【a5d:svn】(2) -[2]-(1)
フローラが車の前方に回ると、オリバーが給油をし、太狼はもう少し念入りに点検と小さな修理もしているようだ。彼の片手にスパナが握られていた。
フローラは太狼に近寄って、
「御次代、少しオリバー少尉をお借りします」
と率直に云った。
太狼はきょとんとした顔をしてから、一瞬目を細め、
「おう、ちょっと待て」
と云い、オリバーのもとへ向かった。給油の手を途中で止める、というのは少々危険であるから、交替するべく。
「オリバー君、花ちゃんが用事あるらしい、替わるわ」
「はい?」
オリバーも意表を突かれて目を見開く。たじろいでいるオリバーに構わず、太狼がポンプとタンクを彼から取り上げた。
フローラはオリバーの手を取って「こっち来い」と引きつつ、
「砦に無線で連絡を取りたいので、最初の起動と設定、発信をお願いします」
きっぱりした声で云うと、オリバーはまた驚いた顔をしてから、「し、しかし…」と口ごもった。
「確実性はありませんが、ライズ殿の推測を私は信用します」
冷静なのは相変わらずだが、オリバーはまた、初めて聞く声だと思った。今までの声色よりも「熱」があるように思う、――「決意」が籠もっているような響きだ。
それでオリバーも、それ以上は何も云わず、R2車の助手席側に戻り、無線機器に手を伸ばした。
作動させる前に一応、フローラへ、
「このレバーが作動の主源です。起動と設定は私がやります、終了の際はただこのレバーを下げるだけです」
黒いカバーの付いたレバーを指さしながら、オリバーがそう云った。フローラは「分かりました」と頷く。
それから、オリバーはレバーを上げ、いくつかのダイヤルを回したりボタンを押したりして、コードで繋がったマイクを手にした。
しばらくすると、スピーカーから「ガガッ」という音が聞こえた。
オリバーがマイクに向かって、
「此方BR19R2、オリバーです」
と顰めた声で云うと、スピーカーからは、
「こちら、BR19、ウィトです。――ってか、オリバーさん、やばいッスよ、何なんスか、よっぽどのことがあったッスか?」
と、ウィトの焦ったような声が聞こえてきた。
「ハナ様からの要請で繋げた」
「……あの姐さんですか?」
フローラが「替われ」と云うふうにオリバーの肩を叩き、差し出されたマイクを受け取る。
「ウィト殿、こちら『ハナ』です。伝言ゲームになるのは好みません、フリアイ大佐に繋げて下さい。出来たら、エ=ドン大尉とも同時に会話が出来ると有り難いです」
音質が悪いのは分かっているので、余り早口にせず、丁寧に告げる。ただ、質問出来る余白は与えない。
ウィトが一瞬息を飲んだのが、オリバーには分かった。「ちょ、ちょっと待って下さい」と狼狽えた声が聞こえた後、数分の間があり、
「――こちら、フリアイ」
と――部下には、隊長が少し「気を悪くしている」らしいのが分かる、低い声が聞こえてきた。
「マイクを持っているのはハナ殿ですか? ガ・トゥフはまだ傍に居るのでしょうか、一旦代わって下さい」
厳しい声が聞こえて、オリバーは一瞬身を縮めた。
「少尉への説諭なら後にしてください。というより、その必要はありません。オリバー殿には、やって欲しい作業がありますから、直ぐに席を外します。――少尉、行って下さい。急いで」
マイクに向かい、イーヴィに負けず冷徹な声で返し、フローラはそこでオリバーへ顔を向け、T1車の方へ手を差し出す――オリバーは時々振り返りつつ、R2から離れた。
「一体、何事ですか、ハナ殿。我が隊の今後の方針は、貴方もご存知の筈ですが」
「承知してのことです。――先ず、経緯と現状を大佐にご報告します。ノ・ウーの谷にて、T1車及び、リモ、ライズのご両名を発見致しました。T1は西側の斜面にタイヤが埋没したことと燃料切れにより、立ち往生しておりました」
口を挟むことは許さない、というふうに、機械のように淡々と、フローラはマイクに向かって云う。
「T1車両については、燃料補給と、太狼の見立てによりますと冷却水の補充も必要ということで、その作業をオリバー少尉共々、行っている最中です。人員について。ライズ殿は、水分の補給により、辛うじて介助があれば歩行が出来る状態です――が、リモ殿は、意識が混濁しており、現在、T1の荷台、幌の中で、皮膚の熱を冷却剤で下げてはいますが、ただ横になっているだけです」
「――」
「大佐、先ほどウィト殿に申しましたが、エ=ドン大尉は今其処にいらっしゃるのですか? 出来たら、大尉にもこの会話が聞こえる状態で居て欲しいのですが」
フローラがキッパリと云う。ここで砦の方針をまだ云うようなら、イーヴィも隊長として「そこまで」の人間だと、彼女は判断するだけだった。
幸い、イーヴィから何らかの質問や苦言が来ることは無く、ウィトの時と同様、「少々お待ちください」という声が聞こえ、「プツッ」と――一瞬、何か切り替えたような音がしてから、二分ほど経過した。
そして、イーヴィの声が
「ハナ殿、携帯型に切り替えて医務室にやってきました。エ=ドンも聞いています。――ちなみに、タケヨシ殿も立ち会っておられますので、場に於ける立場のバランスは保たれております」
と宣言してきた。「居るだけじゃけどなー」と、イーヴィの背後か、若干離れた場所に居るらしい剛義の小さな声が聞こえる。
一つ息をつき、フローラも「では、続きを申し上げます」と宣言する。
「我々の到着時、リモ殿の衰弱が激しかったので、一先ず幌の中に収容しました。その時点で既に意識が糢糊としており、経口での水分摂取が不可能でしたので、注射で栄養剤を投与しただけです。その折り、注射の痛みで覚醒することもありませんでした。その後、ハチミツや塩を唇に塗ることも試しましたが、まだ覚醒しません。但し、幸いにして未だ痙攣は起きていないことをお知らせしておきます。――現在は、ライズ殿に呼びかけをお願いしていますが、目を覚ましたとして、今の状態で口からちゃんと水を飲めるかどうかも確信は持てません」
其処でフローラが、現在の自分の困惑――点滴のタイミングに迷っていることを真っ正直に告げる。
T1が脱出するのを待って点滴を開始すべきか?
