【day3】-[10]-(6)
「出来たら、このひと月の間に。カロライン嬢曰くの『国葬』までに、センソーのほうが取りあえず決着つけば――せめて休戦が出来れば、国民のフラストレーションがかなり低下すんじゃないスか? 国葬っつぅ内政判断に不満は燻ってたとしても、それが内乱や暴動にはならない程度、発散させたいストレスは減るかもしれない。少なくとも、……カロライン曰くの『一番の臆病者』が、自分の身も危険に晒すような暴動には、参加したがらないかもしれない――暴動の『規模』は縮小されるのかもしれない」
「――」
「ならば、イリグマギやディナム老師が危惧する、『どさくさ』の危機も少しは遠ざかり、せめて時間は稼げるかもしれない。何なら、ルォーバンを制圧した勢いそのまんまで、オーチャードにはミンジュリーの都もソッコーで制圧、厳戒態勢下に置いて貰って、『国葬』を白紙にしちゃえばいいじゃないッスか」
「……つくづく、『問題児』だな、君は。何でサウザーで生まれ育って、そこまで『道化師』と同等の発想が湧くんだ、道理で平零商会が気に入ることだよ」
タオがくっくっく…と喉を鳴らしつつ云う、しかし目は笑っていない。
シダーはまた肩を竦め、
「背負う重責が無いからッスよ。俺には上司も部下も居ない。妻子も居ない。――研究室辞めたら拍車が掛かった、今は『学生』も居ない」
さらりと云う。それを聞いて、タオは目にも笑みを――苦笑を浮かべた。――シダーは、孤独を喜んでいるのだ。
タオの表情が、解りやすい苦笑から真意の見えない薄笑いに変わる。
「……まあしかし、それを俺がカラス翁に提案する訳にはいかんからな…。……カラス翁自身がそれに行き着いてくれるか、それともツェッロ君も思いついて、そっちでオーチャードやピンリーに協力を求めるかしてくれれば、俺は『知ったこっちゃない』って顔が出来るんだが」
「――」
独り言の口調で云うと、タオは腕組みをして何も無いところを見つめ、そのまま口を噤み何か考える顔だ。
さて、また何かリアクションを必要とする声かけがあるかと、シダーも黙って少々待ったが――
こんこん、と扉をノックする音が聞こえた。二人ともそちらに目を向ける。
タオが特に誰何もせぬまま、それはゆっくり開き、隙間から顔を覗かせたのはオリヴィアだった。シダーが近寄り、内側から助けて扉を大きく開ける。
「まぁまぁ、遅くなってすいませんねぇ、シダーさん」
扉を開けて貰ったことに「まあどうも」と云った後、オリヴィアはぴょこぴょこ頭を下げながらシダーに謝りつつ、中に入ってきた。彼は苦笑して「お気になさらず」と返す。
――話の腰を折られた、というほどのことではない。特にオリヴィアに邪魔された気はしていないが、〝区切り〟が付いたな、とは、タオもシダーも声には出さず同時に感じた。
タオはふぅっと息を吐き、手元の書類を纏めて立ち上がる。
オリヴィアが小股に歩いてホワイトボードに近寄り、タオとシダーを交互に見ながら、
「ごめんなさいねぇ、さっきの話、ちょっと聞きに行ってたものだから」
タオとシダーが顔に「?」を貼り付ける。オリヴィアの中の「さっき」がいつなのか分からない。
自分の言い訳が通じていないことに気付き、オリヴィアは「あらま、ごめんなさいよ」と手を振った。
「そういや、ショーちゃんとお喋りしただけだったものね。いえね、〝メルちゃん〟に繋いでくれって、タオさん仰ったでしょ?」
ああ、その話か、と飲み込んでから、タオが「連絡が付きましたか」と訊ねた。
するとオリヴィアは苦笑して、
「いいえ、ごめんなさい、メルちゃん本人には未だなんですよ。倅の奥さんがね、メルちゃんの奥さんと結構仲良いもんでね。連絡付かないかって、倅に〈通信〉してきたんですよ。あんまり『間』が増えてもなんなんで、メルちゃんの都合が付いたら、あたくしに直接連絡するように云うてきました」
