【盾と矛】-(1)
シダーとマッカンがブースを出ると、メインの司令室に入らないままタオが直ぐに居た。第五ブースの前の壁に凭れて腕を組んでいる。
司令室に控えているマッシオの耳に入れたくない話があるからか――二人ともそう察して、足を止めた。
予想は当たりらしく、普通に喋るだけならこの位で良かろう、というくらいの距離で立っていると、タオは「来い来い」と手招きをして一歩を踏み出した。それで「耳打ち」くらいの距離にシダーとマッカンも近寄る。
「……イムファルが符丁を決めたら、また追々、状況を見定める必要が出てくるけどね」
タオが小さな声で云い、シダーもマッカンも頷く。
先ず、特にマッカンに向かって、
「釘を刺すつもりで云っておくが、マッカン君。基本的に『後は野となれ』で余所のことなどどうだって良いイリグマギが、ああまで云っていたんだ。さっきのは『此処だけの話』だよ」
「……」
人差し指を唇の前に立てる格好で云う。マッカンが目を細め、直ぐには返事をしない。
「俺の云ってることが伝わってないか? それとも、迷っているのか? ――もし後者なのだとすれば、今、此処で俺が『命令』しよう、ウィリアムさんには内緒だよ」
タオがキッパリ云うと、マッカンは「う」と息を飲み、そのまま軽く唇を噛んだ。
そんな彼に、タオが一度苦笑を見せる。
「こういうことになったのを、俺は――一応『まだ』と云っておこうか――他の領主代理四人にも告げておく気は無い。隊員を合流させることは、皆既に分かっているのだから、サウザー本部としては、それだけで良い。それに、あのやり取りもスプープの会議上でだったんだから、『今』、領内各国にすべからく通達しておかなきゃいけないことでもない。――シダー君がイリグマギに接触することになったんだから、君には関係無い、だからウィリアムさんに喋っても良い、ということにはならない。君が接触しないんだから、ユピタ=バルム大統領には報告しなくて良い、なんだ。念を入れて俺は、『するな』と命令する」
「――畏まりました」
マッカンは、こっくりと頷いて、敬礼を見せた。再び、タオが微苦笑を浮かべる。
「しかし、タオさん。マム・オリヴィアはどうします。あの人は俺達が此処に来るまでの流れを知ってる。――どうしたって、俺やタオさんに――、リンデンとツゥリーも顔を合わせることがありゃ、追及して来るんじゃないッスか?」
シダーがそこで口を挟んだ。他の領主代理には今んとこ内緒と云い含めており、それを彼女も守ってくれたが、じゃあ通信室に向かった後にどうなったか、は気になるだろう…。
タオが軽く顎髭を扱いてから答えた。
「……そうだなぁ……、そこは、しばらくイムファルに『汚れ役』を引き受けててもらおうか…」
「どういう意味です」
「ある程度、状況が進展したり、結果が出たりするまでは、『諜報隊の直属上司はイムファルである』と確認する形でお茶を濁しておくのが良かろう」
「シダーがイリグマギに『知恵を貸す』ことは、秘しておくという意味ですか?」
マッカンが確認するように訊ねると、タオが頷いた。
「そう。――シダー君、君の行動の責任を負うのは俺、って意味でボスは俺だが、合流させる隊員を直接動かすことが出来るのはイムファルだ。ならば、イムファルも、君のボスみたいなものでもあり、君の方がイムファルの影に隠れたボスみたいなもの、でもある。じゃあ、オリヴィアさんに表向きで出すのは、今んとこイムファルの方にしとこう、ってことさ――まあ、本当のとこは、そこまで突っ込んで彼女が訊いてこないのを、期待しておきたいとこだがな」
タオが苦笑混じりに肩を竦めて云った後、まず渋い顔をしているシダーへ
