【第四重要通信室】-(1)
タオの口ぶりからすると、通信を切られる可能性もあるようだ。イムファルは、今繋がっている〈回線〉を見失わないよう、機器を慎重に調整しつつ、相手方の応答を待った。
流れが良く見えていないイムファルにとって、数分ではあったがジリジリとやたら長く感じる緊張の間があり、目の前の〈モニタ〉に派手な女の顔が浮かんだときには、却って少し安心した。
カラフルな髪をした女――カロラインは、今日初めて対面するイムファルに「ごきげんよう」の挨拶もしないまま、
「全く、マイペースでワンマンの上司を持つと、お互い苦労致しますわねぇ、イムファル博士!」
と大げさに嘆く声で吐き捨ててきた。
イムファルは表情を変えずに、
「我が領主が『マイペース』というのは否定しないが、『ワンマン』と『苦労』には、共感出来ないね、ミズ・ロザリウム」
とあっさり返した。
カロラインは、ツンと唇を尖らせる。それはわざと作った表情だと分かった、本気で気を悪くした訳ではないようだ。
「応答してくれたのだから、タオ様から云われた用件を進めて良いのですな?」
イムファルが確認すると、カロラインは「ふんっ」と鼻息を飛ばした後、「いいえ」と首を振った。
今度はイムファルが訝しげに目を細め、少々、眉も寄せた――向こうにもこちらの顔が見えている、カロラインが肩を竦め、「そんな怖い顔なさらないで」と拗ねたような声を出してきた。
次には作ったものではない苦笑を浮かべ、
「煙に巻いて逃げようというのでもありませんわ、先ほど、貴方の領主様からも云われましたのよ、博士のお耳には届いてらっしゃらなかった? ――もう、私の一存だけでご返答は、難しいんですの。今、ヴォイド総統に繋げておりますから、直接お話して頂けますかしら」
カロラインがそう云った。イムファルの鼓動が「どくん」と一瞬跳ねる。イリグマギの総統と直接話をしなくてはならないのか。
緊張がカロラインに伝わったのか、今度は、こちらをからかうような薄笑いを浮かべた。
「話が殆ど見えてらっしゃらない博士には、何とも理不尽なことに思われましょうけどねぇ。もう一度申しますわよ、貴方の領主様が、私に無理ならツェッロと貴方で直接話をさせろ、と仰ったの。そろそろ『ワンマン』にも共感頂けません?」
――肯定はしたくないので、イムファルは一度目を閉じ、次に瞼を開けるときには無表情を貫いた。
カロラインはイムファルからリアクションが無いことに「ふん…」と鼻を鳴らすと、「少々お待ちくださいましね」と棒読み気味に云い、その後は黙った。
イムファルは一度モニタから顔を背け、胸元にある小さな〈マイク〉に触れると、
「マッシオ、無事に繋がったことを報告しておく。そちらは任せる」
と早口に一方的に云った。
そして、再び、緊張の高まる数分間があり、――カロラインの隣りに、別の胸像が現れた。
現れたのは、筋骨隆々とした男性である。シルエットだけで云えば、チョウと良く似ている。角張った顎に高い鼻、それが故に奥まっている目も、彼と同じで金目である。肌が褐色なので、眼光が鋭く際立つ。ただし、彼と比べて少し齢を重ねている分、短く刈り込んだ髪はポツポツと白が混じり、目尻の皺が目立ち始めていた。
イムファルは少々拍子抜けした気分になり、不思議そうに眼を細める。
――軍人然とした容貌だが、彼もカロラインと同じく「参謀」だ……、つまり、ヴォイド・ツェッロ総統ではない。〝左脳〟のレオナルド・アクアリウムではないか。
レオナルドはイムファルに向かって、
「恐れ入る、イムファル博士。もう少々お待ち頂けるだろうか。ヴォイドは、まだお目にかかれる状態ではありませんで」
地の底から響くように低く、しかし誠実な声色で、そう云った。
イムファルは薄笑いを作り、
「……お化粧がお済みでないのだろうか」
と云った。すると、レオナルドは真面目に、
「仰せの通りです」
と答えてきた。イムファルの方が、こくん、と一つ唾を飲む。
――イムファルがヴォイド・ツェッロと対面するのは、今日が初めてではない。何度か、「会った」ことはある。が、面識があるかと云えば、イムファルには応えがたい。
イリグマギの総統、ヴォイド・ツェッロは、一言で云って、「誰も素顔を知らない」のだ。タオ達がイリグマギ結社やオーチャード、ピンリーを「道化師の集団」など称するのは「喩え」であるが、ツェッロ個人に限れば、見た目からして、文字通り「ピエロ」なのである。
マッシオ技師は「イリグマギの右脳と会話など雑談であっても無理だ」という反応をサンハルに見せたが、その意味だけで、イムファルはイリグマギ総統との対面に緊張しているのではなかった。どんな顔で出てくるのか、が問題なのだ。何せ、子供が見たら確実に泣き出すだろう顔、ともすると、心臓の弱い者なら死ぬんじゃないかと思う程に怖ろしい「顔」を描いていることもあるので――。
〝右脳〟と〝左脳〟が、
「お待ち頂いている間、我らの『マンザイ』ででもお楽しみ頂きましょうか」
などと軽口を叩いてきたが、イムファルは素っ気ない声で「結構だ」とだけ返し、むっつりと唇を引き結んだ。今まで見たことがあるツェッロの「顔」で一番驚いたものを思い出し、それよりも「怖そう」なものを想像することで心の準備をしつつ、イムファルは彼の登場を待った。
……「マンザイ」を披露する時間など結局無かっただろう、ほんの一、二分したところでレオナルドが軽く後ろを振り返り、
