【a5d:svn】(1) -[7]-(2)
「川」の方が近距離だったとは云え……、最も近いN33基地であったら、往復出来ている時間ではなかろうか。勿論、「通常であれば」だから、運転する人間が衰弱しているのを考慮すると、時間が掛かって当然ではあるのだが――。
「クォンさん、ウィト君、スォ=ハム君、T1番車の位置確認を、最優先で頼む」
「畏まりました」「了解」「はいっ」
三人がそれぞれ敬礼を見せて承り、クォンはスォ=ハムに手を借りながら立ち上がった。
「俺も、何か手伝えることがあったら、やりましょうか?」
太狼がイーヴィに訊ねると、「お願いします」と即座に返答した。
それで取りあえず、太狼は――背丈が違いすぎて肩を貸すことは出来ないので――
「まだ足がふらつくようにあったら、掴まれ」
とウィトに肘を曲げて腕を差し出した。ウィトは微かに狼狽の表情を見せたが、「恐れ入ります」と頷いて、肘を掴む。
太狼を含めた四人が、再び布の扉の向こうに消えた。
イーヴィは腕を組み、険しい顔をして呟く。
「N33に無事辿り着けていて、そのまま休息を受け入れられた……というのなら、まだ良いんだが…」
「それならそれで、あんたがさっき云うた計画、方針は反故になるで?」
剛義が肩を竦めて口を挟む。
「砦が『死』んでねえことが、バレちょる」
「その時はその時です、が――もしや〝少将〟が何らかの手を事前に回しているようなら、ただ単に休息しているだけでなく、ともすると拘束された可能性もある。そうなると、この砦と我が隊を確実に潰しにかかるかもしれません。貴方方が此処に居ては危険です、T1の位置が判明次第、コトによっては、直ぐに逃げて下さい」
「……大佐にとって最悪のケースがどちらになるのか判りませんが、私が考える最悪は、そのお二人が砂漠に迷い、立ち往生している、というケースです」
そこでフローラが冷静に口を挟む。今残っている人間の視線が、彼女に集中した瞬間に、フローラはツカツカと、部屋の隅に積まれた物資の箱に近づいた。
「無闇に飛び出しては、文字通りミイラ取りがミイラになってしまいますから、レーダーが回復するまでに、――少尉、救出のための物資を準備しておきましょう」
まずオリバーを振り返って云うと、フローラは筆頭へ「構いませんね?」と窺うように視線を向けた。
剛義は薄く笑み、
「そげえじゃ」
と頷いた。
フローラはまず水のタンクを二つ別にし、箱の中から「これは要る、要らない」とテキパキ分類して、持参する必要の無い物は他の箱の上に乗せていく。中身を残した方の箱をタンクの横に置いて、それらを指さしつつ、
「今のうちに給油もしておきましょう。予備燃料タンクと担架、追加の栄養剤等も取ってきますから、少尉、貴方はこれを先ほどの、貴軍の軍用車に乗せておいて下さい。流石に、我々の運搬車を、これ以上敵陣深くへ乗り入れる訳にはいきませんので」
口を挟む余地も無く、すらすらとフローラは云った。
オリバーは「か、畏まりました」と思わず敬礼を見せて応じ、慌てて箱を抱え外へ飛び出していく。
フローラも、筆頭と隊長へ軽く頭を下げ、外へ出て行った。
イーヴィが独り言つように
「……頼もしいご婦人です」
と口にする。剛義が、ふっと笑み、
「サヴァナは、男共が凧か風船のごと勝手じゃけんかしらん、女衆は、その端でしっかり紐持っちょく冷静な人が多いごたる。有り難ぇことじゃ」
そんなことを云った後、冷静な声で
「……その、N33っちゅう砦だか基地だかに詰めちょる隊は、ある程度信用出来るけん、支援要請に出さしたんな」
イーヴィに問うと、彼は億劫そうに、曖昧な首の振り方をした。
「貴公より『五日前』に外で起きたことを聞くまで、私もそこまで本営から疎まれているとも思っていませんでしたので……。〝少将〟の暴挙についても、その当時は、何か、追い詰められた事情があったのだろうと考えておりました。彼の『性格』が直情的・刹那的なのは知っておりましたから、彼個人の中でだけ整合性のある行動だったのだろうと。故に、他の砦なり斥候なりが、我が隊の非常事態を察知してさえくれれば、救援が期待出来ますし、告発はその後可能だと考えていたのですけども」
「実際は、『七日前』の段階から、〝ぐるみ〟であんた達を見捨てちょるのと同じやけんな――〝少将〟の暴挙の方が余程『一先ず脇に置』かれて、二人が拘束されててもおかしくない……っち考えたんやな、あんた」
「N33にて、暗殺のための小隊が編成され武装を整えてこちらに向かっている――ということも、考えられなくはありません。時間を考えると、そろそろ東の方に姿が見えても良いくらいかもしれない。その時は、貴方方は只、逃げて下さい」
イーヴィが真摯な声で云うと、彼とは正反対に飄々とした声で剛義は「い~やぁ~?」と云った。
「俺は、それは無ぇと思うがなぁ」
「何故です」
イーヴィが、若干、責めるような口調も混じって剛義に訊く。
剛義は軽く肩を竦めながら答えた。
「さっき云うたじゃねえな。五日前、ミサイルが発射されるときに、あんた達以外のイー・ル軍は後退したんじゃ。俺達がその後、イー・ルの様子見よった間、今日まで、大きな動きは無ぇのよ。もう一回、前に出て配置し直した様子も無ぇんじゃわ」
