【a5d:svn】(1) -[3]-(2)
「――無線やらの機器を破壊されたと聞いたが……それの修理もしちゃろうか? 俺と倅は技師でもある」
「……少尉は、そんなことを語ったのですか」
イーヴィは、そこで若干苦々しい顔付きになり、室内を振り返った。
剛義が肩を竦めながら、
「オリバー君を責めちゃるな。こっちも、警戒せないけん場面じゃったのは、あんたも解ろう。彼の状態を見れば、オリバー君の救助要請が嘘じゃねえのは直ぐ判る。しかし、隊ごと助けてくれっちゅうのは、頭ッから聞く訳にいかん。それで詳しい事情を聴かせて貰うたんじゃ」
そう云うと、イーヴィは「ああ――」と息を吐き、「それは……ごもっともです」と真面目な声で述べた。
今度はフローラを一瞥し、剛義が続ける。
「あの子は、ナースの心得がある。ヤバそうな隊員が居るっちゅうんなら、診さすで? その上で、切羽詰まって医者が要りそうなお人が居るようなら、直ぐ呼ぼう。――しかし、それは中まで入りこまないけんし、そこまではさせられんちゅうなら、このまま俺達ゃ帰る」
「――」
イーヴィはそこで、微かに迷う目を見せ、唇を引き結んだ。どうしたものかと、思案げである。
剛義がニッと口角を上げた。
「――何やったら、『俺達がそれをしても良い状態』にする、っちゅう手もある」
「……は?」
「オリバー君は、『白旗挙げて』助けを求めて来たんじゃけん。俺達が、この砦を『陥落した』ちゅう体で、君達には捕虜になって貰おう。――そうすりゃ、俺んとこからの『補給』で物資持って来らるるし、相当悪ぃ状態の隊員さんが居るんやったら、『連行』して医者に診せても良い」
「――」
少々意地の悪い笑みを見せながらの提案に、イーヴィは目を細め、首を振った。
「タケヨシ殿、それは、私にとり確実に、福音ではなく悪魔の誘惑です」
キッパリと云う。
「砦を落とし、捕虜を得るのであれば、確実に私の首だけは取って下さい。そうでなくては、部下達の、都での立場が危ぶまれますから」
「ふん、そういうものかね」
「――ただ、SOSに応じて下さった方へ、もう少しだけ甘えて宜しければ、……修理と診察のお申し出は有り難く、お受けしたい」
大佐は再び、今度は「頼む」という意味で頭を下げた後、道を開くように、扉の前から退いた。
そうかい、と剛義は、表情を素直な笑みに変える。
「庫まで持って入るちゅうても、其処と行き来する体力戻すんが先じゃわなぁ――よぃ、太狼。一先ずこの水と食料、この中に直で持って入っちゃれ」
「修理」だとか云っていたので、工具があった方が良かろうかと、トラックに戻りかけていた太狼を、剛義は手招きして呼び戻す。
それで良いな?と云うふうに剛義がイーヴィの顔を見ると、彼も頷いた。
「じゃあ、『蝦』さんや、あんたもそろそろ腰下ろして、何か口に入れなぁ」
剛義はそう云って、イーヴィの肩に軽く手を乗せた。
その言葉を聞きつけたオリバーが、慌てて隊長の下へやってきて、竹筒を差し出す。
「どうぞ、隊長! 失念しており済みませんでした、どうぞ!」
するともう一人、部屋の角でパウチから直接匙で豆粥を掬っていた若者も、テーブルにしていた木箱にパウチを置き、口元を手の甲で拭ってから、
「そうです、本当なら隊長が一番渇いてる筈なんですから、……自分はもう大丈夫なので、これっ、どうぞ、座ってください!」
自分が腰掛けていたスツールをイーヴィのもとに持って来た。
その様子に、剛義は「若い子から慕われちょるなぁ」と一人頷く――想像通り、人望のある男らしい。
一瞬躊躇する表情を見せたが、済まない、と呟き、イーヴィは落ちる様にスツールへ腰掛け、オリバーから竹筒を受け取った。
其処で剛義も、初めて砦に足を踏み入れた。――日射しの強いところから「窓」の無い場所に入ったので、一瞬視界が真っ暗になったが、剛義には特に支障がない。直ぐに部屋の様子は見て取れた。
