【day3】-[10]-(3)
「シンキから隊を出させなかったのは、それも含んでる。もし、俺達から見た場合には、ロザリウム君が云うほどミンジュリーが酷くなかったら、シンキ――ひいてはディナム師匠から救出の手を差し伸べるのは、より拗れかねない感傷的な行動にとられてしまうじゃないか?」
「……」
「それは師匠本人も望んでない筈だ。――師匠の『想い』ってんならな、師匠は、『どさくさのうやむや』でさえなければ良いんだ。脱出は出来ないまま、それが革命戦争の最中であれ、市民の暴動の延長であれ、皇帝が皇帝としてきちんと処刑されるのなら、それは受け容れる――友人としてその『覚悟』は出来ている。それが師匠の『矜持』さ」
そう云ってタオは顔を卓の向こうに向けたが、生憎、ディナムはもう会議室を出ていた――。
アエラはゴクンと唾を飲んだ。
「俺自身が云った『人材』ってのも、ロザリウム君がいつまでもブツクサ云うからひねり出した方便みたいなもんでな。今となっては嘘でもないが、スプープとしては、ロザリウム君があんなこと云うまで、ミンジュリーの皇帝陛下を『人材』だとは一切想定してなかったんだから、脱出が叶わなくても『プラスアルファ』をゲット出来ないってだけで――そこまで悔しい想いはしない」
「それは、まあ……」
実際それはそうだけども――、淡々と云うタオに、フーコーは戸惑った顔をして首を捻った。「こういう人」だと知っているつもりではあるが、余りに冷たく聞こえる物言いである。タオ本人が自分をどう思おうと、長い付き合いの自分自身は、タオを「そういう人」だと思いたくないのだ。そのせいで、複雑な気分になる。
「――だから、サウザーの方が、『皇帝陛下の脱出』って目的に対して暢気で居られるんだ。絶対に果たさなきゃいけない目的じゃない」
「……」
「サウザーからすれば、『皇帝陛下の脱出』って目的を果たせたとしても、潜入がバレたら『成功』とは云えない。俺達の方が、目的の達成よりも手段――というか『目的達成に至るまでの経過』に、余程気を遣わなきゃいけない。その点で、俺達は『目的』に対して行動が慎重、消極的だ」
「? ちょっと、待って、タオさん――だからこそ、イリグマギは『合流』なんか考えてないんじゃないの? 絶対に『目的』を果たしたいのがあっちなんだから、消極的なこっちと足並みを揃えるつもりなんか無いでしょう。それに、手段としての〝テロ行為〟を邪魔させないために、『潜入をバラすぞ』って脅しにも使えちゃうんだから……」
「今君が云ったことの後半。合流してしまうと脅しの材料にされる可能性があるって、そのリスクは俺も考えた。が、前半は、もう捨て置いて良い。それは、『だったら黙って、勝手にやってろ』で終わる――堂々巡りだ」
「――」
何度云わす、とタオが溜息をつきながら云った。フーコーはバツが悪そうに口を噤み、軽く頭を掻いた。
「脅しとまで行かなくても、各種の交換条件に使われそうだとは、俺も思う。だけどな、それはあっちも同じ。どっちかってーと、俺達の立場より向こうの立場の方が弱いんだぜ、アエラ?」
「……?」
「――何が何でも皇帝陛下を救出したい意志は、イリグマギの方が強い。〝テロ行為〟でミンジュリーの国民や官僚を皆殺しに出来たとしても、そもそも皇帝陛下を救出出来なければ、向こうからしたら完全に失敗だ。となると――アエラ、向こうがサウザーに『潜入をバラすぞ』って脅してくるのと、こっちが『そっちの作戦を邪魔するぞ』って脅すのとじゃ、どっちが有効だと思う?」
タオが薄笑いを浮かべる。
「それが『賭け』……ってこと?」
「そうだ。そして『共犯』の意味だ」
「……」
