【第四重要通信室】-(2)
イムファルが無言で目を細めると、ねっとりとしていたツェッロの口調が、まるで機械のような無感情、同時に冷たいものに変わった。
「合流させた隊員が我らの目的の障害になることあらば、リンデン・イムファル、私は彼らの命を保障はしないし、何よりタオさんを絶対に許しはしないよ」
イムファルは一度、こくんと息を飲み、目を数秒閉じた。それから、
「貴方がそういう人物であることも、タオ・サウザーは解った上での命令でしょう」
ツェッロと同じく、しかし結構努力して冷たい声色を作り、そう云った。
今度はツェッロの方が瞬きをした後、ふっと息を吐き、――塗りたくられた顔の奥で、恐らく苦笑を作った。
「全く、サウザーのお人は、扱いが難しくて怖い」
それは先ほどのような聞かせるためのものでなく、完全な独り言の口調だった――オーチャードの総帥と同じようなことを云う。
イムファルは我慢強く、本題に入ってくれるのを待つ。
「そんなもんだから、結局こっちが下手に出なきゃならねぇ、アァ、口惜しや――解った、イムファルさん、ぶっちゃけて云おう……。俺達には絶対に成功させなきゃいけない目的がある。そのために、あんたのような、サウザーのお人のような、真面目で誠実な、まっつぐな人員が居てくれるならば、それは本当に、有り難いことではあるんだ。だが、それが故に、――さっき云ったろう、目的意識が薄い、上司の命令に実直なだけの下っ端では駄目なんだ」
「――」
知ったことじゃない……、イムファルは頭で何度もそう唱え、平静を保つよう努めている。
「そして俺、ヴォイド・ツェッロは、サウザーから遣わされる隊員のボスではない。俺の命令に実直になってくれる訳じゃないだろう? 貴公の部下達は」
「――貴方の命令に実直に従えと、私か領主が命令すれば宜しい話では?」
冷めた口調でイムファルが云うと、まるで氷の槍を突きつけるかのように鋭い声で、ツェッロが返してきた。
「それが出来ないから、サウザーのお人は〝まっつぐ〟だと云うておるんだろうが、俺は」
「――」
「イリグマギの目的が万が一果たせなかった場合、合流させた隊員の命は保障しないと俺は云うたが、それをあんたもタオも、脅しとは取らん。今正に殺されんとする隊員本人も、己の信条に逆らってイリグマギの命令を聞くくらいなら、命くらい幾らでも呉れてやる、なんて胸を張るほどに、〝まっつぐ〟じゃねぇか。それがうぜぇ、邪魔だ」
知ったことじゃない、イムファルは再び声に出さずに呟く。
――ツェッロの云う「目的」を、イムファルは今のところ知らないから、彼が最終的に何を求めているのかも解らない。そのせいで己がタオから命じられた任務をなかなか果たせないことに、正直なところ、苛ついてもいる。
だが、それはツェッロに問うことではない。ツェッロの云う「目的」が、領主の「目的」と同じだとは限らないからだ。
「時間が無い」というのも、何のことかは解らない。むしろツェッロの方が、のらりくらりと本題を避けて、時間稼ぎをしているようにも思えるから、知ったことじゃない。
イムファルは冷静な表情を保つよう努め、最早無言だった。
そんなイムファルに、ピエロが顔を突き出してきた――浮かび上がった胸像が実際に近づいて来た訳ではないが――テーブルなりに手を付いて身を乗り出したようだ。その仕草に加え、一瞬だけ垣間見えた化粧の奥の表情から、「焦り」が伝わってきた気がする――それはつまり、「時間が無い」のが真実だと、イムファルにも察せられ、彼は訝しげに目を細めた。
ツェッロの口角が、にぃっと上がる。
「イムファル博士。俺達には、確実に果たしたい目的がある。目的意識は薄いがボスの命令には実直な隊員を、そんなに俺達に混ぜたけりゃ、あんたがボスになってくれ」
「――何…?」
イムファルは目を細めた上に、眉を寄せた。何が云いたいのか理解出来ない。
ツェッロの表情は、いよいよ不気味なピエロの笑みになる。
「カロラインから聞いた話じゃ、符丁は、俺とあんた、そこから隊員だけが知ってる状態にしなきゃならないんだろう? タオには教えなくて良いって」
「……それがどうした」
何となく不快感が強くなって、イムファルも丁寧な言葉遣いを忘れた。
「俺じゃなく、本当のボスであるあんたの命令なら、まだ、下っ端隊員どもも聞きやすかろう」
「……」
イムファルは一層深く眉間に皺を刻む。何が云いたい。
――気のせいでなければ、ピエロの嫌な笑みが緩み、「真摯」な目つきになった。
「イムファル博士、俺達の目的のために、知恵を貸してくれ。俺達の参謀になってくれんか。……合流する隊員に限らず、俺達のボスとして、采配を振るってくれまいか」
何を云い出すのか、このピエロは。
同じ〈画面〉の中で左脳、隣の〈画面〉では右脳も、驚いた顔をしている。
「悪いようにはしない、今回の目的のためだけで良いんだ、どさくさ紛れにサウザーの中枢に入り込んだりなんて思惑がある訳でもない。――此度の目的を果たすためには、恐らく、俺達だけでは駄目なのだ。貴公のような、冷静な参謀が必要なのだ。この目的は、必ず成功させなければならないんだ――どうか、頼む、イムファル博士、力を貸してくれ」
