【a5d:svn】(1) -[7]-(3)
「背丈が同じくらいとは思ってたけど、それ取ると、パッと見、隊長と似てるッスね。取って良かったッスよ、万が一、遠眼鏡で見られても、隊長が何かしてると思うかも――そりゃまあ、正面から見たら髭で別人って分かるけど、後ろからだったら、多分、直ぐには分かんねえッス」
「ああ……、確かに、『部外者』っぽさが凄く薄れました」
イーヴィ本人もそう云って頷く。
と、フローラとオリバーが入り口の前に姿を見せ、二人ともが太狼の姿を見て、「おやっ」という顔をした。
フローラが
「御次代、その格好は」
そう云った後、イーヴィが只の白シャツになっているのを見て、彼から借りたのだろうと察する。
それで簡単に、変装が必要になった旨を云うと、フローラは大きく頷き、
「それは妙案です。――スォ=ハム殿、後で、貴方の上衣も私に貸して頂けますか。私には何方のでも大きいでしょうが、一通り拝見した感じ、貴方が一番小柄なようですし」
随分冷静な声でそう云った。云われたスォ=ハムの方は、「小柄」というのにほんの僅か「グサッ」と来た後で、「へっ?」と妙な声を出した。
「な、何でッスか」
「東の砦に向かったというお二人の救出にあたり、私も同じように、『一瞥では疑われない』格好が必要でしょう」
当然のこと、と云いたそうな声色でフローラは答えたが、スォ=ハムは、一層驚いた顔をし、
「あ、姐さんが行くンスか?」
と焦った声を出した。
「男性を二人『救出』に行くことの出来る健康状態、体力と気力のある方が、今、他に居られますか? ――フリアイ大佐は辛うじて体力が残っていそうですが、隊長として、現在は砦に待機する責任がありますでしょう。私の腕力は大したことありませんが、現地で、あるいは帰途で、傷病の手当は出来ます」
「そ、それは、そう……ッスけど」
「ハナ殿、先ほど申しましたが、イー・ルには事務方以外の女性兵は居ないのです。貴方が兵服で変装しても、どの程度友軍を欺けるものか……」
オリバーが、先ほど意味も無くフローラを「ご婦人」扱いした時と違い、今度は考察した上で、眉を顰めつつ口を挟んだ。
フローラは小首を傾げ、「まあ、それは賭けですね」と云った。
「イー・ル兵服で変装した私を見て、イー・ルは事務方以外に女性兵が居ないから、『随分小柄な男』と判断するか、『女が変装をしている可能性』を考えるのか。それは五分五分、私を目にした人物の性格や思考回路に依りましょう」
「……」
相変わらずの淡々とした口調でフローラが云い、オリバーは、それ以上反論も出来なかった。事実、「動ける者」が他に居るか、という問題がある――。
スォ=ハムが最後に、
「で、でも、だいぶ、臭ぇンすけど……」
襟元を掴み、自分の鼻を近づけながら、どぎまぎしつつ云うと、フローラはあっさり、
「気にしません」
とだけ返した。
「御次代、屋根に上るということは、アンテナか何かの調整ですか」
「おう。中の分は終わった。最後は力業じゃ、アンテナの位置か向きがずれちょるらしい」
「では、そちらが終われば出発出来るのですね? 宜しくお願いします」
そう云って、フローラは太狼とスォ=ハムに道を譲った。オリバーも慌てて身を引く。
二人が出て行った後で、フローラは剛義に尋ねた。
「筆頭、御次代にも付いてきて貰って構いませんか?」
「本人がよだきがらんかったら、な」
剛義はあっさり頷く。
今度はオリバーとイーヴィも、少し焦った顔をする。
「タケヨシ殿、……私が申すようなことではありませんが、後継者を危険な場所に送り込むのは如何なものかと」
イーヴィがそう云うと、剛義は軽く肩を竦める。
