【a5d:svn】(2) -[2]-(2)
オリバーは給油を既に終え、太狼の近くで彼を手伝っているようだった。フローラの声に慌てた表情を浮かべて再度R2へ近寄り、フローラは太狼に近寄った。
「御次代、大佐からの指示で、どうしても必要なものでないのなら修理は中断し、砂からの脱出を優先させて欲しいと。――今修理をしておかなくては、砂からの脱出そのものが難しいのですか?」
「それは多分大丈夫じゃと思うけど」
「では、私からもお願いします、先にこの斜面から出してください。修理をしないと砦までの帰還が不安なようでしたら谷底で。『念のため』くらいでしたら、帰還の方を優先して判断して欲しいとのことです」
「ああ、そげぇか」
太狼は頷いて、腰に縫い付けられたストラップへスパナを差しこむ。
「じゃったら、冷却水の補給も終わったけん、直ぐ出す。花ちゃん、板置くの手伝え」
「はい」
フローラがコックリと大きく頷き、太狼と共に機関部の前輪と、荷台側の後輪にも足場の板をテキパキと二人して添えていく。
「少々お待ちください。お二人に予告をしてからじゃないと、危ないですから」
フローラは運転席に向かった太狼に声を掛けてから、幌に駆け寄り中を覗き込む。と、ライズの険しい声がいきなり投げられた。
「おい、女」
「私のことはハナとお呼び下さい。何か」
軽く目を細めたフローラだったが、ゴーグルに隠れてその表情はライズに見えていない。そもそも、彼女の声も聞こえていないふうに、ライズは早口に先を続けた。
「意識が戻った――というか、目の焦点が、ちゃんと俺の顔に合った。が、この通りだ、却って息は乱れて、水を飲めない」
ライズがリモの肩を掴むようにして、上半身を支えている。
言葉通り、リモは「はっ、はっ……」と小刻みな呼吸音を口から漏らしていた。介助して水を飲ませようとした――が不可能だった――らしく、リモの顎と襟元が濡れていた。表情も、朦朧としていたさっきまでの方が余程「穏やか」ではあった――目を細めて眉間に皺を寄せ、かなり苦しそうだ。
「分かりました。しばしお待ちください、ライズ殿、そのままリモ殿を励まして。――リモ殿! もう少しだけご辛抱ください、気を確かに!」
荷台に腕を突っ張って身を乗り出し、フローラが大きな声を出す。
「どうするんだ」
ライズが多少苛ついたような声を出した。フローラは相変わらず冷静に、
「先に、T1を脱出させます。ライズ殿、リモ殿が怪我をしないよう、そのまま支えてあげてください。貴方も踏ん張っていて。その後、リモ殿には点滴を始めます」
一方的にそう告げ、幌から離れると運転席の方へ向かい、
「どうぞ、お願いします!」
と大きな声を出した。
すると、エンジンが掛かる音が聞こえてきたので、ライズは、背後から袈裟掛けに腕を回してリモを抱えた。
リモが小刻みな息の中、
「あ、れ――だっ……れ…?」
と、幌の枠に目線をやりながら呟いた。
ライズがギュッと眉を寄せた後、真摯な声で、
「只の救助だ。――リモ、貴様も声を出す元気が出たなら、少しは自分で踏ん張れ。舌を噛まないよう、気をつけてろ」
そう云うと、自分も肘と尻に力を入れた。
気のせいか?と思う程緩やかに、T1車が後退した――ライズとリモから見れば、前に進んだような感覚であるが――、と、次には、ガクンッと段差に乗り上げたような衝撃が来る。
幌の中の二人は、傾斜した荷台の中でずるりと滑り落ちそうになる。荷台に激突しないよう、あるいは幌の外に放り出されないよう、ライズは「ふむっ」と鼻息を飛ばして、荷台の外殻に足を突っ張った。
二段、三段、とまるで階段を降りて行くような感覚があった。ハンドルとペダルを操作している太狼に合わせて、あるいは指示に従って、フローラが何度か、前側の板を後ろに回しているからだ。
三段目くらいの所で足に激痛を感じ、ライズは思い切り顔を顰めた。リモを抱えた腕の力だけは緩めずに歯を食いしばる。
傾斜がかなり緩くなったところで、車は車らしくスルスルと後退していき、完全に傾斜が無くなったところで止まった。
フローラはそこで直ぐにR2に走りより、無線で会話しているオリバーには全く目もくれず、先程ナップサックには入れていなかった点滴袋等を改めて取ってくる。
ライズは、車が止まったので、やっとリモを離し、激痛が走った脚に弱々しく手を伸ばした。
直ぐにフローラが幌にやってきて、ゴーグルを額に上げて中に入る――と、ライズを見て目を細め、
「どうなさいました」
と訊ねた。
「あしが、つった……」
彼女に顔を向けることも無く、苦悶の表情を浮かべ、小さな声でライズが云う。
それを聞いてフローラは、先にライズの足下に膝をつき、彼のブーツの紐を手早く解いた。
これからリモの点滴を始めなくてはならないので、流石に素手で彼の足に触れるのは躊躇われる。フローラは自分の被っていたキャップを取ると、それをライズが強ばらせている足に被せ、親指を掴むようにして、甲の側にグッと反らせた。
「うぐ……」
「貴方もまだ、水と塩が足りないんですよ」
「……」
「さっきオリバー少尉が渡した塩は持ってますか? それを舐めて、水を飲み、上衣の襟やベルトを緩めて楽にしてください。――私はリモ殿に処置をしなくてはなりません、少しは痛みが和らいだようなら、自分でやってもらえますか」
そう云うと、ライズが顔を顰めつつも何とか身を起こし、強ばっていた方の膝をじわじわ曲げて足に自分の手を伸ばそうとしたので、フローラは彼から離れ、リモに近寄った。
幌を張ったフレームにフックと点滴袋をぶら下げると、フローラはリモに顔を近づけ、
「リモさん、聞こえますか。今から点滴をします、チクッとしますよ。動かないでくださいね」
そう云ってから、彼の左の手の甲へチューブから繋がった針を刺した。
――その様子を横目に見ながら、ライズは、「この女は一体、何故、敵の俺達に、こんなに献身的なんだ」と相当訝っていた。
しかし、もしそれを彼が口にしようものなら、フローラはキッパリと冷静に否定するだろう。誰が誰に「身を献じて」いると?
