【a5d:svn】(1) -[6]-(3)
太狼が無線室に向かうと、扉は完全には閉まっておらず、ほんの少しだけ角度を付けていた。だが、内部は見えない。故に、中に居る者からも外が見えていない筈――只でさえ、扉に背中を向けて作業をしている筈だから――、よって、太狼は軽くノックして気を引いた。
すると内側から開き、スォ=ハムが顔を覗かせる。
太狼が手にしている蓄電池を見て、表情を明るくし、
「有難うございます、今、組み立ても終わりました。後は配線だけッス」
そう云って、手を差し出した。
太狼は首を振り、
「いや、今、隊長さんから言付かったんじゃけどな。配線はまだせんで良い。電源繋げて完全に元に戻すのは、後にしてくれ、とよ」
「へっ? 何で?」
スォ=ハムはきょとんとして瞬きをした。
「そしたら常夜灯が後になるで、とは云うたんやけど、そっちも後で良いっち云うけん。じゃあけ、これはまだ置いちょくだけで良いわ」
手招きしてスォ=ハムを無線室から出させ、そう云いながら、危なくない端っこに蓄電池を置く。
少々「拍子抜けした」という顔をしているスォ=ハムへ、太狼が肩を竦めてみせる。
「『何故』っちゅうののホントのとこは俺も知らんけど、無線機回復させる前に、云うときたいことがあるんと。それで、えっとな、こ……、クォンさんと、フィ……うい、ウィト君? 歩けるようにあったら、呼んできてくれとよ」
――「クォン」「ウィト」の発音が難しいらしく、頼もしい「アニキ」だと思っていた太狼が困ったふうに小首を傾げながら云ったので、スォ=ハムは思わず、口元を綻ばせた――もしかして、自分の名前も「スォ」が難しいから、「ハム」としか云っていないのかもしれない――。
無線の修理を完了させる前に、一等技工兵のクォンと通信士のウィトを呼べ……ということは、何か重要な、大切な指示があるのだろう、スォ=ハムもそれは想像出来、緩んでいた口元を引き締めてコクリと頷いた。
「了解ッス。タロさんも一緒に来て貰えますか。二人とも水とメシで少しは回復したかもですけど、介助はあった方が良いと思うんで」
「おう、ええど」
太狼もあっさり応じ、スォ=ハムの後をついて行く。
バスルームの前から離れ、フローラとオリバーは一旦剛義とイーヴィの居る玄関スペースに戻ろうとしたが、途中、フローラは「ミーティングルーム」と思った――正確には〝礼拝集会所〟と名前が付いている――スペースを通過することになる。
このスペースは、砦の中では奥まった場所になるので暗い。しかも今は通風口と常夜灯のある廊下に、背を向ける形で入って来たので一層だ。それでも、クォンとウィトがまだ椅子に着いているのは見えた。
通路に近い側に座っていたウィトも、二人が空間に入って来て、玄関の方へ向かおうとしているのに気付いたので、オリバーに「あのぉ、少尉。ちょっと良いッスか?」と声を掛ける。
オリバーとフローラは立ち止まり、暗がりで会話するのに表情は察せられる程度の位置――テーブルの直ぐ脇まで戻った。
「結局……えっと、そちらの、女の人は、何方なんです?」
ウィトがオリバーを見上げて怖ず怖ずと尋ね、ちらっとフローラに視線を向けた。クォンも、訝しげな顔付きで、二人の顔を交互に見る。
オリバーは、俯き加減になって微苦笑を浮かべた。そういえば、先程二人のバイタル・チェックをしたときも、フローラは、二人に何の質問もさせず、自己紹介もせず、テキパキと作業だけを行い、バスルームの観察に向かったのだ。
オリバーが答える前に、フローラの方から
「私のことは〝ハナ〟とお呼び下さい」
相変わらず冷静な、あっさりした声でそう云った。それだけしか云わなかったので、クォンとウィトはきょとんとして、困惑顔を見合わせる――別に「名前」が……それだけが知りたかった訳では無くて、知りたいのはもっと別の大事なことなのだが。
