【a5d:svn】(1) -[1]-(1)
*今章より登場する主要人物が、キャラ付けに於いてあまりメジャーじゃない方言を使います。その関係でルビがかなり増えてきますが、「ルビ:ルビ元」と「標準語[意味]:方言[音]」の対応は統一されていません。悪しからず御了承ください。
サヴァナの者は、基本これまで、イー・ルを全く敵視していなかった。それは事実である。
実のところ、イー・ルの主張、「反逆により追放された者どもが組織化した」という理屈も、殆ど嘘であることを、知っている者は分かっているのである。「来る者拒まず去る者追わず」というギルドの性質からして、実際、そういう者が混じっているのも否定しきれないから、面倒臭くて反論しないだけだ。
ただ、「イー・ルの反逆民がサヴァナ・ギルドになった」、「成り立ち」としての主張は、完全に虚偽なのだ。サヴァナ・ギルドの始祖は、確実に、イー・ルから出ていないのだから。かといって、真実の「成り立ち」に耳を貸すイー・ルじゃない、他にやることがあるのに、そんな面倒臭い並行論をするのも嫌だから、やはり黙っているだけである。
よって、そんな難癖由来の戦争をしていることに、実のところ「うんざり」しているのも事実だし、――特に中枢の者は、有り体に言うと、「イライラ」もしている。
戦争のせいで、「自分のやりたいこと」が出来ないからだ。
〝筋〟が現れてから五日、遠巻きに観察・監視しているのは、サヴァナの方でも同じだった。特に目立った変化は無い。イー・ルに潜入した間諜、フィズ達からも、初回以来、続報が無い。
その上、戦況にも変化は無い――というより、イー・ルの動きが、ピタリと止まった。
戦争はともかく、間諜からの報告が続かないことは、多少……もどかしい。理由が分かっているので、急かすことは出来ないのはそうだけども――
「タオ方で火、フリュスが土、此処は竜巻。水が無ぇんは気になるけど、何も関係無ぇ筈はねえわな。サウザーとフリュスの話と照らしちみたら、フィズちゃん達が見たんは、俺達が見た『次』の段階っちゅうことやろ。民衆が騒いだ後、どげえなったんか、早よその先が知りてえわぁなぁ」
サウザーで云ったら「情報部」ということになるだろう、「無線小屋」の中で、サウザーからの情報、フリュスからの情報、フィズからの「報告」を纏めた紙を、何度も何度も読み返しながら、筆頭の剛義がブツクサ呟く。
抜け毛を気に病んだことはまだ無いが色は真っ白になった頭髪を掻き、〈無線機〉や、〈鳩小屋〉に何度も目をやりながら、それが静かなことに「あーあ、あーあ」と拗ねたような声をたまに漏らす。子供のようである。
無線小屋に交替で詰めている警備隊の若い衆が、背後で不機嫌そうな筆頭に苦笑しつつ、目は無線機の針、耳はヘッドホンから聞こえる音に集中している。
「フィズちゃん達が静かなんはしょうがねえじゃろうが、愚痴を云うな。なかなか外に出られんし魔法も滅多に使われん、鳩飛ばすしか無ぇんじゃけん」
口を尖らせて愚痴を云う倅に、苦々しい声で元筆頭、義一が諭す。息子と同じくらいに真っ白い髪は、生え際が彼よりも若干後退しているが、長さは肩くらいまであり、首の後ろで括っている。スタイルとしてはリオンと同じだ。ディナム・シンキ翁よりちょっと年下なだけなのだが、声の張りは剛義と殆ど変わらない。日焼けも重なった浅黒い肌は老齢ならではの染みや皺も目立たないので、もう見た目だけでは義一と剛義が親子という判別が付かなくなり、兄弟のようになってきていた――。
イー・ルは、〈魔術〉〈精霊〉を全否定している割りに、都の境界に〈魔術結界〉を張り巡らせている。理屈としては、神聖なるイー・ルの都に邪悪な穢れを入れないため、だ。――イー・ルが「技術」としての〈魔術〉を保有している筈は無いので、恐らくCFCやエグメリークからの「輸入」であろうが、〈魔術〉を否定するために〈魔術〉を利用する、という何とも云いがたい、本当の〈魔術士〉からしたら失笑ものの行動を臆面もなくやってのけるのが、現在のイー・ルである。
「魔法使いを〝中〟に入れないため」の結界であるから、侵入さえ出来れば、内側の探りを入れることに然程苦労は無いのだけども、それを外に出すのが難しい。僅かなりとも「魔法」の気配をさせた「もの」が結界を横切ると、大げさな捜査が始まってしまう。
ということは、狙い通り、情報流出がある程度抑えられている訳だから、「神」から見た時に失笑ものか激怒ものかは分からないが、この世に於いて大導師長の面目は保てているのだろう。
「まあ、それは分かっちょんけどな……。お父がサウザー行っち色々情報交換したら、何か見えちくるもんもあるじゃろうか」
「さあ、どげえかしらん。サウザーよりかは、フリュスの流優ちゃんの方が、何か掴んだごたるけどのう」
――と、無線機が「ビービービーッ」と音を立てた。
剛義と義一がピクッとそちらに顔を向け、口を噤む。応答を始めた若者の隣りに居たもう一人が、
「一号車からッス」
小さくも、緊張が混じっていることは分かる声で、見た目兄弟に近くなってきた筆頭と元筆頭に告げる。剛義と義一も、「む」と眉を寄せた。
