【a5d:svn】(1) -[7]-(1)
太狼とスォ=ハムが姿を消してしばらく後、布の扉の向こうから、剛義は初めて見る顔が出て来た。
スォ=ハムが肩を貸しているのは、イーヴィより年上に見える男性。もう一人、スォ=ハムよりは年上に見えるが太狼と比べて若いか上か判断が難い男性は、背丈が同じくらいの少尉に肩を借りていた。
その後ろから、太狼とフローラが付いて来ている。
フローラ、太狼、そして最後に剛義と、身も心も弱っている時に、見ず知らずの人間と立て続けに顔を合わせることになってしまった訳だが、二人の男性は剛義を見て、もう訝しむ様子は無かった。若干、緊張した様子はあり、当然のことながら笑顔は無いが。
二人とも、隊長の居る間へ入ってくると、介添えから手を離して敬礼を先ず見せた。
かと云って、直立不動を何時までも続けられるほど回復しているようにも見えないので、イーヴィが自分の使っていたスツールを年長の男性――クォンの前に出し、「掛けて下さい」と云った。
「ウィト君は――」
「ウィトさん、これでも良いッスか」
他に腰を下ろせるものは無いかと、イーヴィが視線を巡らせる。スォ=ハムが、部屋の隅に転がっている、板が一部分破れた木箱を申し訳なさそうに取ってきた。
ウィトは、構わない、と頷き、それより、クォンもウィトも、隊長を差し置いて自分が楽な姿勢になることへ「恐れ入ります…」と小さな声を出した。
――スォ=ハムが呼びに行った段階で、ある程度経緯を理解していたらしい。イーヴィが二人へ、
「詳細を話すと長くなるので、今は簡単に云っておくが……」
と説明しかけると、二人は首を振り、
「オリバー少尉から聞きました」
「……SOSに応じてくれた、サヴァナのお人なんですってね」
と隊長の言葉を遮った。
イーヴィは「そうか」と頷き、剛義へ、
「こちらは、一等技工兵のクォンさんです。こちらは、通信士のウィト君」
年配の男性、スォ=ハムより少し年上に見える男性を、順に手で指し示しながらそう云った。剛義が、「俺はタケヨシっちゅうもんです」と会釈しながら云うと、二人はぎこちなくも、同じく会釈を返してきた。
「クォンさん、ウィト君。今のところ、不信感はあるかね。――このお三方だけでなく、私に対しても」
本国では「導師長」であった、ということが良く伝わる粛々とした声で、イーヴィが云う。
クォンとウィトの二人は、首を横に振った。
「……正直、サヴァナのお人に、警戒心が全く無いと云っては嘘になります。しかし、命を助けられたことに違いは無いのですから、今のところ、敵対心はありません。それに、フリアイ猊下の決定に、儂らが物申すことなど僭越ですし、きっと間違いはないと、信じておりますので」
「俺も、E=V様の決定に叛くつもりは無いし――俺は、今んとこ警戒もしてないっつうか……この人達に何か企んでることがあったって、『自分には関係無い』くらいの感じです。俺達を助けてくれたのはこの人達、追い詰めたのは少将だって、そこだけクッキリしてます」
「……クォンさん、私を猊下と云うのは止しなさい、それは大導師長だけに使う敬称だよ――それが直接の上司であろうと、他の者に使う事は、それだけで不遜なのだから」
二人が続けて返答をすると、イーヴィは先ずそう云って苦笑した後で、「そうか」と厳かに頷いた。
「では、二人にやって貰いたいことがある。――スォ=ハム君によると、そちらの、タロー殿のご助力もあって、無線の基本的な部分は修理が出来たそうだが……」
「あ~、俺は殆ど何もやっとらんです、修理の手柄はハム君ですよ、ご助力とか云うの、マジで止めて下さい」
太狼が慌ててイーヴィに割り込み、大げさに手を振る。スォ=ハムは照れ臭そうにいがぐり頭を掻き、イーヴィは微笑を太狼に見せて「そうなんですか」とだけ返す。それから、
「無線専用にと、バッテリも提供して下さったそうだが」
一等技工兵と通信士へそう云うと、表情を引き締めて先を続けた。
「二人にやって貰いたいことというのは……、『それでいて、現状維持』だ」
「――? というと?」
クォンが目を細めて、隊長の真意を訊き返す。
「――。少将閣下の意図の、正確な所は分からないが……物資を奪っただけでなく無線機と発電機も破壊して行ったというのは、――我々が、命を落としても構わない、というくらいの『覚悟』があってのことではないかと、思う」
一体イーヴィが、どういう意識を持ってその言葉を選んだのか分かり得ない、そこに「覚悟」という言葉を使うのは少し違う気がする、と――誰しもが――思ったが、指摘する者は居ないままだった。
「我が隊が現状に至るまで、少将殿はおろか、他隊からの様子見も無い。ということは、最早、少将殿は、己の罪を自ら上層部へ申し出る意志も無いのであろうし、我々の死を、期待し、予測しているのかもしれない」
「……くそっ…」
「畜生……」
隊長の冷静な言葉に、思わず汚い言葉を吐いてしまったのは、ウィトとスォ=ハムだった。
これが何でもない時であれば、若人の罵り言葉を咎めもするが――今はその場面じゃないので、イーヴィもクォンも黙っていた。特にクォンは、口には出さないセーブが出来ているから黙っているだけであって、心の中で思っているのは若人と同じである。