「俺達にとっては『潜入の発覚』が『失敗』になるのも、ただ『面倒臭いことになるから』ってだけだろ? じゃあ、その『面倒』と『〝テロ行為〟の黙認』を、交換条件として突きつけられたとき、アエラ、その面倒の矢面に真っ先に立つ君は、どっちを選ぶ?」
――フーコーがぴくっと眉を動かし、一瞬躊躇いの表情を見せる。
「――。少なくとも、〝テロ行為〟の黙認は、選ばないわ…。介入と思われてミンジュリーの連中と〝ケンカ〟する方が、まだ性に合ってるとは云えるでしょうね…」
「だろ?」
云い難そうにフーコーは云い、タオはあっさりと返して、ふふっと笑った。
「――ピンリーだけなら兎も角、あの腰の重いオーチャードとも昨日のうちに示し合わせて『手を組ませろ』などと云って来たんだ、恐らく、あの交渉も本気だ。加えて、ミンジュリーの現状と自分の潜入もロザリウム君に語らせたんだから、俺の機嫌を損ねるわけにいかないのは、イリグマギの方が余程だよ。目的を果たすためにテロるような組織を俺が麾下に入れる訳ないのも知ってる筈だし、サウザーから侵入した隊と足並みが揃わず目的を果たせないことになったら、それが何より彼らにとって大失敗になる。――ロザリウム君に、敢えて語らせた段階で、ツェッロ君の方が余程、不利になってんだ。その上で彼は俺に賭けてる」
その言葉を聞いて、フーコーは再び、混乱したふうに首を捻り、右手の人差し指を自分のこめかみに当てつつ、左手をタオに差し出した。
「ちょっと待って、タオさん……。何か、グルッと回って、また分かんなくなったわ。『だったら云わなきゃ良かったのに』って、貴方が――サウザーが云うのは当然よね、それは分かってるの。じゃあ、何でツェッロ総統は、会談を彼女に託してカロライン・ロザリウムに語らせたの? 黙ってれば良かった、って思うべきは、向こうの方が余程なんじゃない、今頃、潜入した先で後悔でもしてるわけ?」
「ア~エ~ラぁ、だ~か~ら、ツェッロ君も『合流を望んでるか』『俺がその判断をすることを読んでたか』してんじゃないか、って云ってんだろ」
焦った声で訊いてきたフーコーに、タオがとことん大げさに呆れた声を出した。……自分で其処に行き着けなかったことはバツが悪いが、明らかに釈然としたのはそうなので、フーコーは目を見開き、左手の平を右手の拳で叩いた。
「あ~! そういうことか」
「君にはそれを云ってんだよ……。〝近眼〟が酷すぎるぞ、アエラ」
はあ~、とこれまた大げさに溜息をついて、タオは腕を組んだ。アエラは首を竦め、小さな声で「ごめんなさい…」と呟く。
「合流した後、ツェッロ君が何をどうしたいのかは解らんけどな。サウザーの隊と一度合流することで、そこから自然と――あるいは済し崩しに――『手を組む』ことになる、流れを作りたいのかもしれんし、――あるいは本音で、助けが欲しいのかもしれん」
「……自分達だけで救出を成功させられない程、ミンジュリーが酷いことになってるってことかしら…」
「イリグマギからしたら、そう見えるのかもしれん。しかし、そこで『道化師仲間』のピンリーやオーチャードではなく、サウザーにフッて来るってのが、俺にもイマイチ、明確な意図が見えんが……」
「今、貴方が云った……一度協力態勢を取って手を組む布石にするっていうのは、意図としてあり得ると思いますけど。あるいは――ちょっと表現が感傷的になりますけど、そのつもりは無いわよ――もしかしたら、イリグマギも、〝テロ行為〟を、出来たら手段として用いたくない、って動機もあるんじゃないかしら、タオさんの読み通りにツェッロが『賭け』てるんだとしたら、そんな気がしてきたわ」
「ん?」
今度は、タオの方が首を傾げた。