一号――と云ったら、これまでは戦に配備する兵を除くと前線に一番近い「境界」を巡回していたナンバー、五日前からは、〝筋〟の観察が主たる任務になった号車だ。
「何だって……。マジすか、応答確認は――はい、はい」
一号車とのやり取りをしていた若者の声も、何だか狼狽が混じっている。
「分かった、伝えます、――通信は……、あ、いや、一旦切るわ、はい、位置は、はい、そのまま待機して」
「ち、チッ」と微かな音を立てていた〈無線機〉が、プツッと切れた。
若者が振り返ると、年寄り二人が、
「何て?」
と異口同音に発した。
「〝筋〟に、何か変わりがあったんか」
剛義が鋭い声で問うと、若者は、「いえ」と首を振り、大層困惑した顔で、
「〝筋〟じゃなくて――、救命信号を受け取ったって云いよります」
「何?」
「応答願う、の返信をしても、ただSOSだけが発せられて、それもかなり乱れている……と」
「そりゃ、早よ行っちゃらないけんじゃねえな、こっちに連絡する前に! 一号車には、予備の食料と水載せちょらんのか」
剛義が苦々しい声を出すと、若者は、
「いや、筆頭、それが――信号出とるのが、〝川〟の方角なんスよ」
相変わらず当惑した声で答える。
剛義と義一は顰めた顔を見合わせた。
〝川〟――と云うのは、通称だ。実際に水が流れている訳ではない、流砂のことを指している。
サヴァナ・ギルドが存在する平原から東に向かうと、フェイドイン気味に段々砂漠が始まるのだが、草や岩山が消えた頃合いから数百メートル行った辺りで、かなりの幅、「流域」を持つ流砂が唐突に現れる。
風によって砂がさらさら流れたり、それ故、「山」「丘」のような場所が形を変えたり平らになったりするのは、ある程度なら当然なのだが、この「川」は、風向きにかかわらず常に一定の方向、北から南へ、また、風量にも比例はせず、全く風のない時にでも流れているし、穏やかなそよ風の時に随分な速度で流れていることもある。かと云って、きっちりいつも同じ幅でもない。本物の川のように、幅が狭く穏やかな小川のような時もあれば、洪水のように広く濁流となることもあり、周囲の「砂の丘」がこの「川」によって削られて急激に形を変えるような現象も見られるのだった。よって、歴史の中で自然と、この「川」が、サヴァナとイー・ルの「国境」のように認識されていた。
この不思議な砂の川の存在理由、原因を、科学的に解明した事実は過去に無い。また、〈魔術士〉から見ても、いまいち判断が難しい現象であるので、昔から、「世界七不思議」のうちに数えられている――他の事例に漏れず、当然、イー・ルは「サヴァナの悪魔による陰謀」だと主張しているが。
「SOS出してるのが、一体誰なのかも分かんねえし、一人じゃないんだったら巡回車に載せてる予備食糧じゃ足りんかもしれんし……。それに、〈かく〉の後、〝兵隊〟退かせたまんまじゃないッスか。警備隊の装備のままじゃ、危険ッスよ。それで待機してて貰ったンス」
「――」
「返答が無いってンですよ、もしかして、敵さんの罠だったらどうするンスか、一旦、引き返して貰った方が良いんじゃないっすか? もうちょい高感度のレーダー持って出直して確認を――」
「嗚呼! 情けねえ!!」
若い衆の言葉を遮るように義一が吐き捨て、手にしていた杖を勢いよく「ガツン!」と床に叩きつけた。
無線技師の若人が、ビクッと身を竦ませる。
「俺は、若ぇもんをそげな性根に育てたつもりは無かったに! 永世救命信号を罠ち疑うち放っとくやら、ああ、情けねえ!」
バツが悪そうに身を縮めたままの、直接通信を受け取った若人の隣で、もう一人が、戸惑い気味の口調ながら「で、でも、先代」と口を開く。
「警備巡回の装備じゃ危険なのは事実ッス! SOS出してるのが民間人だとしても、敵さんに見つかったら、信号出した人物と纏めて、マジの軍人から蜂の巣にされるかもしんねえッスよ?」
「それを『警戒』すんのと、最初から『罠を疑う』んは、別もんじゃあっち云いよんのじゃ、俺は!」
「かぁっ!」と大きな口を開けて、義一が云い放つ。かなりの年寄りだが、歯は一本も欠けていない。それどころか、かなり立派な犬歯が、若人から見ても怖ろしい。
「SOSを罠に使うようなばかけには仕置きしちゃる装備持っち、助けに行か良いだけじゃろうが! 一回帰らせちレーダー持っちいち分析しよん間に、信号出した人が干かちれちしもうたらどげえすんのかっ」
反論した方も、「う」と口を噤んでしまう。
「わぁ、装備庫に無線やって、三世代何世帯かがしばらくキャンプ出来るくらいの非常避難物資積んじょる車、五人小隊用の軍備積んだカーゴ牽引して無線小屋に持っち来いっち云え。俺が一号車まで行くけん」
最初に叱った方の若人に、義一が有無を云わせぬ声で云った。若人は慌てて振り返り、装備庫へ発信を行ったが、剛義が顔を顰めて親父を睨む。
「何を云いよんか、お父。SOS発信元が判るんがいつになるかも分からん。わぁはサウザーに行かなならんのど。それも、ディナム陛下の孫がわざわざ迎え来ちくるるっちゅうねえ。早けりゃ今日明日にも着くかしらんに、わぁが居らんやら、そげん不義理が出来るか」
「――」




