【地図と歴史】-(2)
「空襲っつうか、宇宙からレーザー発射したりとかって技術開発……、進んでるかどうかは置いといて、イー・ルとかCFCが、やってても別に可笑しくない……筈」
しかし、現実に今やっている戦争は、そんな「派手」なものじゃない。全世界的に、戦闘行為自体は泥臭い陸上戦が主だ。航空機による空中戦・空襲も、どちらかと云えば「添え物」の如く、頻度として低い――それもあって、先だっての一斉〈核攻撃〉はかなり「破れかぶれ」の印象が強かったという側面がある――。
云われてみれば不思議だ、と首を傾げてから、「でも、それと今の話の主題であるスヴァイツ機関に、何の関係が?」と、アサギに疑問符を貼り付けた顔を向けた。
アサギは、こくん、と頷きを見せて答える。
「その開発をさせないのが『スヴァイツ機関』なんです」
「――え?」
「サヴァナと敵対しているイー・ルの場合……。大導師長や周辺の幹部が、果たして『スヴァイツ機関』とその『実在』を知っていて開発を自制・自粛しているのか、それとも、スヴァイツのことを知らないまま、開発を知らぬうちに『邪魔』されているのかは、僕にも分かりません。分からないからこそ、元々、空中戦や宇宙開発に消極的な僕ら側――というか僕は、『スヴァイツ機関』の実在を確信出来てなかった、とも云えるんですけど……。リオン君には、まず『これ』を説明する方が、『歴史』についても、ピンと来て貰えるかなと、思って」
「どういうこと?」
リオンが組んでいた腕を解き、マットレスに手を付いて身を乗り出しつつ瞬きをした。
「スヴァイツ機関が持っている『具体的な役割』の一つは、ガイアにおける『制空権』の制御と、『宇宙開発』の監視と抑制・粛正なんです」
「――」
「『宇宙開発』の権利を無条件に持っているのは、スヴァイツ機関だけ、その他の国家や組織は、申請して許可が出ないと出来ません」
今度は、訝しげに目を細め、軽く眉を寄せるリオンだった。
幽霊か都市伝説くらいにぼんやりした組織だと云っていたのに、急に「具体的」すぎるだろう……。
「制空権の制御……って。イー・ルは、自分ちの領土に入った同盟国以外の航空機は、民間・軍用問わず撃墜する、って通達出してんぜ。そーいう暴挙は放っといてるのに?」
「国家が領土として主張出来る高度が決められていますから」
アサギは答えに詰まること無く、そう答えた。リオンが再び、腕を組んで首を捻る。
「イー・ルが、その通達を出来る高度、というのが決められてるんです。――その高度以内であれば、問答無用で撃墜、という『暴挙』を、スヴァイツも制御は出来ません」
「――」
「ただ、その高度も限度があって、『宇宙開発』の範囲まで及べば、問答無用に抑制する資格があるのはスヴァイツの方です。――ですから、もともと領土侵犯に対してイー・ルほどの強硬策を取っていないサウザーやフリュスに、向こうが空襲等を仕掛けてくる場合でも、ある一定の高度以内で飛んできている筈です」
「そ、……そうなの…?」
「――僕らはそれを知りませんが、その高度を超えた時に『事故』等の『何事か』があったりしたら……、その時、イー・ルやCFCも、スヴァイツ機関のことが頭を過ったり、思い出されたり、『実在を確信』したりしても、可笑しくは無い…かと」
うーん……、とリオンが喉で唸る。
「それでも思い出さなかったり実在を信じていなかったりして、高度侵犯や宇宙開発の企てを繰り返すようなら、そのうち、スヴァイツが絡んでいる可能性より、『資金・資源の無駄使い』に判断が行き着くと思います。ある一定の高度以上になると『何かある』、ならば『ある一定の高度以内』にすれば『何も無い』という意味の『自制』が働くようになるんじゃないでしょうか。今の世界情勢だと、アクシデントの『原因』を探るっていう先の見えない行動よりも、現実の戦の方に資源や資金、人材を投入したいでしょうし。結果、イー・ルやCFC等も、空中戦よりは陸上戦にシフトする、っていう」
「ああ……そう…か」
上の空気味の声を出して飲み込んだリオンだったが、それにしたって、そこまで「現実的」で「強い権限」を持っている組織が、幽霊か都市伝説……って。
そこが納得出来ずに、リオンは相変わらず首を傾げる。
アサギが苦笑して、リオンに語りかける。
「……リオン君は今まで、存在以前に『名称』すら知らなかった訳ですから、それは『無』かったのと同じでしょう? 一応信頼関係が築かれている僕が今、有るものとして説明してるから、直ぐに『有るもの』として受け入れられてるだけで」
「ふん?」
「僕の方は、『歴史』の『授業』で、スヴァイツ機関の誕生・変遷を知ってはいますが――解散や消滅という出来事は、『授業』『教科書』に出て来てないんです。その上で、村の幹部の一員として務めることになった際、母や兄から『スヴァイツ機関』に関して、『無くなった訳ではない』と教えられているから、『有るもの』として何となく認識していただけです。そして先ほど、タオ先生も、『有るもの』として当たり前にやり取りしていたから『やっぱり有る』と納得した次第で――。そう納得してみたら、僕に『スヴァイツが動いている』実感は無くても、今の戦争が陸上戦主体なのが芋づる式に腑に落ちる、って感じで。……僕にとっても、やはり、『幽霊』だったんです、スヴァイツ機関は」
