【a5d:svn】(1) -[4]-(3)
しばらく通報されないようにするためだけなら、無線を壊すだけで良い。発電機までボコるというのはやり過ぎだ。
ただ、確認した限り、時間は掛かりそうだが、直そうと思えば直せる壊れ方ではあった。外殻を変形させられただけで、主軸等は無事だったように思う――ここがまた、半端だ。
確実に孤立させたければ、配電盤や変圧器、コードやラインの方まで徹底的に破壊するべきだろう。というか、ボコるのに結構体力も必要とするだろう大きな発電機に手を出すよりは、そっちの方が確実な上に手っ取り早かっただったろうに――最初の読みとしては、配電盤等を地下に埋めており、そのメンテナンス等のための扉が小屋の床の「四角い溝」だったのではないか、というものだったのだが、開けて見ることが出来なかったために本当のところどうだかは判らない――。
小屋と砦・倉庫を繋いだ「電線」らしきものも、まだ頭上に見えている。砦と小屋の壁に、配電盤とブレーカーを頑丈な箱で覆った凸もあった。当然と云えば当然だが、鍵が掛かっていて扉は開かなかった。が、大きな発電機を芸術的なまでにボコボコにしているにも関わらず、そちらに手を出した様子は無い、「経年劣化」という程度の小さな錆や傷だけで、外から大きな衝撃を与えられた様子は無かった。
もしかして外に見えている電線や配電盤はダミーでもあり、一つ砦を任されていた「少将」もそれを知っているから手を出さなかった――というなら解らなくもないが、となると、無線機の真空管も全て無事、という素人臭さは何だ。
死んでも良い隊を選んだ、というのも本当なのかもしれない。「盗みがしばらくバレないため」だけなら、無線機を壊すだけで良いものを、もっと踏み込んで「口を封じる」気配がプンプンする。
その割に、「手を下す」意志は見当たらない。
最適な口封じの方法は、全員、直接殺害することだ。来訪時に鈍器しか持っていなかったために抵抗・反撃に遭う可能性を考え、それは不利・危険だと判断したにしても、倉庫に盗みに入った段階で銃器や爆薬等も手に入れられたのではないのか? 休息に入った友軍兵士の寝込みを襲うことなど、然程危険ではあるまい。
仮に、「馬鹿正直」なイーヴィ大佐の命令による深夜シフトで不在の者が居り、それが口封じの対象から漏れてしまうことを考慮した――としたら、それもそれで半端だ。先に砦に残っている者を皆殺しにして潜んでおき、戻ってくるのを待ち伏せしてやれば良いではないか。
だが「少将」は、それを「避けている」。
ぬるい。そしてその割に、悪意がある。
スォ=ハムは「俺を殺そうとした奴」と云ったが、少将の方には「殺す気は無かった」と言い逃れできる抜け道があるように、感じられるのだ。無線機・電気関連施設の半端な壊し方、隊員自身には直接危害を加えていないが故に、現象としては「盗み」だけである事実――それも、盗んだ物は私有財産ではなく軍事物資なのだから、「少将」以下「軍人」が、砦から砦へ物資を「移動させた」だけだという判断もしようと思えば出来るだろう。手続きの違法性は、たった今、太狼が考察の材料にすることではない――。
直接手を掛けず、中途半端な器物損壊で細い希望の糸を繋ぐことを、もしや、慈悲とでも考えていたようなら、大いなる勘違いだ。
この広大な砂漠に於いて、水・食糧・連絡手段・移動手段を奪ったというだけで、「殺す気」は無くても「死なす気」は満々じゃないか。
直接手にかけることはせず、皆無に近い希望だけ残して砂漠に放置する――そこに情けなど無い、むしろ、「陰険」で「残虐」だ。
「ふん」
思わず太狼が、一つ鼻息を飛ばした。
――総司令部からの暗殺命令等ではなく、「少将」による独断で友軍への強奪・殺傷となると、いかに「死んでも良い隊」「死んで欲しい人間」だとしても厳罰に処される……等々の理由が、果たしてあるからだろうか?
あるいは――。
太狼も、イー・ルの「神さん」の「経典」を読んだことはある。〝同胞〟、特に聖人を殺した者が堕とされる地獄について、かなり事細かに描写されていた。イーヴィ大佐は、元々「導師長」でもあったという。聖人、という括りにはならないかもしれないが、宗教的に位が高いのはそうなのかもしれない――「少将」は彼を殺害して堕ちる地獄を恐れた、というのもあるだろうか?
