【a5d:svn】(2) -[1]-(3)
「いっそのこと、点滴が終わるまで車もこのまま、という選択肢も無い訳じゃありませんが、のんびりし過ぎていて、ほぼ夢物語ですからね。イー・ルの他の隊に発見される恐れを考えると」
成る程、と太狼が頷く。フローラにしては珍しく、「かなり悩ましい選択」を突きつけられているらしい。
そんなフローラに、太狼は表情を引き締めてキッパリ云った。
「俺は、R2で今引っ張り出すんは、支持出来ん。ここで二台に故障が出たら、全員が危険じゃ」
「――」
現在のことを云えば、太狼との間に「上下関係」は無い。警備隊の「バディ」というだけだ。剛義の後継者だからと云って、太狼が上司な訳では無いから、今の言葉を「命令」と思う必要は無い――。
が、いずれサヴァナ・ギルドを背負う予定の者が、きっぱりと「自身の判断」を述べたのであるから、フローラにとって、大層な重みがある。反論するなら、己にも確固たる「理」と「義」が無くてはならない――そして今のフローラに、それは無い。
よって、フローラも、
「判断材料を有難うございました、御次代」
ぺこりと頭を下げて、幌の方へ戻る。その背中に太狼から、
「オリバー君に、補給を手伝うて貰えんか、聞いてくれ」
と声が投げられ、フローラは「畏まりました」と返した。
項垂れてしまっているライズへ、
「行こう、ライズ」
と声を掛け、オリバーは彼の腕を引っ張った。
意地を張って抵抗する様子も無く、オリバーに支えられながらゆっくりとステップを踏みしめ、ライズが砂の上に降りる。
二人の背丈は同じくらいだ。ライズの腕を肩に掛け、腰に手を回して背中も支えつつ、オリバーは彼が今可能な一歩に合わせてゆっくり進んだ。
――ライズは、元々の性格は明るく朗らかで、同時に実直、忠義に篤く、正義感も強い。多少、思慮が浅い部分は否めないが、真っ直ぐな人間だ。故に、イーヴィがオリバーへ下した命令――SOSを発信しながら西に向かう、という任務に、彼は難色を示していた。というより、上官を恐れることも無く「反対」していた――。
だからこそ、今のライズの衝撃、落胆と絶望が――解るとは云わないが、ひしひしと伝わってくる。
「ライズ、――君の落胆は、私にも伝わってる」
「……」
ライズは俯いたまま、返事をしない。オリバーも彼の顔を覗き込んだりはせず、前を見たまま――慰めたり励ましたりする口調も使わず、真摯に述べた。
「『介錯』が必要なら、私が務めるよ。――だが、それは今じゃない」
「……」
「自決するなら、E=V隊長の下に還ってからだ。ライズ、そうだろう?」
「――う、っ…く」
オリバーに支えられたのと逆、手に竹筒を握っていた腕で顔の上半分を覆い、ライズが歯を食いしばって、喉から詰まった音を出す。
それ以上、オリバーは何も云わず、ライズに合わせて一歩ずつ砂を踏みしめた。
――荷台に辿り着くと、ライズを腰掛けさせるように体を傾け、
「上がれるか?」
とオリバーは訊ねた。
「ああ……」
掠れた声でライズは答え、後退るようにして幌の影に入ると、手前の角に片膝を立てて座り込み、項垂れた。
オリバーは這いつくばる形で一旦荷台に上がり、フローラが置いて行ったとみられる、リモの足下のナップサックを覗かせて貰った。
竹筒がまだ二本入っている。これが水なのは知っている。また、自分が剛義から渡されたような流動食のチューブも何本か入っていた。――他に、小箱や巾着袋がもう一回入っているが、ラベル等がある訳じゃないので、中身が解らない。これをもう一度開けて確認するのは、少し躊躇われた。
すると、そこに丁度フローラが現れたので、オリバーは慌てた顔をして、
「勝手に見て済みません。――私が頂いたような、塩等は、入っていないかと思いまして」
そう彼女に断った。フローラは「ああ…」と息を吐いてから、軽く首を振る。
「構いませんよ。白い小箱がありますでしょう。それに塩を入れています」
これですか、とオリバーが取り出して見せると、フローラが「はい」と頷く。
蓋を開けると、塊の岩塩と砕いた粒子が混ざって入っていた。オリバーが小さい塊を一つ取り、名前を呼んでライズの気を引く。
