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太狼を修理に行かせ、剛義は砦の入り口と大佐が両方見える位置で壁に凭れた。
「あんたも、食えるごとあら食いよ。――下のもんに先食わすんも大将の甲斐性じゃけど、最後まで立っちょかなならんのも大将じゃ。下のもんの足手まといになったらいけん」
スォ=ハムがテーブル代わりにしていたのとは別の木箱に、未開封のパウチが置かれていた。それを指さして剛義が云う。
イーヴィは「…仰る通りです」と呟き、パウチと木匙を取り、ゆっくり口に運び始めた。
彼が二口三口飲み込んだところで、剛義が訊ねる。
「食いながらで良い、話は出来るかえ」
「……。当然、お尋ねになりたいことは多くあるでしょうから、どうぞ。――その代わり、明らかに軍事機密であることには、お答え出来ません」
口の中のものを飲み込む間があってから、イーヴィが頷く。
「多分、そげな話は聞かんけん、あんたも気を楽にしちくりい。大将同士、『上んもん』にしか分からん苦労話もあろうがえ。……腹を割れとは云わんが、今は取りあえず休戦状態じゃ、愚痴やら云い合うてん良かろうで」
剛義が軽くおどけた声で云うと、イーヴィはお愛想程度に口角を歪めた。
「――貴殿は筆頭殿でしょう。唯一無二の大将首です。私も隊長と呼ばれる身である以上、一応の大将首ではありましょうが、中間管理職ですよ。私と貴方が、愚痴を云い合える程、同程度の苦労を抱えているとは思えませんが」
「そうでんねえ。元筆頭がいつまでんくたばりもせんと喧しいけんなあ。親父だけじゃねえで、そのタメやらもまだ生きちょる、俺の『筆頭』も、肩書きだけの中間じゃあ」
剛義が大げさに嘆かわしい顔を作るので、そこでイーヴィも、本当に苦笑を浮かべた。
「――オリバー君は、『中隊』ち云いよったが、人の気配が少ねえ。元は何人居ったん? ……ああ、こりゃ、編成の話じゃけん、軍事情報になるんかな」
太狼とフローラが消えた布の向こうを透かし見るような目をして、さらりと剛義が云ったが、自分の質問はいきなり拙かったかもしれないと、少々慌てた声を出した。
イーヴィは、小さく首を振る。
「……物資をお持ち下さった方にとって、人数は気になるところでしょうから……。――元々、私が中隊長として率いていた人数が少ないのです。四人一個の小隊が三」
「で、あんた足して十三?」
「いえ、私を含めて十二名です。私は、小隊長も兼任しております。――その内一隊は、戦闘訓練こそ受けておりますけども、先ほどのスォ=ハム君を含め、特殊技能を持った後援部隊でして」
「……。実質の戦闘要員は八人ちゅうことかえ」
「そうです」
「そら少ねえな」
ほぉっと息を吐いて、剛義が云う。
「少数精鋭っち云やあ聞こえは良いが、こんくらいの砦を一個任さるる人数じゃねえ。昼夜の警備と斥候を考えたら、それだけで休む間が無かろうで。今みたいなことになっちょらんでん、その内、やっちいかれんなるわ」
するとイーヴィが薄く笑った。
「真に、敵同士で話すようなことではありませんね――貴君は、まるで自分のことのように他人事を語られます。――仰る通りです、三×四、二×六にまで分けて交替で務めておりましたが、流石に……ということで、司令部に増員を願い出ていたのですけれども」
「増やして貰えんかったんか」
「この砦は、前線と云えば前線ですが、北の端も端です。この『川縁』のライン上、中央で展開している隊の人員も不足しているということで、中々聞き届けて貰えず……。少ないからこそ『端』に遣っているのだから堪えろ、とでもいうことなのか――そうこうしているうちに籠城の命令が来まして」
「――」
ふう、と億劫そうに息を吐き、イーヴィはまた匙を口元に運ぶ。
