【day3】-[9]-(2)
タオはあっさりとした声色で、
「ディナム師匠のが『私情』でないことは、俺には解ってるが、シンキから隊を出すと、傍から見て公私混同になるから、本来の領主の俺は止めた、ってだけだ。皇帝が『友人』だから『公私混同』して介入した、ってミンジュリー側から思われてもややこしいが、それだけでなく、サウザーやシンキでも『友人である皇帝陛下を救うため』って感傷的な話になるのが面倒臭い。ディナム師匠本人は『友人をきちんと断頭台に送るため』って、厳しい動機を持ってるのにな」
そう答えると、カロラインは真剣な顔のままで首を振った。
「サウザーの隊員を危険に晒したり、万が一潜入がばれた際、『サウザーの介入』だと思われて話が段違いに拗れたり、そんな可能性――危険と、今仰った『面倒』を秤に掛けたら、タオ様には『静観』という選択もあるのではございませんこと? 今はわたくしの方が、冷静で厳格な判断を下している気がしますわ、タオ様。『サウザーの介入』と思われてややこしくするくらいなら、シンキ先王陛下の――それが『王の矜持』を持たぬ民衆の愚かな誤解だとしても――『感傷』を選ぶ方が良いと思うのですけど。わたくしにはまるで、タオ様の方が、師匠が被ろうとした泥を弟子が被ろうとする、そんな感傷で判断しているように思われますわ」
「名に違わず〝右脳〟は感情的だなあ、俺をそんなふうに思う君のほうが感傷的だよ」
カロラインは真面目に云ったが、そんな彼女をからかうように、タオは肩を竦め、呆れた声を出した。カロラインが目を細め、
「あら、勉強熱心なタオ様には珍しい、旧い視点ですこと。今時、右脳が感情、左脳が論理なんて、ナンセンスですわよ?」
押されていることに対する反発、それが故の時間稼ぎか……、皮肉な笑みを精一杯浮かべてそんなことを云った。
タオは臆することも無く、目をぱちくりとさせながら
「へぇ、そうなのかい、マッカン君、シダー君?」
などと、二人に顔を向けて訊ねる。マッカンはたじろいで、シダーは、やれやれというふうに一つ溜息をつき、
「俺はそっちの専門家じゃないですよ。『研究者の矜持』としては、自分が理解を深めてない専門知識を他人に『教える』なんて真似、出来ません。ただ、今時そんなこと云ってると、専門家から鼻で笑われるらしいことなら知ってますけどね?」
肩を竦めてそう云った。
「ふーん。まぁ、何にせよ、君が感傷的なのはそうだけどね、ロザリウム君」
タオは、表情を相変わらず真意の見えない微笑に変え、視線をカロラインに戻した。
「俺の動機は簡単だよ? 『リオ・カルム皇帝陛下、そしてご家族のような〈魔術士〉を、今、纏めて失うわけにはいかないから』だ」
あっさりタオが云う。すると、ナハト・カラス・オーチャード総帥と――シダーが、ほぼ同時に拳を口元に当てて「くくっ」と喉を鳴らした。
会議室に居る者殆どが、二人のうちどちらかにちらりと目を向ける。タオだけが気にせず、カロラインへ、
「それが理解出来ないか?」
と感情のこもらない声で云った。
「……だから、リオ・カルム陛下が皇帝として堕落してようが腐敗してようが、関係無い。ただひたすら、死なれたら困る。それを動機として秤にかけたら、ディナム師匠が傍から見て『公私混同』するよりも、俺がサウザーから隊を出す方が、余程面倒じゃないね。俺の中で、感傷とは無縁に、理にかなってる」
「――」
カロラインは口を噤み、もう反論が出来ない。
「さあ、カロライン・ロザリウム君。答えを聞かせて貰おうか、今俺が云ったこと――ミンジュリーで〝テロ行為〟はしないことを、確約出来るか?」
「そ……それは…」
カロラインが狼狽えた顔をし、決して否定の意味で首を振った訳では無いのだが――迷うように顔を左右に揺らした。
「それは、わたくしには、申せません。ミンジュリーに潜入したツェッロ総統がどういう作戦を執るのかは、今のところわたくしにも分かりませんから……」
「ああ、じゃあ、確約出来ないってことだな。ならば、俺がサウザーの隊を遣るのが確定するだけだ。それに伴い、君達との〝符丁〟を決めて、合流させてもらうからな」
「ちょ、ちょっとタオ様……」
カロラインが焦った顔をするので、タオが軽く目を細め、まだイムファルに繋いだままの板に顔を向けた。
「イムファル。――イムファル君」
――「エグメリークの会見のまとめ」の関係だろうか、指示をしたのか仰がれたのか、板の中に先ほどのコルトの顔も見える。イムファルは、彼とマッシオ技師と額を突っつき合わせ、顔の横に手を立ててコソコソと何事か言葉を交わしていた。
「はっ! 失礼しました、何か」
タオの声掛けに気付き、イムファルが慌てて正面を向く。タオが苦笑してから、
「済まないが、コルト君とマッシオ君には下がってて貰えるか」
まずそう云った。
すると、コルトとマッシオも慌てて背筋を伸ばし、敬礼を見せる。――それは、タオの声が「聞こえていたから」こそだ。聞こえたら困ることをタオは命じようとしているので、二人もそれを察している。
