【すし詰めの第四重要通信室:三人の天才と三人の紙一重、一人の王】-(3)
モニタの向こうのピエロが、眉を寄せて目を細めた。気分を害したような表情にも見えるが、言葉は無く、シダーは全く意に介さない。
「俺は、てめえらと利害が一致してる。本当なら、俺がおまえらに合流しても良いくらいだが、そういう訳にはいかねえ、俺も宿題抱えてっからな――王都で破壊工作は行わずに皇家を助ける知恵を、俺が最大限貸してやるよ、有り難く思え。その代わり、俺の手足として、俺の云う通りに動けよ? その上で、『失敗』したなら御免よ、心置きなく、その『手』で『俺』ぶち抜きな!」
シダーは、目のずっと奥の方に「狂喜」が見えるような笑みを浮かべたままでまくし立てた。
ツェッロが絞り出すような声で云う。
「シダー博士よ。私がイムファル博士にコッソリ声を掛けたことは認めるが、貴公を含めたお三方は、正式に『サウザー』へ、要請したんだ。貴公一人で、そう熱く申し出られても意味が無い、こちらとしても、ああそうですか、と素直に喜べん」
何だか随分と礼儀正しい人格に切り替わったようである。シダーが、「クッ」と喉を鳴らして、
「強ぇカード出し惜しんでのらくら時間を無駄にしてた頭悪い博徒が、屁理屈で問題先送りにする及び腰の役人みたくなりやがったな。三羽烏に粉掛けたのはそっちだろうが、ソレ云うんなら、俺以外の二羽だけピックアップしろや。舐めてんじゃねえぞ、若造」
そう云って、ニィ、と一層口角を上げる。ツェッロは描いているピエロの口を、自前で作っているかのようだ。
「おまえらも本当は、サウザーから合流する公務員なんざ当てにしてねえんだろ? なあ、タオさん、どうせなら特殊部隊と諜報隊を合流させるのも白紙にすりゃあ良い。俺がイリグマギだけをこき使ってやるよ、サウザーの貴重な人員、リスクに晒す必要もねぇさ。隊員の方も、リンデンやツゥリーなら兎も角、俺をボスと思うのは、モチベ上がんねえだろ。ミンジュリーの狸どもが見たって、サウザー籍とは云え一般人の問題児が一人、怪しい組織に接触してるだけだ、介入なんてメンドクセエ難癖は付けさせやしねえよ。どうだ、此処でも利害が一致してくる――てめえから粉掛けといて、いざカード切ったら、ビビりやがって。青臭ぇピーマンが加齢臭舐めてんじゃねえ」
途中、タオにも振ってきたが、視線はずっとツェッロに向いたまま、シダーが吐き捨てる。
ツェッロからの返事は無い。
そこで「ふ…」と微笑したタオが、シダーの前にも手を翳した。下がれ、という仕草だ。
シダーは一瞬目を細めたが、領主の指示に従って腰を伸ばし、威丈高に腕を組んで、相変わらずツェッロの顔をニヤニヤしながら見ていた。
タオが改めてモニターに向き、
「――三羽のうちかなり凶暴な一羽がノリノリのようだ。君んちでも手に余りそうなんだが、さて、こんなんでも居ないよりマシか? まだ貸して欲しいかね、ツェッロ君」
薄笑いを浮かべて云うと、ツェッロが一度俯いて、ツッ、と舌を鳴らし、殊更ニヤニヤしながら返してきた。
「その通りだな、俺んちに居てもおかしかねえ、ってのは撤回するよ。そんな問題児を懐に抱えて何ともねぇ、アンタが一番こえぇわ、タオ・サウザー」
「嫌味云うヒマがあったら、返答か有意義な質問をしたまえよ。それが『時間の無駄』なんだろう。云っておくが、隊員を合流させる必要も無い、というのは、シダー君の勢いだけの独断だ。俺はあくまで、君らに正規隊員を合流させるつもりで、今、此処に居るのだからな」
タオがのっぺりした声で云い、背後でシダーが軽く肩を竦めた。イムファルとマッカンが、じとっとシダーに視線を向ける。
「それと、イムファル君とマッカン君を『貸す』ことは、最初から出来ない。君だって本当は解ってる筈だよ? この二人が、イリグマギなんかに、積極的に『協力』なんか出来る訳無いってことなど。如何に一部では目的が我らと重なるとしても、敢えて『合流』する必要は無い、サウザーが独自で動く方がまだしもだと、恐らく、胸の内では俺の決定に疑問を持ってる部分もあるだろう」
くく、と喉を鳴らし、タオがちらっと二人を振り返る。
イムファルとマッカンは、
「異を唱えるつもりはありません」
「タオ様が命じられるのであれば、従う覚悟はございますが」
二人とも、タオの――からかい混じりの――言葉が、多少不本意だと云うように、眉を寄せて領主に告げた後、今度はジッと、ピエロの顔を見た。
「ああ、それは有り難いね。まあ……二人の意志は兎も角、俺も、俺自身の判断で、情報部長でもあるイムファル博士と、領主代理でもあるマッカン博士を、『貸す』訳にはいかんと云ってるんだ。イリグマギに付き合わせるほどヒマじゃないよ。――特にマッカン君は――ユピタ=バルムを巻き込むつもりは無い、とは、ツェッロ君、君だって云ってたし、末席とは云え領主代理だ。『俺』が荷を軽くするために代理を頼んだってのに、貸してやる訳ないだろ」
「――」
「それに比べて、シダー君は今のところ、立場がかなり自由な民間人だ。スプープ付きの研究者として、まだ公的な契約書も交わしてないしな。それこそ、君達と変わらない『道化師』が、今は何の役にも立たず、城でフラフラしてるようなもんだ」
