【a5d:svn】(1) -[6]-(2)
膝の上で拳を振るわせ、歯を食いしばっていたイーヴィが、そこで「はあっ」と、つかえていたものを吐き出すように口を開く。
「それが、五日前、と?」
声色は冷静にイーヴィが訊ねる。剛義が「そうじゃ」と頷いた。
「じゃあけん、俺には、あんたより先に、『点と点の繋がり』が見える気がしよったんじゃ。『少将』とやらのC3ちゅう基地だか砦だかが何処にあったんか知らんが、竜巻の通り道にあったんなら、そっちの装備がわやじゃろ。あんた達が籠城しちょるんを知っちょって竜巻の被害も無ぇのが分かっちょったら、なりふり構わず盗みにも入ろう。――まして、隊長さん、あんたが疎まれちょる人間なんなら、少将には罪悪感もありめえ」
「……くっ…」
がっくりと、項垂れる大佐だったが、脱力している訳では無い。膝の上の拳は固く閉じ、強ばった肩も震えている。
「――そこまで、我々は……私は、祖国に不要か……ッ」
その台詞で、彼には、中枢から煙たがられている自覚があると、剛義にも伝わる。
「あんた、俺が嘘ついちょるとは思わんのやな。ミサイル飛ばしたんはサヴァナかんしれんし、竜巻も〈魔法使い〉の仕業かんしれんのに」
剛義が云うと、イーヴィは小さく首を横に振った。
「……〈魔術士〉が、〈核〉――を、人間が扱うことを嫌悪しているのは、私も知っています。仮に、そうだとしても――司令部や本国から我々に、籠城解除命令も後退命令も無かったことは、貴方方に一切関係無い事実です……」
「ああ……。それは、そうか――」
溜息混じりに剛義が呟き、少しの間、黙ってイーヴィの震える拳を眺める。
大佐が一つ、大きく息を吐いたので、胸中は落ち着いたかと判断し、剛義がしみじみと云った。
「蝦さん、あんたみたいな人が、イー・ルから死なさるるんは惜しい」
「……」
「――あんたは解っちょると思うが、俺達は今まで一回でん、あんた達を敵視したことは無ぇ。今の戦争でん、そっちが喧嘩売っちきたけん、しょうがねえ買っただけじゃ、買わんぢ犬死にするんは俺達も嫌じゃけの。――ただそれだけじゃ。俺達は、イー・ルを『落とす』つもりは、全く無ぇ。大体、川から平原にあんた達を入れんようにしよんだけじゃ。そっちが『戦争止める』ちゅうち来たら、『ああそうかえ』ちなるだけで」
剛義の声は、まるで他人事のように感情が籠もっておらず、淡々としている――憤り等も混じっていない分、却ってイーヴィには冷たく、棘があるように聞こえた。
「もう一回云うど、大佐。俺達は、イー・ルを征服する気やら、無ぇ。――じゃあに、あんたは、本国守るつもりでサヴァナ向いて戦いよん。俺からしたら、あんたのしよんことは、只でさえ不毛なんじゃ。まして、その『背中』を、あんた、切りつけられたようなもんなんで。……俺は、あんたみたいな男が、背中預くるに足らん体制から殺さるるんは、我慢がならん」
「……」
「この後、あんたが支援はもう良いちゅうて、俺達が帰った後、――もしや、あんたが死んだっちゅう話が聞こえちきたら、俺は、そん時初めてイー・ルを、落とすっちゅうより潰しかかるけんの。この世に『イー・ル』っちゅう『国』があったことも分からんごて、徹底的にねえならかしちゃる。あんたみたいな人物を死なすような『国』やら、この世に要らん」
今度こそ、分かり易く冷たい声になって、剛義が云う。イーヴィは、その言葉に敵意や危機感ではなく純粋な疑問が湧いて、目を細めた。
「――タケヨシ殿……、何故、サヴァナの筆頭ともあろう方が、私をそのように買い被っておられる」
「買い被っちょらせん、『買っ』ちょんのじゃ。あんたは本国で肩身が狭ぇじゃろうと、最初っから想像が付くくらいに、今のイー・ルの体制とは『人間』が違う。若ぇ人が、あんたを慕うんも、俺は良う解る。それを『理解』しきらん体制側が、あんたを死なすようならあんまりじゃけん、そんときはすり潰すっち云いよるんじゃ」
