【day3】-[10]-(5)
「――いや、その割りに『手を貸してくれ』とは率直に云えないってのが、まさに『子供』……少なくとも『大人の態度』じゃねーなぁ、と思ったんで」
まず「失礼」と手を翳した後でシダーが云うと、タオも目をぱちくりとさせてから「ふっ」と笑った。
「ああ、それはそうだな」
「――『ミンジュリーがこれこれこういう非常事態にあるから、皇帝陛下を救出したいので協力してください』と率直に頼みさえすれば、あんな御託のキャッチボールなんかしなくても、タオさんは『諾』って即答してたんじゃないスか?」
「さあ、流石に即答はしてなかったかもしれんがな。率直に要請してくれてりゃ話が早かったのはそうかもしれん」
「『協力してくれ』じゃなくて、『邪魔するな』って云い方で、何だかんだサウザーに傍観させないってのが、ねえ。腹かっさばく覚悟はあっても、頭下げられないプライドを捨てる勇気はないんか、っていうか……見栄っ張りというのか、ツンデレというのか」
「まあ、策略家と云えば策略家でもあるさ」
「その策を巡らす理由が、『素直に頭を下げられない』ってんだったら、やっぱり子供ッスよ。仰る通りの『純粋』ですね」
「それも恐らくツェッロ君からしたら、殉死やテロと同じ重みなのさ。俺に頭を下げさえすれば、必ず皇帝が助かるというなら喜んでやるが、そうでないなら、頭下げるだけ損、ってこったろう」
「成る程」
肩を竦めて云ったタオに、くく、と笑って頷いてから、シダーは少々表情を引き締めた。
「……しかし、タオさん。今となっちゃ、俺としても、ミンジュリー皇家が無事で居ることは、結構重要になってるんで、それは覚えといて下さいよ。サウザーから派遣する隊の目的として、それを上位に置いてた方が良いと思う」
「……。それは俺が、『潜入』がバレる恐れがあるなら『脱出』が叶わなくても良い、って云い方したのに引っかかってるってことか?」
「そうです。それもタオさん流の方便だったってんならいいんですがね、……本気で云ったでしょ?」
「……まあな」
シダーが顰めた声で云うと、タオは微苦笑を浮かべて頷いた。
――恐らく「潜入が発覚する恐れがあるなら、〝テロ行為〟の邪魔もしなくていい」というのも、タオは本気で云った筈だ。
「ミンジュリーの〝政治〟が腐ってるってのがそうだとしても、王朝が〈魔術士〉を主体として生まれたことにも違いないんですから、サウザー領とそう変わりませんよ」
「だから?」
タオが意外そうに目を細めて、シダーに首を傾げる。シダーはタオの表情を見て、軽く手と首を振る。
「いや、俺も『同胞意識』って感傷で云ってんじゃないんで。誤解なさらず」
「ああ、そうなのか。まさか君がそんなこと云うなんて、とビックリした」
「タオさんに『ミンジュリーの民衆を護る義理なんざ無い』ってのも、俺は理解出来ます、全く以てその通り」
「ふん……」
「連中のセンソー相手であるルォーバンは、〈魔術〉に対する無理解がイー・ルに勝るとも劣らないって感じですからねぇ。そのせいで、兵役に魔術士って人材が特に必要とされてないだろうし……その上、〝素人〟のハーティが長らく国家権力握ってたせいで、皇帝陛下すら蔑ろにされるほど、ミンジュリーで〈魔術士〉の価値や地位がだだ下がりしちまってんのは間違い無いんでしょうけど。でも、絶滅したって訳でもないでしょう。サイレント・マイノリティとして、ジッと息を潜めてる〝魔法使い〟は居ると思うンスよねえ。――カロライン嬢は想像してなかったのか、してても云わなかっただけか知らないけど、そういう人らは彼女たちと同じくらい、皇帝陛下の身を案じてると思いますよ」
「ベイブ・ハーティが宰相に就く前から、ミンジュリーの〈魔術士〉は減ってきてはいたがね……。かと云ってハーティ政権が生まれて二十年の間に、自然と絶滅するほど、稀少でも無かったろうからな。――彼が全員処刑したってんでもない限りは」
「――それを考えると、ミンジュリーには皇家のみならず、『人材』が潜在してると思うンスよ。イリグマギがそこに想像力働かせずに、民衆を皆殺しにしてでも皇帝を救出する、って決心してんなら、俺は俺で『バカか』って云いますね」
タオが「ふっ」と鼻を鳴らした。そしてシダーを細めた目でねめつけ、
「シダー君、君、もしかして――、俺が指示したことと全く逆を主張してるのか?」
「主張はしませんよ。タオさんの決断に文句がある訳でも無いし。俺はあくまでただの一個人。民間人の魔術研究者でしかない」
軽く肩を竦めて、シダーが飄々と嘯く。再びタオが微苦笑を浮かべた。
「――領主の貴方が何らかの決断を下して出た結果に、俺が文句を云う筋合いでもないし貴方も聞く筋合いはない」
「……君もそれは解ってるね」
「俺は何を主張する気も無いです。領主として『潜入の発覚』ひいては『介入の誤解』を最も避けたいのなら、俺が口を挟む余地など無い。が、ミンジュリーの皇家が『死亡』という形で失われること、内戦・テロ行為・空襲等々の戦闘でミンジュリー国民が無差別に大量死することは、スプープにとって大きな損失となるかもしれない、ってのを、俺の見解として云っておきます」
「悩ませるねえ」
