【すし詰めの第四重要通信室:三人の天才と三人の紙一重、一人の王】-(2)
ツェッロが何だか気を悪くしているらしいことが、シダーにも分かった。
「つくづく、カロラインは、どの程度まであんたに『現状』を説明したんだ、役に立たん女だな」
苦々しくツェッロが吐き捨てると、カロラインは口を尖らせた。
「総統。私の説明が下手な訳じゃございませんわよ。自分のその目で確認しない限り、人の話を完全には信用しないっていう、タオ様の『短所』のせいですわ」
「短所か。君らから見たらそうか」
くく、とタオが喉を鳴らす。
ふむっ、とピエロが鼻から息を吐き、改めてタオに対峙する。
「ドカンと一発、あのコンクリートに穴開けて目的が果たせるなら、もうとっくにやってる。それが出来んから、こうやって頭を下げとるんだ」
「頭を下げてる? おいおい、言葉の意味分かってて云ってるのか? 俺は君の脳天は見てない」
大げさに呆れた声をタオが出すと、背後のイムファルがマッカンに「ちょっと待て」と手を翳した後、タオに耳打ちをした。
「タオ様。先ほど私だけの時に、この御方が一度、頭を垂れてきました。本気がどうかは兎も角」
それだけ云って、意識をマッカンに戻す。
イムファルに「へぇ~」と返して、ブスッとしているツェッロに、タオが哀れんででもいるように目を細めてみせた。
「そりゃあ、珍しいこともある。成る程、よっぽどの事態のようだな。君が、頭を下げたか」
シダーも内心で「へー」と嘆息していた。さっきタオが「頭を下げれば〝必ず〟目的が達成されると云うなら喜んでやるだろう」と云っていた――百パー目的達成の保証も無いままに、しかも、まだ事情も見えていないイムファルに「頭を下げた」のか……。それは、「よっぽどのこと」と云えるのだろう。
「……。タオ、俺が今やろうとしていることは、イリグマギだけじゃ、多分無理だ。そうさ、主観に過ぎてるのもそうだろう――余りにも『情』が勝ちすぎて、それこそ、大砲ぶっぱなすことまでやりかねん、だからこそ、それを抑えてくれる参謀が必要なんだ」
ふーっと息を吐いてから、ツェッロが云った。タオも表情を平静に戻す。
「そんなことだろうとは、俺も思った。だが、ツェッロ君。冴えた頭脳と云うなら、レオナルド君もそうだろう。――これはおべっかで云ってる訳じゃない、君とロザリウム君は、まぁ……『感情的』な部分が――今回に限らず――色んな場面で障害になることはありそうだが、そんな君らに、良い意味で水を差してくれるのが、レオナルド君じゃないのか。彼だけでは駄目、ということか?」
「ンッまあ、どういうこと? 何でレオはファーストネームでお呼びになって、わたくしや総統にはそんなに余所余所しくていらっしゃるのかしら、タオ様? 先ほどは一度、カロラインとお呼び下さったじゃない、つれない御方」
カロラインが如何にも道化師の如く茶々を入れてきた。今のところ傍聴人でしかないシダーだけが、軽く肩を竦めて苦笑を浮かべてやり、タオに限らずツェッロも無反応である。カロラインもそれで構わないらしく、特に拗ねた顔を作ったりもしなかった。
タオが、ツェッロの斜め後ろに控えたレオナルドに視線を向ける。ツェッロでなくレオナルド本人が、小さく首を振った。
「タオ閣下。それが世辞でないなら有り難い御評価ですし、私自身、その自負はありました。今もあります。――ですが、今回の場合、総統の望む『完璧』を目指すのであれば、私では無理でしょう。私は、『ミンジュリー皇家』と『イリグマギ結社』を秤に掛けねばならぬ場面に万が一出くわしたとき、結社の方を選んでしまいますから」