そんな二人の様子を見て、フローラは声色を変えないまま、
「『素性』という意味で『誰』とお尋ねなのでしたら、その前に私が此処にいる『経緯』を知っている必要があるでしょう」
そう云ってオリバーに顔を向け、彼に尋ねた。
「お二人はご存知なんですか?」
「いえ、その時は、二人とも寝室で横になっていたので……」
「では、やはり、少尉、貴方がお答え下さい。私自身が経緯を申し上げると、後々の混乱や不信の原因にもなるでしょうから」
フローラはそう云うと「お願いします」という風に小さく頷きを見せつつ、手を二人に差し出した。
オリバーも「解りました」と頷きをフローラに見せて応じ、クォンとウィトへ、
「落ち着いて、聞いて下さい」
と前置きをしてから、語り始めた。
今日、陽が昇ってから、残っていた車両を使い東西に分かれ支援を求めると、中隊長が決断したこと。
東は友軍へ詳細確認と支援要請、「西」には、オリバーが、ひたすらSOS信号を発信しながら向かったこと。
「砂の川」に辿り着いた時には、その信号を受信していたらしいサヴァナ人三名が、既に救援物資を準備して待機していたこと――。
そして、サヴァナの筆頭を含むその三名は、川を越えて、物資をここまで持って来た――。
それを聞くクォンとウィトは、まず何より、驚いた顔をし、次には神妙な顔をし、――ウィトは顔をしわくちゃに顰めて頭を抱えた。クォンは、呆然としたふうに肩を落としたかと思うと、深く溜息をつき、何も考えていない顔をして何も無い前方を眺めた。
最終的には、やはり二人共がフローラに顔を向けて、
「――有難うございました、本当に……。貴方のようなお嬢さんまでが、敵地に足を踏み込んで、助けてくれるなど……こんなことがあるとは…」
「有難うございます、姐さんは、命の恩人です。俺、明日から豆が大好物になります」
クォン、ウィトの順で、そう云って頭を下げた。
こういう状況に於いて、「礼を云う」という行動は、人間社会の基本である。よって、フローラの方に特別な感慨は無かったが、ウィトの台詞には不意を突かれ、口角が上がりそうになってしまったので、言葉を返す前に一度口を覆う。
「――。いえ、どういたしまして――救命信号に応じるか否かは、その行動が己にとって安全か危険かだけで決めるものです。敵地ではありますが戦闘中だった訳ではありませんし、己の安全は確保出来ると判断してのことです。相手が誰か、で行動を決めるのが当たり前なようでは、そもそも救命信号というもの自体に意味が無くなってしまいますので」
笑いを隠すために口元を覆った手を退け、フローラも軽く会釈を見せ、口調は冷静に云う。
――と、そこに、
「あっ、おやっさん、ウィトさん。――ここまでは歩けたんスか?」
広い空間であるから少しエコーが掛かって、スォ=ハムの明るい声が聞こえた。
クォンとウィトは顔を上げて、オリバーとフローラも振り返り、声のした方に顔を向ける。
と同時に、ガタガタッ!と大きな音が響く。クォン以外の者は全員、スォ=ハムの方に向いていた視線を、直ぐさま、音の方へ向け直した。
クォンが、後ずさりながら立ち上がったのだ。それで椅子が、大きな音を立てた。
音に驚いた他の皆より余程、クォンは引き攣った驚愕の表情――恐怖にも近い――を浮かべている。ウィトが彼を見上げ、
「ど、どうしたんスか、おやっさん」
と声を掛けた。
それでクォンが、はっと目を見開いてからパチパチと瞬きをし、
「あ、あぁ……いや、あんまり、大柄な人、だったか…ら、驚いて」
ウィトを見下ろして、口ごもりつつ答えた。
クォンは、スォ=ハムの一歩後ろに立っている太狼を指差している。
