【day3】-[10]-(1)
真っ先に立ち上がったのはギンとチョウで、直ぐに扉に向かって観音開きのそれを大きく開いた。会議が終わったから部屋を移るために移動距離が大きくなる、ディナムが車椅子を使うことを見越してだろう。ケンは、ディナムが移りやすいよう、卓にくっついていた車椅子を少し引いた。
ディナム翁はケンに「ああ、有難う」と云ってからゆるゆる立ち上がり、車椅子に座り直したが――他の者が会議室を出てからのほうが良いと思ったのか、まだ車輪は動かさない。
サンハルとブランシュが、
「アサギ君のこともありますから、俺は情報部に向かいます、閣下はお先に司令部へ」
「うむ、特殊部隊からの選出も、出来たら〈魔術士〉の方がよかろうなぁ」
「そうですね――」
そんなことを云い交わしつつ、足早に扉に近づき、真っ先に会議室を出て行った。
アサギとリオンは、ちょっと迷うような顔をした後、それでもタオから「次にするべきこと」は教えて貰っているから、揃って立ち上がり、
「んじゃあ、戻ろうか。〝会見〟っての、どのくらい時間かかってんだか知らないけど、あんたは急いで見た方が良いよな」
リオンがアサギの背中を軽く叩き、廊下を走りこそしないが足早に、自室に戻っていった。
――マッカンは、「待機」状態になっている手元の機器を「終了」させる作業に入っていたのだが、少し迷う目をした後で、シダーに声を掛けようと、顔を上げた。――しかし、先ほどと同様、その「少しの躊躇」がタイミングを逃す。オリヴィアがいそいそとシダーに近づき、
「ではでは、シダーさん。何かあたくし、お役に立てることはございますかしら? タオさんはあんなこと仰せですけど、あたくし、つくづく記憶にあることを自分の言葉で引っ張り出すのが苦手でござんしてね、もやぁっとしてますのよ。質問で糸端をめっけて、繰り出すのを助けて頂きたいわね」
そんなことを云いだした。シダーはククッと喉を鳴らして「そうですか」と頷き、
「ツゥリー」
とマッカンを振り返る。――直ぐに目があったので「おや」とお互い少し驚いた顔をした。シダーが、そこで何か思い出した顔をし、声を掛けたのは自分だというのに「あ、すまん、ちょっと待ってくれ」と云って、「タオさん」と彼へ顔を向けた。
「何だね」
「皆さんは持ち場に戻るようですが、俺はしばらく此処に居ても良いんで? というか、俺は会議室が持ち場ってことになるんスかね」
「〝実験室〟等が必要になるなら、準備させるが」
「ああ……、今後はどうなるか分かりませんが、今日の所は良いです。で、今日は、俺は此処に居て良いんですか」
シダーが聞くと、タオは頷いて、
「この会議室を取りあえずスプープの本部室ってことにしたからな――そうだな、君は此処に〝出勤〟してもらうことになるか」
「分かりました、じゃあ――悪かったな、ツゥリー――もう一回地図を……、東アルクスの地図を出して貰っても良いか」
その「悪かった」は、自分から声を掛けたのに宙ぶらりんに放って悪かった、という意味らしい。先ほどカロラインが割り込んだせいで一旦消された地図、その壁を指しながら、シダーが云った。
「ああ……」
マッカンが終了しかけた機械をもう一度弄り、東アルクスの地図を壁に投影させた。
有難う、と云ってから、シダーはオリヴィアに向かって、
「それじゃあ、マム・オリヴィア。――正確な座標は分かってない訳ですが、貴方自身が『〝筋〟は此処だ』と思った位置をマークしといてくれませんか。それと……――東アルクスに〝筋〟が出てから、ずーっとお宅に居て、会議に来るときに初めて外に出たって訳じゃないですよね?」
「ええ、最初は避難所にも行きましたし、ギルド事務所やら庁舎やら、結構ウロウロしてましたよ」
