【歴史と現在と地図】-(2)
リオンは未だ、スヴァイツ機関のことを「信用・信頼して良い組織」なのかどうか、決めかねている。今、自分が頭に思い浮かべているフリュス村の「もしかしたらあのお家」の特徴をリオンに告げてしまったら、却って変な「不信」を植え付けてしまうかもしれない――だからアサギは、それ以上は云わなかった。
それはリオン自身も感じたのか、バツが悪そうな顔をして軽く頭を掻く。
「まあ……なぁ。第一、サヴァナの場合は、来る者拒まず去る者追わず、何処の誰がいつ何しにギルドに入って来たかなんて、大して考えてないし、詮索もしないから……。今までそれで良かったのに、あんたからスバイツのこと聞いた途端に何か変なこと考えるのも、その方が俺の勘ぐりだよな」
「リオン君は今まで通りで良いと思いますよ。――それこそ、サヴァナ・ギルドは『職人気質』の人達が己の研鑽のために世界中から集まった『共同体』でしょう? 筆頭殿や幹部の皆様方は、フリュスの御長老や母達より、もっとあっけらかんと受け入れているのかもしれませんよ。スヴァイツの人が『何かの修行』をしていさえすれば」
「あー、それはそうかも。もしかして『スバイツから〈魔法装置〉開発の研究に来ました』とかストレートにやって来ても、平気で『あっそう。じゃあ、○○親方の弟子に入んな』なんつってたりすっかもしんない」
リオンが、ぽんと膝を叩いてそんなことを云う。アサギは
「スヴァイツ機関の人からしたら、とても『楽』ですね。――だからこそ、『如何にもスパイ』みたいな怪しい人が居ない、ってことなんじゃないですか?」
と笑みを見せた。
「――んじゃあ、サウザーも同じようなもん? GAIAに、最後まで入ってたから……今、領内にスバイツの『行儀悪い人』が居ても、スルーしてるかも?」
気を取り直して、というふうにリオンが問うと、一度アサギは曖昧に首を傾げた。
「サウザーは、『領』で纏めてGAIAに入っていた訳ではないので――現在のことを推測するのも、少し難しいですけど」
「あ、そうなの?」
「サウザー領は、領内の国家と地域の単位で、GAIAに加盟してたんです。サウザー領の成り立ちや変遷について、昨日タオ先生が仰ってたようなことは僕も知らなかったので、GAIAの頃の『サウザー領』がどういう範囲だったのか……それが僕には分からないです。先にGAIAに入ってた国家が後でサウザー領になったってこともあるかもしれないし」
「ああ……。そういやタオ、サウザー領自体、『理念』が同じ方向向いてるかどうかだけで出来てる、つってたもんな…」
「なので、昨日タオ先生が仰ってたような、『ふり』だけで領に加盟してた国は、GAIAからも先に脱退したかもしれませんし」
「じゃあ、少なくとも、今もサウザー領の国や自治体は、最後までGAIAに居た――のかな?」
「そうだと……思います。ただ、国名や体制が変わったりもしてて、僕も、旧GAIA加盟国の全てを覚えている訳ではないので――あ、そうだ」
何か思い出した顔をして、アサギが一回手を合わせた。
「昨日、ギンさんが仰ってましたね。フーコーさんの大伯母様、テラ=テール様の何代か前には、ユピタ=バルムは君主制だったとかって」
「うん、そんなこと云ってたな。民主制になってからそこまで長くはないって……」
「多分、GAIAが在った時が、その頃なんじゃないでしょうか。『ユピタ王国』と『バルム公国』って読める国名を見た覚えがあります。綴りが今と違ってるから、確証はないですが」
「へー。じゃあ、この二百年の間に、その二つが統合した上で『共和制』になったのかな?」
「そうかもしれませんね、――それはそれで、ユピタ=バルムの学校の『歴史』で学ぶことなのかもしれません」
微笑を見せてから、アサギが先を続けた。
「そういう感じで、多分……、今はもう完全に無くなった国とかもあるかもしれませんし、ハッキリとは云えないんですが。タオ先生が、あんなにあっさり『在る』ことを前提としてあの女性と話をしていた以上、少なくとも今の『サウザー領』は、GAIAの理念をそのままに、スヴァイツ機関の『活動』も肯定している――と、思います。第一、タオ先生、『サウザー領の何処に〝観光客〟が居たって不思議じゃない』なんて仰ってましたし、イリグマギ等の〝観光客〟にすらあんなことが云えるんですから、極めて『中立的』なスヴァイツ機関の人が国籍偽造してサウザー領に『居る』ことは、少なくともタオ先生にとっては当然のことなんじゃないでしょうか……」
「ふぅむ――となると……、GAIAに最後まで加盟してた国はまあいいとして、イー・ルとかの、GAIAをさっさと出てった国に『潜入』して『動く』のは、すっげぇヤバいな」
「ええ。そっち側の国からは、スヴァイツ機関は完全に『非合法なスパイ組織』と見なされるでしょう。科学技術等の研究機関に潜入している場合だったら『盗み』を働いているようなものでもありますし」
「うーん……」
「本当に、宇宙開発や高度侵犯への『制裁』『処罰』を、秘密裏に行っているのであれば、それは、された側からすると、――そこはリオン君も最初に云ったとおり、実際に『破壊工作』でしょう」
「――」
リオンは腕組みをして、顔をしかめながら首を捻った。
良く分からなくなってしまった。
何となくだが、〝スバイツ機関〟がどういう組織なのだか、分かった気はする。ただ、どう「理解」「咀嚼」すれば良いのだか、そこが悩ましい。
悩ましい原因の一つは、多分――先ず旧GAIAの「理念」があって、そこに最後まで同調していたサヴァナ・フリュス・サウザーは、スヴァイツ機関の「動き」を黙認、肯定しているらしい、という部分だ。
――俺は、「理念」が、スバイツと同調してるか? スバイツの「やってること」を、今の段階で黙認・肯定が出来るのか?
