【day3】-[9]-(1)
「……貴方が我々の『手段』を邪魔しているうちに、陛下に何かあったらどうなさいますの?」
薄笑いを浮かべたままのタオに、カロラインが眉を顰め、沈めた声で云うと、彼は軽く肩を竦めた。
「だから俺は、ミンジュリーにサウザーの隊を潜入させることにしたんだ。今目の前にある目的は、『リオ・カルム皇帝陛下とご一家の脱出幇助』だろ? それが第一だ。その目的を遂げるために君らは手段を選ばない、として。俺達はその手段を使わせたくないんだが、邪魔が難しくなったり時間の無駄になったりするなら、君らのことは知らん、その時は、手段の邪魔もしないよ。君らがテロってる間に、サウザーの隊が、こそっと皇帝ご家族を『さらう』さ。道化師は精々、泥を被ってなさい」
カロラインが軽く唇を噛んだ後、「酷いことを仰るわ…」と拗ねた声を出した。タオは平然と、
「俺達は表立ってミンジュリーに介入する訳にはいかん。君らの『手段』の犠牲になる民衆を、頼まれもしないのに護ったり助けたりする義務も義理も無い、不可能でもある」
「我らに泥を被らせておいて、サウザーが『皇帝救出』の栄誉を賜るのも酷いわ。タオ様はそんな御方じゃないと思ってましたのに」
「ほら、そこが君と俺との認識の違いだ。君が俺をどう買い被ってても構わんが、何だよ、栄誉って」
今度は、呆れたような声をタオが出す。
「そうやって直ぐ、目的と手段と結果をごっちゃにして、それが屁でも無い。君らと手を組むと、その所為でこじれるから嫌なんだ」
やれやれ、とタオは首を振った。
「ミンジュリー皇家の救出、脱出幇助の成功は『栄誉』なのか、君らにとって。その栄誉を得るのを『目的』にしてんのか? そのために手段を選ばず暴れてる隙に、俺らが皇帝陛下を脱出させたら、それは君達にとって『失敗』になっちまうのか。君らが無意味な手段を選びさえしなけりゃ、俺は君達の『栄誉』の邪魔もしやしないさ。皇帝陛下の脱出って『目的』は、競って遂げるようなことじゃないだろ、なのに『栄誉』とか実の無い価値を混ぜ込むから、そんな訳の分からん恨み言を云い出す」
「……」
「カロライン君、君はリオ・カルム陛下が『腐っていない』ことを前提として『救出』しなきゃいかんと主張してたよな? 陛下が『腐ってない』なら、己の民衆が犠牲となる『手段』の下で己が救出されることなど、絶対受け入れないんじゃないか? 受け入れるなら、今度は『腐ってる』ことになるんじゃないのか。それは、君にとって意味あんのか? 泥を被りつつ腐ってる皇帝を救出して、それが栄誉か。君達は何のためにミンジュリー皇帝陛下を助けたいんだ」
子供を窘めるような声色でタオは云い、カロラインはバツの悪そうな表情を作った。
ふうっと大きく息を吐き、タオが続ける。
「むしろ、サウザーの方が、陛下が腐ってようがいまいが、どっちでも良い。君の云ってることが本当なら、リオ・カルム陛下は今、都に居ちゃ駄目だ。俺自身もそう判断した。だから、一度、都を脱出するべきだ。そのために、俺はサウザーの隊を派遣することにした。ややこしいことは何も無い、そこに君達のせいで『但し書き』――条件・制限が付いてくるだけさ」
「では、参考までに、その『但し書き』を教えて下さいません?」
ふんっと鼻を鳴らして、カロラインが拗ねた声で問う。タオはあっさり答える。
「本来、その狙いを持ってミンジュリーに潜入しているのはイリグマギである。イリグマギは、『目的』のために『手段』を問わない――問わなくなるのが早い。一つ目の『もし』、イリグマギが王都に於いて〝テロ行為〟を手段として用いるようならば、それは阻止すべし。二つ目の『もし』、〝テロ行為〟を阻止する行動が、サウザーの隊として『隠密』に終わらない可能性があるならば、あるいは、皇帝陛下の脱出幇助の障害となる可能性があるならば、皇帝陛下の脱出を優先せよ――シンプルだろ?」
「……そんなシンプルな話を、わざわざややこしくしてるのがイリグマギだと仰りたいのね?」
「何を拗ねた顔で確認してるんだ、その通りだろう。体制や民衆が腐ってるとか腐ってないとか、栄誉がどうこうとか、目的と手段と結果に理由や動機までごちゃごちゃ混ぜ込むから、平気で矛盾めいたことを云い、シンプルな話をややこしくする。こうやって俺から叱られるのが嫌なら、最初っから何も云わなきゃ良かったんだ。君らがミンジュリーに潜入して皇帝を強奪しようが、そのために〝テロ行為〟を行おうが、俺は、知らなきゃ放っといたさ。云うからこんなことになったんだ、ある種の自業自得だ」
再び、タオが呆れた声を出す。カロラインはツンと唇を突き出してから、タオに云った。
「――わたくし、邪魔をしないで、と申しましたのよ。邪魔をしないで下されば、それだけで構いませんの。隊をそちらから派遣してくれなどとは申してませんわ」
