【回廊:アサギとリオン】
会議室を出て直ぐ、リオンはアサギに顔を向け、
「ところで、〝シュバイツきかん〟って何?」
質問したいことは幾つかあったが、その疑問を真っ先に解消しないことには、スプープの一員として――タオ達のように「機密」も抱えることになる幹部は兎も角アサギとも――「知識量の差」が生じていることになるので、最初にそれを訊いた。
「ミスの指摘」になってしまうから、少々恐縮そうな顔をしてアサギは、
「……スヴァイツですよ」
先ずそれを云った。
お互い「やるべきこと」を、タオから云われて抱えているので、立ち話で時間を費やすことは出来ない。一先ず部屋に戻りましょう、と促すように、アサギが一歩目を踏み出した。
走っては行儀が悪いので、早足に回廊を行きつつ、アサギが問いに答える。
「リオン君も云った通り――〝国家〟ではなく組織です。サヴァナとかイリグマギみたいな――いえ、イリグマギのことは良く知らないのでハッキリ云えませんが――規模としては、それなりの『国』と同じくらいに考えて良いんだけど、あくまで〝組織〟」
隣のリオンにチラチラと視線を向けながらアサギが云うと、リオンもその視線を横目で受け取りつつ小首を傾ぐ。
「究極的に中立、とか云ってたよね」
「はい。ガイアに於けるどの国家であろうと、敵対もしないし友好も結ばない。〈国家間紛争〉に巻き込まれることを避けている〝組織〟です。紛争・闘争に限らず、〝国家〟と『関係』を持つことを、とことん避けているというか……」
「……今の〝世界大戦〟も、完全に傍観決め込んでるってこと?」
「だと思います」
それだと――さっき云っていたことが本当なら、「オーチャード・ノル・ユニオン」とスタンスが同じってことなんじゃないだろうか。
イリグマギ結社というのが、「乱痴気騒ぎを盛り上げる道化師」と云われるのは、さっきのタオとの会話で何となく納得出来る気がするが、あの老人からはまだ、そんな様子が伝わらなかった。――だけど、オーチャードは「ある意味」中立で、スヴァイツは「究極的に」中立、その評価の違いはどこから来るのだろう。
アサギも、オーチャードの方を良く知らないのだから、その違いを明確に説明は出来ないだろうが、スヴァイツ機関のことを知識として知っている分、先ほどの会議で抱いた印象と合わせて、感覚的には分かるのかもしれない。
「――俺達サヴァナも、〝国家〟じゃなくて只の集団だけどさ…。今みたいな〝世界大戦〟で、『我関せず』はなかなか難しいんじゃないの? あの爺さん……カラスつってたあの人が総帥やってる『オーチャード』ってのは、何か、得体が知れなくて怖そうで――完全に印象だけの話だけど――どんと構えてられそうな感じがしたけどさ」
「ええと……、何と云うか……、スヴァイツ機関は、そもそも『成り立ち』というか、『形態』というか……が、〝国家〟とか国家に準ずる集団とかとは、全く違うんですよ。ホントに、『組織』、〝機関〟が先にあるんです」
どう説明すれば伝わるだろう――とアサギも悩ましげに首を捻りながら、取りあえずそう云った。リオンは案の定、「はん?」と首を傾げている。
「まず『民』が居て、ある程度の数それが集まって『コミュニティ』が出来て、それがまた集まって規模が大きくなって――〝国土〟〝政治〟〝権力〟が生じた『国家』、って形態とは、そもそも性質が違うんです。リオン君達サヴァナも、組織とは云ってますけど『共同体』ではあって、そこに『民』の暮らしがありますよね? ……〝スヴァイツ機関〟はそうじゃなくて…『組織』の方が先にあるんです」
「は? ……いや、ちょっと待って? それって、〝スヴァイツ機関〟には、『民』が居ないってこと? え? 何ソレ、全然意味分かんねえ。ンな空っぽの組織に、何でタオがあんな食いつくの?」
リオンが混乱した顔をして、頭を抱える。
「えっと、どういうことだろ、地図にも載ってないようなどっか辺境の地に、完全中立で無感情な、人形とかロボットが居るとか、そんなんか……?」
何とか整理しようと、独り言の口調で云ったリオンに、アサギが苦笑する。
「そういう幻想的な話ではないです。スヴァイツ機関に属する人間は居るんです――だから『空っぽ』ではないですよ。ただ……――そうですね、『民が居ない』というのは、そうかもしれません、スヴァイツは、本当に、具体的な役割を持っている機関であって、共同体じゃないんです。だから、そこに属している人は『民』というより、『人員』とか『職員』とか」
「……。うぅん、理屈は何となく、分かってきた気はするけど、実感が湧かない」
普通の「国」――サウザー領を「例えば」で考えてみた場合、タオを始めとした「お城の人」と「お城」だけが、「自治体」くらいの規模を持って在る……ということだろうか? しかし、それには何の意味があるのだろうか。タオが領主であるのは「領民」が居るからこそであって、それが居ないところに「まつりごとをやる人」だけが居るというのはナンセンスなのでは。
領民、国民が全て「公務員」という形態だったら、今アサギが云ったようなことじゃなく、「キョウサンシュギ」とか「シャカイシュギ」とか云うのじゃなかったっけ?――リオンが首を傾げる。
アサギも、歩きながら端的に伝えること、今、完全に分かって貰うことは無理だと思ったのか――行きより早足だった分、自室の扉が、もう視界に入ってきたので、
「リオン君、後でちゃんと――僕に出来る範囲で説明しますから、取りあえずは、『共同体ではない組織』というのと、さっき云った、『組織が先にある』っていうのを、そのまんまで覚えてて下さい。そこが『歴史』でも習うとこ、って意味でもあるんですよ、文字通りなんです」
「あ、そうなんだ?」
ノブに手を掛けながらアサギが早口に云うと、リオンが「分かった」と頷いた。
どうぞ入って、とリオンを促し、「地図出しますね、座っててください」と告げて、アサギはクローゼットの中にあるカバンを探り、三種類の紙と「水晶玉」、それを据えるためのクッションを取り出した。
アサギから促されるまま、リオンは机に向かう形で椅子に座っている。机の上にアサギがそれらを置き、
「この〝水晶玉〟は、リオン君が使ってる〝板〟と似た〈装置〉です。多分、同じような『使い方』が出来るかと」
「あっ、そう。……俺、〈風〉なんだけど、大丈夫かな? 部屋から自分のを取ってきた方が良いかな?」
紙の方は、わざわざ説明は要らない、折り畳んでいるのを広げさえすれば地図だと一目瞭然だ。クッションと水晶玉を机の上にそっと置きながらアサギが云うと、リオンも〈魔術士〉である、彼が何を云いたいのかは伝わっているらしく、「念のため」という風情で質問をした。
「それは問題ないと思います。フリュスのことをより知って頂くためだったら、水晶玉の方が良いと思いますが――リオン君が、自分の使い慣れた物を併せた方が良ければ、どちらでも」
「じゃあ、俺、〈板〉も取ってくる。両方使ってみるよ」
座ったばかりだが、リオンはそう云って立ち上がり、扉に戻る。結局、アサギも一緒に直ぐ、部屋を出た。
「僕、情報部室に行ってきますね」
隣の自室の前に立ったリオンへそう告げ、アサギは彼を追い越し、今戻って来たのとは別の回廊の方へ、再び足早に去って行った。
※HPのPDFでは【アサギとリオン】だけの章題でしたが、なろうで1epに独立させてみると、二人の性格や関係性を語るエピソードに見えてしまいそうな気がしたので、改題しました。




