【歴史と現在と地図】-(5)
「勿論、『心の中でだけ舌を出す』に留まらないくらいに感情の偏りが生じてしまっては問題なので、いっそのこと他の、全くシンパシィを感じない土地に居着く方が良い……のは、そうじゃないかと。……特に、イー・ルとアイディンハみたいな国家間や民族間じゃなく、国内で『割れる』ような事態だと――個々の性格等にも依るでしょうが――、ルーツがその国にあるような人には、結構、辛いでしょうしね」
アサギが、言葉通りに辛そうな顔を一瞬見せた。リオンが目を細め、
「どーいう意味?」
「……スヴァイツ機関が『星法』に基づいて行動するのはそうですが、スヴァイツ自身の『判断』で行動出来ることは、限られてるんです。スヴァイツの人が、潜入して『情報収集』はしていても、何も出来ませんから――」
「――?」
「――。一体、カロラインの云ってたことが、どこまで本当かは判りませんけど、ディナム陛下のような方が、一見公私混同にも思えるような『救出』を行おうとする状態に、ミンジュリーの体制が、なってしまっている……訳ですよね」
「ああ……タオが止めたけど…」
「イリグマギがミンジュリーの皇家に肩入れする理由は僕も全然知りませんが、イリグマギなら、『強奪』というくらいの強引な手段で『救出』をすることに、何の抵抗も障害も無い。曰く『理が無いから』」
「……」
「スヴァイツ機関は、『星法』――この場合は『縛り』になってしまう『理』があるから、如何にミンジュリーの現体制が、潜伏している職員当人の心情的に歯がゆいものであっても、『何も出来ない』んです。いえ……個々の心情に限らず、『スヴァイツ機関は』ですね――ミンジュリーのケースでは、スヴァイツが独自判断で行動すると、星法違反になってしまう。『内政干渉』になってしまうんです」
「……『高度侵犯』とか『宇宙開発』のケースとは、全然違うってこと? そっちは、コッソリ問答無用で妨害出来ても?」
「はい。元々スヴァイツが独自判断で処罰や制裁等出来ることは、かなり限られてるんです。GAIAの頃から、基本は、国家や組織等から〝要請〟や〝訴え〟〝申請〟があって初めて、審査や裁判等で判断を下し、裁判所命令やGAIA総長の命令・許可によって『行動』がなされるっていう、手続きが必要で……。スヴァイツ機関になってからの現在は尚更――さっき云いましたが――脱退した国家には、脱退後に成立した星法を適用出来ませんから、全世界共通で適用出来る星法もかなり少なくなってますし、スヴァイツが自分で判断して行動出来ることと云ったら、実は『殆ど無い』くらいかと」
「――。そっか、云われてみりゃ……スヴァイツが独自で『強権』持ってんだったら、今みたいな〝世界戦争〟起きてないよな……」
リオンも、溜息混じりに頷く。
「それを思うと――GAIAが無くなってから百四十年くらい。あの女性が仰ってた『ミンジュリー王朝が一番美しい頃』を知っているスヴァイツの人も居て可笑しくはなく、ましてその人がGAIA時代、ミンジュリーにルーツを持つ人だったりしたら、やりきれないですよね」
「――そうだな、『なのに何も出来ない』って…」
「〈個人〉がスヴァイツに何らかの訴えや要望を出して受理されることも、流石にありませんし。一定の国家機関や組織等の枠組みに属してない『市民』が直接スヴァイツ機関に何らかの訴えを起こそうと思ったら、署名等を一定数集めなきゃいけません。でも、それも今の時勢、――現〝五大国〟のように中央集権型の独裁体制がまかり通っている国では、国内で早々に潰されてしまうでしょう。それにそもそも、一般社会、市民の間では、スヴァイツ機関そのものが有ると思われていないのですから、『そういう手段がある』こと自体知らない」
「だよな。俺だって今、初めてスバイツのこと聞いたんだもん。――んじゃあ、スバイツの人間が『今出来ること』って、一市民を装った上で草の根運動、くらいしか無いんだ。体制からしたらアングラのゲリラ活動……みたいな感じか」
「そういうことになりますね。機関として『やらなければならないこと』は、中立的立場を保って全世界規模なんですが――」
やるべき事が「秘密裏に全世界規模」である者が、〝草の根運動〟にしかならないような〈個人的〉なことを優先させて目立つ訳にもいかない。となるとやはり、そんな行動をしたくなるほど思い入れを強くして「共同体」に馴染み過ぎてはならない――だから、必然的に「孤独を喜ぶ者にしか就けない」のか。リオンが、「ふむ…」と鼻を鳴らす。
「――。そんじゃあ、タオがカロラインに食いついた『動き』ってのは、どういう意味になるんだ?」
納得した鼻息を漏らしたリオンが、ふと首を傾げる。本来なら、スヴァイツ機関が「動き」を見せることなど「無い」のが、今つくづく解ったところで、いよいよあのやり取りが気になってきた。
アサギは、同じように小首を傾げてみせてから、「ここからは完全に僕の推測になりますけど」と前置きをした。
「まず、『スヴァイツが動いてるのか』と食いついたのは、あくまでタオ先生で、あの方本人は、『動いている』と明言はしませんでしたよね」
