【day3】-[8]-(5)
「――マルス。至急、本国に連絡を取り、ソーディス家よりミンジュリー皇家の救出隊を出す許可を、国王に求めるよう、父に申せ。隠密行動と云える故、少数精鋭で、編成はライジンに任せれば良い」
「ちょ、ちょっと待て、祖父上殿、何を云い出す」
サンハルが慌てた顔をし、焦った声を出して、祖父に手のひらを突き出す――息を飲んで成り行きを見ていたアサギとリオンは、そんなサンハルを初めて見たので、全く場にそぐわないことは判っているが、俯いて少し笑ってしまった――。
「もうシンキ王家の一員とも云いがたい俺が、そんなこといきなり云っても、ライジンとて陛下とて、聞いてくれるわけが無かろう」
「ならば儂が直に云うか。それでは領主代理が強引な命令を下すことになるので、其方から云わせようかと思うたのだが。――其方がギーチ殿を迎えに行く時では間に合わぬ、事情はその時話すから、今は祖父の我が儘を聞いてやってくれと、泣きついて欲しいのだがな、孫よ」
「……公私混同も良いとこですよ、師匠」
呆れた苦笑を浮かべて、タオが割り込む。
「そんな判断と命令を下すようでは、領主代理を任せるのも不安だ。昨日の今日で、解任命令を出しましょうか?」
卓の上で手を組み、真っ直ぐに師匠を見つめて、タオが微笑を浮かべながら云う。
ディナムが目を細め、やはり真っ直ぐに弟子に向かう。
「領主代理の権限は乱用せぬよう、サウザー魔術士隊長のマルス・サンハルには隊を出すよう云わなんだのだ」
「成る程。それで、直系の王家軍でも無く、王分家ソーディスから、ですか。……それにしたって、結局、先王陛下が現国王たる息子に権力を行使させるのでは、公私混同ですよ。――師匠はその判断を、結局の所、『友人』の救出という目的のために下したのですしね?」
「……タオよ」
ディナムが軽く眉を寄せ、渋い声を出す。タオは意に介さず、視線をカロラインに向けた。
「俺が自分の決断とその結果に、『悔恨』や『呪詛』をしないのは確かだが、『反省』はするんだ。君の云うとおり、もう少し行儀悪くても良かったな」
「――?」
タオは、カロラインに向かってにっこりと笑った。カロラインはその意味が分からず、え?と首を傾げた。
彼女から「どういう意味だ」という質問が来る前に、タオはマッカンに顔を向けて、有無を云わせない張りのある声で命じる。
「マッカン君、情報部に繋げて、ミンジュリー王朝の、今一番近くに居る諜報員を都に潜入させるよう云ってくれ」
「――は、はっ?」
「いや、俺が直接云おう。情報部に繋げてくれ」
マッカンが目を白黒させたのに気を遣わず、タオはきっぱりと云った。――マッカンは、今タオに「何故」など問うても答えてはくれないだろうと察し、「畏まりました」と答えた。
少しして、マッカンが「繋ぎました」と少々戸惑いの響きがある声で云って、タオは、円卓の中央にある「別の機械」を自分の手元に引っ張った。
それは透明の板だ。「球」は浮かんでいるが、「板」は台木で支える形である。
板の中にイムファルの顔が浮かんでいる。
「イムファル。詳細は後にするが、諜報隊を一つ、至急、ミンジュリー王朝――出来たら王都に侵入させたい。今、近辺に誰か居るか」
「――。生憎、〝ミンジュリーの近辺〟と云える程の場所には居りません。先日の『大海』における展開からその後を探るため、グランゼアに待機させている隊ならございますが……?」
イムファルも一瞬絶句したが、「詳細は後にする」という前置きは「今、質問は受け付けない」という意味でもあるので、ただ領主の質問に答えた。
「いや、件の『展開』に関わることじゃないんだ。物理的に近い、あるいは、最もミンジュリーに入りやすい隊」
「は、はあ……、少々お待ちを。――サヴァナにご協力を仰ぐこともしないのでしたら…、サウザー所属だと、やはりグランゼアに待機させている隊が、海路にて最もミンジュリーに入りやすいかと思われます。陸ですと――ミンジュリーでなくルォーバンですが……連邦の国境となります〝デリーラ運河〟近辺にて任務に就いていた隊が、一昨日付で一旦帰還を始めております。予定としては、本日、〝ヤンシュ国〟に入る筈です」