くくっと喉を鳴らしてから、タオが大げさに嘆くような声で云う。シダーは、「フッてきたのはタオさんの方ッスよ」と呆れたような声を出した。
タオが思案げに顎を擦り、黙って何か考える顔をした数秒後に、再び苦笑を漏らし、
「マジで、なかなか〝筋〟に取り組めないなあ。この世にやるべきことが多すぎる」
やれやれ…と息を吐く。
シダーも再び肩を竦めてみせた――が、少し何か考える顔をして、
「平零商会って道化師の一派からスカウト来るくらいの問題児として、二つ、云って良いッスか。勿論、俺にはそれを採用して欲しい野心など無いんで、即却下して、何なら『人格的に不適』つって俺をスプープから弾いちゃってもいいし。――もしかしてタオさんが思いついてないなら、ってんで一応」
「――何だね」
妙な前置きをする。タオが訝しげに目を細めた。
シダーが「まず一つ目」と云って人差し指をピッと立てた。
「これは、ほんの少しだけ、スプープの研究員として責任者のタオさんに『恨み言』ッス。――それこそ向こうから〝交換条件〟みたいな展開に持ってかれちゃヤバイってのは、俺も判ってはいたんですがねえ」
「だから、何だよ?」
「……端的に。オーチャードやイリグマギの本拠地、平零の本社周辺に、〝筋〟は出たのか出なかったのか、そのくらいは訊いてくれても良かったんじゃないッスか?」
それは大げさなポーズなのか、それとも本音なのか、シダーは言葉通り、恨みがましい顔をしてタオに云った。タオは目をしばたたかせ、「ああ…」と溜息混じりに苦笑する。
「気付いてなかったンスか? それともやっぱり、連中が『そういう情報が欲しければ麾下に入れろ』と云ってくる展開になるのを避けた?」
「『思い出さなかった』と云っておこう。そういう展開になってたら面倒ってのは本音だ。かと云って、あの時『訊くのを我慢してた』つもりも無いよ、ただ忘れてた。忘れてたのは何でだ、って自問してみりゃ、謎が〝一種類〟つっても〝数〟に腹一杯ってのも本音だから、これ以上数が確認されるのは『食傷』だ。君にも『今んとこはサウザーとサヴァナとフリュスに集中しろ』と云った、俺もそのつもりで居たから他国の状況は俺の眼中になかった、そういうことかもしれん」
「……」
薄笑いを浮かべたタオの答えが、果たして真意かどうかは分からないが――、それが本当だろうが嘘だろうが、結局今の段階で〝道化師達〟から情報を得られていないのが現実であるので、問い詰めても仕方ない。それこそ何の足しにもならない恨み言、愚痴で終わってしまう。
「ミンジュリーには、サウザーからも隊を潜入させるんだ。もしや彼の地にも出てるようなら、まさか彼らがそれを報告しない筈はないよ、そこまでポヤッとしてる隊員達じゃない。そうなれば、『どうも〝この世〟の敵対関係とは関係無く出てるらしい』という判断にはなるし、出てなければ、まだ〝この世のしがらみ〟と〝筋〟の関係性を潰せないって判断になる。取りあえず、その点でも『合流』の決断が結果的にアタリだった、とでも考えてくれないかな」
相変わらず薄笑いと、とぼけた声でタオは云い、肩を竦めてみせた。
――シダーは「…そっすか」と息を吐くと、直ぐに何の感情も伝わらない無表情になり、指を足して「二」を表すと
「じゃ、二つ目」
やけに淡々とした声色で云った。
「何だね」
「タオさん。――俺としては、カラス翁が云ってた、『オーチャードが第三者としてシレッと参戦し、さっさとCCFCを制圧する』ってのは、客観的に見て悪くないと思いましたよ」
「……」
タオは目を細めた上に、小さく眉も寄せた――成る程、問題児らしい判断……いや、「言動」だ。サウザーの者なら、それを「良くない」と判断するのが「普通」であり、「悪くない」とは云わないのが一般的だ。それを領主に「云う」から「問題児」と称される。
だが、タオ本人が彼を問題児と評価している訳ではない。何故ならカラスがそれを云ったとき、「その手もありっちゃありだ」とタオ自身も思ったからだ。ただ、やるんなら黙ってやれ、と思ったのも本心だった。聞いてしまえば、無視が出来ない。
「でも、もしや本当にその後、サウザーがオーチャードと『協力』する体制になったら、CFCから妙な疑心と批判を向けられかねませんよね。そっちの『もし』を一応考えとくなら、あの場はスルーしとくのが正解だったんでしょう」
「そうだよ。――それで、君は何が云いたい?」
「でも、ルォーバンとミンジュリーの戦争に、サウザーは全く関係無いですよ。――俺としては、オーチャードがルォーバンを制圧することで、そっちのセンソーをとっとと終わらしてもらうって手も、あるんじゃないかと思う」
「……」
「アエラが云ってた――オーチャードやピンリーだと救出に本腰にならない、〝テロ行為〟に躊躇しない、ってのが、絶対に皇帝を救出したいイリグマギからしたらネックになる、故にサウザーに声を掛けてきた、って読みが当たってるようなら、オーチャードやピンリーには、ルォーバンに介入してもらえばいいんじゃないッスか? それだったら、ミンジュリーでの救出作戦の妨げにはならない」
シダーの――本人が云うとおり客観的で淡々とした――声に、タオは細めていた目を大きく開き、一瞬ぽかんと口を開けた。