剛義がそこで、訝しげに目を細め、一度口を噤んだ。思案げな顔をして頬を擦りつつ、しばらくイーヴィが匙を往復させる様だけを見つめる。取りあえず、彼が食ってしまうのを待つことにした。
その間に、フローラとオリバーがやってきて、砦の前で一悶着があったが、再び布の向こうに姿を消してから戻って来ない――さっき聞いた人数が本当なら、それもそうだろう。「中隊」としては少ないが、一人ずつ健康状態を見て、何か処置が必要な者にはして――となると、「早々」とは行くまい。
――イーヴィがイー・ル民独特の「ご馳走様」の仕草を見せ、空のパウチと匙を台に置くと、水を一口飲んで肘を膝に付け床を見下ろした。
力が抜けた、という風情に見える。彼の場合は、ここで完全に緊張の糸が切れたのだろう。
「……蝦さんよ。あんた、軍か国の中枢から、疎まれちょるような自覚はあんのな」
静かな声で剛義が問う。イーヴィはピクリと顔を上げ、目を細めて、「何故です?」と質問を返した。
「自覚っちゅうほどのことじゃなくても、もしかしたらそうかもしれん、っちゅう、何となくの感覚でもよ」
「ですから、何故?」
「……俺も何となく、そう思うたんじゃ。オリバー君から聞いた話も合わせて」
「――」
「それが、俺の考えすぎやとしても、単純に今の状況だけで、『あんた、その〝少将〟から恨まれちょんのか』とは、思うやろ」
剛義が軽く肩を竦めると、イーヴィは直ぐに答えは返さず、再び床に目をやった。
――そこで一度、太狼が姿を見せた。無線の基板を外で修理すると云って、若い工兵と砦を出て行った。
二人の姿が見えなくなってから、剛義は、
「発電機っちゅうのは?」
とイーヴィに訊ね、彼は、訥々と答えた。
「少将は――と云っても、実行したのは部下の隊員でしょうけど――、無線機だけでなくメインの発電機も壊していったのです。予備の小型発電機は持ち去って」
「……」
剛義の方が不快そうに眉を寄せる。
「そげなことなら、俺ももう一回同じ事訊いてしまう。あんた、恨まれちょんのかえ」
発電機を壊す? 友軍に対しての行動では、明らかに無い。
イーヴィは下を向いたまま、全く感情のこもっていない冷静な声で答える。
「――それをお話しすることは、軍の内部事情を語ることにも繋がりますので、お答えは出来ません」
「ふん」
剛義が鼻息を飛ばして、殊更ニヤニヤしながら云った。
「まあ、それもそうかんしれんな。俺達があんたの首を取ってん、イー・ルには屁でもねえんじゃろう、人質の価値もありそうにねぇな」
「――。仮に、少将閣下が私を個人的に恨んでいるとして、その結果、部下の隊員達を巻き込んでしまったのは、私の不徳の致すところです」
剛義の挑発するような口調に大佐は反応せず、少しの間を置いて答えた。すると、剛義の方が余程に気分を害したふうに眉を寄せる。
「何処がえ。あんた、砦がこげんことになって、部下から一回でん『あんたのせいじゃ』っち文句云われたことがあるか?」
「……」
「オリバー君の話聞いて、さっきのハム君の態度も見たら、判る。あんたは慕われる人徳持っちょる御仁じゃろ。どう考えてん、やりよることが『悪い』んは、少将の方じゃろうがえ、あんたがそげんこと云うたら、あの子らの価値観まで冒涜する。――そげな、通り一遍のことを云うな」
そんな義理は全く無いが、倅を叱責する時と同じような口調で剛義は吐き捨てた――本物の倅と比べるとかなり年上ではあるが、そうでも可笑しくない年齢には見えるので思わず。
大佐の方は、父親から叱られたような気分になったかどうか知れないが、無言で下を向いたまま、ぐっ、と両手で拳を作った。
「……ちょいと、布の向こう、覗かして貰うて良いかえ」
剛義がそちらに一歩踏み出しながら云うと、大佐は前屈みのままで同じ方向へ顔を向け、どうぞ、と答えた。
