【a5d:svn】(1) -[2]-(2)
「――で、緊急事態っちゅうのは? あの〝竜巻〟にやられたんか」
前方は見渡す限り砂だけである。多少の脇見運転は何の障害にもならない、太狼が剛義からの指示で、同時に自分自身の疑問もあって、オリバーに顔を向けて訊ねた。
オリバーは前方とディスプレイを交互に眺めていたが、その問いに目を細め、
「〝竜巻〟――というのは、何のことでありますか」
と声も訝しげに、質問を返してきた。
その態度に、太狼も「ん?」と軽く眉を寄せる。
「『あの』と云う程の嵐が、最近、あったのですか」
「――」
何と答えれば良いものか分からず、太狼は一瞬、絶句した。無線で聞いていた剛義とフローラも、困惑の表情を浮かべていた。
「君の『砦』は、一体何処だ。五、六キロってのは、本当か? ――通過したんは南にもう少し行ったとこやけど、アレに全く気付かんかったほど遠いってんなら、五、六十キロの間違いじゃねえかと、訊き返すぞ?」
「……」
太狼が眉を寄せながら訊くと、今度はオリバーが困惑し、一瞬口を噤む。
「――我々の隊は、七日前に、BR19砦の死守、籠城を、司令部より命令されておりまして――」
〝竜巻〟のことを知らない自分の方が可笑しいらしい、とオリバーは察し、ぼそぼそと答えた。
「砦は、シェルターでもありますから――気付かなかったのかも知れません」
「――」
太狼、剛義、フローラの三名全員が、オリバーの回答に顔を顰めた。
七日前? 〈かく〉よりもまだ前ではないか。
まさか、彼の隊は、〈かく〉発射に伴う「後退」すら命じられないまま、砦に「籠もっていた」のか?
「〝竜巻〟に気付いてもおらんかった、と云うなら、緊急事態ってのは何だ」
サヴァナの三人も混乱はしてきたが、オリバーへ〝竜巻〟〝鳥女〟関係の探りを入れても、無駄だな、と取りあえず判断し、剛義の指示で太狼がオリバーに訊ねた。
するとオリバーの表情が、急に険しくなる。先ほどまでは単なる困惑だったが、今度は悔しさか、憤りのようなものが混じった。
「――籠城を命じられて後……五日前の夜、我らよりも後方のC3砦から……、交替要員と補給部隊が、来まして……」
「――」
太狼はオリバーの言葉を聞きながら軽く目を細め、剛義とフローラはちらりと顔を見合わせて、何か確認するように頷き合った。――五日前の夜と云うと、確実に〈かく〉発射の後、〝筋〟も確認出来た後だ。ただし、都で〝鳥女〟が目撃された時との前後関係は未だはっきりしない。
「交替と云ってやって来た部隊の隊長は、第十三連隊副隊長補佐でもある少将でありましたから、我らが隊長よりも上官であります。よって、交替を告げられたときより籠城の命令は解かれ、休息の後、明朝六時より正規に交替と……告げられたのでありますが」
オリバーは膝の上で拳を作る。下を向き、悔しそうな声を絞り出した。
「どうにもそれが、謀略だったようなのです。補給どころか、籠城命令を解かれた後、我が隊が休息に入り寝入っている夜中の内に、当時保管庫に残っていた軍備、食糧物資等々を持ち出したらしく、正規に交替日時となる六時段階では、補給に来たはずの運搬車も、少将殿以下、交替するはずの隊員も全て残っておらず――」
「……」
「元々残っていた軍用車も燃料を抜き取られていて……。隊長殿が、この状況はどうしたことかと総司令部に問い合わせようとした時には、――無線機器が破壊されているのも、発見致しました」
「何え」
「今乗っているこの車が無事であるのは、緊張の連続である籠城が解かれた後でも、馬鹿正直に――あ、いえ、忠実に務めていた隊長殿の命令が『幸運』の側に働いたからであります。臨時であった『籠城』の命令が解かれたのだから通常任務である警戒・斥候を再開すべし、と。その時、隊長殿を含む深夜シフトの隊員が乗り込んで出ていた二台の内の一台、それがこの車……という訳でございまして」
オリバーは不快そうに、顔を顰めて語った。サヴァナの三人は皆、
「〝竜巻〟と〝鳥女〟がそれにどの程度影響しているのかは分からないが、どうも、ソレとは違う〝次元〟で、ハメられてるくさいなあ」
と考えたことである。
何だか、この若い少尉が所属する隊を、他の部隊が潰そうとしているようではないか。〝竜巻〟とは無関係に元から、軍部に於ける対立の因子、遺恨や蟠りが生じている部隊なのだろうか? その少将と「派閥」が違うとか……?
