【day3】-[8]-(4)
「これは――六年くらい前の映像ですので少々古いのですが……現状との違いは〝空襲痕〟の有無程度ですから、お気になさらないで。わたくしが見て頂きたいものは別」
「……」
サウザー直轄地、城下町は基本的に中央広場を中心として放射状に大通りを敷く都市整備をしているが、それに対してミンジュリーは〝条里制〟と云っても良いだろう。外郭の中に、規則正しく升目を描いて道路が敷かれている。外郭の描く四角の対角線が交わる位置に条里の例外と云える――これはサウザーの中央広場と同様の――「広場」があり、其処は主にミンジュリーの大きな「祭祀」が行われる場所だ。「国葬」が本当に行われるなら、そこが斎場になるのかもしれない……。
六年も前のものとなれば、確かに、「現状」を把握するのに適切とは云えないが、あっさり「空襲痕の有無程度は気にするな」と云えるカロラインに、アサギは小さく肩を震わせた。
――画像の上部に、もう一つ「例外」となる大きな四角がある。「宮殿」の敷地を囲む外郭だ。町の中の施設・住宅は豆粒のように見えている空撮映像の中で、きっちり「邸宅」だと判る建物が、塀の内側にはいくつかある。さぞや丁寧に手を入れているのだろう、美しい「庭」すらも見えた。
ディナムが訝しげに眉を寄せ、カラスも「んん?」と目を細めた。――記憶に無い物が、宮殿の郭の内側にある。
「カロライン君、あれは、何だ」
カラスが問うと、カロラインが吐き捨てるような口調で答える。
「〝星の塔〟です」
「何だと?」
その声はディナムが上げた。誰にでも判るほどはっきりと険しく顔をしかめている。
空撮映像では、宮殿敷地のほぼ中央に「灰色の四角」が見えている。ディナムとカラスにとって「その位置にある筈のもの」が「見慣れないもの」だったから、気になったのだ。
「……もう少し、近づいてお見せしますわね…」
カロラインが画像を変えた。近づいて、と云っても、宮殿の塀を越えて「侵入」した映像ではない。高度を変えて宮殿だけを「アップ」にした状態から、「灰色の四角」が「立体的な建造物」だと判る程度に角度を付けた画だ。
やはり――ディナムは顔をしかめたまま、軽く下唇を噛み、カラスは口元を抑えて眉を寄せた。
「何だ、これは……。これが、〝星の塔〟だと?」
信じられない、と独り言のようにカラスが呟く。
カラスやディナムが知っている〝星の塔〟とは、こんな〝コンクリートの壁〟に囲まれたものではない――。テラスかバルコニーを三層構造にして簡素な屋根を付けただけ、という雰囲気で、外気にさらされるオープンな……〝塔〟とは名ばかり、「櫓」と云った方が良さそうな建造物だった筈だ。
なのに、今画像で見せられているものの方が余程に〝塔〟の名に相応しくなってしまっていた。過去にあった「櫓」にすっぽりコンクリートの箱を被せたような……どうも階数――高さまで増したようだ。窓こそ付いているようだが、〝磨りガラス〟なのか、中は全く窺い知れない――いや、恐らく第一層と第二層には、ちゃんと「窓」と云える大きさの開口すら無さそうだ、「明かり取り」「換気」、最低限それが出来れば構わない、というくらいの小さな――。
幾ら「塔」という名詞こそ相応しくなったとしても――これは、ミンジュリー王朝、王族にとって最も神聖であるべき場所の名を冠してはいけない「構造物」である。
「――ベイブ・ハーティがミンジュリー王朝の宰相に就いて二十年にはなりますかしら? 〝世界大戦〟を始めた一人が彼奴ですものね。カラス様、ディナム様、ハーティはね、その二十年の間に、道化師でもひく程の、見事な××××になりましたのよ。執務所である〝朝廷〟こそ、その役割を保っておりますけれど、本来なら皇帝ご家族が住まう筈の後宮は官邸となってしまっております。宰相と、その腰巾着である大臣・官僚数名の……」
「――」
「では、陛下とそのご家族は何処にお住まいか? ――もちろん、聖帝一家にとって何より大事な、〝星の塔〟ですわ」