入って直ぐの場所だから、「玄関」と云っても良いが、「台所」でもあるらしい。壁際に、簡素なボンベとコンロ、「飲料水」と書かれたタンク等がある――それは恐らく空になっているだろうが――。
竹筒に口を付ける前に、イーヴィは剛義の顔を見上げ、
「タケヨシ殿、彼は我が隊の工兵です。――若いですが、腕は確かだと思いますので、お手伝い出来ることがあれば、申し付けてください」
スツールを隊長へ譲った若者を軽く手で指し、そう云った。
――坊主にしていた頭をしばらく刈れなかったせいだろう、イガグリのような頭の若者は敬礼を見せ、
「スォ=ハム二等技工兵であります」
緊張した面持ちで名乗った。目の下に隈は出来ていたが、声には張りがある――若い分、体力が残っていたのか、水と豆粥で先ず気力が回復したようだ。
剛義は微笑を浮かべながら、
「わしゃ、タケヨシじゃ。タケで良い」
己も名乗る。スォ=ハムと名乗った若者は、ゴクンと一つ息を飲んだ。
命を助けられたことに感慨はあるだろうが、イーヴィと比べると地位も低いし、かなり若い――獅子丸とそんなに変わらないかもしれない――、こちらに対してどの程度の信頼を寄せても良いのか、どういう態度を取るのが正解なのか……、感情の切替や判断は直ぐには難かろう。
「じゃったら、俺を手伝うっちゅうより、こっちがハム君に手を貸す方が良かろうで。俺達の道具で俺達のやり方したら、後で司令部やらから、妙な疑念を持たれるかもしれんじゃろう――〝魔法〟を使うつもりはねぇけど、あんた達が持っちょらん技術の痕跡、残したらいけんし」
スォ=ハムとイーヴィの顔を交互に見て剛義が云うと、若者は目を細めた後で戸惑いの表情を見せ、隊長は冷静に「それもそうだ」と頷いた。
「あんた達のやり方に合わせて、こっちが手助けする方が良かろう」
「仰る通りです。――スォ=ハム君、君の工具箱を取って来なさい」
入り口から入って後、ドアのようなものは見当たらないが間仕切りの壁はあり、人が通れるだけの高さと幅で「穴」が開けられていた。其処に、暖簾状に布が垂れ下がっている――隊長から命じられ、若い工兵は、一度布の向こうに消えた。
「花ちゃん、そっちは太狼にさせちょか良いけん、一通り健康状態を見ちゃりよ」
入り口近くで、太狼と物資のリレーをしていたフローラに剛義が声を掛けた。
フローラは直ぐに「承知しました」と頷き、太狼へ「お願いします」と告げ、ゴーグルを額の上に上げた――余り視力に頼らずとも良い作業をしていたので未だ外す必要を感じていなかったが、今命じられた室内作業は、視界を良好にしていなくては出来ない。
フローラはアイスブルーの瞳をイーヴィの傍らに控えていたオリバーへ向け、
「少尉、先ず、最も状態が思わしくない方のところへ、ご案内頂けますか」
と、丁寧ながら、かなり冷静な声で云った。
イーヴィが、応じなさい、と云うふうに部下を見上げる。オリバーは「は、はいっ」と敬礼してから、「こちらへ」と、さっきスォ=ハムが消えた布の方へ手を差し出した。
入れ替わりに、スォ=ハムが姿を現した。ぶら下げて持ち歩けるよう把手は付いている道具箱だが、大事そうに両手で胸に抱えている。
イーヴィが腰に取り付けていたキーチェーンから一つ大ぶりな鍵を取って、
「無線室の鍵です」
と剛義に見せてから、スォ=ハムに渡した。
ふむ、と頷きを見せた剛義だったが、そこでしばし逡巡し、一段落したらしい太狼へ、
「太狼、修理はわぁが手伝うちゃれ。俺は、老眼鏡忘れた」
スォ=ハムを軽く指差しつつ、そう云った。
やれやれ、と仰け反りながら腰を伸ばした太狼が、剛義の台詞に訝しんで目を細める――老眼鏡……俺の父親は、そんなもの必要としていたか?