「……」
「俺が今まで思うちょったイー・ルの人間やったら、俺達が来る以前に、もう二三日前にでも、自決しちょっておかしねえ。……あんたの慕われ方見ると、オリバー君達若ぇ子も、命令されりゃ粛々と自決選んだかんしれんと思うけども、あんたはそもそも、そげん命令をせんかった。若ぇ子死なすんを『矜持』やら思わんお人じゃ。敵方にでんSOS発信する命令を出しきる気概がある。つくづく、あんたは、俺の知っちょるイー・ル人とは違う」
そこで、イーヴィの視線に角度が付いた。さっきのように項垂れるという程ではないが、剛義の足下に視線が向く。
「俺は別に、イー・ルを征服するつもりやら無ぇんじゃけん、あんたに、『寝返れ』っちゅうつもりも無ぇ。あんたの母国を特別悪ぅ云うつもりも無ぇんじゃけど、――あんた、今のイー・ルに背中預けちょって良いんか?」
それを聞いて、イーヴィが「ヒュ」と細く息を吸った。
「……さっき云うた、『砦陥落』ちゅう体で、捕虜になれ云うんも、然程冗談じゃねえ。――後で部下の立場が無ぇちゅうたが、あんたの首を取ってん取らんでん、本国からしたらもう、あの隊員達も見放されちょんようなもんじゃろうが」
「……」
「あんたの首を取るんは、俺がしとねえ。第一、若ぇ子の本国での立場やら、『敵方』が気にしちゃる義理も無ぇわな。――あんた達が今日まで命繋いだんは偶々じゃろ。盗人の〝少将〟からしたら、もう死んじょろうっち、ほくそ笑みよんかもしれんな。確実にミイラになったろう頃合いに、知らんふりして様子見に来たりはするかもしれんが、その前に、『偶々』スパイしに川渡ってきた俺達が、息も絶え絶えのあんた達を見しけて無血で占領して、捕虜に連れ帰ったっちゅうち、どっか不自然なとこあるか? 『敵襲来』『陥落』の緊急連絡も出来んごと無線壊したんも、〝少将〟本人ぞ?」
剛義が飄々と云う。イーヴィは物思いに耽っているかのような顔だ。
「仮に、あんた達が『捕虜になるくらいなら自決せえ』っちゅう教化されちょんとしても、それをさせんのは俺達じゃ。生き恥さらすな、っちゅうのはそっちの理屈、そげんこた知ったことじゃねえけん、俺達は『悪魔』なんじゃろうぜ。――自決も出来んくらいに弱らしたんも〝少将〟じゃろうが、蝦さん、あんたの責任は何処にもねえ。全部、少将とやらが招いたことじゃ――まあ、勿論、上のもんからしたら、あんたに何もかんも責任押しつける小理屈は出てくるじゃろうけどの」
イーヴィが、自嘲気味に薄く口角を上げた後で、片手を口元に持って行き軽く擦る。若干鈍くなっていた目の光が、さっきと同様に鋭さを取り戻したように見えた。
「母国守るのに、盾になるんも一つの方法じゃろうけど、それは背中預くるに足るもんが有る時だけじゃ。少将んごつ、悪意持って切りつける奴だけじゃねえ、守るつもりで国に背中向けちょる盾のあんたを押し倒してでん、今のイー・ルから逃げてぇ民衆も居るんじゃねぇんかえ。そういう民衆を、囲い込んで閉じ込むるんは、あんたの本意か?」
「――。いいえ」
イーヴィの声色は、「悪魔」の甘言に揺らいだようなものではなかった。きっぱりとした誠実な声だ。
「……っ、と…」
――そこに、スォ=ハムが姿を現した。駆け足で入り口に飛び込んだところに、隊長の凛とした顔が目に入ってきたので、薄く笑んでいた表情が強ばる。
急ブレーキを掛けて直立になり、
「す、すいません、何か、邪魔しちまったッスか」
「いや、大丈夫だよ。――そちらも一段落ついたのかね」
イーヴィが問うと、スォ=ハムは両手で水平に持った基板を目の高さに掲げて答えた。
