【day3】-[9]-(3)
強ばっていた背中と肩の力が、そこでフッと脱けて、アサギとリオンは猫背になりながら椅子の背もたれに身を預けた。
会議室に居る以上、まだ「任務」にあると云える三つ子達も、アサギやリオンと同様の、度を超えた緊張を強いられていたらしく――脱力することこそなかったが、三人ともが顔を下に向けて、「はぁ…っ」と大きく息を吐いた。
そんな若者の心中を代弁してやるかのように、オリヴィアが、
「まぁまぁ、何て張り詰めた時間だったんでしょ。長生きはしてみるもんね、まっさか、あたくしみたいな田舎のバァさんが、カラス爺やら、イリグマギの〝紙一重〟やら、ピンリーの大富豪やらのお顔を拝むことがあるなんて、思ってもみなかったわ」
暢気な声で云った。
「ショーちゃん、あんた、今まで見たことあったかい?」
「……ピンリーのキム君なら、面識はあったがね……――というか、オリヴィアさんよ、そんな暢気なこと云うとる場合じゃなかろうよ」
呆れたような顔をしてバーナードが云う。オリヴィアも「それは分かってますよ」と云いたそうに肩を竦めた。
タオが苦笑を見せた後で、全体に向かい、
「なかなか、〝スプープ〟の『本格始動』に至れませんな。一つ、課題が出来てしまった」
そう云った後で、一度「区切り」を付けるためか、パンッと手を鳴らした。
「ひとまず、色々整理して、この会議はお開きにするか。――忘れないうちに……サンハル、ブランシュさん、ああいう話になったから、この後直ぐ、イムファルやテリーインと一緒に、ミンジュリーへ派遣する隊員を選抜してくれ」
「――タオ君、あれは、本気で云うとったのかね」
ブランシュが目をぱちくりとさせると、タオも意外そうに瞬きをして、
「勿論ですよ。ロザリウム君をギャフンと云わせるハッタリとでも思ってましたか?」
「……サウザーの『潜入』がバレたら、相当ややこしいことになるのは確かじゃぞ」
「だからこそ、潜入させる隊員の適性は厳格に見極めて戴きたいわけで。ロザリウム君にはあんなこと云いましたけどね、目的こそ『皇家の救出』でも、『決して〝隠密〟であることを外れない』のが条件として第一です。イリグマギと合流をした後でも、サウザーの隊が潜入した『証拠』は絶対にミンジュリーに残さないこと、ですね。正直、イリグマギが〝テロ行為〟をやろうとした場合に、『邪魔』が『潜入の発覚』に繋がるんなら、それだって本当はしなくても良いんだ、寝覚めが悪いだけで。ミンジュリーの民衆を護る義理が俺には無い、ってのも本当のことだもの」
「――」
「潜入が発覚する恐れのある全ての行動はしなくていい。それが故に目的は達成出来なくても、バレそうなら速やかに退避」
そこでタオがディナムに顔を向けた。――師匠に対しても厳しい目をして、
「いいですね、師匠? 現段階で、サウザーは、その方針をとります」
「……」
タオが云うと、ディナムは軽く目を細めて無言だった。是とも否とも云わない。
「――師匠、今から動くのなら、『隠密』にせざるを得ない。それを師匠がやってしまうと、感傷的な介入になるってことは、分かって貰えてますよね?」
タオが念を押すような声で云うと、ディナムは端的に「ああ」と答えた。
タオは苦笑して、
「……もどかしいでしょうが、今は堪えて下さい。起きない方が良いことではありますが――何処の誰が見ても『シンキ先王陛下がリオ・カルム皇帝陛下を助けようとするのは真っ当だ』と思うくらいの状況になったら……大っぴらに介入しても良さそうなくらいの〝花火〟がミンジュリーで上がるなら、ソーディス家どころかシンキ王国軍を出したって、俺は止めません」
すると、ディナムも微かに口髭を揺らして、「成る程…?」と呟いた。
タオはサンハルとブランシュに再び向き直り、
「二人とも、良いかな。――そこまでの『隠密』になると、今グランゼアに待機させてる諜報員は不適かもってことなら、少しタイムロスにはなるけど、本部に今居るのを改めて選ぶよう、イムファルに云ってくれ。それで〈軍〉からの選抜と合わせての編成で、本部から出発ってことにしよう――サンハルはサヴァナに行くんだから急がなきゃな、今日明日中に頼む」
「分かった」
サンハルが応じ、ブランシュも頷きを見せる。
「じゃ、次――んーと、若人の方から〝まとめ〟に入っとくか。アサギ、リオン」
「は、はい」
「うすっ」
二人はぴしっと背筋を伸ばした。
「君達はフリュス村に向かう訳だが、リオンはフリュスに行ったことが無いんだよな。――じゃあ、アサギ、取りあえずリオンに地図を見せて、道程くらいは教えてやっといてくれ――いや、ちょっと待て」
アサギは「はい」と頷きかけたが、タオが「前言撤回」というふうに軽く手を振り、何か考えるように軽くこめかみに指を当てる。
その指を、改めてアサギに向け、