重厚に響く、しかし感情は籠もらない声でレオナルドは云った。――そんな部下を、ツェッロが苦々しく一瞥してから、タオに向き直る。
「――悔しいが、こういうことだ。亀裂が入っている――というほど深刻では無いが、今、イリグマギは一枚岩と云えんのさ、総統と部下の全てが、全く同じ方向を向いているとは云えん」
「――」
「そんなところに、本来俺達なんかに『協力』はしたくないだろうサウザーの『下っ端』を入れられたんじゃ、俺にとって、さっいっあっく!だ。だから、サウザーからの人員を俺達に合流させたけりゃ、そいつらの『ボス』であり、俺達にとっても参謀になる博士を一緒に貸せ、つってんだろ」
「ああ……うん、成る程ね」
作ってのことなのか、タオが随分気のない相槌を返す。
「――ツェッロ君、君、どのくらいこっちの動き方を読んでた? そういうことならもしかして、ディナム師匠が『手を差し伸べて』たら、そんな申し出は、してなかったかな?」
「……」
さらっとした口調でタオが云うと、ツェッロは唇を引き結び無言である。
「師匠が救出隊を派遣させてたなら、『情』の部分でも君の目的に同調する部分があるし、しかし君らほど不調法でも無く、統率の取れた行動を為すだろう。期待していたのは、そっちだった、ということはあるか? 俺がそれを止めたことは君の読みには無く、『三羽烏』を貸せってのは、急遽の思いつきか? それとも、今『こうなること』まで読んでてカロライン君を混ぜたのか、だったら、最初からそこまで云えよ、遠回し過ぎるだろ。時間の無駄は、君の方が招いてるぞ」
タオの声が少々冷たくなった。
――「其処までは読んでなかったってんなら、俺に邪魔するなとか云うな、と伝言しとけ」、さっきカロラインに、タオはそう云った。何処までが「ツェッロの掌の上」なのか、答え合わせをしているようだ。
ツェッロの口が、一度うっすらと開いて閉じた。ふんっと鼻息を飛ばしてからタオに返す。
「ディナム翁が、リオ・カルム陛下を『助けよう』とするかもしれないって読んではいたさ。だが、其処までで留まっちゃあいねぇよ。『シンキ』が『独自で』動くようなら、あんたは止めるかもしれない、とは考えた」
「ほう、ならば、俺がサウザーの諜報隊を『合流』させることまでは読んでいなかったのか?」
「正直、こんなに早く決断を下すとは思ってなかったね。『傍観はしないだろう』ところまでは、完全に想定内だったが」
傍でシダーはタオに感心する。全くよくもまあ、「****で××××」と自称する人間の思考回路を、ここまでトレース出来るものだ。というか、トレースする気になることに感心する。〝問題児〟と称される自分も、こんな「面倒臭い」ことに付き合いたくはない。
「ふん、『早かった』んなら、良かったじゃないか。折角稼いだ時間を、何故君はそんなに無駄にする」
「『早すぎる』んだよ! こっちがある程度『作戦』決められてたなら、脅しででも懐柔ででも、あるいはあんたの命令ででも、下っ端だって使えただろうさ! ああ、ムカツクなあ、本当なら今の時間は、『作戦』練ってる時間なんだぜ」
「じゃあ、さっさと吐けよ。――スプープにとってのメリットとは何だ」
苛ついた声を出したツェッロに、あっさりと、唐突にタオが切り込む。
一瞬ツェッロは、きょとんとしていた。
彼の傍でレオナルドも、そこまでハッキリしてはいなかったが息を飲んだ様子があり、カロラインも、目をぱちくりとさせていた。
もう一度、気分を落ち着かせるためなのか、ツェッロは大きく息を吸って吐き、
「――答えたら、参謀を貸してくれるのか?」
絞り出すような声で云った。