確認口調でアサギが云う。リオンはまず記憶を探った後で、「そういやそうだっけ」と呟いた。
「あの女性も、はぐらかしていた訳では無く、実際に『動いているかどうかは半々』ってつもりで仰ってたんじゃないでしょうか」
タオと彼女は、既に知っている者同士で喋っており、知らない自分には全然話が見えていなかったのだが、今アサギから教えて貰ったことを踏まえて、カロラインが云っていたことを思いだしてみる。
――サウザーよりは「行儀が悪い」、だから、その意味でなら「動いていない方がおかしい」――
これは、スヴァイツが世界中に散った〝スパイ集団〟みたいなもの、というアサギの説明と合う。故に、サウザーよりは、今世界で起こっていることを、イリグマギと同じくらい、スヴァイツの者も知っているかもしれない……そういうことか。
――自分からは何もしない――実際には出来ない――大人しい者達であり、タオと同じくらいに成り行きに身を任すだけと云って良い――これも、アサギの説明の通りだ。
――何が起きているのか、スヴァイツの者なら、口で訊いただけで教えてくれるかもしれない――これもさっき、アサギが云った。〝要請〟があってから、スヴァイツは行動する……。
成る程、カロラインは単に、スヴァイツ機関についてを「おさらい」していただけか。
カロラインがはぐらかしていたというより、タオが先走っていた……とも云えるか。
しかし、やはり「食いつ」きたくもなるように意味ありげではあった、「行儀が悪い者には見えている何か」を匂わせていた訳だから……。
「……俺達にはまだ解らない、『人の世か世界そのものが滅ぶ予兆』みたいなのを、スヴァイツ機関はイリグマギやオーチャードと同じくらい――既に『記録』しているのかもしれない、ってことか……」
「そういうふうに、聞こえましたね。――ただ、スヴァイツ機関は基本的に『自分からは何もしない』んです。このまま今までのように『完全中立』を保って、人の世か世界の『滅び』まで記録し続けるつもりなのか……」
「そうでなけりゃ流石に、『星法』に縛られず、独自に『動く』のか。――タオが食いついたのは、そういうことだったのか」
リオンが確認口調で云うと、アサギも「恐らく」と頷いた。
「あの〝筋〟は、今まで僕らが見たことのない、初めて接する『問題』なのですから、あれをどうするか、対処の方法など『星法』にありません。『星法に無いから』何もしないことにするのか、独自判断で動くのか、それは――今のところ半々、実際にスヴァイツ機関の人達が、表に出てこない限りは判らないこと……でしょう」
「――」
「ただ、少なくとも『黒い裂け目』の数と場所は、僕らが把握しているより余程、既に『記録』していると思います。……もしかしたら、〝筋〟から出てきた異形達が、『何をした』のかも、僕らよりは」
アサギが軽く眉を顰めて呟く。リオンはまたしても、寒気を感じてぷるっと背を震わせた。
だが、それは実際そうなのかもしれない、と納得もする。
「……何にせよ、『星法』を行動の根拠と基準にしていたスヴァイツ機関にとっても、あの〝筋〟と〝異形〟は、大きな問題……GAIAからスヴァイツ機関になったときに次ぐ、ターニングポイントと云えるかもしれません。『やるべきこと』は何なのか、かなり――見直すことになるのかも」
「それは、そうだろうな。でも俺としては――今、あんたから聞いた話からだけだけど――思うに、ターニングポイント、って程、『変わる』ことは無いんじゃないの?」
「? ……何故そう思うんですか?」
随分気楽な声でリオンが云ったので、アサギが訝しげに目を細めた。
「だって、スヴァイツ機関って、GAIAの時から『理念』はブレてないんだろ? あんたも、『星法』は『軸』というよりは『行動の根拠』、って云い直したじゃん。……『軸』に有るのは、『星』なんだよな? だったら、多分――タオが会議で云ってたのと同じような『行動』をとると思うんだよ、〝あれ〟が、『星』に害を為すのか益をもたらすのか、それとも何でもないものなのか、知ることが重要、って思うんじゃない? 只でさえ、GAIAには世界一の才能が集まる学術機関だって有ったんだろ?」
「……」
「そりゃまあ、今まで『星法』を行動基準にしてた実働員の人らは、どうだか判んないけど――GAIAが無くなってもスヴァイツ機関として今まで残ってる、それに、多分サウザーと同じ『理念』見てるってんなら、今、機関のトップに居る人は、タオと同じくらい腹括ってんじゃねえかな。『超法規的行動を取れるのは俺だけ』って。だったら、『星法』に囚われはしないだろ。それよりは『星』っていう、根本に戻るだけだと思うよ、そうしたら、具体的なことは兎も角、基本『やるべきこと』に迷いは無い――んじゃないか?」
それを聞いて、今度はアサギがきょとんとし、瞬きをした。そして微笑を浮かべ、
「そうですね――」
と同意した。
それから二人とも自然と地図を見下ろし、真ん中の「ミルククラウン」をしばし感慨深げに眺めた。