「――」
「となると、イー・ルやCFCのように、己の目に見えるもの、実体が確実に認識出来るものしか『有る』と思えない方達にとっては、尚のことでしょう? 彼らにしてみたら、歴史上確実に存在していたこの次元の組織であっても、『今』『自分の』目に見えないモノは、〈魔術〉や〈精霊〉と同様の、『幽霊』なんですよ。僕は『無くなった訳では無い』とは思っていましたが、イー・ルやCFCは、『無くなった』と思っているのかもしれない――宇宙開発が『おじゃん』になっている理由を、スヴァイツ機関による妨害と思うか、たたりやジンクスとでも思うか、どこまでも只のアクシデントだと思うか、それは、向こうが決めることです。だから『幽霊』『都市伝説』なんです。――スヴァイツ機関が『現存』するのかどうか、という設問は、サヴァナ・ギルドのルーツが本当にイー・ルの反乱民だったのかどうか、と同じくらいの意味合いなんですよ」
「ああ……そうなのか…」
今度は、上の空でなく、心から納得した息を吐きながら、リオンが頷いた。
「だから、『歴史』の問題」
「はい」
こく、と明確に頷いてから、アサギが本格的にスヴァイツ機関の説明を始めた。
「スヴァイツ機関、というのは、最初からそういう名称だった訳ではなくて――、元々『スヴァイツ諸島』と名付けられていたこの群島から取って『リネーム』されたものなんですが」
「へぇ?」
「組織としての元々の名前は『ザ・ガバメント オール・イン・アローン』と云って、『ガイア』と通称されてました。当時は、星の名前とこの組織が同じ言葉であり、『同義』でもあったんです」
「同義?」
「――『GAIA』がうまれたのは、二百年くらい前です。この時……、人類の歴史の中で、この時ただ一度だけ、というくらいに、星の全ての国家が団結し、国家間紛争を避けるための国際組織を作ったんです。星を一つの国と考え、国家の上に存在する政府を一つだけ置く、という……そういう感じです」
「……ふぅん…」
「そういう組織の本部を『何処』に置くかとなったとき、スヴァイツ諸島は都合が良かったんですよ。無人島でしたし、大洋の中に隔絶されて有りますから、地理的な中立が望めるでしょう」
「ああ……成る程」
アサギが地図を見下ろして、確認するように指さす。リオンが頷きながら、「ふむ」と鼻を鳴らした。
「それで、こんなシンボリックな形にも、整えたんだな」
「そうだと思います。――そういう組織ですから、先に話した『制空権』の制御以外にも、当然『役割』がありました。国に法律があるように、星の法律を作る『議会』があり、それに基づいて星を運営する行政組織、星の法律を犯した国を裁く裁判所。他、各種の研究機関や学術機関、保健・医療機関……『人類』の叡智は『人類』に還元されるべきである、という理念の下、『叡智』は全て『GAIA』に蓄積されるようになっていたんです。それは、一部の国家・個人に独占されるものではない、と」
「へぇ~……」
今とは大違いだ、とリオンが嘆息する。だが、そんな「崇高な理念」に、「全人類」が同調出来る筈は無い、とも思う。――まあ、だからこそ、「スヴァイツ機関」は兎も角、「GAIA」は無くなったのだろうが。
「……体制としては、どーいうモノだったの? 議会民主制で国家代表が出てくる…とかだったら、どーせ、出来るだけ自分トコの利益を多くするために、ごねたりするトコも出てくるだろ。かと云って、帝政とかじゃあ、余りにも危なっかしい。バカがオーサマなったら、あっちゅうまに終わりだ」
「星法制定のための議会は、各国家から議員が選出されていたようです。選出方法は各国に任されていたようですが――選挙の場合もあるし、国家元首からの任命もあるし」
「あー、サウザー領と同じような感じか」
「そうですね。ただ、法を運用する『官僚』や『裁判官』ということになるでしょうか、その辺りと、各機関の職員が、就くにはかなり厳しい条件になってたので、ある程度は、中立組織として保たれていたんです」
「というと?」
「『GAIA』に就職出来るのは、国籍を持たざる者、捨てられる者、だけだったからです。『GAIA』で働くことになる人は、国籍が抹消されることになっていたんです」
「――」
リオンが目をぱちくりとさせて、「は」と間抜けな息を吐いた。
「持たざる者、捨てられる者、……と云うと、あんまりネガティブでしょうか? 『究極的にノンポリ』というか……。自分のアイデンティティ、その自覚に『国籍』が無い、己の辞書に『祖国』の文字が無い、とでもいうか……」
「で、でも、そうは云っても……、今のサヴァナみたいに、そもそも『国籍』なんて持たないような集団が当時もあったのかどうかは知んないけど、そーいうんは置いといて、大体の『国家』って、生まれた瞬間に『国籍』あるんだろ? それって、身内、親兄弟との繋がりも示すものになるじゃんか。それを『捨てる』って、かなりじゃねえ?」
「だから、『条件が厳しい』んですよ」
焦った口調でリオンが云うと、アサギが微苦笑を浮かべて云った。
「タオ先生の言葉を借りれば、『孤独を喜ぶ者にしか就けない職業』だったんじゃないでしょうか」
「……うんっ?」




