【歴史と現在と地図】-(3)
「たまたま『理念』が外れていないから、サヴァナやサウザー、フリュスがスヴァイツ機関を『敵視はしていない』し、『星法』に違反していないから何らかの『粛正』や『処罰』をされていないだけで――、スヴァイツ機関がフリュスの〈味方〉な訳でもない。――この次元の『スヴァイツ機関』が『在る』と実感出来たら、昨夜タオ先生から『あの異形に〈味方〉という言葉が何故出てくる』と……『人が好すぎる』と叱られたことも、つくづく身に染みてきました」
アサギが苦笑を浮かべてそんなことを云う。リオンも肩を竦めてみせた。
「俺は俺で、イー・ルが、つくづく〈敵〉〈味方〉に振り回される連中、ってのを実感してんよ?」
リオンがそう云うと、アサギが「ふ」と声も出して笑った。
「イー・ルの大体の連中は、軸に『己』じゃなくて『神様』が居んだよ。でも、スバイツの人らが軸に『星』を置いてるのだろう意味とは違って、『神様』は『自分の〈味方〉』だと思ってっから、最初からブレてんだ」
「スヴァイツ機関――というか、GAIAにも、イー・ルと同じ『神様』を信じる人は居たのに、不思議なものですね」
「サヴァナにも居るよ? だから俺、イー・ルの、少なくとも『大導師長』は、完全に嫌いなんだ」
大げさに「やれやれ」というふうな溜息をつきながら、リオンが云う。
「サヴァナで、イー・ルと同じ『神様』信じてる人らは、あくまで『己』が軸にあって、『己』を作るのに『神様』が居る……『神様』が『師匠』って感じなんだよな……。俺らが、『己』を作る時に〈精霊〉意識するような感じと同じで」
「――僕もフリュスでは〈法師〉として、そういうふうに説いています」
「其処が『大導師長』と、その周りの――俺らにセンソーふっかけてきた体制ってのは、違うんだよな~。『神様』の影に隠れてる感じ。自分が怒られそうになったら、すぐ『だって神様がこう云ってんじゃん』って言い訳して、〈権力〉持ってるのを良いことに逆ギレして、民衆処罰したりしてんだもん。……俺、実際、サヴァナに居る『信徒』知ってるから、イー・ルんとこの『神様』が可哀想とも思う」
今度は大げさじゃなく、ふうっと億劫そうな溜息をリオンが吐いた。そんなリオンに、アサギは微笑を浮かべる。
つくづく、リオンは、「イー・ルそのものを敵視はしていない」のだ。昨日、ギンにも自分で云っていたが……。
――イー・ルがサヴァナ人をサヴァナ人ってだけで殴ろうとするからこそ、イー・ル人をイー・ル人ってだけで殴るヤツにはなりたくない――
それは決して建前でなく、リオンの「人格」から来る本音なのだろう。
そこでふと、リオンも思い出し笑いのようなものを浮かべ、アサギに向かって、
「あんた、上手いこと云うな」
と感心した口調で云った。アサギが「え?」と首を傾げる。
「今、イー・ルがスヴァイツ機関を『敵視』『憎悪』するのを、一方的な片思いって云ったじゃん。――イー・ルって、『フラれまくって』んだな」
「……」
「サヴァナも、フッちまいたいのは山々なんだけど、そういう訳にもいかなくて構ってやってるもんだから、『喜んで』んのかな、連中。――俺も、昨日タオが云ってたこと思い出して、あんたが云ったことも納得出来た――『敵すら居ない孤独』が怖くて仕方ないのがイー・ルで、その孤独が屁でも無い〝究極的に中立な立場〟がスバイツ機関ってことだな」
「ああ……そうですね」
「そっか……それで、その意味でも、スバイツ機関そのものは『共同体』じゃない、って云えるんだな。『共同体』って、何か一つ……一番分かり易いのは『籍』だろうけど、漠然とした『価値観』とかを個人個人の単位が『共有』してるもんだから――でもそれが、『個々』の軸には全く無くて、『星』そのものだっつうんなら、スバイツ機関の人って、世界中全土を『共同体』って思ってるってことだよな」
「そうですね。それが、GAIAの頃から継がれている『共有価値観』なんだと思います」
リオンの言葉に、アサギがこっくりと頷く。
何かを飲み込むように、リオンも顎を引き、そのまま何か考える顔をして、しばし黙る。アサギの方は、最初からリオンの質問で今の会話が始まっているので、彼が次にどうするかを待つだけである。
もう何も聞くことは無いから部屋に帰る、と云い出すことはなく、リオンが又何か思いついた顔をして、
「そんじゃあ、スバイツは本当に『中立』で、イリグマギがある意味『中立』ってのは、どういう違いなんだろう?」
傍から見たらどっちも、「テロ行為」を辞さない組織みたいなのに――。
アサギの方も、まず自分で整理するように何か考える顔をした後で、
「僕もイリグマギ結社の方を、詳しく知らないので、本当の所は判りませんけど――、オーチャードの、あの御老人が仰ってたことと、昨夜タオ先生が仰ってたことを当てはめてみたら、何となくピンと来る気がします」
「え?」
タオと、あの「何か怖い老人」の云ってたことに、共通点なんかあっただろうか? リオンが首を傾げた。
「昨夜、タオ先生が僕に訊いて来たでしょう? 例えば、エグメリークの〈水〉の伍長と対峙した時、『君は、〈水〉から裏切られた気になったりするか』って……。〈魔術士〉のことは〈敵〉だと思わざるをえない場面がありますけど、〈精霊〉そのものを〈敵〉と思う様なことは――リオン君だって、ありませんよね?」
