【a5d:svn】(1) -[4]-(1)
只のカバーに過ぎないボコボコのフレームを、スォ=ハムが慎重に外している。その後ろ姿を、太狼は、自分がドアストッパーになる形で眺めていた。
カバーが外れたので中身を念入りに眺めるべく、スォ=ハムは一旦振り返り、工具箱を覗いて懐中電灯を取り出す。――が、既に〝電池〟が心許ないらしく、頼りない光量である。
情けなく眉を下げたスォ=ハムを見て、太狼がカーゴパンツのポケットを探る。フローラが持っていたのと同様のライトの付いたペンを取り出すと、
「これ使え」
あっさり云って差し出した。
「う、ウス……すんません」
若い工兵は、一瞬たじろぎはしたが、素直に受け取って再び機器に向き直った。
太狼は、一度スォ=ハムから目をそらし、振り返って通路を眺める。
――とても小さい通風口から、光が漏れるように入ってくる。それで真っ暗闇にならずに済んではいるが……、オリバーが云っていたように「シェルター」でもあるからか、ちゃんとした「窓」は無いのだ。太狼は体質的に夜目が利くので今も苦を感じていないけれども、普通の人間にはかなり不便だろう。
夜は確実に真っ暗になってしまう、そのためなのか、通路の足下に、転々とかなりの間隔を置きながら「常夜灯」らしきものが付けられていた。
そう云えば、と何か思い出した顔をした時、スォ=ハムが、「あっ」と声を上げたので、太狼は一旦そちらに顔を向ける。ショックというより喜びの声に聞こえた。
案の定、振り向いて来たスォ=ハムは、何となく笑顔だ。
「真空管、全部無事ッス! 基板ボコられてる所とか、配線切れちまってる所はあるンスけど、多分、今ある部品で何とかなるッス」
「おぉ。そりゃ良かったな」
太狼も笑みを浮かべながら、彼に向けて掌を見せた。
スォ=ハムはどういう意味だろうと一瞬小首を傾げたが、――こういうことか?と彼の掌へ自分の掌を合わせて「ハイタッチ」した。
太狼は続けて拳も見せてきたので、若者はもっと素直な笑みを見せ、同じく拳を軽くぶつける。
スォ=ハムは機械に向き直り、身を屈めて何か取り出すと、ソレを太狼に見せてきた。
「あの、アニキ、この基板のヤベェとこ、点検してくんねえッスか」
表面が「ギザギザ」あるいは「ぶつぶつ」した、水平からは多少歪んでしまっている板を怖ず怖ずと差し出し、スォ=ハムが云う。
太狼が「アニキて」と内心苦笑しながら「おう」と受け取った。
スォ=ハムは再び機械に向き、配線コードを指で手繰り、かなり乱暴な切れ方をしてショートが怖そうな箇所などを丁寧に取り除いていく。
その時、基板を眺めながら、
「砦の屋根に、太陽光パネルみたいのが見えたな。通路とかの常夜灯は、アレから直で繋いどるんか」
さっき思いついたことを、独り言とも質問とも付かない曖昧な声で呟くと、スォ=ハムは取り外したコードの断片を手に振り返り、「そうッス」と云いながら「あれ?」と小首を傾げた。
「夜は、〝風車〟から」
「ああ、そうか」
補足するように云ってからスォ=ハムはしゃがみ込み、工具箱から新品の銅線と絶縁テープを取り出して、応急処置としてのコードを作り始めた。
付き合って太狼もしゃがみ、胡座を掻く。
スォ=ハムがチラッと上目遣いに太狼を見、
「タロさん、そっち、基板の修理が要りそうだったら、やって貰っても良いッスか」
「――別に構わんけど、何で」
「いや、アニィの方が、目、見えてるみたいなんで……」
太狼自身が常夜灯について訊ねてきたので、そこで気付いた。彼は、この暗がりの中、小さな「粒々」を細かく確認するのに何の苦も無いらしい――。
ああ……と太狼も納得する息を吐いたが、
「部外者がやったのがバレたら、エラい連中から、変な疑惑掛けられるかもしれんぞ?」
「フリアイ隊長以上のお偉方は、こんなちっちゃくて表に出てないような所、見やしねぇし、見ても何が何だか解りやしねえッスよ。――タロさんから云われて良く見てみたら、少なくとも、これブッ壊した奴は『素人』だって、俺も判ったし」
スォ=ハムは、せせら笑う口調でそう云った。
ふむ、と鼻を鳴らしてから、太狼は天井を見上げる。――本来なら室内灯はあるらしい。
太狼が、「ニッパーとピンセット借りるぞ」と道具箱に手を伸ばす。修理の前に、駄目になった部分を取り除かなくてはいけない。どうぞ、という答えを聞いてから、太狼は作業を始めた。
この暗がりの中で、ミリ単位の作業が出来るのだから、やっぱり、太狼は相当目が良いんだ、とスォ=ハムは思った。