「ほう、それは良い」
タオがにっこり笑う。そうでしょ?というふうに満足げにオリヴィアが頷く。
「まあ、それにしたって、あたくしも宿題を貰ってたのに、遅くなってそれは済みませんでした」
そう云って再びシダーに頭を下げるので、彼は再び、「ホントにお気になさらず」と苦笑しながら首を振る。
……タオが扉に向かおうと脚を踏み出し、オリヴィアがマーカーを手に取り、シダーが席に戻るべく椅子を引いたところで、
「りりりっ、りりりっ」
さっきまでマッカンが居た、機械の集まった机で音が鳴った。
通信機器の発信音のように聞こえる。
反射的に三人共が顔を見合わせる。
――タオが苦笑して、通信機に近寄った。
シダーも肩を竦め、
「その機械の使い方も、俺は早く聞いておかなきゃいかんですな」
と云った。
「そうだな、君の方が今後、この部屋の〝ぬし〟みたくなるんだし」
マッカンが居れば――いや、彼に限らず誰か居れば、いくら本音では「又聞き」の数を減らしたいと云っても、こういう場合、「部下」にあたる者が最初に応答するのが順当だ。だが、オリヴィアもシダーも、その機械の「使い方」を知らない。よって、「一番エラい」タオが受信機を取る羽目になった――今の状況はまるで、タオの方が一番の下っ端のようだった。
「魔術士隊第一会議室、スプープ本部だ。――うん、俺だよ。タオだ」
発信した者も、まさか領主本人が出るとは思っていなかったのだろうか? タオは苦笑混じりに応答していた。
「ああ、そう、……うん。――おれだ、ふむ、……うん? それで? ……――はぁ? 何だと?」
しかし、素っ頓狂な呆れた声を出したかと思うと直ぐに、表情も声も訝しげで苦々しいものになった。
「…………ふん、……………ふん…。――――そうか、全く、一筋縄でいかん。解った、俺が今すぐには決められん、少し待て。一度切るぞ」
向こうが何を領主に伝えているのか、シダーにもオリヴィアにも聞こえない。タオは渋い顔のままで相槌を打ち、最後には大きく溜息をついて受信機を置いた。
タオが顔を上げると、当然と云えるだろう、シダーとオリヴィアが物問いたげな顔を領主に見せていた。
タオは苦笑して、特にシダーに向かい、
「情報部からだった。まぁ、最初は技師のマッシオ君だったが」
「はぁ。……何かありましたんで? ――カロライン嬢が、癇癪でも起こしましたか」
タオが、フッと小さく吹きだした後で、もう一度、溜息をつき、ゆるく首を振る。
「俺が云ったとおり、ロザリウム君はもう、ツェッロ君に繋げたようだ――つくづく、読み切れない男だよ。〝合流〟にあたって〝三羽烏〟を貸してくれ、と云ってきたとさ」
「――。はぁ?」
先ほど、タオが受信機越しの会話で出したのと同じような呆れ声を、今度はシダーがあげる。
――〈魔術〉の業界で〝サウザーの三つ子〟と云えば、〈通信〉に於いて特殊な成長を見せたケン達を示す。それと同じように、イムファル・マッカン・シダーの三人は、「この業界」では〝サウザーの三羽烏〟との渾名で有名なのだった。
しかし、本人達はそんな名前で「チーム」を作った覚えも無い、勝手に周りが云っていることだ。故に、それを「貸せ」なんて戯言、最初から通用しない。そう意識して完全にスルーしてしまえば良いのに……「何を馬鹿正直にリアクションして、タオさんにお伺い立ててんだよ、リンデン」と、シダーはまず其処に呆れた。
タオはタオで、ヴォイド・ツェッロ総統の申し出に「呆れるほど」意表を突かれた、というところだったのだろう。
「……どうするね。シダー君」
「どうするもこうするも。シカトすりゃ良いじゃないっすか! タオさんまで、何で気ィ取られてるんです」
今度はタオに直接、呆れた顔を見せるシダーである。タオは直ぐに答えず、肩を竦めた。
