【a5d:svn】(2) -[2]-(3)
オリバーは運転席に乗り込むと、太狼からの質問は待たず、彼の方へ身を乗り出しながら、
「フリアイからタロー殿へ、これらの無線機器やレーダーの方に異状が無いか、診て欲しいとのことです。故障等があり、この場でも可能なら其方を修理して欲しいと」
前方、ダッシュボードから足下に向かって備えられた、ディスプレイやマイク等を手で全体的に示しつつ、やたらコソコソした声で云った――わざわざ身を乗り出したのも、声を小さくするためだろう。
太狼が訝しげに目を細める。
「それぞれの機能については、私が――簡単にしか出来ませんが、ご説明しますから。R2と見比べて確認して下さっても構いません」
「いや、良いんか、俺がそいなことして」
太狼は、眉間に皺も寄せてそう云った。オリバーも真剣な目をして、
「……フリアイ隊長からの、指示なんです」
と返した。
「実は――私の方は、索敵任務を賜りまして」
「――」
太狼がピクッと眉を動かした後、
「……この位置で『索敵』云うんは、何か妙な話やな。もう目の前に居るじゃねえな」
微かに口角を上げると、オリバーも、うっすらと自嘲気味な苦笑を浮かべた。
何が云いたいのかは太狼も解っている、表情を引き締めてオリバーに聞き直した。
「つまり、あれか。〝少将〟の息が掛かっちょるかどうかは分からんが、今、イー・ルの他の隊が、この周辺に居らんか、確かめろと?」
「――そうです」
オリバーも、一つ息を飲んだ後で頷いた。
太狼は思案げに頬を擦る仕草を見せてから、
「それはそれで、危なかろうに。元々は、T1車を放棄することも考えて、直ぐ帰還するつもりやったのに、まだしばらく此処に留まって、電波やら飛ばしてまで、周りに『居らん』ことを確認するっちゅうんか? 居ったらどうする、もう、BR19は『死に体』じゃ居られんぞ」
冷静な声でオリバーに云った――「反論」の口調ではない、純粋な質問だ。
そこで今度はオリバーが、軽く目を細めた。
万一、実際に警戒中、偵察中のイー・ル軍が居ようものなら、太狼自身も「危険」であるのに――「早く帰った方が良い」と云いたがっている様子は全く無く、あくまで「隊長は何故、どういうつもりで、そんなことを云ったのだ?」と問うているだけだ。
オリバーの方が、――隊長の命令である以上従うつもりでは居るが、多少なりとも「不安」はあるのに。
太狼の肝が据わっているからか、それとも鈍感だからか?
それとも……、自分よりも太狼の方が、もしかして状況を解っているからか?
「タロー殿、――隊長は、詳しい経緯については言葉を濁されたのですが――正直、貴方は今、この周辺に――半径五キロ程の内に、イー・ルの他隊員が、居ると思われてますか?」
「――」
真剣な顔付きのまま、オリバーが訊いてくる。太狼は一瞬口を噤む。彼のその問いは何だか、「反語」を使った「確認」にも聞こえた。
〝貴方自身、この周辺にイー・ル軍の者が居るとは、思っていないのではありませんか?〟
そう云っている気がする。
しかし、今、はっきり回答するのは躊躇われ、太狼はただ目を細め、「さぁ…?」と曖昧に小首を傾げた。もしかして剛義がイーヴィに何事か話し、それでイーヴィからオリバーに指示があったのだとして――隊長は詳細を濁したと云っていた、自分が此処で、妙に断定口調で意見を云うのは好ましくないかもしれない……そう判断してのことだ。
オリバーは太狼の態度を不満に思う様子は見せず、「ふぅ…」と息を吐いてから、一先ず、隊長の判断要因の一つとなっただろう事情を語った。
「ライズが云っていたんです。無線傍受をされる恐れは、多分、無い――と。彼の憶測に過ぎず、そう思った理由を、ライズも未だ語ってはいないのですけど」
「……」
「そもそも、リモの救命措置に随分悩まれていたハナ様が隊長の判断を仰ぐため、賭けに近く無線通話を望まれたのも、その話をライズから聞いたからこそ……なのです。それで、その段階では、リモの点滴を可能な限り早く始め、同時に、速やかにこの場を離れるために、タロー殿には、車の修理が必須でないなら中止して頂くよう、申し上げた訳ですが……」
「それが、もっと『のんびりして良い』になった訳か。その上、『索敵』?」
「……。そこに、タケヨシ閣下のご助言もあった…のかと思われます」
オリバーがいよいよ声を潜めて云う。太狼は苦笑して、
「閣下とか云わんで良い。今頃、お父がクシャミしよるわ」
手を振って、先に軽口を叩いた。
オリバーはお愛想のような笑みを返してから真面目に続ける。
「私もそうですしE=V隊長も、敵方であることを忘れてはいませんが、タケヨシ殿以下、タロー殿とハナ殿のことは信頼をしています。それでタケヨシ殿から何らかのご助言があっての『索敵』任務なのだとすれば、私は理解……出来なくもないのですけど――まだ意識がはっきりしていないリモは兎も角、ライズにとっては、余りに衝撃的な指示ですから…」
「ふん、隊長さんもあんたも、俺達三人とは腹割ったけど、サヴァナに寝返った訳じゃねえ、っちゅうのは、未だ伝わっとらんものな。そらそうじゃろう」
太狼は、「道理じゃ」と頷いた。
「それで、タロー殿はどう思われます? 正直、私自身が……隊長の命令には従うつもりでおりますが、不安ではあるんです。ここで索敵用のレーザー発信などおこなって、果たして……大丈夫なのか」
「――」