ライズが、顔はまだ俯き加減のまま上目遣いにオリバーを見ると、「手を出せ」と云って来たので、素直に掌を見せる。
「塩だ。時々舐めろ」
そう云って、オリバーはライズの掌に岩塩を乗せた。
「チューブ食も入っていたでしょう。二本くらい彼に渡しといて下さい。――ライズ殿、吐き気等は無く、吸引する力があるなら食べて下さい」
オリバーは既に聞き慣れた冷静な口調でフローラが云う――しかし、先ほどの鋭い声に比べたら、「温かい」声だ。
云われた通り、オリバーはライズにチューブを二本渡した。受け取りはしたが、ライズはぼんやりした目で眺めるだけだった――。
「オリバー少尉、太狼が、燃料と冷却水の補給を手伝って貰えないかと申しております」
「ああ、はい、承知しました」
荷台から降りて直ぐ、運転席の方に向かうべく足を踏み出したが、フローラが
「その前に、ちょっとお尋ねしたいことがあります」
と引き留める。
はい?とオリバーが振り返ると、フローラは――まだ幌の影に入っていないのに、ゴーグルを外して彼の顔を見た。
軽く眉を寄せ、真摯な表情をしている。それでオリバーも「何をお尋ねでしょうか」と真剣な声で応じた。
「……R2の無線で、BR19との会話は可能でしょうか?」
「――。それは……」
オリバーもそこで、眉間に皺を寄せた。フローラはこっくりと頷き、
「私が訊いているのは勿論、機械的な意味で可能かどうかじゃありません。フリアイ大佐の意図を汲んだ上で可能かどうか、です」
「……」
オリバーが拳を口元に持って行き、悩ましく顔を顰める。つまり――ここで無線通話を行って、砦は死に体を装えるか、と……。
「……BR19にだけ向けた指向通信は、可能です――音声の暗号化も可能ではあるんですが……。――もしも、万が一、の話ですが、上層部が、一見我々を放置したようでいて、実は密かに様子を窺っている、ということがあれば……隊長が仰っていた『現状維持』の方針が、崩れてしまう可能性も……」
思考を整理するように、フローラへというよりは独り言の口調でオリバーが云うと、彼女も一つ息を吐いてから頷いた。
「――。そうですね……。いくら指向を限定し会話そのものは暗号化されたとしても、『無線通信を行っている』という事実が判明しただけで、砦が生きている証になってしまいますから……」
フローラは額に指を当てて険しい表情を浮かべ、微かに「ああ…」と困惑した響きのある声を出した――こんな様子は、オリバーも初めて見る。
しかし直ぐに、オリバーへ顔を向け、
「分かりました、有難うございます。太狼にご協力をお願いします」
と返した。――何が「分かった」のか、オリバーには伝わらないので、後ろ髪を引かれてしまう。
「大丈夫ですか?」
「何がですか?」
オリバーが、顔を覗き込むようにして訊ねると、フローラからは冷静な質問返しがやってきた。
「……。何だか、苦悩しておられるように見えます」
「実際、迷いが晴れないので苦悩はしています。が、私への『大丈夫か』という問いでしたら、明確に『はい』と答えますから気になさらないで下さい。大丈夫じゃないのは、リモさんです」
貴方は行って下さい、というふうにフローラが手を出したので、オリバーは「はあ…」と曖昧な声を出して、仕方なく踵を返そうとした――、と、そこで幌の中から、
「――隊長の方針ってのが何なのかは分からんが、無線通話を傍受される可能性は、多分無い」
ライズの、素っ気ない声が聞こえた。
オリバーが驚いた顔をして幌の中を覗き込む。フローラも同じく、彼の背後からライズに注目した。
「何故だ、ライズ」
「何故? それは俺だって聞きたい。――だが、この位置からBR19限定で飛ばした時、他部隊から無線を拾われる可能性は、多分、無い……気はする」
つっけんどんに同僚へ返して、これ以上は俺に聞くな、というふうに、ライズは竹筒で口を塞いで水を呷った。
オリバーが今度は困惑した顔をしてフローラを振り返ったが、彼女は小さな頷きを見せて、「行って下さい」とオリバーへ告げた。
「何にせよ、この車両で帰還出来た方が良いのも事実ではありますので、補給を手伝って頂くことも無意味じゃありません」
