣られてそちらに目を向けた。
「オリバー君は、イーブィーさんから『索敵』を云われたんとよ」
顔は車に向いたまま、目線だけフローラに向け、太狼が云う。フローラはピクッと目を細めた。
車に乗り込んでいるのか、オリバーの姿は見えない――が、R2車は、初めて見る様相になっていた。屋根に「横たわった傘」と「コイル状の塔」――二台のアンテナが突き出していて、ゆっくり回っている。
「多分、剛義が、『点滴を砂漠で始めるんじゃったら、慌てて帰らんでも良い』っち云うちゃったんじゃねえか。俺はそげぇ思うたけど」
「ああ……」
イーヴィとエ=ドンに判断を仰いだ時、剛義もその場に居たのだった――フローラが、納得、という息を吐く。しかし――
「警戒だけならまだしも、能動的な『索敵』というのは、危険じゃありませんか?」
「何でそう思う? 花ちゃんだって、知っちょるじゃろうに」
「――」
おや、という顔をして太狼が訊き返し、フローラは一瞬口を噤んだ。
「……隊長さんは、『五日前』に何があったんか、お父から聞いちょるんかもしれん」
太狼が、今度はタイヤのボルトや接地面を見ながらそう云った。
「お父が索敵を『やっちみれ』やら云うた訳でも無かろう。お父も一線は引いちょる、隊長さんのことは立てちょん筈や。隊長さんに『指示』やら、したらいけんわな」
「……」
「ライズ君が、『無線傍受の心配は多分無い』っち云いよったんじゃろ? それが何故か、ライズ君が未だ云えれんっちゅうんなら、イービさんは隊長として、『裏付け』が欲しくて、自分の裁量の範囲で確認作業しよるんじゃねえか?」
サヴァナの筆頭から「聞いた話」を「信じた」だけじゃ、若ぇのに示しがつかんじゃろ。そう云って、太狼がちらっとフローラを振り返る。
フローラは小首を傾げて、「一理ありますが…」と呟いた。
「我々が察知出来ていないだけで、既に密かに、前方に出て来て身を潜めている偵察隊等は居るかもしれませんよ?」
「おやおや、花ちゃん。そらぁ考えすぎっちゅうもんで。そげぇ自分を卑下するもんじゃねえ」
おどけた嘆き声を作りながら、曲げていた腰を伸ばすと、太狼はフローラの肩を軽く叩いた。
「――俺達の『索敵』は、そげぇ半端か?」
次の表情は、ニッ、と片方の口角だけを上げた、少々冷たい笑みだった。
フローラは言葉にするより先に、小さく首を振った。
「いえ……。自らを卑下しているつもりは無かったのですが……――楽観が出来ないだけです」
首を振った後で、呟く口調でフローラが云うと、太狼は笑みを苦笑に変え、ボンネットを回り込み、逆側のタイヤを見に行った。自然、フローラも後を付いていく。
「そらまあ、俺達が察知出来んくらい小規模の編成で、諜報員が川の際には来ちょる、ちゅうんじゃったら、そげんこともあるかんしれんけど――、この辺でそいなことすんのに、意味があるか?」
「……」
「――『あっち』から見て『意味がある』っちゅうんじゃったら、どっちしてん、オリバー君が今しよんことも無駄じゃねえ。腹括るんなら今のうち、早ぇ方が良い」
一瞬、太狼の声が冷たく重いものになり、逆に、彼の輪郭を覆う「気配」のようなものは、火柱のように天へ立ち上った。
が、それは一瞬のこと、太狼の声色はまた飄々としたものになり、
「実際、小せえ諜報隊がこの辺りに居って、もし見付かっても、上のもんに報告が行く前に俺達がふん縛って連れち行か良いじゃねえか。そんくらいの『楽観』はしちょってん良いと思うがな、俺は」
「……。そうですね」
楽観というか、開き直りだが――。
一体、〝少将〟個人の、保身を意図した独断によるものか、狡猾なイー・ル軍中枢部による〝計画〟なのかは未だ分からない。いずれにせよ、BR19砦とEV隊を孤立させ抹殺しようとしているのが事実なのかどうか、判るのなら早い方が良いのもその通りだ。死に体を装って様子を見、中枢部の真意を量る――等と、いつまで続ければ良いのか、先も見えないぼんやりした作戦に留まっていては、結局、緊張や不安で潰れてしまう。
「さて、荷台の方のタイヤも見ちょかんと」
「お願いします」
太狼が独りごち、フローラは大きく頷いた。取りあえず危機は脱したものの、リモは可能な限り安静にさせておきたい、タイヤの調子の良し悪しは大事だ。