イーヴィは声色を保ったまま、続けた。
「となると、だ。ここで無線が完全に復帰し、明確に他の砦へ応答請う発信をしてしまうと、少将とその隊は、何事が起きたのかと、不審に思うだろう。ともすると、『確実に息の根を止める』という邪な決心を、彼にさせてしまいかねない」
「ああ……――それは、そうかもしれませんな…」
クォンが溜息混じりに頷いた。
「――先に云ったが、他の隊からの様子見も無いということは、籠城解除命令も、少将が我々を奸計に嵌めるために出した虚言の可能性がある。それならそれで――既に我々は、籠城命令を出された七日前の段階で、司令部や上層部から放置されている、とも考えられる」
クォンやウィトが項垂れ、悔しそうに歯がみする。彼らもさっきまでのイーヴィと同様、拳を作って膝の上で震わせていた。オリバーも、彼らの傍らで無念そうに顔を顰めていた。
その三人――に限らず、EV隊の隊員達は、隊長が中枢から疎まれていることを、既に知っているのかもしれない。今、自分が「こんな目」に遭っていることを、悔しがってはいるが、「何故」と疑問に思っている様子では無かった。
「ならば、それを逆手に取り、我がEV隊はしばらく、生きているのか死んでいるのかも分からない状態を保っておくのが良いと思うのだ。幸い――という言葉を使って良いのかどうかは分からんが――、実際、今、彼らが此処に着いて結構な時間が経っているのにも関わらず何の音沙汰も無いことから推測するに、現状で友軍は完全に、BR19と我が隊を蚊帳の外にしているようだ。もしかすると、今最も『川』に近い隊は我々であり、南北ライン上で孤立している可能性もある」
「な、なんすか、それ」
ウィトが反応して目を見開く。イーヴィが詳細を語ることは無く、ただ先を続けた。
「だからこそ、我々が今サヴァナと接触していることは悟られずに済み、少将殿に邪な決心をさせることもなく生き長らえている。それを、取りあえずは『幸運』と考えて良いと、私は思う。故に、――しばらくの間、本部の真意を量るために、この砦を『現状維持』にしておきたいと……そういう決断だ」
イーヴィは、腹の上に左手を置き、その上に右手を重ねてそう云った。その姿勢を見て、クォンがまず頭を垂れ、オリバーやウィト、スォ=ハムも項垂れて
「……は……はいっ」
と震える声で返事をした。
イーヴィの仕草は、導師長ならではのものだ。神に誓って全く偽りなく、我の心からの言葉を述べる、と――そういう意味がある。
それは、裏返せば、「中枢」「司令部」の意志に――少なくともたった今は――「私は従うつもりが無い」と宣言したことに繋がる。
上層部が我々に「死ね」と云っている状況であるが、それに「叛きます」と神に誓ったのだ。
今のイー・ルに於いて、それがどんなに矛盾した選択であるか、良く解っている隊員達は――改めて彼の部下であることを誇りに思い、同時に、彼がとてつもなく不憫でもあり、反射的に頭を垂れていた。
スォ=ハムとウィトは、目頭が熱くなってしまって、それを堪えるべく俯いたまま、息を殺している。
クォンが先ず気を取り直し、隊長へ確認口調で訊ねた。
「では……具体的には、現状と同じだけの弱い電波で、ただ応答請う発信を、漠然と飛ばすだけで良い……と?」
「そうだ。もし、それに応答する信号があっても、こちらからの返事もしなくて良い。何なら……何処かの段階で、如何にも動力や機器が完全に不能になったように見せかけて、こちらからの発信を切っても良いだろう」
「ふむ……」
「修理をしてくれたスォ=ハム君には悪いが……」
イーヴィが彼に目を向けてそう云うと、スォ=ハムは慌てて両手を振り、
「いっ、いえっ、そんな、俺は別に……」
と声を裏返しながら首もぶんぶんと振る。そこで彼とウィトの胸中も少し落ち着いたようで、ふうっと大きく息を吐いた。
「その代わり、周辺の様子を探るためのレーダーと、我が隊の軍用車間の無線、基地と軍用車の間の発信機等は、しっかり生かすように設定してもらいたい。――つまり、外から見て『砦』は死に体を装いつつ、『隊』は連携を回復させ強くしておく、というか」
「成る程。それは確かに」
クォンが大きく頷くと、隣でウィトが「任せといてください」と頼もしい言葉を出した。
「……よって、『現状維持』と云いきってしまうと多少語弊はある訳だが」
イーヴィが息抜きのような微苦笑を浮かべ、小首を傾げながらそう云った後、直ぐに真面目な声に戻る。
「現在、軍用車が出た際、砦を見失わないための信号を最低限として維持しているが、修理を終え電源に一先ず心配が無くなった以上、砦から軍用車の位置を知るレーダーも、及ぶ限り速やかに復旧して欲しい」
「お任せ下さい」
今度はクォンが頼もしく頷く。――そこでオリバーが、「はっ」と目を見開き、「隊長」と焦りの混じった声を出した。
「そう云えば、『リモ』と『ライズ』が……遅くないですか」
「む」
それを聞いて、イーヴィも険しく眉を寄せた。
西――「砂の川」「敵方」側へ向かったオリバーに対し、東、友軍の砦側へ向かった二人である。