「〝テロ〟みたいな乱暴な手段を用いてしまうと、却って皇帝陛下の身に危険が及ぶ可能性が高い――ミンジュリーがそういう状況だとか…。それに、タオさん、貴方も仰ったじゃない、陛下が皇帝としてまだ真っ当であるなら、〝テロ〟で自分が助けられても、それを受け入れはしないだろうって。絶対に陛下を助けたいイリグマギからしたら、陛下から救出を拒まれることなど避けたいでしょう?」
「ああ……それもあるか」
「陛下を脱出させたい『意志』で云ったら、あの感じだと、オーチャードやピンリーは、そこまで本腰にもならないんじゃない? だったらサウザーの方が、ディナム翁の『矜持』を始めとして『動機』を持ってるわ。で、目的意識が強くない分、ピンリーやオーチャードと組むと、そっちは〝テロ行為〟に抵抗が無いでしょう? やはり、それで陛下から救出を拒まれたら元も子もない…。作戦実行の段階で足並みが揃わない可能性の有る『道化師仲間』よりは、動機は共通で持ってるサウザーから『監視』される方が、まだマシ、とでも思った……のかもよ」
「ふむ」
自信は無さそうにフーコーが云ったが、タオは「成る程、あり得そうだ」と素直に頷いた。
「――何にせよ、俺とツェッロ君とが、お互い顔も合わせないままの探り合い、『賭け』でしか無いんだがな……。さて、一体、結果はどうなるんだか……」
独り言のように呟いてから、タオが天井に向かってふうっと息を吐いた。――しかし、結果がどうあれ、愚痴としての〝たられば〟は吐かないのが、タオだ。フーコーも良く知っている。
「タオさん、もう一つだけ、一応、教えてくれない? 別に、文句があるわけじゃないんだけど」
「何だよ」
天井に顔を向けていたタオが、下目遣いにフーコーを見た。
「〝符丁〟を、イムファルさんとだけ打ち合わせるように云ったのは、どうして?」
「……さっきの、あの場で決めるのは好ましくないと思ったからだ。あくまで、イリグマギとの間だけの、一時的な『合流』だからな。ピンリーやオーチャードも聞いてるところで俺が〝符丁〟を決めたら、そっちがシレッと、イリグマギの構成員ヅラして混じって来るかもしれないし」
「ああ……」
それは納得、とフーコーが頷く。
「でも、イムファルさんが決めた符丁を、貴方にも云わなくて良い、というのは?」
タオはその問いに――ニッと口角を上げ、
「俺が知っちまうと、事に依っちゃ俺がミンジュリーに行きたくなるかもしれんが、良いのか?」
そんなことを云った。フーコーは思い切り顔をしかめて立ち上がり、腰を曲げて彼の顔を覗き込み、
「だ・め・です」
丁寧に云った。くく、とタオが笑う。
ふん、と鼻を鳴らし、フーコーが改めて視線を巡らすと――会議室に残っているのは、最早、シダー一人だけだった。
シダーは頬杖ついて、こちらを見ている。
フーコーは慌てた顔をして紙の束を抱え、最早領主代理の誰も此処に居ない――ということは他の皆は職務に戻っているのだろう――ことに「いけない」と独り言を呟いた後、先ほどと同じように、軽く口元に手を当てた。
タオが苦笑し、「いいさ、今のも別に聞かれて困るようなことじゃないよ」とアエラを見上げてから、
「シダー君、〝宿題〟そっちのけで聞き耳立てるのは感心しないな」
とからかうような声で彼に云った。
シダーは軽く肩を竦め、
「息抜きがてらで頭の体操にもなりそうな話してましたしね、俺にも好奇心はあるので」
悪びれない声でそんなことを云った。
「じゃ、じゃあ、タオさん、私、一度外務部室に戻ります」
アエラが、声も慌ててタオに云って、足早に会議室を出て行った。じゃあね、と笑ってタオは手を振り、シダーに目を向ける。