「――分かりました」
オリバーはコックリと頷き、太狼のもとへ向かった。
一旦フローラは無線のことを忘れ、リモの様子を見に幌の中へ入る。
体を冷やしたのが功を奏したのか、呼吸や脈拍は先ほどよりも落ち着いている……。だが、まだ意識が明朗でない。
リモに集中する前に、フローラはナップサックから保冷剤を取り出して、ライズに差し出した。
「叩くと冷えますから、貴方も首筋や腋などに当てて体温を下げて下さい。――顔がまだ火照っています」
この女の云うことを素直に聞くのは癪に障る――そんな思いも過るが、元来実直な性格でもあるライズには、彼女が今「何に集中しているのか」も判っていた。この女は、我々の「救出」に意識を研ぎ澄ませている――特にたった今は、リモの救命に。
ならば、今、この女の云うことを「聞かない」のは、ただの「駄々」だ。
ライズは、ひったくるように、フローラの手からパックを取った。
彼の乱暴な動作に気を悪くした様子も無く、フローラは振り向いてリモの顔を覗き込む。
さっきと同様、頬をぺちぺちと叩いたり抓ったりしながら、
「リモさん! しっかり目を覚まして下さい!」
と大声を出す。しかし、一瞬瞼が半分開くばかりで、直ぐに閉じる――。
フローラはナップサックから、流動食とは別の、蓋が付いたチューブを取り出した。ハチミツが入っている――それを指に取り、唇の端に塗る。続けて、オリバーが先ほど出した塩の箱から、粒子の方を摘まみ、やはり唇の隙間に少しだけ入れた。
味に反応をしてくれないだろうか、と考えてのことだ。だが、期待通りの反応は見せない。
消毒薬をもう一度、頬の辺りに塗ってみるが――注射の痛みですら覚醒しなかったのだ、案の定、微かに瞼が震えただけである。
気付けに嗅がせるアンモニア水や、目元に擦りつけるミントの葉でも持っておくのだった――そんな後悔が頭を過ってしまったが、そもそも、救援物資として積まれた荷物の中にそんなものは入っていない筈だ。今度から通常任務の時も、万一に備えて個人装備の中に持っておこう、そんなことを考える。
いっそ、点滴が可能な時が来るまで、彼は「睡眠」という休息を取っている、と思うべきか……? いや、それも違う、
「リモさん! 目を覚ましなさい! まだ寝ては駄目です! リモさん!」
耳元で大声を出し、頬を叩き、耳を引っ張り、顎の下を抓る。
その様子を横目に見て、
「乳でも揉ましてやれば、驚いて目を覚ますかもしれん。そいつ童貞だ」
ライズがわざと卑しい声を作って云うと、フローラは彼を振り返りもせず、
「本当に夢だと思われて、完全に意識を失われると困りますから、やりません」
と平常の声で返した。
ライズは俯いて、力なく「ツ」と舌を鳴らした。余りに自分が情けない。
――フローラが、「ふぅーっ」と大きく息を吐き、顔を上げてリモの前から離れた。
腰を屈め、歩いてライズの前にやってきて、
「ライズ殿。――無線の傍受の心配は無い、というのは、本当ですか」
ときっぱりした声で訊ねてきた。
ライズは目を細め、
「……本当かどうかは云えん。そんな気がするだけだ」
と返す。
フローラは軽く首を振る。
「保証はしなくても良いんです。貴方が『虚言は云っていない』のなら、それで」
「――。嘘は云っていない。俺が『そんな気がする』ってのは、誠だ」
正面からフローラの顔を見てライズが云う。フローラは「分かりました」と頷き、
「ライズ殿、少しは体力と気力が回復されたようでしたら、貴方がリモさんの目を覚ますよう、促してて下さい。居る筈の無い女の声だから夢見心地のままなのかもしれません。現実の同胞から、ひっぱたかれて怒鳴られる方が効果的でしょう。貴方が彼の上司であるなら尚のこと」
そう云うと、荷台を降りて駆け足に去って行った。
――残されたライズは、やはりそれを拒むつもりも無く、リモの顔を覗き込み、
「リモ! 起きろ! こんな所で死んでも、誰も褒めちゃくれないぞ! イヴ隊長のもとへ、俺達は帰らなきゃならないんだ、起きろ、起きろッ!」
上官から部下への鉄拳にしては優しい平手をお見舞いする。