「シダー君。勢いづいて啖呵を切ったのは君自身なんだから、このくらいの荷は負いたまえ。イリグマギは兎も角、サウザーの隊員の安全とイムファルの〝責任〟が君の知恵に掛かってくるんだよ。久しぶりの『荷物』だろう、助教授辺り以来か? 教え子の人生と教授の責任、そして自分自身の研究」
タオの言葉に、シダーは敬礼を見せて応じた――本気か、道化てのことかは分からないが――。
次にタオは、眉を寄せているマッカンへ云う。
「仲間外れになったような気でもしているのかね、マッカン君? 問題児のシダー君がイカレ集団に接触するのはまだしも、イムファルも結果的には関わることになったことで」
「いえ、そういう訳ではありません――が…」
「云っておくが、マッカン君、末席とは云え領主職を舐めて貰っちゃ困るぞ。ユピタ=バルムの大使職も兼任したままで、スプープでも、研究者としての君を当てにはしているんだ。そこに領主職の一端も入ってくるんだから、君の荷物は既に重量オーバー寸前だ。この上、イリグマギになんて関わってる余地など、君には無い」
「はっ……」
仲間外れ――などと、子供じみた感情は無い。だが、何とも云えない、微かな「悔しさ」のようなものが混じったのは、確かだった。求められていないことへの失望――とでも云うか。
しかし、タオのキッパリとした声に、マッカンはその感傷を振り払い、本来の領主へ頭を垂れる。
「まあ、――そんなものがどれだけ出来るかは分からんが――本来の職務以外に空いた時間、〝三羽烏〟が頭突っつき合わせて議論するのは、一向に構わんよ、俺は。特にシダー君は、『参謀』を買って出た割りに『人を使う』ことが出来ん、ディナム師匠の言葉を借りれば『子供』と同じだ。マッカン君、何ならシダー君にその辺りのノウハウやテクニックを教えてやりなさい。それは確実に、君の方が『中年親仁』だ」
ふ、と笑ってタオが云い、マッカンは薄く苦笑を見せ、シダーは肩を竦めた。
「では、持ち場に戻ろう」
タオが二人を促し、司令室に入る。領主が姿を現したのでマッシオが敬礼を見せた。
「マッシオ君、イムファルはもう少し塞がっているだろうからね、此処を頼むよ」
「畏まりました。――しかし、サンハル隊長から、部長が空き次第〈軍〉司令部に参ずるよう賜っているのですが……、随分お待たせしています、大丈夫でしょうか」
「ああ……、まあ、仕方ない。それは俺がサンハルに云っておく。イムファルを急かす必要は無いよ」
「はい、恐れ入ります」
マッシオはぺこりと頭を下げ、司令室を出て行こうとするタオに再び敬礼を見せる。だから、いちいち良いのに、とタオは苦笑した。
マッシオの耳に入って構わないことだからか、歩きながらタオはシダーへ、
「君はどうする。第一会議室に戻るか? オリヴィアさんも、そちらに戻るように云おうか」
「もう会議室を出ちまった以上、俺が彼処に戻る必然性は無いッスね。マム・オリヴィアは、城に寝泊まりするんですか?」
「ああ、その筈だ」
「じゃあ、そのまま、俺が頼んだこと、ぼちぼちやっといてくれるよう云ってください。俺は一旦、イムファルんちに戻ります」
「そうか。――今のところ、何か必要なものは無いか? 資料や物資等」
「そうッスね……あ、そうだ。流優のレポートとやらが来たら、直ぐ教えて下さい。それと――契約書なんかは、議会やらなんやら、俺の知らんトコでわちゃわちゃやった後で一向に構わんですが、それよりも通行証か何かを、早いとこ出して貰えんですか。今のままだと、『出勤』するのに、いちいち取次が要るんスけど」
「ああ、それもそうだな――」
「それと、一先ず城下の大学の――研究科に出入りする許可も、話付けててくれませんかね。実験室はまだ先で良いですが、図書館と資料室に行きたい」
「分かった。じゃあ、取りあえず城に出入り出来る通行証を直ぐ出そう。マッカン君と総務部に行きなさい」