「じゃあ、その位置もポイントして、その時の〝筋〟の見え方とか、〈要素〉――オリヴィアさんの場合、特に〈水〉に何か変わったところや気になったことは無かったか、そういうことを思い出しといてくれますか」
「はいはい。――っと、ああ、マッカンさん、ごめんなさいよ。もう少し、アップにした地図も出して頂ける? 役場中心の……」
「畏まりました」
東アルクス全体の地図が壁に映し出されている。シダーから云われた「行動範囲」だと地図が広すぎるので、オリヴィアが恐縮そうにマッカンへ云った。マッカンは文句も云わず、全体地図の隣りに縮尺の違う地図も映した。
「有難う」
そう云って、オリヴィアは地図を眺めてペンを取り、「ええと、あの日は、〝ギルド〟でしょ、役場でしょ……」と自分が向かった場所にまずマークを始めた。
マッカンが少し迷うような顔をした後で、シダーに声を掛ける。
「ジェイ。――私は他の仕事があるから会議室を出ることになるんだが……。君に、投影機の操作法を伝えておこうか?」
「ん? おぉ、その方が良いか」
声を掛けられたシダーは、目をぱちくりとさせてから大きく頷き、立ち上がってマッカンの横に立つ。
「取りあえず、地図が映せれば良いか?」
「そうだな、今んとこは」
では、まずこれがオン・オフのスイッチで、まずこの棒でこうして、球をこうするとこうなって……などとマッカンが説明し、シダーが真面目な顔付きでふんふんと頷く。
「……こりゃ最新式なのか、それともいいやつなのか? 俺が大学で使ってたのとは随分変わってるなぁ…」
「どっちも云えるだろうな、君が居た頃と比べたら、大学にあるのもきっと新しいよ。――大丈夫か? 壊しそうな程ちんぷんかんぷんってんじゃないだろうな」
「そこまで機械音痴じゃないさ、インターフェースが劇的に違うだけで、『全く使ったことが無い機械』って訳でもないし」
「君にとって〝戦〟は無関係だからサウザー領の地図の出し方だけ云っといたけど……、〝世界地図〟が必要になるなら、この摘まみを、こうで、画面が遷移するから。縮尺変更のやり方は同じだ」
一応、という風情でマッカンが机の上の一部を指し、振りで動作を示した――実際に操作をしてみせると、オリヴィアの妨げになるので――。
それにも「ふむふむ」と小さな頷きを見せた後で、「分かった、有難う」とマッカンに云い、シダーは席に戻ると、手帳を開いて何事か書き物を始めた。
マッカンは「いや…」と曖昧に首を振り、再び着席したシダーの後ろ姿を見て、「まあ良いか…」と溜息をつく――一度話しかけたら「長話」になりそうな予感もある。自分に職務があるのも本当だ。今後機会が巡ればその時、巡らなければそれもその時である――。
バーナードはディナムに近づき、傍らに居たケンに向かって、
「陛下の椅子は儂が押そう。君らは戻って良いよ」
そう云い、「良いよね?」というふうにディナムの顔を見下ろす。
バーナードに頷いて見せてからディナムも、まずケンを見上げ、扉の両脇に居るギンとチョウにも、
「儂はバーナード君と一緒に執務室に戻るよ。君らはもう、持ち場に戻りなさい」
命令形を使ってそう云った。
三つ子は微かに戸惑いの表情を見せたが、「恐れ入ります」と返し、敬礼をして会議室を出て行った。
――会議の終了前に「球」を見上げる時間が続いたから、卓上のことを完全に意識から外してしまっていたが――ルナールが「あ」と気づき、円卓の上にまだ残っている昼食の皿を手に取る。
そんなルナールにオリヴィアが気付いて、
「あらまぁ、大公様にそんなことさせちまって、ごめんなさいよ」
慌てた声を出し、ペンを置いて手伝う。――アサギも残っていれば、あるいは気付いていれば率先して手伝ったろうが、生憎、もう居ない――。
