【a5d:svn】(2) -[1]-(1)
結局、〝R2車〟を運転しているのは太狼である。オリバーもだいぶ回復はしているが、運転というのは体力と気力、精神安定を必要とするものなのだから、楽が出来る時には楽をした方が良い。
「『ノ・ウーの谷』というのは……貴方方が呼んでいる地名のようなものですか?」
後部座席のフローラが、カーゴスペースに置いた物資の確認をしながらオリバーに問うと、彼は「はい」と答えた。
「地形が変わりやすい地点は、座標数字や方角記号でだけやり取りしますが……、その辺りはBR19から見ると、必ず『谷』なんです。それで」
「ああ……。じゃあ、このまま行ったら、いつかどっかで下がるっちゅうことか」
砂地なのだから、当然「真っ平ら」な部分は無いが、今のところ「坂」と云える程の起伏も無く、なだらかな「平地」が続いている。前に見えるのは、少々波打った地平線だけだ。
太狼の言葉に、オリバーが再び「はい」と答え、ディスプレイを見ながら真剣な声で云った。
「『谷底』までそんなに深くは無く、傾斜も一定では無いんですが――日によっては、急に断崖のように切り立っていることもありますので、タロー殿、そろそろ速度を緩めて、私が合図した所で停めて下さい」
「おぉ、そりゃ怖ぇな。分かった」
太狼が大げさに肩を竦めてから、云われた通り、スピードを落とした。
「――では、現在の地形、傾斜によっては、救出の手順をどうするか、ちょっと考えておかなくてはいけませんね」
フローラが小首を傾げながら、どちらにともなく云う。
「私は、先ずは一刻も早く牽引でその場を離れ、比較的安全な場所まで脱出してから給油や手当等をするのが良いと思っていたのですけど――その場で〝T1〟に給油して、それぞれで『谷』を出ることを考えた方が良いのでしょうか」
太狼は「そうじゃのー」とどっちつかずの相槌を打ったが、オリバーは「あ」と何か思い出したような顔をして、恐縮そうに二人へ云った。
「済みません、申し遅れました。――私から、先に提案をさせて頂くと、谷の傾斜がどうであれ、先ずタロー殿に一度車の様子を見て頂き、余程の問題が無ければ給油して、エンジンを掛けられる状態にしておくのが良いと思います」
「先に、とわざわざ仰ったのですから、そう思う根拠が確かにある訳ですね。そして云い忘れを我々に謝ってくる理由が。では此方も一応で訊ねます、何故?」
「はい、T1車は、この車と同様の乗用車じゃなく輸送車なんです――今乗っているR2より大きく、明らかに重量があります」
「ああ……」
フローラが「合点した」と云うふうに息を吐きながら頷く。
「もし砂に埋没しての立ち往生でしたら、この車でだけ牽引するのは無理かもしれません。あちらにも、動力が、――少なくとも、もう一度こちら側の『丘』に上るまでは、あった方が良いかと」
「それはそうですね――ならばやはり、御次代には来て頂いて正解でした。もしかすると、運転席に私と少尉がそれぞれ乗り、御次代には押して貰う必要があるかもしれません」
「こき使うのう。――まあ、それは別に構わんけども」
本気では無い溜息をついた後で、太狼は怪訝そうに眉を寄せた。
「何か、疑問でもおありですか」
オリバーが太狼の表情を見て訊ねると、彼は「まあな」と小首を傾げた。
「何で、輸送車なんだ?」
「隊長から命令された時点では、支援を求めて出て行ったので……、物資を積んで帰って来ることを想定していたからです」
「いや、そっちの『何で』じゃないんよ。細けえことやけど――あんた、五日前の夜に、深夜シフトの隊が馬鹿正直に任務に出ておったから、二台が無事やったと云うたろ。斥候任務に、トラックで出てたんか?」
「ああ……」
太狼の疑問に納得した息を吐いて、オリバーは苦笑を浮かべた。
「……そうですね、それもあって、『馬鹿正直』という言葉が、私からも出て来たのかもしれません。実は当時、〝R1車〟が不調で、点検と整備のために下がっていたんです。ですから、尚のこと――二日間の緊張の直後なのですから、全員で休息に入っても良いではないかと……、我々も当時は、多少なりとも隊長の堅さに呆れていたかもしれません」
