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【地図と歴史】-(1)



 夕食を終えたアサギとリオンは、アサギの部屋に戻り、ベッドの上に世界地図を広げた。短辺の側にアサギが、長辺にリオンが腰掛けて、二人とも腰を捻る形で地図を見下ろす。机の上だと、卓面が少し狭いし、椅子に座った状態では全体を俯瞰することが出来ないので。

 戦争が始まって以来、測量や国境の変動確認が難しくなっているため、世界地図は「新しい」ものが作られ難くなっている。かなり「古い」方に入る地図だ。アサギやリオンが赤ん坊の頃にサウザー直轄地の「出版社」で作られたものである、大雑把な地形は然程変わり無い筈だが、国境・国名は現在と比べ大幅な違いがあるだろう。

 この星(ガイア)で一番大きな大陸、「グランド・グラウンド(G3)」が、地図の真ん中に描かれている。「T」の字の縦棒を少々左にずらして成形し、ふっくらと焼いたパンを、千切ったり囓ったりしたような形をしている。

 Tの横棒は北半球にあり、緯度は七十度~二十度程、東経百八十度の八割分くらいを占めていた。そしてTの縦棒は赤道を越えて南緯八十度前後まである。

 縦棒を境に東側を「大海」と呼ぶのが一般的であり、「大洋」は、西側の海を指す言葉だ。

 ――海はグルッと渡れば何れ出発点に戻る。大陸に食い込んだ内海等と区別するためだけならば、敢えて東西に分けて名前を付ける必要は無い。西側に「大洋」と名を付けているのは、G3大陸の西に、ガイアで二番目の面積の大陸、「ミスト・コンティネント」があるからだ。

 こちらは喩えるならば「三日月」の形だ。G3と同じく赤道を跨がっているのだが――丁度赤道(その)辺りに、かなりの流域を持つ大河と内海があるので、「半分に割ろうとしたクロワッサン」のようだ。

 南端・北端がG3大陸と同様、南緯七十~北緯八十度程まであるため、海がこの二つの大陸で分けられているかのような格好になり、陸を基準に東西で、わざわざ名前を分けることになったのだった。

 リオンが、大洋の赤道付近、経度だとG3大陸とミスト大陸の間――大洋の丁度半分くらいの位置を指さした。

「スバイト諸島。……これだよな。何か、すげぇ気持ち悪い形」

 確認するようにリオンは云ったが、後半の感想は独り言だ。

 アサギが苦笑する。リオン君は、この形を「気持ち悪い」と表現する「価値観」を持っているのだな、アサギはそう思う。スヴァイツ諸島とその周辺の様子を「何て美しい」と思う者も、居て可笑しくはないからだ。

 「大海」側は、比較的「島」が多い。ミンジュリーはG3大陸の東で「千切られた」パンのごとく浮かんでいる島だが、ミスト大陸の大海側にも、三日月の弧に添うような形で細長い島がある。また、大昔に定義された「大陸」と称するための面積に僅か及ばなかったばかりに「島」にしかなれなかった、かなり広い面積を持つ島も、ミンジュリーの真南、赤道近くにある――この島は小国・他民族間の紛争が絶えなかった結果、ミンジュリーとルォーバンに介入の余地を与えてしまい、現在は両国の「大海」に於ける覇権争いに巻き込まれた格好になっている――。

 他にも、海底火山群の噴火に因るものと見える列島群や、珊瑚礁の堆積が考えられる木の葉のような形の島――。

 大海側はそうした「アトランダム」な形や位置で、島が、多く点在していた。

 だが、「大洋」は、スバイツ諸島以外、殆ど「島」が無い。南極・北極の近くに、まるで砂粒のような島がポツポツと存在するだけだ。

 スヴァイツ諸島は、そんな「水面」の真ん中に突然現れる、形の整いすぎた島の集合体だった。

 鏡のような水面に、一滴の雫が落ちた瞬間――ミルククラウンのような形をした島が中央にあり、その周囲を、飛び散る雫の形をした島が取り囲んでいる、しかも、きっちり八方へ。そしてその外側、八つの島の間にまた、ブーメランのような形の島が八つ、雫同士を繋ぐような形で浮かんでいる。

 国籍・民族問わず、ガイアに住まう子供なら先ず「お花みたい」あるいは「お星様みたい」と云って喜び、感心する群島だ。

 が、明らかにこれは、星が「自然」に作った形ではない。それが、リオンには「気持ち悪い」という表現になるのだろう。

「……もともと、自然に出来た島がこの辺りにあったんですよ。完全に埋め立てだけで作られた島ではないです」

「そりゃそうだろうけど。――この地図だと、確かに『国』の表記になってないな」

 この地図の中に「サウザー領」の文字は見えない。「ルナール公国」「ユピタ=バルム共和国」「シンキ王国」等の領内国家・地域名が書かれていた。他、敵方の「ユニオン・オブ・チューズン・フロリア・シティズン」「エグメリーク・キングダム」だとか、「国家」としての地名は、字形や文字色でそれと分かるように書かれている。