ルナールは軽く手を振り、
「いえ。オリヴィア様こそ、スプープに必要なことをなさってるのですもの、お気になさらず」
「今ンとこは、何かもやもやしたのを思い出しといてって、二重にボンヤリしたことだから、急かなくても良いんですよ。ねえ?」
とオリヴィアがシダーに顔を向ける。シダーも、「ええどうぞ、お願いします」というふうに手を差し出した。
「今のところあたくしが一番、それこそ〝道化師〟でござんすよ。イリグマギの〝紙一重〟やらにまで手を借りなきゃならない事態は、来て欲しくないざんしょ? そりゃァお針子仕事が一番得意ですけど、お茶くみやら賄いやらも大好きですしね、ちゃんとサウザーの『何でも屋』に云うて下すって構いませんよ」
そんなことを云いながらルナールと一緒に皿やコップを片付ける。それに対して、「うん」とも「いいえ」とも云いがたいので、ルナールは曖昧に小首を傾げて、ただ微苦笑を浮かべた。
領主業務に向かう前に、一度、本来の己の持ち場である外務部に戻ろうと立ち上がったフーコーだったが、――隣で、座ったまま紙の束を眺めているタオを見下ろし、再び椅子に座った。
「ねえ、タオさん」
「何だ」
視線を紙に向けたまま、タオが返事だけをした。フーコーが軽く目を細める。
「……。どうしても納得行かないことがあるから、聞いておきたいんですけど」
雑談を振ってるんじゃないのよ、という意味でそう云う。タオは、今度は顔を向けた。
「何を?」
「ミンジュリーに隊を、極秘潜入させるのは解るわ。でも、イリグマギと『合流』させる必要なんて、あります?」
「俺は『ある』と思ったから、ああ云った」
あんまりあっさりタオが答えるので、フーコーはたじろいで一瞬口を噤む。が、噤んだ口を軽く尖らせて、めげずに反論した。
「私にはリスクしか思いつかないのですけど。……本当に、万が一『サウザーの介入』がバレた時、一番先に矢面に立つのは、本来の職務が外務の、私なんですのよ」
皮肉な声でフーコーが云うと、タオがククッと喉で笑った。
「俺の独断に巻き込まれるこっちの身になれ、って嫌味か」
「云いたくもなりますわ。――でも、嫌味だけじゃありません、真剣に云ってますの。サウザーが完全な隠密で動かなきゃならないことは、イリグマギにとって『知ったこっちゃない』でしょ? 合流なんてさせたら、イリグマギのせいで潜入がバレてしまいかねないじゃないの」
「さあ、どうかな?」
飄々と云うタオに、フーコーが訝しんで目を細める。
「タオさん、貴方、あれだけキッパリと、アイツに『邪魔する時はする』って云っちゃったのよ? 『協力するって訳でも無い』とも云ったし。向こうからしたら、『合流』なんて云っても、体の良い『監視』だと受け取るのじゃなくて?」
「ああ……、まあ、そう受け取られても、しょうがないっちゃあしょうがないな」
「ならば、その『監視』を振り払うために、イリグマギは、ただ『ここにサウザーのスパイが潜り込んでますよ』ってミンジュリーの誰かにたれ込むだけで良いのよ? 台無しじゃないの――」
にっ、と口角を上げた後、タオは体ごとフーコーに向いて、卓に肘を乗せ頬杖をついた。
「アエラ、おまえ、よっぽどイリグマギが――というか、ロザリウム君が、か?――嫌いなんだなぁ」
「……」
何故、そういう話になるのだ。フーコーが鼻の頭に皺を寄せた。
「否定はしませんわ。イリグマギには警戒心しかないし、あの女は、マジで嫌い」
「くくっ…」
「でも、そんなこと、今は関係無いでしょ」
「そうかな? マジで嫌いなせいで、目が眩んでるのかもしれんぞ」
からかうような声でタオが云う。フーコーも体ごと彼に向き、卓に肘をついて身を乗り出した。




