【地図と歴史】-(3)
「これもタオ先生が……サヴァナの『間諜』の方のことで、仰ってましたよね。イー・ルへの潜入がもしバレても、胸にサヴァナとの絆さえ持っていれば、形ばかりサヴァナから離れて身を隠しておくことも可能だ、と。それと同じ事ではないでしょうか。魂に何らかの絆や信念がありさえすれば、国籍がどうであれ、『己』が存在することに何の障りも無い。そう考えられる者だけが、『GAIA』で働くことが出来た。魂に『己』がなく、国籍にしか『己』の『存在価値』を見いだせない者には、絶対に無理」
「――」
「裏返すと、形だけが『中立』で中身は『国粋主義者』が働いている可能性も否定出来ないんですから、組織が理想通りの盤石だとは限りません。しかし、どんなに魂が『中立』、むしろ己の『生国』を憎んでいることすらあっても、国籍がある以上、他の国家から『中立』であることを完全に信用して貰うことが出来ません。よって、少なくとも国籍だけは、明確に『中立』にする必要があった訳です」
成る程……とリオンが息を吐いた。
「んーでも、今は『GAIA』は無いし、『スヴァイツ機関』って名前を変えて『有り』こそすれ、まるで幽霊みたいな組織になってしまってる…んだろ」
はい…とアサギが寂しそうに眉を寄せて答えた。
「『GAIA』は、『スヴァイツ機関』と名を変えた段階で消滅した――と云って良いかと。百四十年ほど前です。六十年しか保たなかった、六十年も保った、どっちで云うべきなのか解りませんが――」
「……」
「ただ、それも全世界で共通に認識された『歴史』ではないと思います。僕は『スヴァイツ機関の誕生』が『GAIAの消滅』と認識してますが、現在スヴァイツ機関の実在を信じていない人達は、GAIAの消滅だけを歴史として認識しているのかも」
「つっても、『GAIAの消滅』だけはイー・ルやなんかも『歴史』認識してるかもしんない、ってんなら、そのくらいに何か、デッカい区切りはあったんだろ? その後を『スヴァイツ機関』として『認めない』ってことはあっても」
「はい。僕の学んだ歴史上で『これ』が『GAIAの消滅』を指す、とされているのは、議会の終焉です。最後に行われた任期満了に伴う解散の後、二度と召集されずに、星法立法のための議会が開催されなくなりました。その最後の議会と解散を、『GAIAの消滅』とする歴史認識になってます」
「ふぅん…」
「最後の議会で『GAIAを星の政府ではなく、国際中立機関と位置づける』ていう議決がされて、その後は土地――諸島の名前を取って『スヴァイツ機関』と呼称することも決まった……訳ですが」
「……『国家』の上位政府ではなくなったから、その議決と歴史も、イー・ルやCFCは『スルー』出来る、って訳か」
「そういうことですね」
リオンが神妙に云うと、アサギも溜息混じりに肯んじた。
「そーいう区切りでGAIAが無くなった、のが百四十年前……として、そんな突如出てくる議決でもないよな。GAIAが衰退する前兆もあるんだろ。――GAIAが理想通りに動いてた時代、って考えたら、確実に『六十年保って』ないんじゃ?」
「……ええ。――口火を切ったのは、イー・ルです。……僕はそう学んでます。が、当人達は認めないかと思いますけど」
苦笑混じりにアサギが答え、リオンは呆れた顔を作って、「また『連中』かよ」と溜息を吐いた。
「イー・ルの信仰にも、派閥があるんですよね。GAIAが誕生した時の大導師長と政府方針の主流は、所謂『穏健派』だったそうです。が、その後、『保守強硬派』の大導師長が就いて、GAIAとの足並みが揃えられなくなったとか」
「んで、GAIAから脱退というか、独立というか…したのか」
「そうです。主張によると、先ほど話した『叡智の集結』と『人類への還元』の有り様に納得出来なかったことが理由で」
「自分ちで発見・発展した技術とかを、全世界に還元しなきゃいけないことに不満があった、って?」
溜息混じりにリオンが云うと、アサギは首を振った。
「いえ、……むしろ、逆ですね。イー・ルの場合は」
「逆?」
リオンはきょとんとして、瞬きをする。
「GAIAの本部――スヴァイツ諸島には、世界最高峰の設備を持った学術機関や研究機関、学者や技術者等が集結していた訳ですが……、『〈科学技術〉のみならず、〈魔術〉などという非現実的で非人間的な事象の研究機関までありながら、我らの神を崇める寺院と信仰を導く導師が不在であるのは、中立と云いがたい』、イー・ルの主張は、大体そういうものだったようです」
「――」
アサギの説明を聞いて、リオンは天井を仰ぎ、はあー、と息を吐いた。それは、呆れたと云う風でもあり、大いに納得した、という風でもあった。
「『学術機関』の中に、『宗教学』の研究部門、研究者は、当然有るんですよ。当時ですら既に信仰が絶えていたような原始宗教や、ごく少数の民族にだけ信仰されている特殊な宗教も含め、『研究対象』として、イー・ルの『神』も、中立的立場の人々が平等に研究し、『人類の智』として蓄積していました。というか、GAIAの研究機関のほうが、原初に近い古い経典も、イー・ル本国より余程に集積・保管していたかもしれません。それに、GAIAの職員は、国籍は抹消されますが、信教の自由はあったんです。だから、寺院と導師――『宗教施設』と『指導者』も、GAIA職員のために、スヴァイツ諸島には他の宗教と平等にありました。――が、イー・ルの主張は、そういう類いのものじゃないんですね」