サンハルへの言伝のため、自然〈軍〉司令部の方へ足が向いていた。このまま歩いていると、総務部への廊下を過ぎてしまうので、タオは足を止め――必然、二人も立ち止まり――マッカンに改めて顔を向けて云う。
マッカンが「畏まりました」と答え、ぺこりとお辞儀する。
「それじゃ、俺は一度、サンハルんとこ行ってくる。マッカン君、総務部の用が終わったら、領主室に戻って来たまえ」
「はい」
シダーを引き連れて総務部に入る。如何にも役所の窓口というふうに、オフィスと来訪者がカウンターテーブルで仕切られていた。
カウンターの向こうではあるが一番近い場所にいた若人――先ほどスプープ本部へアエラを訪ねてきたコルトと同期くらいに見える――へマッカンが用件を伝えると、少々お待ちください、と云って奥に下がった。
入れ替わりに、マッカンは面識のある、壮年の男性が何か手に携えて近づいて来た。
「こんにちは、マッカンさん。初めまして、シダー先生。どうぞ、そちらにおかけください」
腰までのスウィングドアを腿で押す形で出て来て、そう云いながら、何も持ってない方の手を差し出す。その先には、応接セット――と云うには簡素なテーブルと椅子があった。
マッカンは小首を傾げ、
「どうもこんにちは、サムソンさん。――立ったままでも大丈夫ですが。そんなに時間が掛かりますか?」
カウンターにチラリと目を向けてから、一応、云われた通りのテーブルへシダーを促しつつ訊ねると、総務部の中堅職員、サムソンは
「サインだとか〈処理〉だとかがありまして『ささっ』とは行きませんから、テーブルと椅子は欲しいんです」
自分が椅子に掛けながら、向かいの椅子を再び手で指して促す。
通行証が必要なのはシダーだから、促されるまま彼はサムソンの向かいに座った。マッカンはそれを見届けて、サムソンへ、
「では、お願いします」
と云い、自分は踵を返そうとした。が、サムソンが慌てて、
「っと、マッカンさん、お待ちください。今、お時間が全く無いのでしょうか」
「――私が居なくてはいけませんか?」
引き留められて、マッカンが小首を傾げる。時間が無い――と云うか、領主室で今、領主の仕事に集中しているのは、ディナムにバーナードと年長者側である。それを差し置いて自身には直接関わらない用事へ付き合っているのはどうだろうかと、マッカンの方に「早く戻りたい」意識があった。
「居なくてはいけない、ということは無いんですが、シダー先生への通行証は、早々に必要なのでしょう? 居てくださったほうが良いです」
今度はサムソンが小首を傾げて、シダーの隣の椅子を指した。
何故だろうか、と思いつつも、サウザー領直轄地、城内の手続きに必要なのなら仕方ない、とマッカンも腰掛ける。
「シダー先生、先ず此方の書類を」
サムソンはそう云って、シダーの前に紙とペンを差し出した。
「太い黒枠の中に、ご記入をお願いします」
シダーはペンを借りて、素直に手を動かし始めた。
サムソンはその間に、マッカンへ、何故居て貰った方が良いのかを説明する。
「この時勢ですから、民間人の入城許可証、通行証は、発行基準を厳しくしておりまして。シダー先生お一人が申請に来られたのでしたら――私も先生のことは存じてますけども手続き上――先ず身分証明書の提示をお願いしなくてはならなかったのですが」
そこでサムソンは、ちらっとシダーに視線を向ける。シダーはそれに気付いて、苦笑しながら返した。
「生憎、イムファルんちに置いてきた。――ところで、サムソンさんとやら。俺のことをそう『先生』と云うのは止してもらえんですか」
今は〝プー〟なんですよ俺、と続けて、シダーは再び記入に集中した。
サムソンは苦笑を浮かべて「それは、逆に失礼しました」と軽く頭を下げた後、マッカンに向き直る。