「メインの発電機か蓄電池は、故障したんか」
膝に載せた基板に目を向けたまま、手を動かしつつ太狼が云うと、工兵は手を止め、銅線とペンチを握り締めた。
「『故障』じゃねぇッス……、奴らがブッ壊したンス。予備の、小型の燃料発電機も、パクッて行きやがった」
歯を食いしばって殊更苦々しく云う。
その様子をチラッと横目に見て、
「……手を動かしもって口も動かせたら、一人前ぞ」
苦笑しつつ太狼がそう云うと、スォ=ハムは慌てて、自分の手元を見た。
「――オリバー少尉は、君ほど口が悪くは無かったがな」
言葉遣いだけは「少将」に対してまだ敬意を保っていた。
スォ=ハムは「へっ」と息を吐いて、「俺は、そんなエリートじゃねぇんで」と殊更に顔を顰めながら立ち上がると、無線機に覆い被さるような形になって、安定した場所にライトを置き、ペンチで線を繋ぎ始めた。
「まあ、薄々そんな気はしてた」と太狼が小さく笑う。
「水・食糧・電源・燃料・薬、全部パクッて、無線と発電機ブッ壊してった連中ッスよ? 身分や階級がどうだろうが、『俺を殺そうとした奴』を『敬え』、って無理ッスよ。だったら『何処』の誰だろうが、今、俺を助けてくれてるアニィを、よっぽど、俺はリスペクトっす」
今度はちゃんと手を動かしながら、苦々しく語ってきた。
太狼が、成る程、と声に出さず呟く――イー・ルの者、皆が皆「神さん」にのぼせ上がっている訳でも無く、こういう人間的な、「当たり前の怒り」を感じることが出来る、特に「若者」も、居ることは居るのだなと思った。
工具箱を覗き、極細の「針金」を「穴」に通したりしていた太狼だったが、――応急処置と思ったらこれでも良いけども、
「ハム君。やっぱり、半田付け要るやろ。俺の目は利くが、此処じゃ換気が出来ん。明るい内に外でやろう」
太狼がそう云って立ち上がる。スォ=ハムは振り返って、
「あ、ウス。お願いします」
と返してきたが、太狼は首を振る。
「いや、君も行くんだ。――俺は発電機の様子を見てやるよ」
するとスォ=ハムは驚いて目を見開き、
「えっ、出来るンスか」
「分からん。けど、ド素人がボコッたんなら、俺は、直せるかもしれんし。――俺の工具も取りに行くわ」
それを持って付いて来い、というふうに、太狼が工具箱を指差し、そのまま背後へ振る。
「う、ウッス」
スォ=ハムは工具箱を抱え、ライトを消して太狼に返す。
ウェイターが恭しく盆を持つように基板を指で支え、太狼が先を行く。
「無線が直っても、どっちみち電源要るやろ。――軍用車のディスプレイに、基地の位置出す信号は、どうやって発信してたんだ?」
「……常夜灯の分を、無線室に回したンス。本当は、こんなに間隔広くないンスよ」
「ああ、成る程」
この余りに心許ない光の数は、それが理由か。
メインの発電機が何とかなれば、本来の室内灯が機能する。そうしたら先ず精神的に、劇的な回復が見込めるのだが――。
布の扉をくぐると、壁に凭れて腕を組んでいる剛義と、スツールに腰掛け、膝に両肘を付けて前屈みに項垂れる格好の大佐が、逆光の中シルエットで見えた。
深刻な話をしていたように見えるが、他にやることがある中でトップ同士の会話に探りを入れたくなるほど、太狼は好奇心が強くない。
「おう。直ったか」
剛義が顔だけ向けて訊いてくる。
「未だじゃ。あっちは全然窓が無ぇんよ。暗ぇ上に換気も出来んけ半田付けがされん。外出る」
「発電機も見てくれるそうです」
指で支えた基板に視線を向けつつ太狼が答え、その背後から若い工兵が隊長へ云った。
するとイーヴィ大佐は体も太狼に向け、
「ああ……それは有り難い…。恐れ入ります」
そう云って頭を下げる。
太狼は軽く肩を竦め、
「見るだけです。直せるかどうかは分からんので。そん時はすいません」
そう云うと、スォ=ハムに「行こうか」と告げた。若者が「うっす」と大きく頷く。
「これ、作業台に借りますよ」
先ほどスォ=ハムがテーブル代わりに使っていた木箱を持ち上げ、外に出る。
出たところで直ぐに立ち止まり、
「一番風が来ないところは何処だ?」
と太狼はスォ=ハムに訊いた。
「西側の角っこッスかね……。北東側からの風が一番強いんで、風車はそっち方面にあるんス」
「そうか。じゃ、ちょっと、そこら辺の庇の下で待ってろ。工具と、砂よけのテント持ってくる」
太狼は一旦基板をスォ=ハムに渡し、西の方向を指さしてグルッと円を描いた。自分が先に、指した場所へ早足に向かい、木箱をその辺りへ置いてトラックに駆け寄る。