「じゃ、そういうことで二人とも宜しく」
「はい、失礼します」
イムファルが早口に二人に云って、若い職員と技師もそそくさと板の中から消えた。
改めてイムファルがタオに、「失礼しました」と向き直る。
タオは一つだけ大きく息を吐いてから
「イムファル、君のところからカロライン君に今のうちに繋ぐ。後で彼女から繋がせると云ったが、この分だとすっぽかすかもしれん、この子は」
早口にイムファルへ云い、彼からの返答を待たないまま直ぐにマッカンへ顔を向けた、
「イムファルが〈回路〉に割り込めるように、情報部にも繋いでくれ、マッカン君。至急」
「畏まりました」
同じく早口に命じ、マッカンは慌てて機械を弄り始めた。
マッカンが別の通信機器を耳に当て、「大丈夫か、リンド? どこか空いてるか」などと云い、タオの手元にある板の中でもイムファルが、「ちょっと待て、二番は駄目だ」などと慌てた声を出し、既に領主に顔は向けていない。
「ちょっと、タオ様……」
カロラインは慌てるのを通り越して、青ざめそうなほど動揺している。――カラスが、くくっと喉を鳴らしながら、
「儂とてタオ君と会話する時は己のペースの維持に一苦労するのだから、カロライン君、こうなったら、君には一方的な切断しか、逃げる手段は無いよ」
そんなことを云った。タイラーも、「左様にございますな」と薄笑いを浮かべてカラスに頷いた。カロラインが動揺しつつも怒ったような声を出す。
「何故わたくしが逃げなくちゃいけませんの、そんなだったら、最初から会談をお願いなどしませんわ」
強がっているのも顕わなカロラインだったが――彼女の背後で「リリリリッ!」と、少々癇に障る甲高い音が鳴った。カロラインはビクッと肩を強ばらせて「早っ」と云いながら振り返った後、恨めしげにタオを睨む。
タオもカラス達と同じような薄笑いを見せて、
「繋がったようだね。俺に〝符丁〟を云う必要は無い、イムファルと打ち合わせてくれ。――君が応答しないなら、いつまででも発信するよ。拒絶したけりゃ、もう君達は本拠地を変えるしかないな」
「タオ様、お願いですから、そんな強引な、意地悪をわたくしに仰らないで。総統は……もう申し上げてしまいますわ、実は〝左脳〟のレオナルド・アクアリウムも、本当に不在なのです、わたくしの一存では……」
強がりの表情は完全に消え、カロラインは思い切り眉をハの字にし、懇願するように胸の前で手を合わせる。
タオは表情も変えず、
「じゃあ、ツェッロ君に連絡を取り、彼にイムファルと話をさせなさい。まさか、全く〈通信〉手段を持たないまま飛び出してった訳でもないだろ? この会談の席に君が着くことは分かっていて、君にイリグマギの方針を託して出てったというなら、ツェッロ君だって俺の出方くらい、ある程度は想像もしてるさ。想像の斜め上を俺が行き過ぎてるってんなら、ツェッロ君に、伝言も頼むよ。『その程度の想像力しか持ち合わせていなくて、この俺に〝邪魔するな〟とか云うな』って伝えてくれ」
「……うぅ…」
カロラインは絶句し、一度甲高い音を立てた後「るるっ、るるっ」と小さな待機アラーム音を立てている機械をちらりと振り返る。その後はもう、何も云えなかった。
そんなカロラインの様子に、タオは意地悪な笑みを見せた。
「さて! もうお三方の用事はお済みですか? こちらも忙しいので、そろそろお開きにしたいんですが」
飄々とそんなことを云うと、カロラインは――当然とも云えるだろう――苦虫を噛みつぶした。キム・タイラーは「やれやれ」というふうに首を振り、ナハト・カラスはふわりと口髭を揺らした、微笑を浮かべたのだろうか。
しかし、目の色は冷たい。
「用件は終わった――と云うて良いだろう。が、タオ・サウザー。我らが〝スプープ〟に参入したいという『意志』は、君がどんな理屈を捏ねて幾ら拒もうが変わらぬよ」
「……」
タオが目を細める。
「君達には決して得られぬだろう情報を、我らは得ることが出来るし、君らには決して出来ないことが、我らには出来る。――世界が亡くなる前に、王たる君が、道化師を侍らせる気になってくれることを願っておる。それを、今のところは覚えておいて下さらぬか」
「……。分かりました、覚えてはおきます」
目を細めたまま、タオはオーチャード総帥にそう答えた。カラスが頷きを見せる。
「……では、そろそろ退散致しましょうか。カロライン嬢、機嫌を直されませ、引き際を誤った道化師が最も、王をしらけさせるものですよ」
キム・タイラーが大げさに宥めるような声を出して云うと、カロラインが彼の方にしかめっ面を向けた後、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
――代表して再度カラスが、
「では、お騒がせした。ごきげんよう……」
そう述べ、「球」のなかで彼らの顔が、顕れた時と同じく滲むように消えた。完全に透明になってから、マッカンが機械を弄り、宙に浮いていた球も、円卓の中央に吸い込まれるように、小さくなりながら消えた。