「――」
「そのN33っちゅうのがどんくらい東なんか知らんが、あんた達の最後尾ラインから此処までで考えて、真ん中よりは『前』なんやったら、――もしかしたら、砦は空かんしれん」
そこでイーヴィが、眉を寄せながら目を細めた。
「もしそうやったら、な? 俺はむしろ、――『リモ』『ライズ』っちゅうお二人が訳の分からん状況に狼狽えてしもうて、闇雲に別の砦にまで行きよらしめえか、そっちが心配じゃなぁ。花ちゃんが云いよったみたいに、そげんことしよん間に燃料切れて、立ち往生したんかんしれん」
「あ、ああ……。成る程、それも可能性として、……否めません」
イーヴィも、一瞬狼狽の表情を見せ、頷いた。
「どっちしてん、あんたが俺達に逃げぇっちゅうような心配は、無ぇ気がするわぁ、俺は。――第一、そんときは、俺達の方が逃げんで応戦してん良いじゃろ」
「そんな――タケヨシ殿、私も、貴公を、今は休戦状態なだけで『敵方』であると、一線を引いてはいますが、こんな内輪揉めに近いことで貴方方を巻き込むつもりも、私には無いんですよ」
ギュッと眉を寄せ、イーヴィが剛義を睨みながら云う。すると剛義は
「ふん? じゃあ、俺達がとっとと逃げた後? あんたが此処で犬死にしたり、処刑されたっちゅう話が入っち来たら? ――云うたよな? 俺は、あんたのクニをすり潰しにかかるで?」
ねめつけるような目で見返し、粘っこい声で云い返した。イーヴィが「……うっ」とたじろいで息を飲む。
「何遍も云わせなんなっちゃ。俺は、イー・ルを落とすつもりは無ぇんじゃ。あんたと別れた後あんたが生き延びて真っ当に死ぬ、っちゅう確信が持たれんのじゃけん、今みたいに中途半端なところで逃げちしもうたら、後々、俺は不本意なことをせなならん」
そこで、剛義は「はあ」と息を吐いた。
「本音云うたら俺も、他にやらなならんことがあるけん、一個、国潰すやら面倒臭い。ここで逃げる方が、後々、俺にとってもややこしいことになんのじゃ」
独り言の口調でそう云うと、剛義は随分と真剣な表情になって、外の方角へ目を向けた。
イーヴィが訝しげに目を細めたが、「他にすべきこと」を、今説明するのもややこしいので、剛義は、ただ先を続けた。
「俺は、多分、それは無ぇと思うんじゃけど、万が一あんたの読み通りになったら、そん時は、蝦さん、あんたの方が腹括りよ。開き直って、『捕虜』になんなぁ」
「……」
「俺達がこの砦『取った』っちゅうことにすら、俺達が交戦する理由もあるじゃねえな。そげなことになったんも、自分達がミサイルぶっ放した後、此処を放っちょった、司令部の配備の拙さじゃ。あんた達ゃ、まともに交戦出来る体力なんかありゃせんのじゃけん、黙って『捕虜』か『人質』のフリしよか良い。――向こうも、あんた達を見捨つる企みがうやむやになってくれたっちゅうち、俺達に感謝すらぁ」
再び、剛義が飄々とした声で云うと、イーヴィは「否」というのじゃなく「やれやれ」と云うふうに緩く首を振った。
――と、そこに、布の扉の向こうから太狼とスォ=ハムが姿を現した。太狼は肩に脚立を掛けている。
入ってくるといきなり太狼が、
「隊長さん、あんたの兵服を貸してくれんですかね、上だけでいい」
とイーヴィの胸辺りを指さしながら云ってきた。
イーヴィが思わず「はっ?」と声を裏返し、首を傾げる。傍についていたスォ=ハムが慌てて、隊長へ補足した。
「あっ、あの、屋根に上がりたいンスよ。そんで、タロさんがこのままの格好だと、不審じゃないッスか。只でさえ死に体装いたいから、ホントは、砦の屋根に上って何か作業するのも、遠眼鏡で見られることあっちゃヤバイし、ましてそれが『部外者』ぽかったらマズいッスよね」
「俺は、中身もこんなで、明らかにイー・ル兵とは違いますけん、半纏脱いだだけじゃ、ごまかせんのですわ」
太狼が、半纏の襟を軽く開いて、鎖帷子を見せる。
「タロさんと同じくらいの背丈の人、隊長しか居ないんで……」
「ああ、それで――」
「予備があるんだったらそっちでも良いけど、清潔なのがあるんなら、本人が着替えた方が良いですよ」
太狼が小首を傾げながら云うと、イーヴィが苦笑して、
「いえ、そんなものも今はありません。どうぞ、君が不快でないなら」
そう云い、上衣の襟に手を伸ばした。同時に太狼は、一旦スォ=ハムへ脚立を預け、
「お父、こっちを持っちょいてくれ」
半纏を脱ぎ、剛義の胸元に向かってバサッと乱暴に投げる。剛義が掬うような形で受け取りつつ大げさに顔を顰め、
「行儀の悪い。恥ずかしい倅じゃ」
と苦々しく吐いた。
イーヴィから上衣を受け取ると、太狼はそれを羽織り、前立てがヒラヒラしないならそれで良いというふうに、幾つか飛ばしてボタンを留めた。
スォ=ハムから脚立を受け取り、二人で出て行こうとすると、何か思いついた顔をして剛義が「ちょお待て」と太狼を止めた。
「変装っちゅうんじゃったら、頭の手拭いも取らんか。そげなもん、イー・ル人は巻いちょらんぞ」
「ああ、そうか…」
太狼は結び目は解かぬまま、帽子を脱ぐように手拭いを取り、それも剛義に渡した。
その姿を見て、スォ=ハムが目をぱちくりとさせる。