「堂々巡りがしたいのか? 分かった。じゃあ、俺から率直に云おう。君らが、ミンジュリーで〝テロ行為〟は行わずに皇帝陛下一族の救出だけ遂行すると、俺に確約するのなら、サウザーから隊を入れない」
射貫くように厳しい目をカロラインに向け、抑揚のない冷たい声でタオがキッパリと云う。
カロラインが目を細め無言で居ると、タオはそれに気を悪くする様子も無く先を続けた。
「確約出来ないなら、サウザーはサウザーで、リオ・カルム陛下一族の安全確保と脱出幇助のために、隊を潜入させる。しかし、隊自体の安全確保のためと、君らの邪魔もしないために、符丁を使った『合流』、互いの面通しだけはしてもらう」
返答は?というふうに、相変わらずタオが真っ直ぐカロラインに目を向ける。一度、その視線から外れるように、顔を背けつつ瞬きをした後で、彼女が口を開いた。
「――タオ様、聖帝陛下が腐っていようがいまいがどうでも良いと仰るのなら、何故、其処まで陛下を脱出させることに拘ってますの? それを栄誉とも思わないのなら、それこそわたくし達に泥を被らせて、任せておいて下されば宜しいじゃありませんか。タオ様こそ、何のために陛下を救出なさりたいの」
「は? 何云ってんだ。其処から堂々巡りか? だったら黙ってりゃ良かったんだって、何度云わす」
またしても呆れた声を出し、――滅多に彼のそういう様子は見られるものじゃないのだが――今度こそ苛ついたように、タオは眉を寄せて、トントンと指で卓を叩いた。
「ロザリウム君、もしかして、君、何か時間稼ぎでもしてるのか?」
「い、いいえ、そういう訳ではありませんわ、純粋に……というか、素朴な疑問と申しますか……、ミンジュリーの民衆を護る義理も無く、陛下すら腐敗・堕落していても関係が無いとまで仰るのに、『何故』と」
カロラインが焦った顔をして、首を振り、胸の前で両手を振る。それは演技では無く本音のようだ。
タオが溜息をつく。
「何度も云うが、それこそ、君が語ったからだ。『何故』? 『今のミンジュリーに陛下が居ることは好ましくないと思うから』『しかし、外からの助けが無ければ脱出出来ないだろうから』。――理由、動機は、イリグマギと同じだ。そこに宰相が××××だとか民衆が腐敗してるとか皇帝が哀れだとかの主観的評価が混じってないだけだ」
「……」
「そう思う理由のうち、『この世の道理』にあたる部分は、ディナム師匠が既に云った。腐っているが故に処刑されるにせよ、次世代に道を譲ってから『ただの人』になるにせよ、今のミンジュリーでは、それが叶いそうにない。『皇帝』が曖昧にいつの間にか死ぬ、ということは許されない――師匠は云わなかったことを俺が勝手に補足するが、それがシンキ王国先王陛下の友人でもある皇帝陛下なんだから、サウザーが秘密裏にでも介入することは、不思議では無い」
タオがそう云うと、カロラインは戸惑いの表情を浮かべ、彼の正面でディナムは、微かに眉を寄せていた。タオが師匠に云う。
「師匠。――貴方自身はそれを口に出来なかったでしょうが、思っても駄目って訳でもないですよ。俺が云う分には構わんでしょう、貴方のは『私情』ってんでもないんだ」
「……」
「そりゃあ、『ただの人』になった元・皇帝陛下と茶飲み友達になれれば最良だが、シンキの先王陛下は、彼が友人であるからこそ、同じく一度国を背負った『皇帝』が民衆から断頭台に乗せられる姿を、きちんと見届けねばならない、とも考えている。どさくさ紛れにいつの間にか死ぬなんて、あってはならない。『皇帝』が王朝にけじめをつけるためには、今の都からは一度脱出する必要がある、と――師匠のは『私情』じゃない、王の『哲学』、矜持だ。友人だからこそ、より厳しく、そこを譲れないだけだ」
タオの言葉に、ディナムは是とも否とも云わないが、ただ眉間の皺を消し、瞑想するように目を閉じた。
視線をディナムからカロラインの「球」に移して、タオが彼女に問う。
「リオ・カルム陛下が腐敗してるかどうかは問わず、君らのように『哀れに思っている』訳でも無い、だが、脱出の必要がある、と思う理由は、そういうことだ。理解して戴けたか?」
「……。ディナム様がそうお思いになる『矜持』は理解出来ましたわ。お師匠たるディナム様がそうなのですから、弟子であるタオ様もそういう『矜持』をお持ちだろうことも理解は出来ます。でも、それで、ディナム様がシンキから隊を出すことを禁じ、タオ様がサウザーから隊を出すことを決定する理由としては、まだ完全な納得が出来ませんわ? お友達だからこそ、と仰るなら、タオ様はそうではないのですから……」
少々の間を置いて、カロラインが真面目な声で問う。狼狽や戸惑いから来る、拗ねた反論では無い。