「ああ、もう来ました」
独り言ともイムファルへの宣言とも取れぬ口調で云って、――総統と位置を替わった。
イムファルは、ふうっと息を吐く。現れた顔は、それほど奇天烈なものではない、「ピエロの顔」と思ったら、それなりに一般的と云えるだろうものだった。
――ツェッロの素肌は、恐らく黄系である。その右半分を真っ白に塗り、本来の眉の位置より随分と上、額の半分くらいに上カーブの細い眉を描いていた。左半分はほぼ素肌のままだが、瞼を上下とも真っ赤に塗りつぶし、頬には青で「☆」を描いていた。
唇の周りは左右対称に、しかし黒色で、如何にもピエロらしい笑みの形を描いている。
……そして、目の色は以前対面したときと違う。右目は赤、左目は黒だ。前回は、金と青だったと記憶している。髪の色ももしかしたら変わっているかもしれないが、今は、ハート模様がちりばめられた布で頭を完全に覆っているため分からない。
「どうも、お待たせした、リンデン君。全く、カロラインが当てにならないことだ」
やたらと陽気な声でピエロが云う。居る場所は違うが、同じモニタの隣りに映ったカロラインが、プッと頬を膨らませた。
イムファルも多少は、気分が悪い。感情を全くコントロールしなければ、「クソ生意気な小僧め」と率直に思っているところだ。もしシダーが此処に居れば、実際、口にしていたかもしれない。
――実のところ生年月日は不明、年齢不詳の総統ではあるが、カロラインにレオナルド、そしてイムファル自身よりも、だいぶ年下ではある筈なのだ。それこそ、「サウザーの三つ子」と大して変わらないかもしれない。年上の人間に無条件で敬意を払え等とは云わないが、「君」呼ばわりされて何ともないほど親しくもなければ年が近くもない、のも本当である。
イムファルは、そんな馴れ馴れしいツェッロに敢えて、
「では、本題に入らせてもらって宜しいですか、総統閣下」
冷めた口調ながらに、そう云った。
笑みの形が既に描かれているが、実際の頬と口角も笑みの形に緩み、ツェッロが
「さぁて、カロラインから聞き及んではいるが、吾輩が素直に聞き入れると思ってるのかね? この僕ちんを随分舐め腐ってるね、チミ」
「……」
そういえばこの人物は、常に一人称までぶれる。強烈なキャラクターを持っている筈なのに、その個性に、統一性が無いのだ。そのため、一時「ツェッロ総統は一人ではないのじゃないか」――例えば影武者なりの複数人と対面しているのじゃないか――と思ったことがあるが、それは恐らく無い。統一性がなくぼやけたキャラクターの最奥にある「芯」、アイデンティティは、恐らく一つだけだと見受けられるからだ。
よって、「複数人」じゃなく「多重人格」という可能性は否定出来ないわけだが――感情的なことはさておきイムファルが「博士」としての立場で見た時、彼でも〝紙一重〟と感じるカロラインやレオナルドのような「才能」を率いることは、ブレていて出来ることじゃない。少なくとも、複数の個性あるいは人格を、完全に制御する「芯」が確たるものとしてあるのだ。
故に「ぼやけた個性、それでいて強烈なカリスマ性」、それが矛盾しない。
……だからこそ「道化師」――か。
「私が貴方を舐めているということはありませんよ? ツェッロ総統。私は私の職務を全うしようとしているだけです。私が領主タオより承ったのは、貴方との間に〝符丁〟を設定して隊員を合流させよと、ただそれだけですから。貴方がそうやって本題を避けるのならば、私は我慢強く此処で、カロライン女史との〈通信回路〉を維持し続けるだけで」
あくまで淡々とイムファルは返す。
ツェッロは隠れた本物の眉毛をピクンと上げて、同じく塗りたくられた瞼をぱちくりとさせた。
人を小馬鹿にした声色が、何だか嘆き節のように変わる。
「嗚呼、この感じだと、アレだね。アタシが優位に立ってイイカンジに話進めることは出来ないっぽいわね。悪かった、イムファルさん、貴方は、何かよく分かってないんだよね。それじゃ困るのだわさ、時間がないんだからさ」
……実際「何かよく分かっていない」イムファルにとって、それは独り言でしかない。黙ったまま無表情を貫き、まともな返答を待つ。
ツェッロが真っ赤に塗りたくられた瞼を狭めつつ――それは笑みなのか蔑視なのか判別がつかない――、ゆっくりと穏やかな……いや、ねっとりとした声色になって、イムファルに語りかける。
「ねえ、イムファル博士。正直なところ、儂もタオ閣下のお申し出は、有り難いのじゃわ」
――その時、カロラインが少々驚いたように目を見開いたが、イムファルはそれを敢えて気にしなかった。
「ならば、早急に本題に入らせて頂けませんか。私はせめて、貴方の側から都合の良い〝符丁〟を提案して頂こうと、待っているのですが――私から一方的に決めても宜しいのですか?」
「かと云ってだねぇ、確実に果たしたい目的が我々にはあって、しかも時間も無いという状況でだよ、タオ閣下、貴方、その部下――なぁんて上下関係で命令されただけの、目的意識の薄い、しかも恐らく本音では〝イリグマギ〟に協力なんかしたくないだろう、故にやる気も低いだろう人員を頭数だけ足されたって、屁の突っ張りにもならんのですわ」
「……」
イムファルの問いに答えていない、嫌味たらしい嘆き節の独り言を、ツェッロは投げてきた。