「辛うじて、既に開封をしていた水タンクやパン等は残されておりましたから、それで繋ぎつつ最低限の無線機器とレーダーの修理だけは進めまして……。総司令部だけでなく、周辺の砦へ応答を請う発信を続けていたのですが、これまで音沙汰は無く――本日に至り、隊長殿のご決断で、一台は東側の基地へ現状確認と支援要請に赴き、もう一台――私は、西方へ……ひたすら救命信号を発信しながら、向かうことに、なったのです……」
オリバーは俯いて顔を顰め、膝の上で拳を、口元では声を震わせている。
――彼自身の軍人としての矜持・信念、そこから見た「隊長殿」の決断と、それに対する評価、そして、己の行動と現状、それらが一体どう揺れ動いてこの態度に繋がっているのか――それは、太狼と剛義、フローラは、イー・ル軍人でないから、分からない。
ただ、サヴァナの三人は、オリバーの云う「隊長殿」に対して、好意的な評価を、何となくだが、していた。
「……イー・ルの軍人、隊長なら、この絶望的な状況に於いて、『神の御名の下、潔く自決せよ』と命じることとて出来る筈です。それをせず、敵方に縋ってでも部下共々『生存』への道を探っているのですから、人間的な人物のようですね」
「俺もそう思う」
フローラが、感情は籠もっていない淡々とした口調で云うと、剛義は腕を組み、殊更嘆息しつつ頷いた。
しかし、だからこそ、――イー・ルの中枢、軍内部では疎まれる……ということも、あり得る。その想像が直ぐに付く。
只でさえ〈軍人〉は他よりも「武器」を当たり前のように持つ分、気が大きくなりすぎて「人格」を捨ててしまう嫌いがある。「武装」という形の「権力」は「脅迫」と表裏一体であることを心しないままの〈軍人〉は、本人が如何なる大義を持っているつもりであろうと、一般人から、諂われることはあっても好かれる筈は無いのだ。
ましてイー・ルの場合は其処に「神威」という袈裟も纏う訳だから、余程に克己心を持たないと「悪徳」ばかりをため込んでしまうものである。
そんな中、オリバーの云う「隊長殿」は、人望がありそうだ。実際に何をしてくれているのか分からない「神」よりも、現実的に「人格者」「好人物」の方が、この世の人間からは、率直に云って「慕われている」筈である。――となると、「武器」と「神」の御名に於ける「権力」しか持たない人物からは、疎まれがちになる……だろう。
もしかして、その「隊長殿」は、イー・ルには珍しく、異なる信仰を持つ者、あるいは無信仰の家系の者なのだろうか。本来ならそういう人物はイー・ルに於いて市民権すら得られない筈だが、余りに人望がありすぎて、迂闊な扱いをすると民心が国家中枢から離れてしまう、よって、「名誉の戦死」という形の厄介払いを謀られた人物……なのではないか?
「あんたの隊長っちゅうのは、異教徒か、無神論者だったのか?」
太狼が切り込んで訊ねると、オリバーは顔を顰め、首を振った。
「何を仰いますか。――隊長殿は、この戦が始まるまで……都に居る間は、第一教区の導師長や教導省次官も務められた程の御方です。……今、命を助けて下さった御本人を目の前にして申し上げるのも心苦しいことですが、本来なら……〈魔術士〉なる者を、最も疎ましく思われていたのが隊長でもあった筈……です」
云い難そうに、もごもごと口ごもるオリバーへ、太狼が苦笑して片手を振る。
「実際、あんた達が〈魔術士〉を嫌いなのは知っちょる。その割に、君が随分礼儀正しくて良い奴なのも分かるき、そいな顔せんでも良い」
己に全く敵意を持っていないのか……さらりとした声色に、オリバーも戸惑いの表情を浮かべ、太狼の横顔を見た。
無線でオリバーの言葉を聞き、フローラは「成る程」と呟いて、剛義も、「ふむ」と鼻を鳴らした。だったら、尚更というものだな――それを納得したリアクションである。
人望がある上に、信仰上の信頼も厚い、ということなら、現在のイー・ル中枢にとって、厄介極まりない。現在は、「戦争」へ、民心、国威が一点集中して貰わなくては困るのだ。その「隊長殿」が中枢で発言権を持っているようだと、人心が、引いては国が割れてしまう。
オリバー少尉の様子からして、その「隊長殿」に率いられている隊員も、迂闊に残していると扱いが難しいだろう……。
「――籠城を命じられたのが七日前と云うのですから、もしかすると、〈かく〉での戦死を期待されていた可能性がありますね」
「そうじゃのう」
「それが不発――というか失敗に終わったので、混乱に乗じて、暗殺に来た、というところでしょうか?」
「それはどうじゃろう」
フローラの推理に、最初は乗ったが、次のは首を捻る。
「籠城の命令は、総司令部から『ぐるみ』で謀ったようにもあるが、五日前のは、暗殺が目的じゃったとしたら、ちょっと半端よのう。その『少将』の目的は、実際『盗み』じゃったんかもしれん、死んでも良い隊を選んだだけで。――無線機壊したんは、『盗み』がしばらくバレんようにするためじゃなかろうか」
「ああ……」
「C3ちゅう砦が何処にあるんかは知らんが、もしか、〝竜巻〟の通り道か直ぐ傍にあったんじゃったら、そっちの『物資』がわやになっちょる可能性があるわな。そけ居った当人は〝竜巻〟自体知らんごたったけど、オリバー君の砦は無傷なんを『少将』とやらは分かっちょったんかんしれん。籠城の命令もされちょったんじゃけん、元々、兵糧も節約しよったろうし」
成る程、とフローラも頷く。
何にせよ――、自隊の部下に自決を命じたりはせず、敵方に助けを求めることも厭わない、人間味はある人物のようだが、我々を良く思っていないのもそうだろう。物資が到着しさえすれば「恩人だけど敵」を撃ち殺す判断も出来る、冷静で冷徹な人物であれば、まだ警戒は解いてしまえない。
少尉君にはまだ、盾になって貰っておかねば……――あんなに弱っている若人に対して、そんな役目を負わせなくてはならないことに、剛義は溜息をついた。