「ああ、うん。もう分かった――要は、GAIAが、自分ちの神様の『布教』はしてくんないことにムカついたってこったろ」
リオンが軽く肩を竦め、端的に云う。アサギが苦笑して、「そういうことです」と頷いた。
「イー・ルに限らず、どんな宗教にせよ、GAIAが『布教』に協力すること・関わることは、全く無い――そこが『中立』である証なのですが……」
「分かるよ。イー・ルの、『神様の云う通り』が極まってるヤツって、そこんとこが区別つかねぇんだよな。星の成り立ちは『科学者』が云ってることじゃなく『創世記』が云ってることの方が正しい。まして、〈魔術〉なんか、悪魔の所業であって胡散臭いモノの最たるもん。自分ちの神様差し置いてそんなもんを世界に撒き散らしといて『何が中立』ってな」
「GAIAに〈魔術〉の研究機関があったというのは、現在よりも当時の方が、〈精霊〉と〈魔術〉の認識が広く『一般』のものとして浸透していたことを示していて興味深く思えますが……、〈魔術士〉になれるかどうか、〈魔術〉が使えるかどうかも、全世界の人民へ平等に、中立的に還元できるモノでは、どうしてもありませんしね。その辺りでも、燻るものが、イー・ルに限らずあったのかもしれません。――で、イー・ルの脱退から後、各種の事件等も起き、段々歯車が狂ってきて、GAIAが消滅するに至った訳で」
「事件っつうと?」
「イー・ルは、GAIA脱退後、本部が置かれたスヴァイツ諸島へ、武力攻撃を何度か仕掛けてるんです」
アサギの答えを聞いて、リオンがまた「はっ」と呆れた声を出した。
「GAIAは、国家間紛争を避けるために作られた世界政府ですが、それが有るからと云って、紛争が『無くなる』訳ではありません。国境トラブルや民族紛争、反政府テロ等に備え、その仲裁や制圧のため、GAIAも各国から派遣された装備・兵で組織した『軍』を持っていました。イー・ル一国が脱退した直後くらいは、GAIAの中立軍だけで何とか制圧出来ていたのですが……」
「――歯車が狂ってった、つったもんな」
「はい……。何より中立軍が弱体化し始めたのが最初でした。いくら心に確固たる絆を持って国籍を抹消するとしても、本国に居る身内としては、自分と何の関係も無い国家紛争に巻き込まれて己の親や子、兄弟が『戦死』してしまうことがあれば、やりきれないですよね。まして、自国・故郷で国境紛争や民族闘争等が起きてしまったとき、身内同士で銃口を向けられたり向けたり、もある訳です。――GAIA発足当初は、『崇高な理念の下、優秀な者だけが所属出来る組織』だったのですから、国籍の抹消という厳しい条件はあれど、市民感情としても、GAIAの人員になることは名誉だったんです。それが、段々変質していった」
「あ~……」
「市民感情のレベルでも燻るものが有る上に、やはりイー・ルの脱退後、大国・強国ほど、GAIAに同調することが出来なくなっていったんですね。これは、さっきリオン君も云った通り、自国の人材・資源・技術が他国に流れることに納得が出来ない、という不満」
「そりゃあ、今も昔も変わらねえな、普遍的な例題として話せる。――ギンさんが云ってた通りさ、人間は元々殆どが愚者だ。愚者は、他と比べて富みたがる。平等で居るのは、本当は嫌なんだ」
リオンが溜息をついて、肩を竦めた。アサギも、言葉にはしないが、小さく頷いた。
「――そうして、大国・強国から脱退していった結果、GAIAは弱体化……形骸化とも云えるでしょうか、最終的に消滅することになった訳ですが……」
アサギが、やけに力強く聞こえる口調で云ったので、リオンが首を傾げる。それは悲観的な出来事ではないのだろうか。
「それを、あんた随分キッパリ云うんだね」
「GAIAが無くなっても、『スヴァイツ機関』は今も有る、ということが、確信できましたから」
コクッ、とアサギが頷く。
「イー・ルやCFCが、例えば宇宙開発等のアクシデントでスヴァイツ機関のことを思い出すかもしれない――とさっきは云いましたが、本当は、思い出して貰わない方が良いんですよね。彼らにとっては、どこまでも『幽霊』、いえ、『幽霊』とすら思わず『無い』ものと思って貰っていた方が良い」
「……っつーと?」
「スヴァイツ機関の存在を、イー・ル等が疑うことがあったら、きっとまた侵攻します。今度こそ、壊滅させるくらいのつもりで」
アサギは地図を見下ろす。リオンも釣られて「お花」のような群島を見、「そうか…」と呟いた。
「今もスヴァイツ機関が機能しているのだとしたら、GAIA解散後も本部の諸島に残っていた人達が世代を重ねているのでしょう。――国籍だけ中立で居て魂は本国にある、という人達は、GAIA消滅時に帰国したでしょうから、残ったのは、身も心も『星』に置いている自意識のある、『中立』の人達です。そうした人達が世代を重ねているのなら、GAIAが有ったときより今の方が余程、蒸留、あるいは研磨したように、『中立』が極まってる筈です」
「成る程、それで、『とことん〝国家〟と関わりを持つことを避けている』」
「はい」