「そげぇ云うてん、俺が行ったち、役に立たんじゃろうし。――流石に、砂に埋まっちしもうた車を押しちゃるような腕力は無ぇ年齢じゃ」
「――ハナ殿、念のためお尋ねしますが、私が共に向かうことは分かっていますよね?」
今度はオリバーがフローラに問う。勿論、とフローラはあっさり頷き、オリバーは絶句する。
フローラが剛義の代わりにイーヴィとオリバーの両方へ語る。
「敵方の貴方方が、此方の後継者にまでお気遣い下さるのは有り難いことですが、考えてもみて下さい。筆頭が申し上げた通り、砂漠で車が立ち往生する原因と云えば、タイヤの埋没が大きなものでしょう? あるいは、道標を見失って迷走した結果の燃料切れか――。前者、あるいは両方の理由でお二人が身動き取れなくなっているのだとすると、それを救出するのに、今の貴方方だと『何人』連れて行くことになるのです? というか、何人連れて行っても何の役にも立たない可能性とてありましょう?」
フローラが辛辣な事実を淡々と云ってくるので、イーヴィも鼻白んで絶句してしまう。
「――それに備えて、足場に広い板を持参しておけば、私とオリバー少尉だけでも何とかなるかもしれませんが……。少尉、後尾側のハンドル操作無しで、砂漠の中、牽引運転することは出来ますか?」
フローラの口調は純粋に質問調であり、「反語的」「挑戦的」なものは混じっていなかったが、オリバーは、うっ、と息を飲んだ後、「いえ……」と小さく首を振った。
「私は、時間を無駄にしないためにも、収容したら直ぐ、帰途でお二人の手当をしたいと思いますので、そのためにもう一人、誰か居てくれた方が良いんです。最適なのは、腕力と体力が今一番ある太狼です」
目の前の問題を速やかに、より確実に解決するためには、矜持や気遣いなど「雑感」でしかない――そう云っているように聞こえるフローラの冷静な口調に、オリバーはそろそろ慣れてきていたが、イーヴィはたじろいで、
「お……仰せの通りかと、思います」
と、思わず声を詰まらせながら返した。
フローラはオリバーやイーヴィを「責める」つもりなど毛頭無く、己が「最適」と思う方法を云っているだけであって、有無を云わせないというつもりもないので、他に方法があるなら聞く耳は持っている。――ただ、その提案が無いのなら、やはり、只でさえ物資と人員が足りない中で「後継者」がどうだの「性別」がこうだのは、フローラにしてみたら、本来必要ない制限項目にしか聞こえないのだった。
しばらくして、太狼とスォ=ハムが戻って来た。
「あっ。アニィ、脚立はまた使うかもしんないんで、立て掛けといて下さい」
太狼は、脚立を戻すべく布の扉に真っ直ぐ向かおうとしたが、スォ=ハムが引き留めた。そうか、と太狼が、通路の邪魔にならない部屋の隅の方を選んで立て掛ける。――「アニィ」などと呼ばれている倅に、剛義が、俯いて顔を隠しながら笑みを浮かべた。
そこで、布の扉からはウィトが姿を現した。さっきと比べて、足取りは結構回復している、介助はもう要らないようだ――とは云え、良いタイミングだった。スォ=ハムが彼を止めずに居たら、暗がりで脚立を持った太狼と出くわしてしまい、ぶつかって転倒・怪我をしていたかもしれない――。
太狼の姿を見て、ウィトは先ず「アニキ、有難うございました」と述べた。――いつの間にやら、スォ=ハムと同様、ウィトからも「アニキ」と呼ばれていることに、今度は太狼本人が苦笑を浮かべる。
ウィトは深刻そうに眉を寄せて、イーヴィへ告げる。
「隊長、……やっぱり、T1は動いてません。でも、N33の位置でもないです」
「――。そうか……」
イーヴィも眉間に皺を寄せ、俯き加減に息を吐きながら呟き、フローラと太狼を一瞥する。
ウィトに視線を戻し、訊ねた。
