【情報部室】
途中まではご老体に速度を合わせて並んで歩いたが、〈軍〉司令部と情報部室への分かれ道でブランシュと別れてから、サンハルは大股に情報部室へ向かった。
情報部室は他の部署と違い、扉の上部に細かい「案内」の出る板が有り、〝ドアベル〟や〝インターフォン〟のような機器もついている。
今の案内板には、「入室禁止」の文字が、赤の背景に白抜き文字で出ていた。これは即ち、それが誰であろうが、今、この扉を開けて入ってはいけない、という意味だ。だったら施錠すれば良いじゃないか、という理屈も抜きにである、鍵を持っている者が開けて入っても駄目、という意味だから。
「情報部員以外立ち入り禁止」だったら部員以外――サンハルやタオも含め――は許可無しに立ち入れない、「関係者以外立ち入り禁止」だったら「城の職員以外」という意味だから、例えば城の見学や議会の傍聴に来た「一般人」は当然、入れない。
……となると、この「案内板」一つ取ってみても、現状、シダーの立場はかなりあやふやなのが分かる。法整備を急ぐか、彼に特別な「通行証」でも発行するかしないと――サンハルもそんなことを思いついた。
最も「厳重」と云える「入室禁止」が出ているということは、もしかすると今、イムファルはロザリウムと「対面中」なのだろうか。そんなことも考えながら、サンハルが一応、扉の隣りにあるベルを鳴らす。
数秒待って応答が無いので、再び鳴らすと、「機械」から、
「何方ですか、今は完全に入室禁止です」
と、恐らくマッシオ技師の――囁くような、しかし苦々しい様子はハッキリ分かる声が聞こえた。
やっぱりイムファルが、既にどれかの「通信ブース」にでも入って、「重要なやりとり」をしているのだろう……。
「マルス・サンハルだ。済まんな、イムファルが塞がってるのは分かってる。マッシオ君だね? 君でも大丈夫だ――此処で全部伝達するのはなんだから、取りあえず中に入れてくれないか」
「はふっ、あっ、失礼しました」
囁くように細いのは相変わらずだが、苦々しかった声色が慌てたものに変わる。扉から小さく「かち」と音が聞こえたので、サンハルは自分からそれを開けて、情報部室に入った。
一旦、部屋の内部を隠すように衝立がある、それを避けると、部屋の真ん中でマッシオが敬礼をしているのが見えた。形式としてサンハルも敬礼を返して、足早に彼に近づいた。
防音は効いているから普通に喋っても良いのだが、心理的には、サンハルとて小声になる。少し背の低い彼の耳元に近づくよう、軽く背中を曲げる。
「――イムファルは〈重要通信室〉か? 〝右脳〟が応答したのか」
「は、はい。先ほど、それを報告する意味で、一度だけこちらに、部長から声が掛かりました」
「そうか」
今居るこの空間は、情報部室の「司令室」と云える。他部署ならば、机に椅子、戸棚が整然と並んで如何にも事務的だが、此処は壁も床も「機械」や「投影機」だらけだ。
先日タオが使った〝風信室〟や通常の〝無線室〟〝通信室〟等は、情報部室の隣りに別途部屋があり、その中でまたブースになっているが、今イムファルがやっているような「重大」な通信のためのブースは、一旦情報部室に入った後、この司令室からもう一度扉を隔てて奥まった場所にある。
マッシオが壁の一部にチラリと目を向けたので、サンハルも釣られた。「四番」の〈重要通信室〉が使用中であることを示すランプが灯っていた。
「……その後は、全くこちらに指令や報告がありません…。区切りを付けられる状態では無いのかと」
「然もありなん、だな――君と交替出来る『話』でもないからな」
それを聞いてマッシオは、「交替出来る話だとしても無理、嫌だ」というふうに、狼狽えた顔をしてぶるぶると首を振る。〝イリグマギ〟と会話など、お天気の話だろうが出来ない、と云いたそうな態度に、サンハルが一度微苦笑を漏らしてから云った。
「イムファルが空いたら、〈軍〉の司令室に来るよう伝えてくれないか」
「畏まりました」
キッパリとした口調で云われ、マッシオも表情を引き締めて応じる。
「それと、エグメリークの会見の〝録画〟なんだが……、持ち運び出来る〈装置〉に、予備や複写は無いか?」