スォ=ハム、イーヴィ、そして剛義の顔を眺めてから、太狼は「おぉい」と父へ返答した。
背が高い、本来なら「敵」である男を背後に従え、おどおどしながらスォ=ハムは、「こ、此処が無線室ッス」と随分細い扉を指で示した。
鍵を開け、扉を開けると、――サウザーの風信室と同様、「部屋」というより「ブース」だった。二人がやっと並んで立てる――いや、大柄な太狼は、少し体を斜めにしていたので、「二人並べる」と断言したら嘘になるかもしれない。その代わり、扉から見て縦には「長い」部屋だ。
壁は、さっきまで居た部屋や通ってきた通路と違い、防音材が張られていた――が、扉の向かいと右側の壁は、針やダイヤルの付いた箱、レーダーのディスプレイ、マイクやスピーカー、ヘッドホン等の機械で埋め尽くされている。――そして、それらの機械が、オリバーの言葉通り、一度「破壊」されたことも、見ただけで判った。
何とか修理出来たのが、先ほど太狼も運転しながら見た、軍用車との応答を可能にする無線機くらいだったようだ。
「何とまあ、原始的な壊し方したもんやな」
太狼が思わず嘆息を漏らす。バールだとかバットだとかみたいなもので、「叩き壊した」のが見て取れた。かなりヤケクソなやり方である。
こんな方法だと、音で直ぐにバレそうなものだが、不幸にも――賊から見れば幸いにして――防音材が優秀だったか……? 壊したことが分からないように、見えない部分の配線を切断したりする方が、時間稼ぎにもなるだろうに――いや、「盗人」にしてみたら、そっちの時間稼ぎよりは、盗みの実働時間を取る方が大事だったのかもしれない。
この状態になって五日経っている筈なのに、スォ=ハムという若者は、泣き出しそうになるのを堪えるように、鼻の頭に皺を寄せた――この状況を、見慣れることは無い、ということか。
「ハム君と云ったか? ちょっと、工具箱の中身、見せてくれ」
工具箱を置くテーブルのようなものは無いから、床に置くしかない――やっぱり狭いな、と思ったので、太狼は扉を開け、閉まりそうになるのを自分の尻で押さえながら、腰を屈めた。
スォ=ハムは工具箱を床に置き、留め具を外した。スーツケースのような形式である、パカッと開くと、平たく床に広がった。
「ほぉー」
太狼が、感心した、というふうな息を吐いた。
「君、元々、工作か機械弄りが好きで工兵になったんか。良い道具を揃えとるし、手入れも行き届いとる。――自作の道具もあるやんか」
スォ=ハムは太狼の表情が余りに無邪気なことに戸惑いながら、「う、ウス……」と頷いた。
「部品も、これは自前で持ってたんか。――補給品をパチッたんやったら、バレるとヤバかろう」
「そ、そんな……。――補給物資で交換した後、壊れてた方を修理して、持ってたりとか、そういうの……は、有るけど――こ、これ、罪になったりするンスか」
「俺は、それは分からんよ。イー・ルの法律知らんもん」
焦った顔をするスォ=ハムへ、太狼は呆れた顔をして返すと、
「今、目の前の修理で役立つんなら、不問っちゅうもんやろ」
壊れた無線機達を指さした。
にっ、と太狼が笑みを見せ、
「ハム君よ、物を壊すのにも、素人と玄人が居るっちゅうのが、コレで分かるぞ。――見た目バッキバキに壊れとるが、機械っちゅうのは、『一番大事なところ』が壊れてなかったら、何とかなるもんだ。玄人が壊したんならソコがやられとるだろうから絶望的やけど、素人がやったんなら、運が良けりゃ、壊れたうちに入らんかもしれんで」
よっこら、と膝に手をやりながら太狼が立ち上がる。スォ=ハムも立ち上がって、どういう意味ッスか、と訊ねた。
「この機械の場合、最悪、真空管が全滅してなけりゃ、どうにかならんか? それだけは、もう交換が出来んかったらどうしようも無いからな。――逆に、他の部品は、君が今持っとる奴とか、他の部品の改造や針金やらの工作で、何とかなるかもしれんだろ」
スォ=ハムは目をぱちくりとさせてから、機械に顔を近づけた。
「改めて、丁寧に、ボコったフレームやらをちゃんと退けて、点検してみよ」
「そ、そうします」
慌てた顔をして、同時に目をキラキラさせて、スォ=ハムは工具箱から、大小のペンチとニッパーを先ず取り出した――。