「はぁん……、そうか」
太狼も、「そういえば、倉庫に一台、今乗っているコレと同じようなのがあった」と思いだした。
「――でもそれが、今となっちゃ、二台無事っちゅう『ラッキー』に働いた、って訳か。どう転ぶか分からんな」
「と、なると……。たった今、〝R2〟で〝T1〟を救出するにあたり、運命の歯車がどう回るか、……まだ、継続中のようなものですね」
フローラが独り言のような口調で云う。太狼が「まあ、なるようになら」と楽天的な声を出し、オリバーは薄く苦笑を浮かべてから、表情と声を引き締める。
「出来るだけ速やかに離れた方が良いのもそうでしょうから、車の状態によっては……T1は放置し、二人だけをR2に収容して戻ることも、一応考えておいた方が良いかもしれません」
「それもそうです」
「そうじゃの」
オリバーの提案に、フローラと太狼もはっきり頷いた。
そこから、オリバーはジッとディスプレイを注視し、
「――タローさん、そろそろ停車して下さい」
と告げた。云われた通り、太狼が車を停める。
「一旦降りて、傾斜を目視で確認しておきましょう。多分、T1も……、そろそろ見えても良い位置だと思いますので」
オリバーがそう云うと、太狼とフローラも反対せず、車を降りる。
断崖になっていることもある、というのを知っているオリバーが先導し、立ち止まった所で、フローラと太狼も並んで「ノ・ウーの谷」を見下ろした。
「今日は……そんなに傾斜がきつくない方だと思いますが、此処から直接降りるのは、ちょっと無謀ですね。回り込む方が良いでしょう」
オリバーが「谷」を見下ろした後、今立っている「丘」の稜線をなぞるように、右側へ目を向けた。太狼も「それが良い」と大きく頷く。
「丘」の高さは二丈あるかないかだから、そんなでもない。傾斜も、屈強な軍人や運動神経に自信のある者なら、駆け下りることが出来なくはなさそうだ。また、一般人でも、後ろ向きの腹ばいでそろそろと降りていくなら、あるいはそり等で滑り降りるなら、良いアトラクションだろう。ただ、車で降りるのは、キツい。ちょっとバランスを崩すと、転がり落ちるか、それこそ途中で埋まって「詰み」だ。
今の目的であるT1車は見える範囲に無いか、三人で目を凝らす。谷底では今、少々風が吹いているようだ、たまに、飛沫のように砂が舞い上がる……――真っ先に見つけたのは、太狼だった。
「あれか?」
太狼の指さす方向、黄褐色の砂の中に、人工物っぽい硬質な四角が見えた。
オリバーが目をこらして、「そうです!」と声を高くする。
「あぁ~……、ちっと、判断を誤ったんじゃなあ…」
太狼が「可哀想に」と云うふうな溜息をついた。トラックの向きからするに、少々、焦ってしまったのだな、と思った。砦の信号を、出来るだけ真っ直ぐに追おうとしてしまったのかもしれない。回り道でより安全な方向を選んでも今度は燃料が不安、という要因もあったのだろうか……、行けるかもしれない斜面に、「挑む」方を選んでしまったのだ。
フローラの方は、実際にT1車を見て、さっきの会話を思い出し「たった今は、運命の歯車が『ラッキー』の側に回っている」と思った。T1の荷台には幌が付いていた――救出すべき二人が、日陰で横になれる。
「じゃ、急ごう」
太狼が促し、R2車に戻る。慎重に傾斜を選んでT1車を目指しつつ、フローラが仕切る形ですべきことを確認した。
「先ず、少尉が仰った通り、御次代にはT1車の状態を見て頂きましょう。少尉、そちらのレーダーには、BR19所属以外の車等も映りますか? 今、周囲にそちらの危険はあるのでしょうか」
「はい――今のところ、レーダーで確認出来る範囲に、……、イー・ル軍の装備車等はありません」
オリバーが一瞬口ごもりつつも――此処に至って初めて、「友軍」という言葉を出すのに躊躇が生じてしまったのだ――平静を何とか取り戻して答えた。
「では、給油は後にしましょう。少尉と私はお二人の状態を確認です。それによっては――担架も持って来てますから、御次代と少尉は、幌の中に、その方を収容して下さい」
「応」
「分かりました」