針が危険なことは分かっていて、今すぐ開始するべきか?
それとも、今すぐ開始した上で、T1の脱出を点滴の終了まで待つべきか?
他に、一旦T1は現状のまま置いておき、R2で全員が砦まで戻るか、あるいはT1に必要な作業をする班とリモを帰還させる班に分けて、今すぐリモだけをR2で連れ帰るか――そういう選択も無い訳では無い。
「故に、エ=ドン大尉殿にもご同席頂いた上で、お尋ねしているんです。――一つ、大佐殿が今気になっているだろうことを、私から先に云っておきます」
「……。お願いします」
「ライズ殿が、無線を傍受される恐れは無いだろうと、仰っていました。――当然、彼も私も、それを保証は出来ません、単なる憶測です」
「――何ですと…?」
そこでぼそぼそと、イーヴィが誰かと小声で言葉を交わす気配があった。
「隊長殿の方針とリモ殿の救命を秤に掛けたとき、五分五分のまま、私は判断に迷っていたのですが、ライズ殿のその言葉を聞いて、無線で連絡を取る決断を、私は致しました」
フローラがきっぱりと告げる。イーヴィが向こうで「む…」と唇を引き締めたのが、聞こえた訳じゃないが、何となく伝わって来た。
「フリアイ大佐。私は、ライズ殿とリモ殿を救助する使命感は持っていますが、お二人の命に責任を負ったつもりはありません。その責任は、軍医でもあるエ=ドン大尉の判断と、EV隊隊長である大佐の決断に委ねます。私に指示を下さい」
指示を「呉れ」と云っているのに、まるで「拒絶」で突き放しているかのようにキッパリと、フローラは云った。
――リアクションが無いまま、再び、ぼそぼそと、内容は分からないが会話する様子が伝わって来た。それが、フローラにとっては微かな苛立ちを催させる間だったので――
「申し上げておきます――私に判断と責任を委ねられるようであれば、手段として〈魔法〉が選択肢に入ります」
今度は、「うっ」と息を飲む音がちゃんと聞こえた。それから、明確に
「少しだけお待ちください」
と真剣な声で云って来たので、フローラは黙って返事を待つ。
数分の間があり、イーヴィの声が聞こえてきた。
「ハナ殿、今はタロー殿とオリバー君が、補給作業をしているのですね? 砂からの脱出は、速やかに終わりそうですか?」
「タイヤの様子を見る限り、足場を使えばそこまで難しくはないと思います。ただ、太狼が、確実にT1車を帰還させるために、補給だけでなく点検と細かい修理も行っているようでして、補給と合わせてどのくらい時間が掛かるか分かりません」
「そうですか、では、タロー殿に、それは中断するよう仰ってください。先ず砂からの脱出を優先させ、その後、――リモの点滴を開始してください」
「谷底にある状態から、開始して宜しいのですね? 谷から丘に上がってからではなく」
確認する口調でフローラが云うと、イーヴィは「そうです」と答えてきた。
「その代わり、エ=ドンから、針を刺す場所は慎重に選んでくれ、とのことです。この後の砂――路面の状況によっては、速やかに中止、出血を最小限に出来る状態で施して下さい」
「畏まりました」
「どうしても修理が必要そうであれば点滴をしているその間に――、『一応念のため』くらいなのでしたら……砦への帰還を優先させてご判断頂くよう、タロー殿にお伝えください。それと、ガ・トゥフと話したいので、呼んで頂けますか――説諭ではありませんから、ご心配なさらず」
「分かりました、少々お待ちください。――太狼への伝言もありますから、ここで交替ということでも宜しいでしょうか、私は席を外しても?」
フローラは、自分への指示はまだ他にもあるか、という意味を込めてそう訊ねた。イーヴィは、
「はい、彼に代わって頂ければ、そこで通信を切ります。――貴方の配慮に感謝します、リモとライズを宜しくお願いします」
「出来るだけのことをします、それでは」
イーヴィの真摯な声に、フローラはいつも通りの冷静な返答をして、マイクを一旦シートに置くと、
「オリバー少尉! 大佐からお話があるそうです。このまま通信を替わって下さい」
そう云いながら、T1車へ駆けだした。