ちょいと、と云ったのは本当で、剛義は布を捲り、上下左右をちらっとだけ見て、直ぐに元の位置に戻った。
太狼の云っていた通り、窓が無いせいでかなり暗い。通風口らしい小さな穴から、光が差し込んでいるだけだ。常夜灯が申し訳程度に足下に並んでいるが――それは兎も角、「通風口」が剛義にとって、今のところ一番の疑問だ。
「オリバー君が云うておったが、籠城の命令、『七日前』っちゅうのは、確かかえ」
「――そうですが……?」
「少将っちゅうのが来たんが、五日前の夜、っちゅうのも真やな?」
「ええ……」
「砦の様子は、七日前から、全然変わっちょらんのかえ。例えば、七日前の籠城の段階では、完全に小窓も塞いでおったとか、……砦がどげな施設になっちょんのかは知らんが、もう一枚壁を――シャッターを下ろすとか」
剛義の質問に、今度は大佐も顔を上げて、訝しげな表情を見せた。
「医務室の天窓と搬入口は、もう一枚、当時、シャッターを閉めておりましたが……。何の話です」
「……。オリバー君は、砦はシェルターでもあるから、〝竜巻〟には気がつかんかったのかもしれん、と云いよった。成る程、この砦の今の設えなら、竜巻には耐えるじゃろう」
イーヴィの質問には未だ答えず、剛義は眉を寄せて独り言つ。
大佐は、「え?」と不思議そうな顔になって、
「竜巻……? ここ数日の間で、『シェルター』に言及するほどの強い嵐が、あったんですか」
オリバーと同じことを云う。
剛義は、「あった」と頷いた後で、
「しかし、そっちの話はまだ置いちょいて良い。俺が訊きてぇのはその前じゃ。――『シェルター』っちゅう言葉には、まだ他の、『特別なもん』を耐えるための意味も、あるやろ。この砦、やろうと思ったら、それを耐えられるシェルターでもあるんか?」
「……」
「蝦さん、あんた達が籠城しちょった間、外で何があったか知っちょるのは、よっぽど俺の方じゃと、分かるよな?」
大佐の顔が、いよいよ険しく顰められる。だが、剛義の質問に答えることも、質問返しをすることも無かった。
剛義は、大佐の返答を求めず、彼と同じように顔を顰めて、先を続けた。
「あんたを惑わそうとしよる悪魔の讒言と、あんたが思うのは別に構わん。でも、俺が云うことは本当で。いいかえ、蝦さん、五日前のことじゃ。イー・ルが展開しちょる、どっちかいうと中央辺りじゃな、この砦からみたら、きっちり南東よりもうちびっと南、くらいか? そこから、核弾頭載っけたミサイルが出た」
「……ッ!?」
「前線に展開しちょった軍隊は、かなり早う後退したで? 位置によっちゃあ、それこそ七日前のうちからジワジワ下がりよった隊もあるごたん。何か妙な動きを見せよるけん再編成でもしよんのじゃろうかと思いよったんじゃが、五日前、いよいよミサイルが準備されだした、それが分かったら俺達も直ぐに後退した。――あんた達ゃ、その頃、この砦を死守すんのに籠城しちょったっちゅうんかえ」
イーヴィは歯を食いしばり、膝の上で一層強く拳を握り締める。
「何が起きるか分かっちょんにぃ、後退の命令に背いたんか? それやったら、俺も別に、こげぇ詳しゅう教えちゃらんでん良かろう」
イーヴィは首を横に振った。それから、握った拳で自分の膝を思わず叩く。
剛義は、「ふう…」と息を吐いた。
「まあ……、それはなんちゅうか、結局『不発』に終わったんじゃけどな? 同じ頃に、『川』の辺りで〝竜巻〟が発生した。それが、ミサイルの弾道引き返すように、イー・ルの陣地に入って行ったんじゃ」
「――」
「相当大きな〝竜巻〟じゃった。俺達も、あんたとこの車やらアンテナやらが巻き上がるのを見たで。――そいなもんじゃけん多分、イー・ルの大将は、竜巻を『魔法使い』の仕業やと思うちょるじゃろうけどな、それも違う。まあ、信じようが信じまいが、それもあんたの好きじゃ」
剛義が軽く肩を竦めて云い、一つ溜息をつく。