まさか、この道化師の、こんな姿を見せられることになるとは。ツェッロはテーブルに手を付いたらしい状態から、深々と頭を下げてきた。
その態度に、イムファルも少なからず動揺する、もしや単なるポーズに過ぎないとしても。
だが――
つくづく、イムファルはツェッロの云う「目的」を知らない、そしてそれは、領主タオの「目的」と合致しているとは限らない――
イムファルが胸中の動揺を消し、
「ツェッロ閣下、貴公がそこまで殊勝になるのですから、余程の『目的』ではあるのでしょう。ですが、私がそれにほだされるとお思いでしたら、あまりに脳天気ではありませんか? 答えは『ノー』です。私は『サウザー領』の幹部として、任務で、今の通信を行っているのですから……。そのお申し出は、私の任務に関係ありません。私個人に何らかの取引を持ちかけているつもりならば、お門違いです。仮に、そのお申し出にイエスと答えない限りは符丁の決定も出来ないと仰せなのだとしたら――振り出しに戻るだけです、私はミズ・カロラインとの通信回路を、粘り強く維持し続けます」
淡々と、そしてキッパリとイムファルは云う。ここで強引に〈通信〉を遮断されてしまう危険性はあるが……、云った通り、カロラインへの〈回路〉さえ消失しなければ何とかなる。
〝イリグマギ〟からの〝個人的な申し出〟を受け入れることなど――それが疚しいかどうかを問わず、もしや領主の意向に反することになったとしても――イムファルは、それこそ「個人的な感情」を理由に、出来なかった。
ツェッロは、ムッと口を尖らせた後、項垂れて大げさに「はあ」と息を吐いた。
「全く頑固なおっさんじゃい。この僕ちんが頭を下げとるっちゅうのに、聞いて呉れんのかい」
「……」
またもやパーソナリティが入れ替わり、ツェッロが大げさな嘆きの独り言を吐く。イムファルは無言だ。
項垂れていた頭を上げると、――ピエロの目は、再び、真摯な色を湛えていた。
「ならば仕方ない。イムファル殿、貴方に頼むとは云わない――『うん』と云ってくれるなら、直ぐさま符丁を決めていたところだったのだがね――余計な時間を使うことにはなるが、改めてサウザーに頼もう」
「……何ですと?」
「サウザーの諜報隊員をイリグマギに合流させるにあたり、サウザーからソレ専属のボス、参謀を貸してくれたまえ。何度も云うが、俺達の目的は絶対に失敗が出来んのだ。……正直、〝道化師〟の集団だけでは無理かも知れぬと、何と、この俺様が悲観してもいるのだ。――カロラインから聞いたぞ、何とマァ、今は城に〝問題児〟シダー氏も居るのだろう?」
「――」
「サウザーの三羽烏、天才博士達を貸してくれ、イリグマギに」
からかうような口調では無い、至極真剣な口調でツェッロは云ってきた。
――それを褒められたと思う様なイムファルではない。シダーも後に呆れた通り、そんな通り名、評価は、傍が勝手に云っていることであって、本人にしてみたら意味の無い世辞である。その上、イリグマギの総統から云われたと思ったら皮肉か揶揄にしか聞こえない……。
だが、ツェッロの口調は何処までも真摯に聞こえた。またしても、「悪いようにはしない」とツェッロは繰り返す。
「悪いようにはしない――というより、きっと、良いことがある。イムファル博士、ここで余計な時間を使っていることは、貴方方サウザーにとっても……、というか、〝スプープ〟にとって、確実に『損』だ」
「――。ツェッロ総統閣下。云っておきますが、無駄に時間を費やしているのは、貴方の方ですよ」
「何度も云わせて貰うが、俺達には今、必ず成功させなければならない目的がある。今焦って、あんたとの間に符丁を決め、役立たずの隊員を合流させられるようでは、その方が俺達にとって絶望的な損失だ。――今、費やしている時間は、俺にとっては無駄じゃない」
「……」
ツェッロの声色が少々強気なものになる。イムファルは口を噤み、一度思案げに目を閉じた。
「イムファル博士、はっきり云おう、これは確実に取引だ。俺達イリグマギにサウザーの諜報隊員・特殊工作員を合流させるのならば、三羽烏のいずれか〝一羽〟だけでもいい、参謀も込みで貸してくれ。それは、決してスプープにとって損にはならない、いや、糧になるだろう」
「――。その『糧』とは、何です」
イムファルが問うと、……ピエロの口角がまた、にぃっと気味悪く歪んだ。
「その説明は、俺にとっても時間の無駄だ」
「――」
イムファルが眉を寄せてピエロを睨みつける。
今度は、ピエロの方が、「回答だけを待っている」ように、ニヤニヤしたまま無言だった。
イムファルは俯き加減になり、少しの間自分の思考に沈んだ。いや、「思考」という冷静なものではない、「苦悩」か「煩悶」だったかもしれない。
――顔を上げ、
「ツェッロ閣下、少々お待ち頂けますか」
と恐縮そうな声を作ってピエロに云った。
ピエロが、「どうぞ、構いませんよ」と喉で笑いながら云うのを聞いてから顔を背け、胸元の〈マイク〉に触れた。
「……マッシオ、至急、タオ様に繋いでくれ」