オリバーが、微かに眉を寄せながら尋ねてきたので、太狼は一瞬口を噤み、何か言葉を探すようにこめかみを掻いた。
それから、「はー」と息を吐いて、オリバーに答える。
「隊長さんは『詳しい経緯に言葉を濁した』、と云うたよな。なら、そこはあんたも、フリアイさんから聞くまでは気にするな、まず、それを云うておく」
「……は…」
「俺も『そう思う根拠』までは云わんよ、隊長さんが云うとらんのに、俺が云う訳にはいかんから。――多分、俺のオヤジが『そんなに心配せんで良い』ち、イビさんに進言したんじゃなかろうか」
「――」
「リモ君とやらの点滴、一段落付くまで本当は動かさん方が良いのも、そうやろ。オヤジは多分、点滴針を此処で刺すんなら、砂漠の上を焦って帰らんで、しばらく此処に居っても良いっち云うたんじゃなかろうかな」
「……『索敵』はさておき、リモの点滴が無事に終わるまで『待っても問題は無い』と?」
オリバーが確認口調で云うと、太狼は大きく頷き、
「俺もそう思う。多分、索敵はついでじゃ。『大丈夫』の方に偏っとるけど、それが実際かどうか、リスク覚悟で『確認』もしたくなったんじゃねえか、隊長さんは」
「……」
「剛義が――『敵方の親玉』が云うたことを頭ッから信用して何もせんのも、隊長さんの沽券に関わるじゃろ? それこそ、ライズ君とやらには、隊長さんに不信感が生まれてしまう、あげぇ良い男ぶりの人やのに。ライズ君が『多分大丈夫』と云いよった、っちゅうのを聞いて索敵任務まで云いだしたんやと思うで。『ライズ君の憶測が正しいかどうか』を確認する形になるやろ、今は」
オリバーが「ふむ…」と鼻を鳴らして、「成る程」と頷いた。
――それにしても……。
此方の、今までの悪意や敵意を知っていながら矜持や立場を鑑みつつ、当たり前のように「敵方を支援」している太狼に、多少の後ろめたさや己の不甲斐なさ、それと同時に感謝と感心が湧き、オリバーは「ほぉ」と大きく息を吐いた。
そこで太狼も息を吐きながら、「しかしなぁ」と首を傾げた。
「――俺が頼まれたことは、ちょっと訳が分からんなぁ。俺も多少ノンビリしても大丈夫な気はするけど、じゃったら、車の方を念入りに修理してぇわ。その方が、帰り道が安心やから」
オリバーが上司から命令された任務は兎も角、自分への依頼については異議がある、と太狼が軽く口を尖らせる。
「そっちは、何でだ。R2の機器だけじゃあ、心許ないんか?」
「心許ない、ということは無いでしょうが、T1の機器も併せた方が多角的に判断出来ますから、隊長はそっちを『念入りに』と考えたのかもしれません」
「成る程」と呟いた太狼ではあったが、腕を組んで渋い顔だ。
そんな太狼に、オリバーは小首を傾げた後、一つ小さく頷く仕草を見せて告げた。
「では、タロー殿。――隊長から承った内容は事実そうだったんですが、私が変更してお願いします。実際に車両と無線機器の両方を整備出来るタロー殿が、車両整備の方を重要だとご判断されるのでしたら、そちらを優先してください」
「ん?」
オリバーの言葉に太狼は目をぱちくりとさせ、
「え、それはそれで大丈夫なんか? 命令違反になりゃせんのか」
オリバーの顔をまじまじと見返しつつ、そう訊いた。
「どちらが重要なのかを判断出来るのは、技術と知識があるタロー殿だけですから。現場に居る私の判断で、隊長命令を少し変更させて頂きます。――実のところ、私はEV隊の副長でもあるんです。今の状況で隊長の指示を只聞いて伝えるだけでは、その役目を果たしていることにはならないでしょう」
「へえー、ああー、そうなんか」
苦笑混じりに答えたオリバーに、太狼が大きく息を吐く。
「タロー殿とハナ殿を伴って此処まで来た主要な目的は、リモとライズの救助です。危険な状態だったリモに点滴を開始出来たことで時間が出来たのはそうですが、その時間に『索敵』を隊長が考えたのは、タロー殿の仰った通り、ついでと云えばついでなのでしょう。この後、二人を無事に連れ帰るところまでが『主たる目的』なのですから、車両の保全をタロー殿が重視されるのは、ごもっともだと思います。機器の修理は砦に戻った後でも出来ますが、車が今不安な状態だったら、そもそも帰還が危ぶまれるのですし」
「おう、そうよ」
「車が既に万全なのなら、隊長の指示に従って頂きたいですけど、――先程仰ってましたが、途中で点検はした方が良いくらいの不安はあるのでしたら、車両の方を優先して下さい。その時、リモの点滴が終わっていないようでしたら、残りの時間で機器の点検くらいまではやって頂けると」
「分かった」
太狼は自分の両膝を掴み、コックリと頷いた。
「じゃあ、俺はT1の整備の方を先にやらせて貰う。――もしかして、それで君が大佐から叱られるようなことあったら、オリバー君が現場で下した判断は適切やったと、俺は意見さして貰うけんな」
ニカッと――スォ=ハムも目にした笑みを浮かべて、太狼が云う。その何の含みも無い表情に、オリバーの方が多少戸惑ってしまう。
それでも気を引き締め、改めて「お願いします」と軽く頭を下げ、二人ともT1車から降りた。
そして、オリバーはR2車に向かって留まり、アンテナまで出して周囲の様子を機器で探り始め、太狼はボンネットを開け、先程中断した作業を再開した。
結果的に、最初フローラが方針確認した通りの状態になった――彼女は救出した二人の救命措置、太狼は腕力と体力――同時に知識と技術――が必要な作業、オリバーは「警戒」だ。