何にせよ――
「気の小せぇクズやな」
太狼の口角が冷たく上がる。当人が何をどう言い訳しようと、太狼の評価は其処から外れない。
軍人のくせに、直接手を下して死体を作ることは出来ない臆病。自分の目に映らないところでならば、飢えと渇きという、生き物にとって最も残酷な死に方を与えることが出来る非情。同時に、自分の身を守るための抜け道は作っておく卑怯――一見、EV隊にとって細い希望の糸に見える状況は、「少将」が言い訳するための抜け道なのだ。
イーヴィ大佐の人格からして、正直に
「竜巻で物資が覚束なくなったから分けてくれ」
と申し出さえすれば、彼は全く渋らず応じただろう。なのに、こんな手段を選んだ。
軍、中枢部が「ぐるみ」で〈かく〉による戦死を謀っていたという読みが事実だとすれば、その後ろめたさもあるだろうが――気の小さいクズの割りに、プライドだけは高いから頭を下げられない、というのもあったのではなかろうか。
今、EV隊が生き残っているのは、あくまでもイーヴィ隊長の英断故だ。敵方にすら縋ってでも生き残る手段を模索した、彼が賢明だった。
臆病で卑怯、同時に狡猾な「少将」が、「慈悲」を掛けて手加減したからでは、決して、ない。
軍内規による処罰・あるいは地獄を恐れたのかもしれない少将と、己の責任と判断の下で生き残るためのSOSを発信した大佐、少なくとも、「勇気」があるのは明らかに後者である。
今太狼の頭に浮かんでいる「少将」という人物が、現在のイーヴィ大佐と同じ立場になっていたとしたら、きっと、もっと早い内に部下へ「自決」を命じ、水と食糧が多少残っている間に自分だけが後方へ逃げている筈だ――。
再び太狼は「ふん」と鼻を鳴らし、スォ=ハムの下へ戻った。
――テントの隙間から、そっと覗いてみると、背中を曲げて熱心に作業中である。今彼がやっている作業は、迂闊に声を掛けて驚かせてはいけない。が、何十分もその体勢で集中するようなものでもないから、顔を上げるのを少し待った。
ふーっと息を吐いてスォ=ハムが顔を上げたところで、太狼は布を「ぽすっぽすっ」と指で軽く叩く。
するとスォ=ハムは振り返り、
「あ、どうでしたか。直りそうっすか」
と直ぐに訊ねてきた。何となく、縋るような目つきだ。
太狼は肩を竦めて、曖昧に首を捻った。
「直せる……のは直せると思う。が、時間が掛かるな。今日の夜を明るくするのは、確実に無理や」
「そうッスか…」
外見だけなら、かなり派手に壊れていた、スォ=ハムも劇的な変化を期待していた訳ではなかったが、それでも、多少は落胆の表情を見せ、肩を落とした。
「この隊に工兵は君だけなんか?」
太狼が訊くと、スォ=ハムは首を振った。
「いえ、もう一人、フ・ラ・クォンっておやっさんが居ます。……ってか、クォンさんの方が、一等技工兵、EV隊の主任整備士なんス。俺が一人で任して貰えるのは、無線とか室内の電気関連とか、ちょっとしたとこだけで……。車の整備とか発電機とかの、砦全般、施設のデカイことはクォンさんがやってるンス。俺は、おやっさんのアシスタントみたいなもんです」
「ふぅん、そうなのか。――その人は? 今どうしてる」
「……。そこまで年寄りってんじゃないンスけど、実は、おやっさんが隊の最年長なんスよ。常夜灯と無線の配線、やり直す作業の間に参っちゃって。就寝室で横になってます」
しょげた顔をして、スォ=ハムは砂を見下ろし、はーっと息を吐いた。
「――彼は、発電機については何て云ってた?」
「見た時には、アニィと同じようなことを云ってました、直せそうではある、って。――ただ、水と食料が無くなっちまったんですもん……」
「そうだな」
無線と違って、あれは修理に体力を要する。スォ=ハムは悔しそうに歯がみし、両手で握り拳を作った。
「基板の方はどうだ」
太狼がスォ=ハム本人に水を向けると、彼は顔を上げ、少し明るい表情になって「あ、出来ました」と答えた。
「タロさんが、ささくれとか古い半田カス、随分丁寧に取ってくれてたんで、やりやすかったッス。有難うございました」
「結局俺は修理を何もしてないんだから、そんな礼云われても困る」
スォ=ハムがやたら深々と頭を下げてくるので、太狼は手を振った。
「じゃあ、先ず無線だ。電池をもう一つ、無線専用に取って来る。そしたら、常夜灯の方を戻せるしな」
当たり前のように云って太狼が踵を返すので、スォ=ハムは慌てて腰を浮かせ、
「いやっ、あの、もう一個って……」
引き留めるような声で云う。太狼が振り返り、これまた当たり前の様に、随分素朴な声で
「無線関係の電源、端子の形が違うろう? それは使われん」
半田ごてのために使っていた分を指して云った。スォ=ハムは「そういうことじゃなくて…」と狼狽の表情を見せる。
「乗りかかった船、って言葉知っとるか。敵味方だとか、物資を無償でやるとか貰うとか、そげなんさて置き、区切り付くとこまではやって貰わんと、職人の端くれの俺が、気色悪ぃんよ」
太狼が肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「取りあえず君は、そっちの組み立てと配線に戻れ。バッテリー持って行ったら、常夜灯は俺がやっちゃん」
「は、はいっ……」
再びライトの付いたペンを渡され、行け、というふうに手を振られたので、スォ=ハムは大きく頷き、慌てて砦に戻っていった。