スォ=ハムは瞬きをして、太狼を振り返って見上げてから、
「おやっさん、そんなビビるような巨人でもないっしょ」
と苦笑混じりに云った。
ウィトは、「ああ…」と納得した後、彼も苦笑混じりにクォンを見上げながら
「天井に付くほどデカいってんなら、俺もひっくり返ったろうけど。隊長とは、そんな変わんないじゃないスか、慣れてるでしょうに」
多少からかうような口調で云った。その口調に気を悪くしたのか、クォンは軽く眉を寄せ、
「だ……だからこそ、ってもんだろう、ウィト君よ。起立して敬礼、の条件反射は無いんかね。それが別人だったもんだから、尚更びっくりしたんだよ、儂ァ」
大げさに叱責口調で反論した。――バツが悪くてそんな口調になったのだろうと思ったので、ウィトは苦笑を消さないまま、「それもそうッスね、すんません」と大げさに身を縮めた。
そんなやり取りに、フローラは一瞬目を細め、太狼は小首を傾げた後で肩を竦めた。
改めてオリバーが太狼を手で差し、
「ハナ殿と一緒に来て下さった、タロー殿です。――筆頭殿のご子息だそうです」
クォンとウィトに向かって云った。会釈した太狼に、
「し、失礼しました。儂は、クォンと云いますです」
クォンが先ず名乗った。
「あー、ハム君から聞いとります、一等技工兵、主任整備士は、貴方なんですってね」
太狼も改めて、敬意を持ってお辞儀した。
その後、ウィトも腰を浮かせつつ、
「通信士のウィトです」
と太狼に自己紹介をする。太狼は、どうもどうも、と挨拶をしてから、スォ=ハムに目配せをした。
「やっと挨拶しただけの俺が云うより、ちゃんと仲間内の君から云う方が良いで」
太狼から促されて、スォ=ハムは頷き、表情を引き締めて、
「おやっさん、ウィトさん。俺、無線の修理を大方終えたんですけど――」
「ん、そうなのか?」
一人で大丈夫だったか?と云うふうな、親心の見える心配そうな目をしてクォンが訊く。
「そんで、無線室用にタロさん達がバッテリも一個提供してくれたんで、それ繋げりゃ大丈夫なとこまで出来たと……自分では思うンスけど、イヴ様が、修理完了させる前に、お二人に話しときたいことがある、って」
そう云って、スォ=ハムはチラッと太狼を見上げた。
「ハム君から、足下の常夜灯の分を無線室に回してるって聞きましたよ。今のうちにバッテリ渡して、俺が常夜灯戻しちゃろうと思ったんですが……、隊長さん、それも後回しにして良いから、あんた方二人を呼んでくれ、っちゅうてね」
スォ=ハムに続いて太狼が云うと、クォンとウィトは顔を見合わせた。
「急ぎで大事な話がある、っちゅうこっちゃないッスかね?」
その言葉に、整備士と通信士の二人もシリアスな顔付きになって、小さな頷きを交わした。
「そうですか、分かりました。行きましょう」
クォンが言葉で云い、ウィトはコックリと頷いて、テーブルに手を沿わせながら通路に出る。
二人ともまだ足下は覚束ない――「隊長が呼んでるから」と焦らせては危なかろう、オリバーが自然とウィトに肩を貸した。スォ=ハムが太狼に、
「……オリバーさんが居てくれたんで、タロさん居なくても大丈夫でしたね」
わざわざ来て貰ってすんませんでした、と少々恐縮そうに云ったので、太狼は思わず彼のイガグリ頭を撫でながら、
「俺が肩を貸したらぶら下げることになるけん、却って良かったろうよ。『おんぶ』やら『お姫様抱っこ』やらも、されとなかろうし」
そう云って笑った。
「ほれ、ハム君は〝おやっさん〟を助けちゃりよ」
そう促され、スォ=ハムは「うっす」と応え、クォンに肩を貸す。
――この段階でやっと、それぞれ「やることが無くなった」太狼とフローラが合流し、ただ四人の後を付いて行った。




