【盾と矛】-(4)
「少なくとも、三流のガキやイカレ野郎に機会と資金を譲るのは、真っ平だね。そんなことはそういう連中にやらせとけ、ってのを『正しい』とは、俺は全く思わんな」
「ッ……」
「……責任の『取り方』は、俺も知らん。考えたことも無い。後々、死刑ってことになるなら、別にそれでも良いよ。それまでに俺は『満たされた』んだから、『人として』の責任をそうやって取れってんなら、それは第三者に任すさ」
ポケットに手は突っ込んだまま、そこでシダーが軽く肩を竦める。
「ただし、それが俺の好奇心を刺激するものであるなら、だ。俺の好奇心や探究心を満たしそうにない下らない研究なら、どんな資金が目の前にあっても願い下げだな。そんなものは、三流に任して何とも思わん。――どうしても俺がやれ、やらなきゃ命取るぞ、と脅かされることでもありゃ、責任以前にその時に首括って、自分のプライド守るさ。そうでなけりゃ、乗っかるフリして別の研究に資金流用したりすっかもな。そんで、『公権力』の方から責任取れ、って云われんだろ」
ククッ、とシダーが喉を鳴らす。マッカンは、何とも云えない。
笑いを漏らしたシダーが、眼光を冷たいものに戻して、忠告のようにマッカンに云う。
「それと全く同じ意味で、どんなに『他人・世間の役に立』とうが、『将来のための問題解決』だろうが、俺の好奇心を刺激しなければ、オファーには乗らん。そんな研究は、おまえがやれ――まだ『研究者』としてのプライドも持ってるのなら」
マッカンは一度唇を噛み、やはり厳しい眼光をシダーに向けた。
その視線を、つい、と外し、シダーが呟く。
「――タオさんは、俺のこういう危険な性質をよく知ってるから、『とっ捕まえてて良かった』つってんだ。実際、そうだっただろう。――『とっ捕まる』前に、イリグマギから声掛けられて、〝筋〟の情報突きつけられてたら、今頃、俺はまた行方不明の上、イリグマギの一員だ」
「……。つくづく、そうはならずに良かった」
ふうっと息を吐き、マッカンがしみじみとした声でそう云った。
「――俺も、自分の故郷に愛着はある。『責任』だの何だのと荷を負うのは嫌だが、領主を窮地に追いやるような真似はしたくない――別に忠誠ってほど大げさなもんでもないけど、実際、今はボスにもなっちまったしな――。その上で、『研究者』として、俺は俺が真実だと思う結果を、真剣に突きつけるだけだ。それがタオさんを窮地に追いやることになるなら、その時の俺の『責任』の――『取り方』はどうとでも通達してくれ。俺は判らん。但し、『公権力の責任』の範囲にまで、俺を引きずり出されても困る」
「――」
「研究者の俺を『パブリック』のフィールドに連れて来た『責任』は、公権力が取れよ。それが嫌なら、今のうちにスプープから追い出せ、って。俺はそう云ったんだ」
今度はシダーが、じっとマッカンの目を見て云う。その視線を受け、マッカンの目線は、若干下方向へ角度を付ける。
「今、ここで君を追い出すことも、誰のためにもならないし、無責任だ。……君は、個人でイリグマギに接触する恐れがあるじゃないか、それはサウザーにとって、危険因子だ」
するとシダーが、チッ、と舌を打った。
「つくづく、俺の気にくわない『役人』の理屈が頭巡るようになったもんだな、ツゥリー。――『研究者』としてのケンカなら買ってやるつもりはあったが、それじゃもう駄目だ、完全に立ち位置が違う」
「――ジェイ」
「おまえの『立場』は尊重するよ。だが、純粋な俺のフィールドに入ってくるな。さっきみたいに、専門的な領域に、その肩書きで文句付けるようなら、俺は今度こそ手ェ出すぞ」
ポケットから出した手で拳を作り、それをマッカンに見せつけながらシダーは吐き捨て、くるっと踵を返し、玄関の方角へ足を踏み出す。
今度こそ、マッカンが慟哭に近い声色で、
「違うんだ!」
と床に向かって声を出す。
シダーの足がぴたりと止まり、振り返った。
「何が」
「私が私の立場でもの申すことが、君の神経を逆撫ですることも、判ってる。私だって、過去はそうだった。――だからこそ、私の公人ではない部分が、もどかしくて仕方ないんだ」
「……」
「――『研究者』として、君の背中がもう見えていないことを、私は思い知ってる」
シダーが見せつけた拳はとっくに解かれているが、マッカンの拳は、彼の腰の辺りで硬いまま、小さく震えている。
「スプープが、サウザーのみならず、もしや全世界のために有るのかもしれないことを考えれば、君の『邪魔』をすることは、絶対に『世界』のためにはならない――だから、『公人』としてだって、君の考えを否定してはいけない筈なんだ。君を登用する『覚悟』、『責任』を持っていなくてはならないのは、私の方だ。それが判っているのに――君の持つ危うい性質が、目の前の安全を脅かすリスクを、どうしても、考えずにおれない。しかし、私の立場ならそれが当然なのも事実だ――」
マッカンの言葉が独り言のような口調だったこともあり、シダーは何も返答せず、ただ軽く肩を竦めた。
「私は、そういう立ち位置で生きることを自分で選んだ。これまでの職務に不満がある訳でも無い、ウィリアムさんやタオさんに文句がある訳でも無い――なのに、まだ――もう君の背中が見えていないことが……、判っている筈なのに、納得出来ていない、……そんな自分が、もどかしい」
「……」
「もしかすると、リンドの背中すら見えていないのかもしれないと思うと――私は、一体、何処に立って、何のためにスプープに居るのか」