シダーの隣でオリヴィアも小首を傾げつつ、
「そうよねぇ。タオさん、其処は最初にキッパリと無視しちゃう方が良いんじゃござんせんこと? 最後に断るにしたって、少しでも曖昧な態度見せちゃったら、――相手は〝イリグマギの紙一重〟ですもの、どんな隙を突かれて懐に潜られるか分かりませんわ。まして、本当にお貸ししちゃったら、向こうが麾下に入るどころか、こっちがイリグマギに協力してるようなもんですわよ、済し崩しに手を組むことになりかねませんわ」
息子に小言を云うような口調で続けた。再びタオが肩を竦めて苦笑を見せる。
今度はシダーが大きな溜息をついてから、
「……。それこそ、交換条件か脅迫ですか? 〝合流〟を飲む条件として? それとも、ミンジュリーの民衆を守る義理がタオさんに無いのは解ってる上で、別途、サウザーでテロ予告でもされたんスか」
「そういうんではない、っぽい」
「ぽい?」
シダーが顔をしかめると、タオは小首を傾げて返した。
「そりゃ、今の間に全部を聞けてはいないさ。――向こうの要求は、ハッキリ云ってる。イリグマギは〈魔術士〉の集団、それも皆〝意志の疎通〟以上だ。『この世を引っかき回す道化師』の集団といえど、『はぐれ』や『もぐり』は居ない実力者揃いなのは、君も知ってるよな」
「まぁ……、少なくとも、CFCみたいに『浅い』、烏合の衆じゃないことは」
「でも、『研究者』は居ないんだ。……一応『参謀』ということになってるロザリウム君に〝左脳〟のアクアリウム君も、実践者である〈魔術士〉。イリグマギとしては、確実にミンジュリー皇家を救出するにあたって、純粋に――というか、客観的で冷静な立場で状況を見られる、そして作戦を考えられる『参謀』も居て欲しいということらしい」
「……」
シダーが腕を組んで首を捻り、ふう、っと再び、呆れたような溜息をつく。
「だから何だってんです。知ったことじゃないでしょう、タオさんには」
「おや、『ミンジュリー皇家が死亡という形で失われるのはスプープにとっても損失かもしれない』と云ったのは、君だよ?」
タオが薄笑いを浮かべて云う。シダーは軽く、「云いましたけどね?」と返す。
「俺は、もっと具体的に、スプープにとっての〝宿題〟を、タオさん、あんた自身から貰いましたよ? 俺自身、『皇家消失』をスプープにとっても『損失』だと考えてはいるが、〝宿題〟の時間を削ってイリグマギに知恵を貸してやらなきゃならん程とも思わない」
素っ気ない声でシダーが云う。
「タオさんだって、いや、あんたの方が余程、そう考えてる筈でしょう。何だってあんたが、気を取られてる」
シダーが鋭い目つきでタオに問う。タオは薄笑いを浮かべた。
「そこだ。――ロザリウム君が云ってた『世界が滅ぶのかも知れない予兆』みたいな、ものっそい曖昧な『情報』とか、テロ予告とか、さっき危惧してた潜入タレコミとか。そういうんで交換条件やら脅迫やら云ってきても、俺に通用しないのは、ツェッロ君とて解ってるだろうさ」
「じゃあ、何です」
「……イムファルの口ぶりだと、ツェッロ君は、スプープにとっての『メリット』を、ほのめかしたらしい」
「――『人材』としての『ミンジュリー皇家』を救出する、本来の目的以外で?」
「ああ。――策士さ、そこんとこは明瞭にせず、匂わすだけでな。……最初はどうも、ツェッロ君は『サウザー』にそれを申し出たつもりでもなく、イムファル個人に打診したような感じらしい」
「はっ、マジっすか?」
シダーが、今度は目を見開いた。
「〝三羽烏〟のうちの一羽であるイムファルにコソコソ声を掛けてきた、ってことだ。彼はこちらから合流させる諜報隊の、直接のボスにもなるし」
「……」
腕を組んでいた片方を解き、シダーが思案げに口元を擦る。