カロラインが厳しい声で吐き捨てる。ディナムは卓の上でギュッと拳を握った。
「陛下が――ひいてはミンジュリー王朝が、〝星の塔〟を何より大事にしなければならぬことを、『形式として』良く知っていたハーティは、〝塔〟を壊さずに壁で覆い、その中に、守護する役目の陛下を押し入れたのです。有りさえすれば良いのだろうと、そこは形に囚われずにね? そりゃあ当初は、そんな暴挙に反対する民衆や官僚、陛下の側近とて居りましたけどね。ハーティの恐怖政治は、二十年かけて民衆を臆病者にし、自らを××××にしたのですわ。××××が治めて二十年ですもの、その間に『王朝が一番美しかった時』を知っているお年寄りは自然と亡くなりますし、処刑された方も老若男女問わず居りますでしょう。世の中を良く知らなかった子供は大人になり、××××の価値観を植えられた上で己の不満を持て余し、陛下に矛先を向ける愚か者にもなりますでしょう。――そして陛下は、形ばかりの祭祀の時だけ引きずり出され、この〝塔〟に、もう何年も『幽閉』されてますの。隠居なんて、とんでもない!」
球の中には見えないが、カロラインは手元に机がある場所に居るらしい。それを「ばんっ」と、叩いたらしい音が聞こえた。
カラスが、髭に覆われた顎の形をなぞりながら、独り言のように
「――二十年か。この齢になると、あっという間だのぉ……。『あいつ、元気にしてるかな』と前回思ったのはいつだったのか……」
そんなことを云った。ディナムは拳を作ったまま目を閉じて黙っている。カロラインが、「カラス様っ!」と苛ついた声を出した。
そんな彼女へ、「カロライン・ロザリウム君」とカラスが随分冷静な声を掛ける。
「そこまでミンジュリーの民衆が腐っていると云うのなら、今は却って、リオの身は安全なのではないか?」
その意味が、タオやディナム達には、全く解らない。――云われたカロラインの方も、直ぐには判らなかったらしく、
「な、何と仰います?」
と声を裏返した。
「果たして、その『国葬』の日を、ミンジュリーはまともに迎えられるものだろうかなぁ……。カロライン君、『国葬』の前に、皇帝一家を除く国民が全滅しても、儂は不思議には思わぬが?」
カラスは、微笑を浮かべて、淡々とそんなことを云った。――アサギとリオンは二人とも声にこそ出さないが同時に、
『この老人がやっぱり、一番、怖い』
と思った。
カラスの言葉を聞いてカロラインは一瞬絶句した。そして――「もしかしたらそれもあるかもしれない」と、彼女は思ったのか、小さく頷きを見せた。タイラーも「ああ…」と小さく、合点したような溜息を漏らす。
やはり、サウザーの者には、その意味が判らない――「皇帝一家を除く国民が全滅」などという荒唐無稽なカタストロフを納得出来るような「感覚」を、サウザーの者は持ち合わせていない。よって、会議室に居る殆どの者が、不快そうな顔をしていた。
タオですら、訝しげに目を細め、眉を寄せた、が――。
カラスやカロラインが持っている感覚――「想像」を共有するための情報を、多分、己が、今は持っていないだけなのだ――そう思い、タオは顔の筋肉を解すように頬を擦った後、表情を平静に戻し、黙って「成り行き」に集中し直す。
カロラインは、それでも首を振り、カラスに向かって反論した。
「それも不思議ではないでしょうが、そうはならなかった時が、我々にとって悲劇なんじゃありませんか、カラス様。聖帝ご一家を残してミンジュリーが滅亡、その未来が『確定』しているのなら、イリグマギにとってもそんな愉快なことありませんもの、高みの見物を決め込みますわ。でも、それを期待して何もせずに居り、やはり陛下の御身に何かあったりしたら――我らはタオ様ほど『出来た』者じゃありませんもの――悔恨も呪詛も、きっと、そちらを厭いませんわ」
「……君曰く××××が治める国の皇帝として形ばかり君臨していた、リオ・カルムも、最早腐っていないとも限らぬぞ?」
「何ですって、カラス様!」