フローラは、自分が「やるべき」と感じることをやっているだけだ――故に、強いて云えば「自分自身に献身」してはいるかもしれないが――。だからこそ、「いっそ殺せ」という程の矜持がある者の命を、敢えて助けるという〝悪魔的所業〟をやっているのじゃないか――それを今度は「献身的」と評している自分の矛盾に、一体ライズは気付いているのかいないのか。
リモに点滴を開始出来たことで、フローラは一先ず安心し、「はあ…」と大きく息を吐いた。そこで、幌の入り口から太狼が顔を覗かせ、「花ちゃんよぃ」と声を掛けてきた。
――灰色の髪に似たような体格、逆光のせいで顔が良く見えないこともあり、ライズが一瞬ぎょっとして目を見開く。直ぐに隊長とは別人だと解ったが。
その様子に気付いた太狼は、「やっぱり、意識がはっきりしている人間でも一瞬見間違うくらいには、シルエットが似ているのだな」と薄く苦笑を浮かべた。
フローラが太狼に顔を向けると、彼の方から
「隊長さんは、帰還を優先してくれち云いよったんじゃろ。じゃったら車は今んとこ、もう良いんじゃが、どげぇしたもんじゃろうかな」
「……というと? ええ、もう出発して下さっても良いのですが」
質問の意図が分からず、フローラも小首を傾げた。
「オリバー少尉が、何か取り込んじょるごたってな。今、板をR2に戻し行ったら、無線で何か話しよった」
「え、未だ終わっていませんでしたか」
イーヴィよりオリバーへ話すことがあると知っていたフローラも、そんなに込み入ってるのか?と、一瞬目を見開いた。
「ん? ああ、来た」
太狼が視線をR2の方へ向けて呟く。
少しして、幌の中に居る者からも、オリバーの横顔のシルエットが見えた。駆け足にやってきたのだろう、彼は幌の中を覗き込むと、少々息の上がった声でフローラへ、
「ハナ殿。恐れ入ります、先程フリアイから貴方へ申し上げた段取りに、少々変更が生じました」
と述べた。
フローラは目を細め、
「……リモさんには、既に点滴を始めてしまいました。変更と仰られても、今中止するのは、余りに無意味ですよ」
ほんの僅か、苦々しい声色を交えてオリバーに云う。
オリバーは、少し慌てた顔になって手を振り、
「いえ、そういう変更じゃありません。多少『時間が出来た』ということです。ハナ殿には、そのままリモを看ていて下さるようお願いします。宜しければ、砦でそうだったように、ライズの健康状態も見て頂ければ」
そこでライズは、何となく顔を顰めたが、フローラは声色を平常に戻して返した。
「――それは、このまましばらく、停止した状態で居られることになった、ということですね?」
「はい」
「そうですか、それは失礼しました。では仰せの通りに」
オリバーが頷くのを見て、フローラも軽く頭を下げ、――ライズの表情が渋いので彼は後回しにし、リモの脈を診るべく右の手首を取った。
オリバーはフローラに軽く頭を下げると、真摯な顔になって太狼に向かい、
「タロー殿、ちょっと宜しいですか」
と、小さく手招きをした。太狼は目を細めた後で、「何じゃ?」と首を傾げる。
フローラやライズの目や耳があるところでは駄目、ということなのか、オリバーは直ぐに答えず手招きを続け、幌から離れてT1の機関部、助手席近くまで太狼を促した。
「……。俺とあんたが内緒話するようなことなぞ、特に無いと思うんやけど」
立ち止まった所で、太狼が肩を竦めながらオリバーに云うと、彼は
「貴公と私の間で密談がある訳ではないんです」
と小さく手を振った。
「隊長の意向を伝える……つまり、『命令』なのですから、別に聞かれて悪いことではないんですが……。もう少し体力が戻ってからなら兎も角、未だ事情が解っていないライズとリモを、これ以上動揺させたくありませんので」
「ああ……」
成る程、と太狼は頷いた。
「剛義も絡んでの指示なんか?」
「まあ……そう云えるのかもしれません」
口調は曖昧なものだったが、オリバーはコクリと頷く。
「ハナ殿を介して、フリアイより帰還を優先させるようお聞きになっていると思いますが――車の方は、問題ありませんか?」
「全く無い云うたら嘘になるから、小さい修理をしよったんよ。戻る方を優先するんなら、まあ、今んとこ大丈夫かと。帰りがけに時々、点検しょうかと思いよった。――やっぱり、ちゃんと修理するか?」
「いえ、でしたら――他に、お願いしたいことが」
オリバーはちらっと車に視線を向けてから、少し考える顔をした後、
「タロー殿、私が運転席に回りますから、貴方はこちらに乗り込んで貰えますか」
助手席の扉を指して太狼を促した。
微かに不思議そうな顔をした太狼だったが、そこで特に質問はせず、「ああ、うん」と応じた。
傍に居たのだから、太狼は直ぐ助手席に座り、ボンネットを回り込んで来るオリバーを待つ。