イムファルが手元の書類を繰りながら云うと、タオは目を細めて顎を擦った。
「ん~……。帰還中のをとんぼ返りさせるのは、ちょいと酷だな…。別にルォーバンの方は今、直接関係ないんだしなぁ、グランゼアか~……、まあ、諜報隊だけ入れるのも危ないっちゃあ危ないし――良いだろう、イムファル」
独りごちた後、タオが改めてイムファルに命じる。
「グランゼアの諜報隊に、魔術士隊から数名と特殊部隊から数名を合流させて、ミンジュリーに入って貰う。直接〈軍〉からも隊員付けるんだから、デリケートで危険性もある任務だとは判るな。くれぐれも、無茶で目立つ真似はしないように。で、今ちょっと外電で会議に参入してきたロザリウム君と話してるんだがな」
「〝ろざりうむくん〟……? ――は!? それは、まさか、イリグマギの〝右脳〟ですか!?」
タオが余りにもあっさりと云うので、その「言葉」が、一瞬何のことか判らず、イムファルはきょとんとした。そして、素っ頓狂な驚きの声を上げる。
「そう。この後、ロザリウム君から君に、直接繋がせる。其処で、君とロザリウム君の間で、直接〝符丁〟を決めてくれ。領主にもそれは告げなくて良い、ミンジュリーに入れる隊にだけ伝える。良いね、ロザリウム君、君も、その暗号を、ツェッロ君達に伝えるんだ」
「ちょっ、ちょっと、お待ちになって、タオ様?」
今度はカロラインが――本気で――焦った声を出す。イムファルにもそれが聞こえた。……ということは、今タオが云ったことは、完全に彼の判断から出たことであり、カロライン・ロザリウムにも何が何だか判っていないのだとイムファルは察して、故に、一層混乱した。
「そ、それは……、イリグマギに……総統の計画に、協力して下さるということですの?」
「協力と云うと恩着せがましくなる。そうは云わない。俺とて、自分の部下を殊更『馬鹿げた乱痴気騒ぎ』に巻き込ませたくもないからな」
「――」
「ただ、師匠の云う通り、皇家の方々は一旦都から『脱出』する必要はあると、俺も思う。だから、ロザリウム君。先の要求に、俺は答えることにした。君達の邪魔はしない。――ただし、君は、それを俺に要求するために、その話をしてしまった。話さなけりゃ、サウザーが敢えてミンジュリーに介入する道理なんか無かったんだから、イリグマギが好きなように展開出来たろうにな――ロザリウム君、邪魔をするなってのは、それはツェッロ君からの伝言なのか? もし君の独断だとしたら、後でツェッロ君から叱られるかもしれんぞ、それを『後悔』しても遅いぞ?」
タオが意地悪くにやっと笑う。カロラインは「うっ」と息を飲んだ後、首を振った。
「い、いいえ……それは、総統から云われてのことなのですが…」
「ふん。では、サウザーがイリグマギの思惑と全く違う行動を執ったとしても、ツェッロ君からも君からも恨まれる筋合いは無いな」
もう一度、口角を軽く歪めた後で、カロラインの顔を真っ直ぐ見つめ、タオが淡々とした声色で云う。
「ミンジュリー王朝が、君の云う通りの無秩序に陥っているのなら、皇家の方々は一旦都から脱出するべきだろう。それを、民衆から『逃走』と取られない『強奪』『誘拐』の形で君らが行うというなら、君らの意識では『救出』だというのも、つくづく理解が出来る」
「そ……それをご理解戴けた上で、邪魔はしないと仰って下さいますなら、そんな怖い顔なさらずとも宜しいのではなくて?」
「――その話を聞いてしまった以上、サウザーとしても傍観は出来なくなってしまった。こうなった以上、君らの方も、サウザーを巻き込んだ『覚悟』をしろよ? ……ってそれが顔に出てんだよ」
「……」
