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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【五日後のサヴァナ】(1)
220/277

【a5d:svn】(1) -[6]-(3)



 太狼が無線室に向かうと、扉は完全には閉まっておらず、ほんの少しだけ角度を付けていた。だが、内部は見えない。故に、中に居る者からも外が見えていない筈――只でさえ、扉に背中を向けて作業をしている筈だから――、よって、太狼は軽くノックして気を引いた。

 すると内側から開き、スォ=ハムが顔を覗かせる。

 太狼が手にしている蓄電池を見て、表情を明るくし、

「有難うございます、今、組み立ても終わりました。後は配線だけッス」

 そう云って、手を差し出した。

 太狼は首を振り、

「いや、今、隊長さんから言付かったんじゃけどな。配線はまだせんで良い。電源繋げて完全に元に戻すのは、後にしてくれ、とよ」

「へっ? 何で?」

 スォ=ハムはきょとんとして瞬きをした。

「そしたら常夜灯が後になるで、とは云うたんやけど、そっちも後で良いっち云うけん。じゃあけ、これはまだ置いちょくだけで良いわ」

 手招きしてスォ=ハムを無線室から出させ、そう云いながら、危なくない端っこに蓄電池を置く。

 少々「拍子抜けした」という顔をしているスォ=ハムへ、太狼が肩を竦めてみせる。

「『何故(なんで)』っちゅうののホントのとこは俺も知らんけど、無線機回復させる前に、云うときたいことがあるんと。それで、えっとな、こ……、クォンさんと、フィ……うい、ウィト君? 歩けるようにあったら、呼んできてくれとよ」

 ――「クォン」「ウィト」の発音が難しいらしく、頼もしい「アニキ」だと思っていた太狼が困ったふうに小首を傾げながら云ったので、スォ=ハムは思わず、口元を綻ばせた――もしかして、自分の名前も「スォ」が難しいから、「ハム」としか云っていないのかもしれない――。

 無線の修理を完了させる前に、一等技工兵のクォンと通信士のウィトを呼べ……ということは、何か重要な、大切な指示があるのだろう、スォ=ハムもそれは想像出来、緩んでいた口元を引き締めてコクリと頷いた。

「了解ッス。タロさんも一緒に来て貰えますか。二人とも水とメシで少しは回復したかもですけど、介助はあった方が良いと思うんで」

「おう、ええど」

 太狼もあっさり応じ、スォ=ハムの後をついて行く。


 バスルームの前から離れ、フローラとオリバーは一旦剛義とイーヴィ(それぞれのボス)の居る玄関スペースに戻ろうとしたが、途中、フローラは「ミーティングルーム」と思った――正確には〝礼拝集会所〟と名前が付いている――スペースを通過することになる。

 このスペースは、砦の中では奥まった場所になるので暗い。しかも今は通風口と常夜灯のある廊下に、背を向ける形で入って来たので一層だ。それでも、クォンとウィトがまだ椅子に着いているのは見えた。

 通路に近い側に座っていたウィトも、二人が空間に入って来て、玄関の方へ向かおうとしているのに気付いたので、オリバーに「あのぉ、少尉。ちょっと良いッスか?」と声を掛ける。

 オリバーとフローラは立ち止まり、暗がりで会話するのに表情は察せられる程度の位置――テーブルの直ぐ脇まで戻った。

「結局……えっと、そちらの、女の人は、何方なんです?」

 ウィトがオリバーを見上げて怖ず怖ずと尋ね、ちらっとフローラに視線を向けた。クォンも、訝しげな顔付きで、二人の顔を交互に見る。

 オリバーは、俯き加減になって微苦笑を浮かべた。そういえば、先程二人のバイタル・チェックをしたときも、フローラは、二人に何の質問もさせず、自己紹介もせず、テキパキと作業だけを行い、バスルームの観察に向かったのだ。

 オリバーが答える前に、フローラの方から

「私のことは〝ハナ〟とお呼び下さい」

 相変わらず冷静な、あっさりした声でそう云った。()()()()()()云わなかったので、クォンとウィトはきょとんとして、困惑顔を見合わせる――別に「名前」が……それだけが知りたかった訳では無くて、知りたいのはもっと別の大事なことなのだが。