少しの間、黙って何か考えているふうだったが、独り言の口調で
「……何か、分かんなくなった。スバイツって、良い奴なんだか悪い奴なんだか」
そんなことを云う。
自分に云ったつもりでは無かったのかもしれないが、アサギはそれを聞いて、ピクンと眉を動かした。
それから、少し俯いて微苦笑を浮かべる――グロスの丘で、タオ先生はチョウさんが、今のリオン君みたく見えていたのかも知れない、そんなことを感じて。
あの時と違うのは、自分はリオンよりもスヴァイツのことを「知って」いて、グロスの丘でのタオとチョウは、どちらも「異形」の事を全く知らなかった、という部分だ。タオは、チョウと同様にあの「異形」のことを、知っても解ってもいなかったのに、「ブレ」ていなかった。
今のリオンは、「今まで知らなかった」状態で、俄に「知った」ことによる〝偏り〟が生じかけている。それが、アサギには判った。そして、昨日タオから指摘された「自分の〝偏り〟」も、しみじみと理解が出来た。
「どっちでもないですよ」
「――」
「スヴァイツ機関は〝中立〟です。『良い悪い』を云うのは――こう云うとなんですけど――『無意味』です」
まじまじとリオンはアサギの顔を見て、不思議そうな顔をする。
「スヴァイツの『やっていること』は、他の誰かから見て『良いこと』『悪いこと』のどっちかになるかもしれませんが、本人達にその『価値観』は無いです、多分。行動の『根拠』と『基準』は、過去に決められた星法だけ――かと云って星法を『正義』と思っている訳でもないと思います。スヴァイツの行動が、他の誰かにとって『利する』時にはその人にとって『良いこと』、『害する』時にはその人にとって『悪いこと』になる、他の誰かが評価した時、必ずどっちかになってしまうとしても――『スヴァイツ機関が』良い悪いのどっちかである訳じゃないです。スヴァイツはただひたすら、〝単に中立〟なだけで、旧GAIAの理念、『価値観』で云うと、他の誰かというより、他の皆に利するか害するかが、スヴァイツの『存在意義』ですから。その時、『皆』から弾かれる『誰か』が生じても、そちらに偏ることは出来ない、それが〝中立〟ということです」
「――」
「……〝中立〟であることは、必ずしも『正しい』ことじゃないし『善』でもない――スヴァイツの人達は、それを心しているんじゃないでしょうか。リオン君が云ったみたいに『正義の味方ぶって』いるつもりも無いと思いますよ」
アサギの言葉に、リオンは少しバツが悪くて、小首を傾げ「そっか……」と口ごもった。
「――スヴァイツ機関が『在る』と確信したら、昨夜タオ先生が仰ってたことも、つくづく実感が出来ました」
「ん? 何の話?」
「〈敵〉〈味方〉っていう『ブレ』の話です。既にGAIAの段階で早々に脱退したイー・ルからすれば、スヴァイツ機関は完全に〈敵〉でしょう。でも、それはイー・ルが『敵視』しているだけで、スヴァイツはイー・ルを〈敵〉とは思ってません」
「――」
「サヴァナ・ギルドが当時正式にGAIAに入っていたかどうかは、僕も分からないので――サヴァナの〈同盟〉であるサウザーやフリュスまで含めて考えてみると、サウザー領の、今も残っている当時の国家やフリュスはGAIAに最後まで残っていましたから、スヴァイツ機関と『理念』が同調していると云えます。となると、イー・ルからだとスヴァイツ機関が、サヴァナを含む僕達〈同盟〉の〝味方〟に見えるでしょう。でも、それも違います」
リオンがまた腕を組んで「うぅん…」と喉で唸る。
「そりゃまあ、実際に――俺はスバイト機関のことなんか元々知らないし――今やってる〝センソー〟で、『正体不明の謎の組織』から〝味方〟された覚えだって無いもんなぁ……」
「宇宙開発の妨害等、スヴァイツが『星法に違反した行為』を粛正していることが――もし本当にそういうことが起きているとすればですが――、結果的に、自分の確たる〈敵〉に利することになっているのですから、それだけでもイー・ルにとって『スヴァイツはサヴァナの〈味方〉』って認識にもなり得、イー・ルは膨らみこそすれ無くなりはしない敵意と憎悪を、スヴァイツ機関に向け続ける、と云えます。――それでも、スヴァイツは『中立』であることを止めはしない。イー・ルを敵視はしないし、サヴァナに味方もしていない。イー・ルがスヴァイツを〈敵〉だと思うのは、一方的な『片思い』です」
「……」
「スヴァイツ機関の人達は、『敵じゃなければ味方』『味方じゃないなら敵』という二元論に、決して振り回されない『軸』を持つ人達なのでしょう。タオ先生はそれを『己』と云ってましたが、スヴァイツの場合は、『己』に加えて『星法』も軸なのかもしれません――いえ、『星法』は『具体的な行動の根拠』ですね。タオ先生が仰ってた『己』に当たる軸は『星』かもしれません。最早『星』こそが『軸』であり、『利己』『利他』を語るレベルの小さな『己』など無い……だからこそ、『究極的に中立』」
淡々とアサギは云い、リオンも神妙な顔をしている。