「ああ……うん。だから、〈魔術士〉の方に『ブレ』があっちゃいけない、って話だったよな」
「それで、さっきのあの御老人も、その時のタオ先生と同じようなこと、仰ってたでしょう? 〈精霊〉とは、正誤や善悪の無い『混沌』だと。――思うに、オーチャードやイリグマギの『中立』というのは、〈精霊〉そのものと同じような『混沌とした中立』ということでは」
「――」
「〈精霊〉と同じくらい感情的でもあり、〈敵〉〈味方〉のブレも激しい――それでいて『正誤』『善悪』にも囚われていないから、ミンジュリーの皇帝御一家を、傍から見て『強奪』の形で『救出』なんていうことが、あんなに大っぴらに云えるんじゃないでしょうか……」
「ああ……そういう意味か…」
云われてみれば、そうかも、とリオンが頷いた。
戦争やテロという暴力を手段として辞さない、その意味では、CFCやイー・ル等も同じではある。
が、イリグマギのあの女は、「傍から『誘拐』『強奪』と思われて〝屁でも無い〟」と平然と云っていた。その上で、「邪魔するな」とタオに云ってきたのである。決して、「自分が行うことは正しいから邪魔するな」等とは云ってない。
その点で、イー・ル等とは明確に違う、そっちは、「大義・正義は我に有り。故に悪たる汝を攻撃する」と主張している訳だから――、「正誤」「善悪」に囚われている。それを主張しなければ「暴力」を手段として使えないのだ。
「――『理』があって初めて、『世界』は世界たり得る、とも仰ってました。スヴァイツ機関の『中立』はそちらなんじゃないでしょうか。『ひと』に関心など全く無い流動的で混沌たる〈精霊〉の『中立』に対し、『ひと』など居なくても存在はしうる理を持った〈世界〉の『中立』……そういう違いなのでは」
「ああ……、そういやタオも、イリグマギとかに『全く〝理〟を持たないが故に中立のおまえら』って表現してたな――」
「まあ、実際には、『ひと』が居るからこそ生まれた『スヴァイツ機関』ではあるんですが――国家や個人が主張する正誤や善悪には揺らがず、ただ一つの『星』という〈世界〉の『理』を保とうとしているだけ、という点で、当てはまりそうな気がします」
「成る程――」
しみじみ頷いた後で、リオンが軽く眉を寄せた。
「何か……キツイな、スバイツの人って」
完全に独り言の口調である。何のことを云っているのか判らなかったから、アサギは返事が出来ない。
アサギが無言でいるので、リオンが彼をちらりと見て、先を続けた。同意――に限らず、アサギの意見を聞きたいようである。
「最初に想像っつか、『妄想』したみたいな、無感情のロボットか人形が『スヴァイツ機関』だって方が、まだ飲み込める気がする。でも、そうじゃなくて『人』がやってるんだろ? 『完全中立』って共有価値観だけで、そこまで『情』って抑えられるようになるもんかな」
「……」
「まして、行動の根拠と基準が、大昔に――他の人間が作った『星の法律』だけって……。キツくない?」
リオンの表情からすると、「自分にとって彼らがキツい」というより、「本人達はキツいんじゃないか」と云いたがっているようだ。何だか、哀れみが見える顔だ。
「スヴァイツ機関の人達に、『自我』が無い訳ではないと思いますよ。個人個人には感情だってあるし、『思うところ』も有ると、思います」
「いや、だからこそキツイんじゃないか、ってことだよ。『星法』に基づいて『やらなきゃいけないこと』が、自分の感情的には無理なことだって、あるんじゃないかな――だから、ロボットとか人形がやってる方が、まだ分かる気がする、って云ったんだ」
「……」
そこでアサギも、一瞬だけ不憫そうに目を細めて、小さく頷きを見せた。だが、次には「敢えて」のことなのか、苦笑を見せて首を振る。
「本当に――『自我』が壊れそうなくらいに無理なことを、スヴァイツ機関の人員としてやらなければならない場面に出会ってしまうなら、スヴァイツを辞めてしまえば良いんですから、リオン君がそこまで、当人の心労を案じて差し上げなくても、良いんじゃないでしょうか」
「……そうなの?」
「はい。さっき少し云いましたけど――例えば、『中立』が保てなくなるくらいに、潜入先のコミュニティに馴染んでしまった時とかは、その人はスヴァイツの方を辞めるんだと思います。『星法』に基づいている『やるべきこと』を、自分がやれない時には、やれる人にやって貰えばいいだけだし……――やれる人がたったの一人も居なくなれば、その時『スヴァイツ機関』が本当に無くなるだけ、かと」
「――」
「それに、個々が『自我』『感情』に基づく行動を取っちゃいけないって訳でも無い――と思いますよ。星法に違反さえしていなければ、自分の良心に従って他人に優しくすることも出来るし、腹の立つことがあれば普通に怒りもするでしょう。カッとなって人を殴ってしまったことが仮にあっても、その国の法律で裁かれはするでしょうが、その時スヴァイツ機関の人員だとバレさえしなければ、服役後、スヴァイツに戻ることも、多分出来ます」
それを聞いて、リオンは目をぱちくりとさせた。
「そういうもんなのか…?」
「ええ。だって、星法に、前科の有る者をスヴァイツ機関の人員には出来ない、って条文は、確か無かった筈ですから」