「はい。一先ずこれで、無線の基本的なトコは直る筈ッス。細かいとこは、おやっさ……あ、クォンさんとウィトさんにも確認して貰わないと、判んねえッスけど」
「……。そうか、じゃあ、よろしく頼むよ」
少しの間を置いてから、イーヴィはコクリと頷き、若い工兵にそう云った。
「ハム君、太狼はどげぇした」
剛義が首を傾げながら問うと、スォ=ハムはそこでまた、ちょっと感激した顔になり、
「バッテリが要るだろつって……、取りに行ってくれました」
「あぁ、そうな」
「ホントに、親父さんにも、有難うございます」
スォ=ハムは、基板を支えたまま、深々とお辞儀をする。
剛義は苦笑を見せ、いいんじゃ、と軽く手を振り、
「修理に戻りよ」
と彼を促す。
スォ=ハムは「はいっ」と応じ、布の扉の向こうへ消えた。
「……あの子はだいぶ、元気になっちょんな」
顔をそちらに向けて剛義が呟くと、イーヴィも「そうですね」と頷いた。
「スォ=ハム君は、まだ若い分――他人から押しつけられはしても、自分自身は『立場』というものに振り回され難い。あの子が最も、〝少将〟に憤っていましたから……それが何処の誰だろうと、実際に手を差し伸べてくれた貴方方に素直に感謝して、感情も上を向いたんでしょう」
「ふん。……まあしかし、気力が戻ったら体も戻ったような気になるのも若ぇ子じゃけんなあ。調子乗らんごと気をつけちゃらんと。子供っちゅうのは湯が沸くごと熱があってん、走り回っち遊ぶもんじゃけんのう」
「……スォ=ハム君は、そこまで赤子じゃありませんよ」
イーヴィが苦笑を浮かべた。
そこに、スォ=ハムから遅れて太狼が戻ってくる。
剛義が何事か云う前に、
「お父。バッテリーを一個、無線専用にやってん良かろう? 足下の常夜灯を、太陽光と風車から直で点けちょったっちゅうんじゃが、そっちを無線に分けたんと。無線の電源を専用にやったら、常夜灯が戻さるるじゃろ。もうちっと砦ん中があこなら、先に気分だけでん上向こうでぇ」
「ああ。そらそうじゃろう。ええど」
右腕に抱えたバッテリーを剛義に見せながら太狼から云うと、父親は大きく頷いて同意した。
それじゃあ、と太狼も二人の間を軽く会釈しながら横切り、布の扉に向かったが、イーヴィが立ち上がって、「タロー殿、お待ちください」と引き留めた。
太狼は振り返って、
「隊長さんの方で、何か問題があるんですかね?」
と訊ねる。
「……このバッテリーが他の隊の目に付いたら、まずいか」
「いえ、そういうことではないんです。――重ね重ね、お心遣いに感謝します」
イーヴィは手を振った後で、頼み事をした。
「通信機器を完全に復帰させる前に、云っておきたいことがあるのです。スォ=ハム君に、修理を終えても電源は戻してしまわないよう、伝えて貰えますか」
「……。ああ、そりゃまあ、構いませんけど。でも、無線が終わらんと、常夜灯を戻せませんよ」
太狼が小首を傾げながら云う。イーヴィは、少し考えて続けた。
「では、先ほどのお願いに加えて、『クォンさん』か『ウィト君』の様子を先に見に行って、二人が歩けるほどには回復しているようなら、一緒に来るよう云って下さい。……まだ明るいので足下に其処まで不安はありませんし、常夜灯は待って頂いて構いません」
「分かりました、伝えます。コロ…コ…クォンさん、ういー、ウィト君ね」
太狼はそう云って姿を消した。
剛義がイーヴィの後ろ姿に、
「何か思うところがあんのかえ」
と訊ねる。
イーヴィが振り返り、剛義に向かって云った。
「タケヨシ殿、私がサヴァナに『寝返る』ということは絶対にありませんが、――貴公の仰る通り、背中を見せて敵に向かうことだけが、祖国を想うこととは限りますまい。ここで一度振り返り、国を、己の目で見る必要が、私には、あると――決断しました」
「……。そうかい」