 対して、リオンの住まう「平原」(サヴァンナ)は、地図上では「ビースティヤン・ストーナー平原」という「地質学上の命名」をされた地名が書かれており、国家の表記とは字形・文字色が違う。例えば「大海」に浮かぶ島だと、「この表記をされているものは先ず『無人島』と認識して良い」くらいの意味を持つ、表記の区別である――が、実際に無人島であるのかどうかは、定かでは無い。また、実は、ミスト・コンティネントも、表記はこちらのタイプだ。巨大な陸地でありながら、「ミスト大陸」という文字だけが記されており、大陸の内部に「国境」を表す筋も、「国家」表記をされた文字も一切見当たらない――。

 そして、スヴァイツ()()も、リオンの地元の「平原」と同じ、「地質学上」の表記だった。となると、原則この群島は、「無人島」と思って良い、筈なのだが――

「スヴァイツ以外、大洋には殆ど陸地(しま)が無いということと、この群島がここまで形が整えられたことは、関係があって……。それが『世界史』で学ぶことなんです」

「ふぅん……」

 アサギがそう云うと、リオンが鼻を鳴らした後で、

「でも、『国』じゃないし、――俺は『ベンキョー』して知らなくても、別に構わないこと、なんだ…」

 地図を見下ろし、呟く。

 顔を上げてアサギを見、リオンが

「タオとかあんたみたいに、国や村の幹部(えらいひと)は勉強してなきゃいけないけど、パンピーは知らなくても良い、ってこと?」

「……うーん…。一概に、そうは云えないですね。実際、自治体の長やその周辺の役職にある人はスヴァイツのことを()()()なきゃいけないとは思いますけど……。フリュスだと、別にそういう区別無く『中学校』で、『歴史』の授業には出てきますから」

「へぇー、そうなんだ?」

 小首を傾げて悩ましげに云ったアサギに、リオンが目をぱちくりとさせる。

サヴァナ(おれたち)の場合だと、ガキンチョに『基礎的知識』として教えてなくても良い、って……親方達幹部の『方針』なんかな」

「そうだと思いますよ」

「んじゃあ、俺達みたいな『単なる集団』だけじゃなくて、CFCとかイー・ルとかの『国家』でも、お偉いさんしか『スヴァイツ機関』のことを知らないって可能性もあんの」

「ともすると、国家元首・幹部ですら、『実在』を知らない可能性がある……そんな国があっても、可笑しくはないかもしれません」

「へっ?」

 今度は目を見開いて、間抜けな声をリオンは出した。

「な、何、それ」

「……そのくらい、表舞台に出ない『機関』なんですよ。幽霊か都市伝説のような――僕だって、さっきタオ先生が口にしたから『本当にあったんだ』と思ったくらいで」

 アサギが「ふう」と息を吐いてから静かに云う。リオンは、少しゾクッとして首を竦めた。

「タオ先生と先ほどの女性のやり取りは――スヴァイツ機関の名前を聞くことになるくらいに、状況が厳しい、というふうにも受け取れるんです」

「い、一体、どういう『機関』な訳…?」

 リオンから改めて訊かれて、どういう風に説明するのが良かろうか、と、アサギは数秒、思案げな顔をした。

 今までリオンは「知らなかった」のだから、スヴァイツ機関がこの世に「無かった」のと同じだ。だが、実は「今も実在」しており、「実在しているのなら、知らなくても今までの人生に関係はしていた」ということを実感してもらうためには、己が学校で習ったことや母・兄から教えられたことをそのまま、教科書的に教えるのは不適だろう……。

 リオン君にピンと来そうな切り口は「あれ」だろう、と思いつくものがあり、アサギは、直ぐに「スヴァイツ機関」の説明はせず、質問を返した。

「――リオン君は、今の戦争が『陸上戦』主体なのを、不思議に思ったことはないですか?」

「え?」

「サウザーとサヴァナ、フリュスは、空襲に備えて、防備に〈魔術〉使ってますし、勿論、一般軍備としても〈魔術〉としても、こちらから空中戦をしかけはしませんが……。敵側の空襲を、僕ら側の〈結界〉がある程度『未遂』に終わらせていることは置いといて、です――僕らも『衛星写真』が手に入れられる状態にあって、敵側は〈核兵器〉も開発・実装出来る技術がありますよね、何故、『宇宙的軍備』が為されないのか、疑問に思いませんか?」

「……」

「僕は、技術的なことに疎いので良く分からないんですけど……、宇宙に『兵器』を配備出来る程の技術開発は、世界的に見た時進んでいない、と思うべきなんでしょうか?」

 口を噤んで腕を組んだリオンに、アサギの方が首を傾げる。実際に、「そっち側」の技術に関して、アサギは疎いから、確認口調である。反語表現としての質問ではない。

 するとリオンは、軽く首を振った。

「いや、云われてみれば……。――サヴァナ(おれら)はさ、星座とか太陽とか、『空』に興味持つくらいなら良いんだけど、『行ってみてぇ』とかぽろっと云うと、親方達から『てめえのガイアを隅々まで歩いた訳でもねぇのに、()()()()()()()()()()()()場所をどうこうしようなんて思うんじゃねぇ』つって馬鹿にされるよーな『躾』が、フツーなんだよ。頭固い年寄りが若人の前途(ゆめ)を否定すんなって、ガキの頃、一度はふて腐れるんだけど……。衛星軌道にロケットぶっ飛ばす技術はもうあるから『衛星写真』が手に入る訳だし、俺達がそーいう『躾』されるのは兎も角、イー・ルの側が『自粛』で宇宙開発しないってのは、云われてみりゃ、不自然だよなぁ…」

「――」


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