「……概要を纏めるのに、情報部から外務部へ伺いましたので、外務へ行った者は持参してしまっていると思うのですが…」
マッシオが小首を傾げ、「少々お待ちを」と云い一つの「機械」に近づくと、それが乗ったデスクの引き出しを探った。
やはり困ったように首を傾けてから、別の机に近づいて〈板〉を手に取り、サンハルのもとへ戻る。
「済みません、やはり、複写は、外務部に向かった部員が皆、持って行ったようです。予備はまだ作成出来ておりませんで――これは、私の分ですが」
マッシオが恐縮そうに云って、〈板〉をサンハルに差し出した。――そう云われると、サンハルの方が少し申し訳無い気分になる。
「いや、俺が必要で云ったんじゃないんだ。マッシオ君、これは君が持ってなきゃいけない複写なのかな。これを予備として、君のは改めて複製というのは?」
「は、あの、それはどういう意味で……」
「この後、恐らくアサギ君――フリュスからのお客人は知ってるね?――が続けて、此処を訪ねて来ると思うんだ。彼も会議に出席していたから、会見を見られなかったんだよ。サウザーで纏めた概要を確認するだけでは、地元の方々と齟齬が生じるかもしれないだろう? 俺達よりは、アサギ君の方が急を要するんだ。……ちなみに、これは彼からの要望じゃなくて、タオからの『命令』と云っても良いんでね、それで、イムファルが塞がってるのも分かってるが、俺が云いに来た、って訳だ」
そう云ってサンハルが、軽く肩を竦めた。マッシオは戸惑いの表情を浮かべつつも「左様ですか」と応じ、
「ならばやはり、これをお持ち頂くのが良いでしょう。どちらにせよ、私が今これを見られる状態にありませんので、予備のようなものですし――」
こくん、と頷いてから、「アサギ君には、こちらをお渡ししておきます」と確認する口調で云った。
「うむ、それじゃ、頼むよ」
サンハルも頷きを見せて、直ぐに扉を振り返った。――そんな彼に、マッシオが再び敬礼を見せる。タオほど表に出しはしないが、サンハルも「そこまで若い子に『挨拶』として敬礼を徹底しているつもりも、俺達には無いんだがなあ」と心の中で苦笑を浮かべた。
だが、タオと違ってサンハルは「軍人」である。非番であるならまだしも、職務中である彼に対して、タオのように「そんな堅っ苦しくしなくても良い」などと、自分が云っていたら示しが付かない立場の自覚もあるので、サンハルも形式として敬礼を返し、情報部室を出、〈軍〉の司令室に直行した。
その後、数分して、サンハルの予告通り、フリュスのお客人が情報部を訪れた。
アサギも、「入室禁止」の案内板にたじろぎ、そっと「ベル」のボタンを押す。
室内に居たマッシオは、アサギだろうと予測しつつも一応「何方ですか」と沈めた声で応じる。
「あ、あの、アサギ・フリュスです」
狼狽えた声でアサギが答えると、「少々お待ち下さいね」と落ち着いた声が返ってきた。
マッシオはもう、〈板〉を手にして扉を開け、
「済みません、今は入室禁止にしてますので」
とまず断り、道を塞ぐように、アサギの目の前に立った。
「サンハル閣下から伺っております、こちらをお持ち下さい」
マッシオがそう云って、手にした〈板〉を差し出す。アサギが「有難うございます」と云いながら、丁寧に両手で受け取った。
「――見てしまったら、返却に来た方が良いですか? あるいは、『消去』した方が?」
「会見の映像は既に『公表』と云って良いほど、大っぴらに出されましたからね。『閲覧制限』の意味でしたら、返却や消去の必要はありません、追加の複製も今やってますんで。――ただ、〈板〉自体が物資として貴重と云えばそうですから、必要が無くなったら総務部にでもお返し下さい。情報部までお持ち頂かなくても結構ですよ」
「分かりました、有難うございました」
ペコッと頭を下げて、アサギは直ぐに踵を返した。走りこそしないが足早に部屋へ戻る――マッシオの物腰と声色は落ち着いたものだったが、ナーバスになっている雰囲気はアサギにも伝わっていた。恐らく、イムファルがもう、「さっきの女性」と会談中なのだろう……。
一度アサギがちらっと振り返ると、マッシオは自分がある程度離れる様子さえ見届けず、即座にドアを閉めていた――。