それを聞いたシダーは、はあっと一つ息を吐き、
「背中合わせでさえなけりゃ、別に良いんじゃねえか?」
随分そっけない声でそう云った。
俯き加減になっていたマッカンが顔を上げ、意味が伝わりづらいので訝しげに目を細める。
「俺の背中が見えない、って、そんなこと云われても、おまえの主観でしかないから俺には判らん。ただ、それが『遠い』って意味なんなら、別にそれで良いだろ。――同じ方向は向いてる、ってことだから」
「――」
「直ぐ近くに居ながら、背中合わせに逆方向見てケンカする程、不毛なもんはないからな。俺が一番嫌いな『役人』は、『研究者』が見てる方向、全然見ねえまま的外れな難癖付ける奴だ。だったら、俺を雇うな、っていう」
シダーが、肩を回しながら首を左右に傾け、その肩をストンと落とし、先を続ける。
「俺と同じ方向を見てて背中が見えない――『知的好奇心』っていう研究者の矜持が残った上で、俺が前に行きすぎてるだけ、同時におまえは公人やってるってんなら、まだ良いさ。少なくとも、スプープでは、背中が見えないつっても、それは、円の中心を見るように――同じ目的を見つめてるから、って意味になるだろ」
そう云って、シダーは、マッカンとの間の床を指さす。
「リンデンとおまえなら、他の素人よりはまだ『矜持』と『思考』を共有出来る。居ないよりはマシだ、俺は、『リーガル』なことが全く判らん。かと云って、官製組織に居ながらイリーガルに突っ走るほど、もう若くもない。そういう意味で、おまえとリンデンがスプープに居ないのは多分、困る」
はあ、と息をつき、頼りない光量の中、狼狽しているマッカンの顔をシダーが見つめた。
「『これ』だって、おまえが居なけりゃ、こんな直ぐ出てこなかった」
そう云うと、シダーは胸ポケットに収めていた通行証をちらっと見せた。
「――今、俺自身が云っただろう。俺は、タオさんを窮地に立たすつもりは無い。自分の『知的好奇心』を満たす研究であるなら、雇い主の意向に反しもしないし、他の誰かにやらすなら俺がやる。実際、リンデンはそれをエサに俺をとっ捕まえたんだからな」
「……」
「それが『信用出来ない』ってんなら、俺も多少、グサッと来るぞ。ツゥリー、おまえ、俺が『何かあったら全責任は私が取ります』なんて軽口叩いてた方が、安心出来たってのか? 俺は、研究者としての『矜持』に従って嘘はつけんぞ、こちとら、『非常識で過激』な論文を数多発表していても、『虚偽』だけは宣った事がない」
「いや――それは……そうだが」
「いい加減、吹っ切れよ、ツゥリー。おまえはおまえで、責任感が強すぎるから、優先順位付けるのに躊躇ってるだけじゃないのか」
僅かに険しくなった声で云われ、マッカンが「どういう意味だ……」と掠れた声を出す。
「さっきタオさんが云ってただろうが。おまえが背負ってるもんは、もう重量オーバーなんだよ。ユピタ=バルム大使に領主職、――それに、タオさんは云わなかったが、おまえは奥さんと子供も居るだろ」
「――」
「この上、俺のお守りまで『やってる場合か』。それはリンデンに任しとけ。もしや、イリグマギのことでリンデンと俺に『汚れ仕事』やらすことにまで気の毒がってるってんなら、余計な世話だ。いい加減、吹っ切って順位付けやれ、全部同じ重さで背負うな。……おまえは、いざとなったら『研究者』『公人』の立場も全部捨てて、『一個人』として妻子連れて逃げたって、それも当然だと思うぞ――俺は、それを持ってないからこそ、思う」
今度はしみじみとした声でシダーが云った。マッカンが、奥歯を噛みしめ、最後にギュッと強く拳を握り直す。
マッカンは、キッと真っ直ぐにシダーの目を見た。
「君の制御は、リンドに――あるいはタオさんに任せておけ、と。それは、私の『責任』ではない、と、君は云うんだな。――では、ジェイ。改めて確認するが、私の公人としての目的、責任は、『民と領土の平穏』を司ることだ」
「俺に確認することか。そうなんだろ?」
「そうだ。故に――万が一、君の危険な部分が、領に向かってくるようなら、私は、その前に立ち塞がる。私の役目は、そういうことだ」
マッカンは、きっぱりした声で云い、掌も一杯に開いて、両腕を肩の高さで広げた――道を塞ぐような格好である。その後ろには、己の守るものがあると示すように。
シダーが、一瞬きょとんとして、マッカンにはもう見えないほど微かに、口角を上げる。
「その時には、君の背中が見えていなくても、全く当然のことだろう」
「その通りだ。そんとき、真っ正面向いてケンカしようぜ」
今度は、マッカンにも聞こえる程度、不敵に、ククッと喉を鳴らしたシダーだった。
マッカンが上げていた両腕を下ろしたとき、シダーは再び、ポケットに手を入れた。――そこでまた手を出して、「握手」するのも間が抜けていたので、
「……そういや、タオさんから定時出勤の命令もされてねえし、又明日、とは云い難いな。何かありゃ出てくる。じゃあな」
そう云って、シダーが踵を返す。マッカンも頷き、
「こちらから呼出があれば、可能な限り速やかに出て来てくれ」
そう云って、これ以上シダーを見送ることは無く、領主室へ戻るべく振り返った――己が向かう方向が定まってさえいれば、互い相手の背中が見えないことに、何の不安も無い――。
[day3]
-over-
/2019.5.1
(予告:次epより舞台を替えてまだ続きますが、あと5章分で一旦完全に止まります。8月中旬頃になると思います)