「具体的な予定はそういう感じで、状況に応じた個々の『方針』としては、私はお二人の手当を最優先で考えます。御次代は、一番体力と腕力がありますから、その系統で出来そうなことを選んで下さい。少尉、貴方は取りあえず『警戒』を第一に考えてて貰えますか、このレーダーの見方を分かっているのは貴方だけですし。何か手が必要な時には申しますので、お願いします」
オリバーと太狼の二人は、同じく「了解」の返事をしたが、オリバーは「自分が一番役立たずな気がする」と少しばかり落ち込んだ。――だが、フローラが別にオリバーを軽んじて云った訳ではないことも、そろそろ理解出来ているつもりである。
彼女は恐らく、「出来もしないこと」をやろうとしたり、「今目の前で何の役にも立たないこと」をやったり云ったりすることが、それが「感情」――「意地」「プライド」由来だと特に、嫌いなのだ。今、自分が軽く落ち込んでしまったのは、純粋に感情由来だから、彼女にとって完全に意味が無い。此処で「他に何か役に立てることはありませんか」等と訊けば、「では今の貴方に何が出来ますか」と相変わらずの冷静な表情と声で返してくるだろう。その時、何も云えないようなら、やはり質問自体がナンセンスであり、そのやり取りの数秒すら、彼女は時間の無駄と思うことだろう――。
緩やかな傾斜を選んで砂の尾根を下りていく。T1と同じくらいの高さまで下ってみると、谷と呼んでいるだけあって、東側も緩やかに上りの斜面だ。こちらも日によって高さや傾斜は変わるのだろうか――東の方が勾配は緩く頂上までが低い。東西が逆であれば、T1車も此処で止まってしまうことは、もしかしたら無かったかもしれない……。
太狼は、出来るだけ平坦な位置を選び、後々の作業がしやすい距離をT1との間に空けてR2を停め、三人共一斉に飛び出した。
「少尉、こちらを持って下さい」
フローラは水や栄養剤等を選んで入れたナップサックを肩に掛け、オリバーには、丸めた担架を持たせた。大きく頷いたオリバーがそれを抱え、T1に駆け寄る。太狼は、タイヤの足場となる板を抱えて近寄った。
T1のエンジンは停止している。オリバーが運転席側に回り、担架の持ち手を砂へ刺してからドアを開けた。
車高が少し高いのでシートまでに一度ステップがある。其処に足を掛けて身を浮かせ、運転席のハンドルにグッタリと頭を俯せた同僚へ、
「ライズ、聞こえるか、しっかりしろ! 助けに来た!」
と怒号に近い声を浴びせた。
では、こちらが「リモ」か、と判断したフローラは、助手席側のドアを開け、シートにもたれて目を伏せている――スォ=ハムと同世代に見える痩せ型の男性へ、
「リモさん! リモさん! 聞こえますか、リモさん!」
名前を繰り返し叫び、頬や肩をぺちぺちと叩く。
オリバーから声を掛けられたライズは、ゆるゆると顔をドアの方に向け、掠れた声で
「オリバー……?」
と同僚の名を呼んだ。
「オリバー少尉、ボンネットを開けてくれ」
板をタイヤの近くに取りあえず置き、太狼が前に回って早口に声を掛けた。が、その時丁度、ギュッと眉を寄せたフローラが、
「太狼さん、そちらは後回しにしてください! オリバーさんと一緒に、この方を幌の中へ入れて!」
大きな声でそう告げた。
む、と太狼も眉を寄せ、助手席側に駆け寄る。オリバーも、担架を持って一度そちらに回った。
太狼が胴体を支え、オリバーが足を抱えて助手席から引きずり出したが、担架に乗せる前に太狼が、
「まだるっこしいわ。オリバー君、この子やったら、俺一人で抱えきる、担架は要らん」
背中と膝裏に腕を回してリモを抱えた――彼に明瞭な意識があったら、多少、「プライド」に障りそうな抱え方である。
「荷台にステップがあるんやったら、出してくれ」
「いえ、確か積んでなかったと思います――車に据え付けではありません」
「そうか、やったら、花ちゃん、わぁが先に幌に入っち、支えもって引きずりよ、俺は下から押し入れる」
「分かりました、では、オリバー少尉は、ライズ殿に水を」
ナップサックから竹筒を取り出してオリバーに渡し、フローラも太狼と共に荷台に向かう。
オリバーはコクリと頷いて、再び運転席に向かった。