「とっ捕まえた張本人が、よくまあ、そんな悪態をつけますね、タオさん」
殊更に口を尖らせ、シダーが云う。タオは「ふっ」と拳を口元に当てて笑ってから続けた。
「――今の立場のまま、度を超した犯罪行為は行わないままに君らの参謀、相談役を務めるというだけなら、俺も放置出来る。まして――スプープの糧にもなるというなら、こんな有り難いお申し出は無いよ、ツェッロ総統閣下」
「――」
「ただし、シダー君を『貸す』にしても――、シダー君、君のボスは、やはり俺だ。そこは、ツェッロ君、シダー君、両名共に心しとけ」
タオは笑みを消し、振り返ってシダーにも鋭い視線を向けながらそう云った。シダーは、ふっと息を吐いた後で、小さいながらにわざとらしく敬礼を見せる。
「さて、そういうことで、ツェッロ君? ――俺は、『三羽烏のうちの一羽でも良いから貸せ』という条件を、この段階で『飲んだ』と云っても良いだろ? では、合流する隊員との〝符丁〟を決めようか」
再びタオは腹の上で手を組み、尊大に宣った。
シダーから引き続き、完全にペースを握られて、表面には笑みを描いているピエロが、奥歯を噛みしめてタオを睨みつけている。
少しの間があり、ツェッロが一つフッと息を吐いたところで、
「あら、ちょっとお待ちになって、タオ様? それでは話が違いますわ」
不意にカロラインが口を挟んだ。今まさに、総統が口を開こうとしたところへ、まるで空気を読んだとは思えない割り込みである。
「〝符丁〟はイムファル博士との間でだけ決めろと、貴方ご自身が仰ったんじゃなかった? ――領主様は知らなくても良いのでしょ?」
カロラインは薄笑いを浮かべながら云う――その目の色は、随分と冷たく冴えていたが。
「わたくし、総統や貴方ほど、戦局の読みは深く出来てませんけど、何故貴方があんなこと仰ったのかくらいは想像出来てますわ、そのくらいには、『貴方様のこと』を存じ上げてますの。――合い言葉を知ってしまったら、貴方ご自身がサウザーを飛び出して我々に合流してしまいかねないから、御自分で制御を掛けるおつもりだったのでは?」
「――く、ふっ。それは読まれていたか」
タオが苦笑して、曖昧に頷く。するとカロラインは大げさに呆れ嘆く顔をして続けた。
「ならば、我らが総統があんな強いカードをお切りになった以上、尚更というものですわ。わたくし、自分には全く瑕疵が無いのに、貴方のせいで、アエラちゃんからキャンキャン噛みつかれるのは、真っ平ですわよ?」
その言葉に、タオが苦笑のまま「ああ…」と納得する溜息を漏らした。ついでにシダーも、俯いて顔を隠しながら口角を上げる。
「タオ様が其処に居座ってらっしゃる間は、符丁を決めることは出来ませんわ、そうでしょう?」
――空気を読まないどころか、カロラインは時間稼ぎをしようとしたのだ。ツェッロは開き掛けていた口を再び噤み、レオナルドは無表情のままだが、俯き加減になってツェッロの手元に視線を向けた、向こうではカロラインの顔が其処に見えているのかもしれない。
ふ、とタオは笑みを浮かべ、あっさり立ち上がる。
「それもそうだな、ロザリウム君。俺は退散しよう、イムファルとの間で符丁を決めてくれ。――こっちも暇じゃないんだ、さっさと決めてくれよ」
そう云って振り返り、イムファルへ「頼むよ」というふうに小さな頷きを見せる。それから、マッカンとシダーそれぞれの肩へぽんと手を乗せ、
「君達も符丁を知る必要は無い、退散しよう」
「俺も?」
シダーが首を傾げると、タオはこっくり頷いた。
「そうだ、符丁はあくまで、隊員達を合流させるためだけのものだからね。シダー君も知る必要は無い」
やたらクッキリとした声色で――イリグマギの三人にも聞こえるように――云い、そのままブースを出て行った。
「時間稼ぎ」を期待した筈のカロラインが、思わず、爪を噛む。
イムファルは、タオの背中を見送ってモニタを振り返る前に、マッカンとシダーへ早口に耳打ちをした。
まずマッカンへ、
「『魔 術 士 と 経 済 』」
「何だ、リンド、いきなり……」
訝しげにマッカンが目を細める。
イムファルは返答せず、次にシダーへ、
「――『 〝層〟 の 手 触 り と 香 り 』」
「? 恥ずかしいじゃないか、何だよ、急に」
シダーもマッカンと同様、顔をしかめて口を尖らせた。
――マッカンとシダーそれぞれが、だいぶ若かった頃、一般向けに上梓した著書のタイトルである。余り売れてはいない。
「合い言葉だ。急遽のことだから、無意味な文字列は出てこなかった。――使う事があるかどうかは分からんが、決めておく。覚えといてくれ」
「――」
「イリグマギとの符丁は、君らが居ても決められないらしい。出てくれたまえ、二人とも。――お待たせしました、総統閣下」
イムファルは声色を冷静なものに変え、椅子に座り直す。
シダーが殊更に、
「呼んだのはおまえだってのに、出てけ、だとよ。はいはい、分かりましたよ」
拗ねた子供のような声色を使ってモニタの向こうにも聞こえるように云い、――眼光は鋭く、マッカンの背中を叩いて促しながら通信室を出て行った。