「今のところミンジュリー王朝とは全く関係が無い、その上、五大国の一つであるCFCと戦中のサウザーが、表立って介入することは出来ん、ややこしいにも程がある。それを考えると、『道化師』が泥を被る役になってくれるってんだから、俺は感謝すらしたい。――だが、イリグマギは、目的のために手段を選ばない道化師でもある。皇帝一家を『救出』するにあたって君曰くの『馬鹿めら』が障害となったとき、君達自身にそうなるつもりは無いとしても、安易に暴力と武力で排除するならば、君らは結局テロリストだ」
大した抑揚は無くタオが云うと、カロラインが軽く口を尖らせたが、否定はしない。
「大っぴらに『強奪』『誘拐』の形を取って〝屁でも無い〟からこそ、君らは、『手段』を選ばなくなるのが早い。皇帝一家の救出が『目的』であるなら、その『手段』は、最終手段としてもあり得ない。なのに、手っ取り早くそれを選ぶようなら、俺は、『手段』の方の邪魔をする。――君、まさか、その邪魔をするなと云ったんじゃないだろうな? だったら黙ってるべきだったよ」
タオが冷たい薄笑いを浮かべた。カロラインは口をへの字にしたが、やはり否定も反論もせずに居る。
「君は、語らなければ俺が邪魔するだろうと云ったが、逆だ。……俺がそう出るだろうことも予測して、敢えて語り、『その手段を選ばせたくなければ、〈同盟〉または〝麾下〟に入れろ』と要求するつもりがあったのなら、残念だが、君らの思い通りにはいかんよ? 俺はそこまで慈悲深くないからな」
「――えっ?」
そこでロザリウムは、不思議そうな顔をして首を傾げた。それを見て、タオの薄笑いが「おや?」と訝しげなものに変わり、それから直ぐに苦笑に変わった。
「ああ、ロザリウム君……、少なくとも君は、そこまでは考えていなかったのか? もしかしてツェッロ君も考えてなかったのだとすれば、俺の方が想像力豊かってことだね、勝った」
おどけてタオがガッツポーズなど見せた。――カロラインはリアクションが出来ない。
タオは、再び真意の見えにくい薄笑いを浮かべる。
「まあ、ツェッロ君にはそのつもりがあったとしても、俺の答えは変わらんがね。それは、ミンジュリーの民衆を人質にしてるのと変わらん発想だからな、そんなもの、俺には通じない。何で俺が、ミンジュリーの民衆を護るために君らと手を組まなきゃいかんのだ」
――あっさりとしたタオの言葉を聞いて、リオンがビクッと肩を強ばらせた。
やっぱり、そうなのか?
「怖い〈マスター〉も居る」というより、「〈マスター〉は怖い」ものなのかもしれない。
タオに対しての敬意は、今も消えてはいない、しかし「畏怖」も一層強くなった。タオにも、「人質という概念は通じない」のか。
昨日想像してしまった「人質諸共、〈敵〉を倒すことに躊躇しない」ということは、タオに限って、無いと思う。それは、ギンの云っていた「崇高な理念」と相反する気がするから。しかし、タオは、「人質を理由に〈敵〉の要求を呑む」ことは無いのかもしれない――「〈敵〉の要求を呑まなかったが故に、人質に何かあったとしても感慨を持たない」のかもしれない――。
〈敵〉がそのつもりでとった人質を、助けることが出来るのか、見殺しにしてしまうのか、それは、タオにとって「自分のやるべきことをやった結果」であり――、どちらにせよ、彼は悔恨を持ち込まないのだ。
星を懐に入れるほどの意志――、それは「表裏一体」なのだと、リオンはつくづく実感し、震えた肩を思わず掴む。
「どうしました?」
リオンの、表情も強ばっているのに気付き、隣でアサギが心配そうな声を出した。リオンは、
「何でもない」
ときっぱり答えた、それ以上は何も訊かないでくれ、というふうに。
アサギはただ、「そうですか」とだけ返した。何を考えていたのかは分からないが、リオンが、何事か「決心した」ような真摯な目をしていたので、「心配」をするようなことではないのだと感じた。
――表裏一体の「意志」を目の当たりにして、畏怖は強くなった。だが、やはり、それで自分の「意志」が萎えようとはしていないことも、リオンは実感していた。