「位置――距離は、どのくらいだね。この砦に近いのか、N33側に近いのか」
「こっちに近いです。――俺達、砂が今どんくらい形変えてるか判ってないッスけど……、『ノ・ウーの谷』を越えられなかったのかな、って感じです」
「そうか」
再びイーヴィが息を吐きながら頷く。今度の声には、安堵が混じっていた。
「では、少尉――ハナ殿も、向かって下さい」
その台詞からすると、位置によっては、他に方法が無くてもフローラを行かせるつもりが、イーヴィには無かったようだ。
「太狼。よだきなかったら、わぁも一緒に行け」
イーヴィから命じることではないので、剛義がさらりと倅に云う。太狼は「応」と素直に頷いた。
フローラは、スォ=ハムに顔を向け、
「上着を貸して下さい」
とあっさり云う。
スォ=ハムは慌てて上衣を脱ぎ、――やはり彼自身が気になるのか、脱いだ上着を一度自分の顔に持って行って、鼻を「すん」と鳴らす。その態度に、ほんの微かな――それでもオリバーは少し驚いた――笑みを見せ、「気にしないと申したでしょう」とフローラが云った。
イーヴィはウィトへ、
「R2車がT1の位置を見られるか、確認して貰えるか」
と声を掛ける。
ウィトは、「分かりました」と応じ、救出隊に先んじて砦を出て行った。
スォ=ハムから上衣を受け取ったフローラは、太狼と違ってきっちりボタンを全部留めた。
オリバーはその姿を見て――いちいち指摘すると又気分を害してしまうかもしれないので口にはしないが――元々着ていたシャツも作業服か兵服のような男女の区別が無いものだった所に、同じく各所にポケットが付いた兵服を重ねた訳だから、「女性的」な体型がかなり隠れ、彼女の云うとおり、「女性兵が居ない筈だから」「小柄な男」と思うか「怪しい」と思うか、五分五分だろうなと感じた。
ウィトの次にオリバーへ、イーヴィが
「医務室の〝搬送口〟を開けておく。帰りは、直接そちらに向かいたまえ」
そう命じる。少尉は「畏まりました」と敬礼を見せた。
本来、この砦の「隊長」であるイーヴィが、己の部下に細かな指示を与えている様子に、フローラも己のボスへ、
「筆頭殿、私と御次代に、何かご指示は?」
と「一応」の確認をした。
剛義は軽く肩を竦め、
「可能な限り、逃げるな。それだけじゃ」
そう云った。
フローラは冷静に、太狼は、多少気を悪くしたふうに――「拗ねた」様子もあったろうか――
「重々、承知しております」
「そげんこと云われんでも、分かっちょら」
と答えた。
イー・ルの軍人達は、そのやり取りに少々不思議そうな顔をしていた。
二人の反応からすると、随分簡単な剛義の言葉には、何か「深い意味」があるように思われた。
が、質問等で立ち入る気にはならない。自分達に「信仰」があるように、サヴァナにはサヴァナの「哲学」があり、それに基づくやり取りだったのだろうと、察しは付くからだ。それは、強いて立ち入って交わる必要の無いものである。イーヴィは、その分別が付いている「導師長」だった――只でさえ、今は時間が何より大事な状況でもあるのだから――。
ウィトが戻って来て、
「オッケーです、オリバーさん、赤い点を追って下さい」
とイーヴィ、オリバーの順に視線を向けながら宣言した。
オリバーが「分かった」と頷くと、――最早、今回の「救出隊」の「隊長」は彼女であるかのように、
「では行きましょうか」
と、フローラがオリバーと太狼を促した。
三人の背中に、イーヴィとスォ=ハム、ウィトが敬礼を捧げる。そんな彼らに、剛義は胸中で「軍人じゃのう」と呟きながら苦笑した。
【五日後のサヴァナ】
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