 そんな二人の様子を見て、フローラは声色を変えないまま、

「『素性』という意味で『誰』とお尋ねなのでしたら、その前に私が此処にいる『経緯』を知っている必要があるでしょう」

 そう云ってオリバーに顔を向け、彼に尋ねた。

「お二人はご存知なんですか?」

「いえ、その時は、二人とも寝室で横になって(やすんで)いたので……」

「では、やはり、少尉、貴方がお答え下さい。私自身が経緯を申し上げると、後々の混乱や不信の原因にもなるでしょうから」

 フローラはそう云うと「お願いします」という風に小さく頷きを見せつつ、手を二人に差し出した。

 オリバーも「解りました」と頷きをフローラに見せて応じ、クォンとウィトへ、

「落ち着いて、聞いて下さい」

 と前置きをしてから、語り始めた。

 今日、陽が昇ってから、残っていた車両を使い東西に分かれ支援を求めると、中隊長(イーヴィ)が決断したこと。

 東は友軍へ詳細確認と支援要請、「西」には、オリバー(自分)が、ひたすらSOS信号を発信しながら向かったこと。

 「砂の川」に辿り着いた時には、その信号を受信していたらしいサヴァナ人三名が、既に救援物資を準備して待機していたこと――。

 そして、()()()()()()()()()()その三名は、川を越えて、物資をここまで持って来た――。

 それを聞くクォンとウィトは、まず何より、驚いた顔をし、次には神妙な顔をし、――ウィトは顔をしわくちゃに顰めて頭を抱えた。クォンは、呆然としたふうに肩を落としたかと思うと、深く溜息をつき、何も考えていない顔をして何も無い前方を眺めた。

 最終的には、やはり二人共がフローラに顔を向けて、

「――有難うございました、本当に……。貴方のようなお嬢さんまでが、敵地に足を踏み込んで、助けてくれるなど……こんなことがあるとは…」

「有難うございます、(あね)さんは、命の恩人です。俺、明日から豆が大好物になります」

 クォン、ウィトの順で、そう云って頭を下げた。

 こういう状況(ケース)に於いて、「礼を云う」という行動は、人間社会の基本である。よって、フローラの方に特別な感慨は無かったが、ウィトの台詞には不意を突かれ、口角が上がりそうになってしまったので、言葉を返す前に一度口を覆う。

「――。いえ、どういたしまして――救命信号(SOS)に応じるか否かは、その行動が己にとって安全か危険かだけで決めるものです。敵地ではありますが戦闘中だった訳ではありませんし、己の安全は確保出来ると判断してのことです。()()()誰か、で行動を決めるのが当たり前なようでは、そもそも救命信号(SOS)というもの自体に意味が無くなってしまいますので」