「あのような、風も通らぬ壁だ。カビだらけになっていても不思議には思わぬ」
「本気で仰っているのですか! 何て酷い……!」
彼から見れば〝小便臭い小娘〟とも云えるだろうカロラインが、臆さず老人に怒鳴りつける。
そこでタオが、スッ、と球に向かって手の平を掲げた。
「そこまで。道化師同士で互いを引っかき回すのは、余所でやってくれないか、此処はサウザーの会議室だ」
白けた声でタオが云う。カラスは口元に拳を当てて薄笑いを浮かべ、「いや、失礼」と返す。カロラインはぐっと息を飲み、バツが悪そうな顔をした――が、何も云わない。
タオが何か云いかける前に、ディナムが拳を握り締めたまま、ふと、何処に視線を向けるともなく、独り言のように呟く。
「……ナハト君が云うように、国民が腐っているなら皇帝とて腐っていないとは限らん」
ディナムまでそんなことを云うので、カロラインがまた目を見開き口を開きかけた。が、それを遮断するように鋭い声で、シンキ先王は続ける。
「だが、それが『助けなくても良い』理由にもならぬ、ナハト」
「……」
「――リオが腐っていようがいまいが、一度『皇帝』と呼ばれた者が、どさくさのうやむやで絶命することなどあってはならぬ。腐敗しているなら、断罪されて処刑台に乗るべきだ。していないなら、せめても己が意志で――それが次の『皇帝』でも『民主制』でも構わぬ、次世代の国主へ道を拓き譲った後、天か民衆に寿を任すべきだ」
重々しい声でディナムは云い、カロラインは何も云えずに口を噤む。カラス翁は、相変わらず薄い笑みを浮かべて、ディナムの言葉に反応をしない。
「――イリグマギが今持っている『情報』が嘘八百でもなく、どさくさ紛れにリオがいつの間にか死んでいる事態に陥らぬとも限らないほど、ミンジュリーの民が無秩序に身を任せていると云うのなら……、『救出』というより、皇帝は一度ミンジュリーから『脱出』せねばならぬ。そうでなくば皇帝として、処刑台に乗ることも道を拓くことも出来ぬ。脱出をリオが考えず、うやむやのうちに命を落とすことを本望と思うのならば、それはそれで、リオ・カルムが皇帝として腐敗した証だ」
「ディ……ディナム様」
カロラインが思わず、焦った声を出すが、それも意に介さずディナムは続けた。
「だがやはり、それも『放って置いて良い理由』にはならぬ。『脱出』を『逃走』と捉えられて、民より一層の非難を浴びる可能性はあるが、それは王が覚悟しておくべきことだ。もし、民衆が脱出に気付かぬ程の無秩序に囚われておるのなら、やはり、そんなどさくさの渦中に身を置くべきではない。――王は、王として処刑されねばならぬ。そして民衆は、ちゃんと王を王と認識した状態で処刑せねばならぬ。王は国を負って死に、民衆は国を負った王を殺す覚悟、そして新たな国を造る決心を持っておらねばならぬのだ。誰もが己の責と将来への責をうやむやにしたまま、王を死なすなど、あってはならぬ」
訥々と、ディナムは語る。
「故に。――何にせよ、リオ・カルムとその家族は、一度、『脱出』すべきだ。それが『逃走』には受け取られず、『強奪』の形をイリグマギ結社が取ってくれるというのだから、リオにとっても幸運な巡りであろう」
そこでディナムが目を開き、カロラインに真っ直ぐ目を向ける。――カロラインは、何と云って良いのか解らず、狼狽の色が見える表情で黙っていた。
ディナムは彼女から返答が無いことを気にはせず、次にカラスへ顔を向けた。
「それをリオが拒むなら、『愚か』だ。君はそう思わないか、ナハト・カラス」
するとカラスは、薄笑いのまま大きく頷いて、
「その通りだな、ディナム・タイクーン」
そう云った。
「そうか、タオ君がサウザー領主として『結実した』かのように思われるのは、君が師匠であったという巡り合わせもあったのかもしれぬなぁ」
カラスが大げさに感心した口調でそんなことを云ったが、それは――ディナムもタオも――無視して、ディナムはサンハルに顔を向けた。