「約束は出来んな。俺は、君が『こういう流れ』にするために、イムファルにハッタリをカマした可能性も考えているから」
タオはとぼけた声で返す。――ツェッロは大げさに舌を打ってから、にぃ、と嫌な形に口角を上げた。果たして強がって出た笑みだったのか、本当に何事かの企みが含まれているのかは分からない。
「全く食えねえオッサンだよなぁ、おい。主導権はいつもあんただ、実は世界の王様はあんただろう、タオ」
「無駄な時間は使いたくないんじゃなかったのか? 嫌味云ってるヒマがあったら、吐けって」
今度は呆れた顔をして、さっきのツェッロのように腹の上で手を組む。
「良いだろう、教えてやるよ、〝大盤振る舞い〟だ。俺がかましたのはハッタリなんかじゃねえ。確実に取引材料さ」
「だから、何だ」
「ミンジュリー王都の北西、ルォーバン大統領官邸ほぼ上空にも、〝筋〟があるぞ」
さっきのタオと同じくらい、あっさり、唐突に、ツェッロが云った。
そしてさっきのツェッロ達と同じくらいに、タオもシダーも「きょとん」とした。
「くっ――あはははは!」
喉を鳴らした後、堪えきれず大笑いしたのは、シダーだった。
場を弁えない旧友の笑い声に、マッカンとイムファルが驚いて振り返る。
シダーがタオの顔の真横に顔を突き出し、モニターを指さした。
「ヴォイド・ツェッロ、おまえ、バッカだなぁ! 何だ、プライドが高ぇのか、ケチなのか、それともツンデレか!? それとも、まだまだ青い、単なる若造か!」
「――」
ツェッロが、塗りたくられた顔を、思い切り顰めていた。
シダーは意に介さず、まだ先を続けた。
「よっぽど強ぇカードを、出し惜しんでるつもりだったんだろ。バカが、そのせいで『時間』を無駄にしやがった。それを真っ先に云ってりゃタオさんもこんな御託のキャッチボールしてねぇよ、どストレート放ってりゃ捕ってたさ、なぁ、タオさん」
シダーの言葉に、タオが――頷くように俯いて、「くくっ」と喉を鳴らしていた。
「タオさんと『俺』にとって、こんなでけぇ贈賄があるか! 頭下げたくねぇプライドが大事なら、先に云え、こっちから頭下げたわ、おまえ、マジでバカ!」
ここまで「バカ」を連発されたのは初めてで、流石に気を悪くしている。だが、ツェッロは――カロラインとレオナルドも――鼻白んでいた。
「良いだろう、ヴォイド、俺がおまえらの参謀になってやるよ」
「――!?」
シダーがモニターに指を突きつけ、目をギラギラとさせた笑顔と、それに伴う愉快そうな声で宣う。旧友二人が驚いて目を見開き、
「おい、ジェイ! 何を云って――」
マッカンが彼の肩を掴み、険しい声を出しかけた。――が、椅子に座っているタオが、マッカンの手首を掴んで「離せ」と云う風に引く。
マッカンが狼狽えてシダーの肩から手を離す。するとタオもマッカンの手を離し、そのまま自分の手を、甲を見せる形で、イムファルの前にも翳した。「ちょっと黙ってろ」という仕草に見える――。
イムファルも困惑の表情を浮かべていた、マッカンと顔を見合わせてからタオとシダーの後ろ頭を交互に見る。
「実のところ、俺も皇家とミンジュリーに潜在してる〈魔術士〉を、無差別に無くすのは惜しいと思ってんだ。おまえらが何考えて『皇家』を必死に助けたがってんのかは知らねえし興味もねぇが、もしやテロを辞さず一般の〈魔術士〉ぶっ殺しまくるようじゃ、俺も困る。そこはタオさんの思惑とも重なる」
「――」
「俺がおまえらの参謀になってやる、その代わり、俺の手足になれ、ヴォイド――おまえ、ずっとそう『お願い』してきてたんだよな? 手足になりますから頭になってください、つってんだろ?」