 笑いを隠すために口元を覆った手を退け、フローラも軽く会釈を見せ、口調は冷静に云う。

 ――と、そこに、

「あっ、おやっさん、ウィトさん。――ここまでは歩けたんスか?」

 広い空間であるから少しエコーが掛かって、スォ=ハムの明るい声が聞こえた。

 クォンとウィトは顔を上げて、オリバーとフローラも振り返り、声のした方に顔を向ける。

 と同時に、ガタガタッ!と大きな音が響く。()()()()()の者は全員、スォ=ハムの方に向いていた視線を、直ぐさま、音の方へ向け直した。

 クォンが、後ずさりながら立ち上がったのだ。それで椅子が、大きな音を立てた。

 音に驚いた他の皆より余程、クォンは引き攣った驚愕の表情――恐怖にも近い――を浮かべている。ウィトが彼を見上げ、

「ど、どうしたんスか、おやっさん」

 と声を掛けた。

 それでクォンが、はっと目を見開いてからパチパチと瞬きをし、

「あ、あぁ……いや、あんまり、大柄な人、だったか…ら、驚いて」

 ウィトを見下ろして、口ごもりつつ答えた。

 クォンは、スォ=ハムの一歩後ろに立っている太狼を指差している。

 スォ=ハムは瞬きをして、太狼を振り返って見上げてから、

「おやっさん、そんなビビるような巨人でもないっしょ」

 と苦笑混じりに云った。

 ウィトは、「ああ…」と納得した後、彼も苦笑混じりにクォンを見上げながら

「天井に付くほどデカいってんなら、俺もひっくり返ったろうけど。隊長とは、そんな変わんないじゃないスか、慣れてるでしょうに」

 多少からかうような口調で云った。その口調に気を悪くしたのか、クォンは軽く眉を寄せ、

「だ……だからこそ、ってもんだろう、ウィト君よ。起立して敬礼、の条件反射は無いんかね。それが別人だったもんだから、尚更びっくりしたんだよ、儂ァ」

 大げさに叱責口調で反論した。――バツが悪くてそんな口調になったのだろうと思ったので、ウィトは苦笑を消さないまま、「それもそうッスね、すんません」と大げさに身を縮めた。

 そんなやり取りに、フローラは一瞬目を細め、太狼は小首を傾げた後で肩を竦めた。

 改めてオリバーが太狼を手で差し、

「ハナ殿と一緒に来て下さった、タロー殿です。――筆頭殿のご子息だそうです」

 クォンとウィトに向かって云った。会釈した太狼に、

「し、失礼しました。儂は、クォンと云いますです」

 クォンが先ず名乗った。

「あー、ハム君から聞いとります、一等技工兵、主任整備士は、貴方なんですってね」

 太狼も改めて、敬意を持ってお辞儀した。

 その後、ウィトも腰を浮かせつつ、

「通信士のウィトです」

 と太狼に自己紹介をする。太狼は、どうもどうも、と挨拶をしてから、スォ=ハムに目配せをした。

「やっと挨拶しただけの俺が云うより、ちゃんと仲間内の君から云う方が良いで」

 太狼から促されて、スォ=ハムは頷き、表情を引き締めて、

「おやっさん、ウィトさん。俺、無線の修理を大方終えたんですけど――」

「ん、そうなのか?」

 一人で大丈夫だったか?と云うふうな、親心の見える心配そうな目をしてクォンが訊く。

「そんで、無線室用にタロさん達がバッテリも一個提供してくれたんで、それ繋げりゃ大丈夫なとこまで出来たと……自分では思うンスけど、イヴ様が、修理完了させる前に、お二人に話しときたいことがある、って」

 そう云って、スォ=ハムはチラッと太狼を見上げた。

「ハム君から、足下の常夜灯の分を無線室に回してるって聞きましたよ。今のうちにバッテリ渡して、俺が常夜灯戻しちゃろうと思ったんですが……、隊長さん、それも後回しにして良いから、あんた方二人を呼んでくれ、っちゅうてね」

 スォ=ハムに続いて太狼が云うと、クォンとウィトは顔を見合わせた。

「急ぎで大事な話がある、っちゅうこっちゃないッスかね?」

 その言葉に、整備士と通信士の二人もシリアスな顔付きになって、小さな頷きを交わした。

「そうですか、分かりました。行きましょう」

 クォンが言葉で云い、ウィトはコックリと頷いて、テーブルに手を沿わせながら通路に出る。

 二人ともまだ足下は覚束ない――「隊長が呼んでるから」と焦らせては危なかろう、オリバーが自然とウィトに肩を貸した。スォ=ハムが太狼に、

「……オリバーさんが居てくれたんで、タロさん居なくても大丈夫でしたね」

 わざわざ来て貰ってすんませんでした、と少々恐縮そうに云ったので、太狼は思わず彼のイガグリ頭を撫でながら、

「俺が肩を貸したらぶら下げることになるけん、却って良かったろうよ。『おんぶ』やら『お姫様抱っこ』やらも、され(たく)なかろうし」

 そう云って笑った。

「ほれ、ハム君は〝おやっさん〟を助けちゃりよ」

 そう促され、スォ=ハムは「うっす」と応え、クォンに肩を貸す。

 ――この段階でやっと、それぞれ「やることが無くなった」太狼とフローラが合流し、ただ四人の後を付いて行った。


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