「アサギ、君は君で先ず、エグメリークの会見の様子を、ちゃんと確認した方が良いだろう。サウザーの情報部と外務部で纏めたものだと、フリュスの幹部である君にとっては少々、足りないか的を外れたかしてるかもしれんからな。スオウ君以下、フリュスの皆様がそれを見てない筈は無いし……村に戻ったら君は会議がある、その時、君と皆の間で情報や認識に差があっちゃいけない。今のうちに、概要でなく全部を確認しておきなさい」
「はっ、はいっ」
「――サンハル、君はこの後イムファルの所に行くだろ? アサギが会見の〝録画〟をフルで見られるように、段取ってやっといてくれ」
「分かった」
緊張した面持ちでアサギはコクッと頷き、サンハルもタオの命令に応じた。
「じゃ、リオン、君は――そうだな……アサギ、イムファルの所に行く前に、一度部屋に戻ってな、リオンに〝地図〟を貸してやれ。それでリオン、君は地理、地形の把握をしておくと良い。で、アサギの手が空いてから、〝一般〟の道程を教えて貰うか、それとも君自身で、〝裏道〟を想定するのも良いだろう」
「うん」
リオンが力強く頷くのを見てから、タオが今度は三つ子に顔を向ける。
「ケン、チョウ、ギン。君らも、それぞれ遠征の準備をしておきたまえ。物理的な〝装備〟って意味じゃなくて――シダー君が指摘したように、俺が君らに求めてるのは、君らの〈感〉〈識〉の特異性だ。それを最大限生かすために、君らには君らなりの『準備』があるだろう? 体調や情緒を整えておくのもそうだし、〈通信〉に〝余裕〟を持たせるために、今リオンに云ったみたいに、地理や地形、情勢等の情報を先に入れとけ」
「はい」
ケンが代表して頷く。
「特にギン。君はサウザーに残って、フリュスとサヴァナの両方向から〝まとめて〟もらうことになるんだしな、そんな遠距離で同時ってのは、今まで経験が無いんじゃないか? 下準備は今から念入りにしといてくれ。各人、〈装置〉の状態確認やメンテも怠らず」
「畏まりました」
――タオ本人は、「そういう返事」が好きじゃないのだが、三人とも〈軍人〉である。だが、三つ子は三つ子で、タオが「そういう返事が好きくない」ことを知っているので、起立せずに敬礼をした。
「じゃ、次……――フーコー、ルナール。マッカン君、バーナードさん、ディナム師匠。皆さんは、この会議を踏まえて、領主業務に戻って下さい。……会議が押しましたんで、もしかして今日サインが必要な書類が山になってるかもしれませんが、頑張って。なーに、いつもなら俺は一人でやってんだし、手分けすれば大丈夫、直ぐ終わりますよ」
名指しする順序が年長者で終わったからか、タオは敬語になってそう云った。だが、内容は「減らず口」にも聞こえる。案の定、バーナードとディナムは苦笑を見せた。
「じゃ、最後、シダー君」
その声が一番「ぴしゃり」として、タオは彼を指さした。
「君は、さっき云った〝宿題〟を――締切こそ設けないが、可能な限り早く、提出するように。また、〝スプープ〟の今後の活動について、君なりに、プレゼンできそうな展望が出てきたら、逐一纏めていきなさい」
「……何か、俺が一番、プレッシャーじゃないッスか?」
「何を云う。今、スプープで一番〝具体的なこと〟がやれるのは君なんだぞ、俺は羨ましくてしょうがないよ」
肩を竦めながらシダーが云うと、タオは大げさに顔をしかめ、窘めるような声を出した。
シダーは苦笑を見せ、「分かりました」と頷く。
そこでタオが再び手を叩き、「ではこれで…」と云いかけると、オリヴィアが慌てて手を上げ、
「ちょいと待った、タオさん。あたくしはどうするの。貴方から何か云って貰わなきゃ、あたくしこそ〝スプープの道化師〟になっちまいますよ」
ふて腐れたように口を尖らせた。
タオが、「ああ…」と苦笑して手を振る。
「すみません、オリヴィアさん。そうだな――、ああ、そうだ、シダー君のサポートというか……、彼に、一先ず東アルクスの現況を伝えて、〈魔術士〉視点の考察を与えてくれませんか。シダー君は〝宿題〟があるので、その間にオリヴィアさんもそれを文書に纏めてくれると有り難い――かなり地味な仕事ですが」
「お針子ですもの、地味な仕事は得意ですよ。ただ、『作文』は不得手だわねえ」
オリヴィアが困った顔を作って小首を傾げる。
「きっちり残る文書にするんじゃなくても、後で簡潔に伝えられる程度、オリヴィアさんなりに纏めてくれればそれで良いです。で、『展望』についても、オリヴィアさんは〈魔術士〉なりの意見を出したり感覚的なものを伝えたり――要は、オリヴィアさんもシダー君と一緒に、〝スプープ〟で今できそうな〝具体的なこと〟をやって下さい、ってことです」
「はぁはぁ、そりゃあ有り難いこと。ではシダーさん、宜しくねぇ。あたくし、難しいことは分かりませんからお役に立てるかどうかも分かりませんけど、『お茶を入れてくれ』なんてなことでも遠慮は要りませんからねぇ、どうぞ何でも仰って」
オリヴィアが笑ってそう云うと、シダーは再び苦笑を浮かべ、彼女に向かって軽く頭を下げた。
タオはもう一度手を叩き、
「では、今度こそ、お開き! 各々、持ち場に戻ってくれ」
そう宣言する。それぞれが自分なりに――「はっ」と声を出したり頷いたり――返事をして、次の行動に移る。




